転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#185 歌合戦と二期生

 

 飛び上がって喜んでいる狐稲利さんはそのままこたつの中に入り込み、楽し気に体を揺らせながらお茶と羊羹を楽しんでいます。

 ……もう、あまり食べすぎるとお夕飯とお蕎麦が食べられなくなりますよ?

 

「ふう……今年も終わりですか~……」

 

 上機嫌の狐稲利さんに微笑みながら、私は西へと傾く日の光に目を細めながらも犬守村の風景に視線を落とします。

 

 私と狐稲利さんが住む犬守神社はこの空間で初めて造った建築物。その時はまだ狐稲利さんもおらず、私一人で建築したんでしたっけ。まだ家の部分は無くて、確かわちるさんが持っていたキツネの人形を納める目的で造ったんでした。

 

 それからも私は気の向くまま、移住者さんと語り合いながらこの犬守村を大きくしていきました。

 

 畑を作って田んぼを造って、海や山を創って。

 

 時には辛いことや悩むようなこともありましたが、それ以上の楽しさや嬉しさという感情を抱いた場所となってくれました。

 まだ一年も経っていないけれど、此処には沢山の思い出が詰まっています。

 

「おかーさーお歌始まっちゃうよー?」

 

「……わかりました~雪かき道具、すぐに片づけてしまいますね~」

 

 いやあ年の瀬ですからね~ちょっと感傷的になってしまいました。それよりも早く狐稲利さんとこたつに入って配信特番を視聴しましょうかね~。あ、どうせなら移住者さんと一緒に見た方が楽しいかな~?

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー! ナートすっごい歌うまくなってるー!!」

 

「V/L=Fの後もしっかり練習されていたんですね~」

 

『時々歌枠とかもしてた記憶』『途中途中で羞恥でふにゃふにゃになるナートは正直可愛かった』『歌うまと言えばイナプロのミャンミャックは凄かったな』『独特なハスキーボイスでカッコよさ全面押し出してて良かったよな』『その後に童謡を歌うイナクとの差よ』『イナプロは双子もよかった。声が完全に合わさってて不思議な歌声になってたし』『意外だったのはほうりちゃんが歌うの苦手だったってとこw』『なんでも出来るわけじゃないんだな、ってほっこりしたw』『ここぞとばかりにナートが姉マウントをとってて草』『その後○一の姐さんに怒られながら回収されたけどなw』『あ、次わちるんの出番だ』

 

 日も沈み犬守村は暗くなってきました。お夕飯を食べ終わってゆっくりしている私と狐稲利さんは移住者さんと一緒に歌番組を視聴しております。お昼過ぎから始まったこの歌番組はネットの動画配信サイトから配信されているもので、様々な配信者の方々がその歌を披露されておられます。お昼過ぎから日付が変わるまで配信するらしいので、かなりの長時間配信ですね。

 

 昨年までは各配信者グループごとに行われていた年越しイベントですが、今回は主にV+R=Wで葦原町を中心とした大規模なヴァーチャル配信者たちの年越しイベントがいくつも同時進行しているようです。

 

 そんな中でも最大規模のメインイベントが、このヴァーチャル配信者歌合戦。合戦とは言っていますがチームに分かれて競い合うというわけではなく、とにかく歌を好きなだけ歌うというイベントになっております。スケジュールにも余裕を持たせてあるので途中参加も可能。衣装もこの日の為に用意したという方もおられて、その注目度はかなりのもの。中にはオリジナル曲を引っ提げて殴りこんできた新人歌うま配信者なども巻き込んでの配信者らしい混沌具合が繰り広げられております。

 

 例によって司会進行はFSの皆さまが行っておられますが、先ほどのナートさんのようにちょくちょく歌を披露していたりもしているようです。

 

「んふふ~わちるさん緊張で声震えてますね~」

 

『あ、この歌知ってる』『映画のEDに使われてたやつだな』『たしか感動系のやつだっけ。いい歌だな』『うお…思い出したら涙が』『わちるんこれ歌の雰囲気出すために震えた声を出しているのでは?』『いやあれは緊張してるだけw』『ちがうんかい!w』『草』

 

 葦原町へ行ける一期生はほとんど葦原町で行われている歌合戦の方へ参加されるか観客として集まっていて、一期生でない配信者の方も中継を繋げて歌を披露されていてかなりの盛り上がりを見せているご様子。そんな中、私と狐稲利さんは犬守村の家でこたつに入りながらゆっくりとその配信を視聴しております。もちろん移住者さんたちとの同時視聴をしながらです。

 

「ねーねーおかーさー」

 

「ん~? なんです~?」

 

「おうたって、難しいー?」

 

「ん~そうですね~。声を出すだけなら私も狐稲利さんもできますが~なかなか難しいかもですね~」

 

『さすがの電子生命体にも歌は難しい、のか?』『いやそんなことないだろ?過去のサルベージデータでも人工音声が歌ってる曲とかあるし』『あれでも機械っぽい感じが少し残ってるんだよなぁ』『バッカそれが良いんじゃん』『キャラクターと音声がマッチしててあれはあれで完成された芸術だよな』『でも、やっぱ人間ぽく発音するのはムズイのかな?』『発音という点ならわんころちゃんも狐稲利ちゃんも問題ないんじゃね?』『確かに。俺らが聞いてて違和感ないんだもんな』『じゃあ歌おうと思えば歌える感じか』

 

 歌合戦に視線を落としながら狐稲利さんは歌について質問してきます。配信画面の向こうで歌って踊る配信者の皆さんを食い入るように見入る狐稲利さんのそんな言葉は無意識から出た言葉なのでしょう。

 かなり真剣に歌を聴いているようですが……そういえば狐稲利さんは秋のV/L=Fの際、FSさんのライブなども忙しくて視聴していませんでしたね。こんなにゆっくりと歌やダンスを見るのは初めてなのかもしれません。

 

 それにしても……歌。歌ですか。

 

 この世界ではかつて存在していた歌や音楽という文化も数多くサルベージされ、復興しています。まだまだその種類は多くはありませんが、作曲のノウハウなども同時にサルベージされているので、サルベージされた歌のカバー曲だけでなく、まったく新しい曲が登場することも増えてきました。

 

 それでも新曲というのはまだまだ作曲側の人材、技術不足により少なく、だからこそこの歌合戦で何人もの配信者がオリジナル曲を発表している光景はまさに異常ともいえるほどです。オリジナル曲の発表頻度はひと月に一度あれば良い方であるのに、なんとこの瞬間だけで数十曲も発表されているわけですからね。

 

 歌というのはそれだけ生み出すのに莫大な時間と発想が必要となる創作物なのです。他の創作物だって同等の努力が必要であることはもちろん理解していますが、やはりこうやって聞いているとその美しさに染み入るものがあるのは確かです。

 

 狐稲利さんはどうやらそんな歌というものに興味津々なご様子。よくよく考えれば犬守村では様々な自然に触れることができますが、人が創り出した歌というものはあまり馴染みがなかったでしょうし、それも仕方がないでしょう。

 

「今度は狐稲利さんも何かお歌を歌ってみるのもいいかもですね~」

 

「! うん! いろんなおうたをうたってーみんなといっぱいいっぱいおどるー! おかーさもいっしょにー!」

 

『狐稲利ちゃんの歌!』『狐稲利ちゃんは元気な歌が似合いそうだな~』『わんころちゃんはアニメのEDとかどうかな?』『ああ~わかる、エモいのとか、しっとりも意外とアリかも』『声質的に日常もののアニメの歌が合うかな?』『見た目から和風な感じの歌も合うかも。演歌とか』『なかなか渋いなwでも確かに歌ってほしい』

 

「んふふ~そうですね~私も歌の練習をしてみようかな~」

 

 昼過ぎから続いている歌合戦は後半戦に差し掛かり、歌の合間に様々な情報がどさくさにまぎれて公開されています。各配信者の新しい歌動画の公開はもちろん、メジャーデビューやテレビデビューについての情報、そして葦原町の今後について。

 

『お?次は何のお知らせだ?』『何々重大発表?』『FSってことは葦原町関連か?』『なんだろ?開拓の進捗具合の発表とか?』『ちょ、二期生の候補決定!?』『さらに情報公開!?』『えええ!?ここで発表すんの!?』『唐突ぅ!てか雑ぅ!』

 

 歌合戦が行われているステージ上に唐突に現れたのはFSのみなさん。すでに全員が歌を披露し終わっており出番は終了したはずと思われていたので会場の雰囲気が一瞬困惑したものに変わったのですが、次の瞬間なこそさんが突然二期生の選考が終了したことを発表。

 

 それはつまり二期生として新たに葦原町へ足を踏み入れることが許されたヴァーチャル配信者100名が決定したということです。

 

 その発表を聞いて狂喜の叫び声をあげたのは、当然この歌合戦を見ていた一期生以外の配信者たちでしょう。

 

「んふふ~"二期生発表の瞬間の配信者たちの反応"なんて動画が作られるかもですね~」

 

 こうなることはあらかじめ分かっていたので、二期生候補の配信者さんたちの配信枠をいくらか覗いていたんですよね~。歌合戦にゲストとして歌を披露していた配信者さんや、視聴者と一緒に歌合戦を見る枠を取っていた配信者さんなど様々ですが、その方々はわちるさんの二期生の選考終了、候補決定の発表を聞いた瞬間飛び上がって椅子から転げ落ちたり、悲鳴じみた声をあげて呼吸が荒くなったりと予想以上の反応をされていますね~。

 

「んふふ~それじゃあわんこーろもお仕事しますか~」

 

『え?』『あ、もしかして仕事って……』『ん?あれ?なんかわちるさんが…』

 

 歌合戦の会場にいるわちるさんが私の名前を呼びます。手を振って大きな声で「わんこーろさーん!!」と叫びますが、そんな激しくリアクションしなくてもしっかり見てますって。ちゃんとスタンバイしておきますと打合せしたじゃないですか。

 

『わんこーろさん!?』『ま~たサプライズですか~!?』『さすがにもう耐性付いてきたわw』『まあわんころちゃんがここに居る時点でねw』

 

 移住者さんの言う通り、本来ならばV+R=Wと葦原町開拓の監修を行っているような立場の私がなぜか公式イベントの場に現れないのかと疑問に思っていたでしょう。今歌イベントの司会進行を行っているFSさんと同レベルの重要人物と、どうやら一期生の方々に認知されているらしい私が現場にいないのは、つまりはこのサプライズ二期生発表に私が一枚かんでいたからなのです。

 

「んふふ~すみません移住者さん~これより歌合戦会場の葦原町と中継を繋がせていただきますね~……はいは~い聞こえてますよわちるさ~ん」

 

『あっ! 繋がりました! 視聴者の皆さーん、ただいまわんこーろさんとの中継がつながりました! それでは二期生候補の方の名前を読み上げていただきましょう! わんこーろさんお願いします!』

 

「はいは~い。第一回葦原ヴァーチャル歌合戦をご覧のみなさま~こちら犬守村のわんこーろと~」

 

「狐稲利だよー!」

 

「いや~わんこーろたちもお蕎麦を茹でながら見ていましたが~皆さんお歌がとってもお上手ですね~わんこーろも狐稲利さんとお歌の練習しようかな~なんてお話していたところなんです~。さてさて~前置きはこのくらいにして~、私の手元にある紙に選ばれた二期生の方の名前が書かれております~わんこーろが名前を言い終わった瞬間にその配信者さんの元へと招待状が送られる仕組みとなっているわけですね~」

 

『公式チャンネルから来ました。って、お歌練習!?』『いやお蕎麦!?』『手元に二期生のリスト!?いつの間に!?』『ちょっと一気に明かされた情報が多すぎて脳が混乱しているのですがw』『わんこーろさん相変わらずサプライズ好きよなぁw』『この一連の流れを考えたのは絶対わんころちゃんだわw』『立ち位置が黒幕なんよ』

 

「あ、先に言っておきますが~前提として選考対象の配信者さんは~あらかじめV+R=Wへの参加を希望された方から選ばせていただいておりますので~基本的に招待状は受け取っていただきたく思います~どうしても無理な場合は後ほどV+R=Wプロジェクト参加辞退を推進室さんへとお伝えくださいね~」

 

 実は、一期生のV+R=W投入と同時に二期生希望の配信者さんたちをV+R=Wプロジェクト公式、つまりは推進室さんが募集されていたのです。二期生としてV+R=Wプロジェクトに参加したいヴァーチャル配信者は、二期生参加希望の理由と簡単な自己紹介PR動画などをまとめたデータを推進室宛てに送ることができ、今回の二期生候補はその送られたデータを室長さんと灯さんが選考し、その後企業の方々の審査を通過した方となっております。

 

 一期生の時はこちらからオファーをかけたりしていたのですが、私や室長さんたちがこの方いいなあ、と思った配信者さんたちは皆この募集に応募されておられましたので、二期生は例外なく皆自ら志願された方々ばかりとなっています。

 

 幾度かの選考が行われ、その中には過去に行った配信アーカイブの視聴なども含まれており、配信者の人となりを十分に審査した上での決定となっております。

 

 

 それを今から私がここで読み上げるわけですね~。最初のほうで私が二期生候補の方の配信枠を同時視聴していられたのも、つまりは誰が二期生に選ばれるかを知っていたからなのです。

 

「さて~それじゃあV+R=Wプロジェクト~第二期生の候補者の名前を読み上げていきます~まず最初の方は~……」

 

 んふふ~それじゃあ新たな友達となる二期生100名を発表していきましょうか~。

 

 


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