転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「いただきますー」
お蕎麦が入れられたどんぶりは私の両手では大きすぎると思えるほど。ですが食べきれないというわけではありません。どんぶりにはたっぷりと注がれた濃い目のつゆとお蕎麦。上には太い海老の天ぷらとかき揚げが載っています。どんぶりからはみ出すほどの大きさでありながら、その衣のサクサク具合は失われておらず、一口齧るとそんな衣と海老のぷりぷり、野菜のほくほくとした食感がとても心地いいです。
「んー! おつゆが染みてておいしー!」
「サクサクもいいですけどそばつゆを吸った衣も美味しいですね~」
蕎麦つゆを吸った衣部分も一口ぱくり。つゆのうまみを吸い込んでトロトロになった状態の衣も最高ですね。
それと天ぷら蕎麦のいいところはその衣の油がつゆと合わさって美味さが倍増するところです。比較的さっぱりしたつゆも、天ぷらの油によってそのおいしさがより引き出されています。
「このニシンも美味しいー柔らかくて食べやすいー」
「確かに、骨はあまり気になりませんね~」
また一緒に入れたニシンもいい味を出しています。食べ応えもありますし、昆布と鰹出汁にニシンの出汁も合わさって、もうつゆだけ飲み干せてしまいそう。
『二人ともおいしそうに食べるなぁ……』『こんな深夜に…くそう、お腹減ってきた…』『そばを啜る音がこんなにも食欲をそそるとは……w』『飯テロ予想できてたのに回避できなかった……何か食うものあったかな……』『くくく…絶対こうなるだろうと思ってしっかり年越しそばを準備しておいたぜ!』『←マジかいいなぁ…』『料理できるヤツ羨ましい…』『いうて茹でて盛り付けるだけだぞ?』『いやいや調理器具とか食材とかの値段がさ』『それに調理できる設備も必要じゃん』『そんなのわんころちゃんが料理配信し始めた頃に全部揃えたわ』『まじか…』『一体何十万かけたんだ…』『設備に関しては最新のを頼んだからもう一桁上かな』『数百万!?』『ひえ』『草』『料理ガチ勢かよぉ!』『料理人にでもなるつもりか…』『あ、それいいかも。やろうかな、料理屋』『判断がはやーい』『もう草しか生えんw』
歌合戦を映していたウィンドウは歌のステージから画面が切り替わり、大きな鐘を鳴らしている風景へと変わっていました。現実の世界ではお寺という建築物はすでにないので、鐘が鳴っているのは葦原町でしょう。そして鳴らしているのは一期生の方々。
犬守村にはお寺はないので新鮮な、でもどこか懐かしい音色。静まり返った真夜中の冷たい空気に重い鐘の音が染み入ってゆくようです。
「ちゅるちゅるーーんぐ、おかーさーもうすぐ年が明けるみたいー」
「ん~、あ、本当ですね~お蕎麦に夢中で忘れていました~」
気が付けば年明けまであと数分というところ。歌合戦配信はもう一度画面が切り替わり、それまで歌を披露していた一期生の方々がステージに上がり、その時を今か今かと心待ちにしている様子が映し出されています。コメント欄の流れも加速し、カウントダウンが始まります。
「狐稲利さん~移住者さん~今年は本当にありがとうございました~来年もよろしくお願いしますね~」
「私もーよろしくおねがいしますー」
『こちらこそありがとう!』『来年もよろしくー!』『あと30秒!』『来年はどんな犬守村が見れるかなー』『冬が終われば春だな』『春かー冬眠してた動物が出てくるし、植物も元気になる季節だな』『あと20秒だ!』『春に収穫できる野菜も多いだろうな』『山に行きゃ山菜とかも採れるかも?』『果物なんかも良いかも。何より春と言えば』『やっぱり桜かな!』『犬守村のあちこちに桜の木があるから、咲いてるところは見てみたい』『あと10!』『そういえば葦原学校にも桜の木って植えてあるんだっけ?』『あそこは密集して植えてあるから咲いたら綺麗だろうなぁ』『桜は時期的に三期生あたりが来る頃と被るかな』『楽しみだな、春』
「あと5秒~」
「よんーさんーにいー」
「いち~」
ウィンドウに表示させた時計は、一秒の狂いもなくその時を刻み、そしてついに。
「! 明けましておめでとー!!」
「おめでとうございます~~来年も~……じゃなかった今年もよろしくお願いします~~!」
『早速間違えてw』『あるあるw』『あけましておめでとう!!!!』『あけおめー!』『おめでとうございます』『今年もよろしくー』『おめでとー!』『ハッピーニューイヤー!!!』『おめおめー』『二人ともおめでとう!今年もよろしくー!』
"明けましておめでとう"その言葉がコメント欄で勢いよく流れていきます。見たことのある名前の方もいれば、私の配信に初めてコメントしてくださった方もおられるご様子。皆この瞬間を私と一緒に迎えたいと思ってくださった移住者さんたち。その一言一言が、私たちに送られた言葉。
配信を始めたころはそんな言葉をこんなにも頂けるなんて想像もできなかったでしょう。FSさんとのコラボや、その他大きなイベントなどに呼んで頂けたことで想像以上の視聴者さんたちが見てくださり、私たちの配信を好きだと言って移住者になってくれました。
たくさんの言葉とたくさんの思い、それは私が求めていて、配信者になることを決めた理由。
そんな願いが叶ったことに少し目が潤んできそうになりますが……。
「おかーさ! お餅! お餅食べよー!」
「いやいや狐稲利さん、さっきお蕎麦食べたばかりじゃないですか~お餅は明日の朝におせちと一緒に食べましょう~?」
「うー……それじゃあ凧揚げ! 羽子板ー!」
「う~ん~お外が暗くて危ないですね~。明日、明日にしましょう~?」
「ううー!」
「だ、大丈夫です~お正月はまだまだ始まったばかりですから~お餅とおせちを食べて、凧揚げして羽子板もしましょう~だから今日はもう寝ましょうね~? ね?」
「……うんっ! 明日!」
「はい~明日、ね」
狐稲利さんは今年もやんちゃなままでしょうね~。それが狐稲利さんのいいところではありますが~。
でも、よくよく見れば狐稲利さんの瞼は少し下がっていて、徐々に睡魔がやってきていることがわかります。明日は何をしようかとテンション高めな狐稲利さんですが、これなら布団に入った瞬間寝てしまうでしょうね~。
「狐稲利さんはもう寝てしまいました~日付が変わるまで起きてるなんてあまりありませんからね~思ったより疲れてたみたいです~」
『お蕎麦の調理もしてたし、その前の日からおせちの手伝いもしてたしなぁ』『お腹いっぱいになっちゃったからねw』『狐稲利ちゃんもまだまだ子どもだしな』『ゆっくり寝かせてあげよか』『わんころちゃんは大丈夫?』『一番働いてたのはわんころちゃんだよね?』『配信してて大丈夫?』
「んふふ~わんこーろは大丈夫ですよ~こうやって移住者さんとお話してる方が楽しくて~。あ、そうだ~今日はちょっと夜更かししちゃいましょうか~」
『夜更かし!やった!』『おお珍しい!』『狐稲利ちゃんが生まれてからはあんまりなかったからねー』『寝る子は育つといいますし、狐稲利ちゃんはしっかり睡眠を取って貰わないとね』
「よいしょ、よいしょ。んふふ~これ見てくださ~い。これ何かわかりますか移住者さん~」
『ん?』『何かの、透明な…ガラス容器?』『おいおい知ってるぞそれ!!』『サルベージデータで見たことあんぞ!?』『どう見ても酒瓶です』『わんころちゃん…?』
「い、いやいや違います~! 確かに見た目はお酒を入れる一升瓶ではありますが~中身はアルコールじゃありませんよ~!」
私が冷蔵庫の奥の方に隠していた謎の酒瓶。中身は何やら黄色い液体が満たされており、口の部分は所謂王冠と呼ばれる蓋によって栓がされています。
これだけなら確かにお酒と思われても仕方ないのですが、決して中身はお酒ではありません。まあ、お酒はちょっと作ったりしてはいますが、私の体は見た目通りの年齢で構築しているのでアルコールは飲まないようにしています。
「あっ……栓抜きを創るのを忘れていました~……よいしょ~」
『おいwww』『裁ち取り鋏を栓抜きにするなww』『わんころちゃんの珍しいものぐさシーンw』『狐稲利ちゃんいないから酒飲んだりとやりたい放題だなw』
「ですから~これはお酒じゃありませんってば~。これはですね~果物などを絞って作ったジュースなんです~。まだ果物の皮などの不純物が取り切れていない試作品なので狐稲利さんには味見させていないヤツで~す」
『本当は独り占めしたかったんじゃないのw』『甘い飲み物は貴重だしなぁ』『キンキンに冷えてやがる……!』『←だから酒じゃないってw』『俺も何か飲み物を~』『俺も取ってくる!』『乾杯しようぜ!』
用意したコップにジュースを注いでいきます。私の小さな体では酒瓶を抱きしめるようにして傾けないと注げないのが少し面倒ではありますが。こぼさないように注意してっと……。
「は~い、それでは~今年一年よろしくです~かんば~い。……んふふ~甘いですね~でもちょっと酸っぱくて美味し~~。……今年は何をしようかな~? けものの山で山菜や果物を採りにいったり~凍った畑と田んぼを耕さないといけませんし~お魚も春が旬のものが捕れそうです~」
『乾杯!』『子どもに隠れての秘密の晩酌だなw』『お酒じゃないけどなw』『こうやってわんころちゃんだけの配信は久しぶりかもね』『いろんなことがあったなぁ』『犬守村もかなり大きくなったよね』『土地の面積だけじゃなくて中身もかなりのものだしなw』『見てて飽きないんだよな』『雪が解ければ次は春か』『美味しいものが沢山!』『珍しい花や植物、動物も!』『昆虫とかも出てくる時期だな~』『畑や田んぼは大変そうだけど……w』『わんころちゃん花見しよう花見!』『花見って?』『説明しよう!花見というのはだな……これ長くなりそうだけどいい?』『良い訳ないんよ』『ストップストップ!!』『花見かぁ、犬守村は花見スポット選り取りみどりだなw』『暖かくなれば植物も動物もわんころちゃんも活動的になるんだろうなあ』『草。まあ事実だけどw』『わんころちゃん次の開拓地はどこにするのー?』
「んふふ~そうですね~次は~」
移住者さんの話を聞きながらゆっくりとコップの中身を口にします。ちょっとずつ、ちょっとずつ。皆さんの楽しそうな会話を聞きながら、そこに私が参加しているという事に嬉しさを感じながら。
いろんな話が飛び出し、私もいろんな話をします。笑えるような、驚いちゃうような、たくさんのお話を。
「んふふ~たのしいな~たのしいな~」
さあ、雪が解けたら次は何をしようかな~?
そんなことを考えていた私の耳に、どこからか小さな音が届きました。それは金属と金属が噛み合わさるようなカチリという、聞こえるか聞こえないか微妙な本当に小さな音でした。不意に音の聞こえた方を振り向くと、そこには狐稲利さんが遊んで放置していた……例の細工箱がありました。
手に取った細工箱は相変わらず繋ぎ目さえも無い美しい姿で、どこにも引っ掛かりになるような凹凸は見られず、開けることはできないはずでした。
「……!」
不意に手を添えた細工箱。その一片を構成する木の板は、"去年まで"とは比べ物にならないほどの軽やかさでスライドしていきます。
「解法の前提条件は……
新たな年の始まり。それは希望と期待を含ませながら、大きな未知をも連れてきました。改めて、今年は一体どんな年になるのでしょう。
「んふふ~楽しい一年になるといいなぁ~」
ここまでお読みいただきありがとうございました。このお話をもって冬編を終了させていただきます。
次回の更新ですが、少しお休みをいただきたいと思います。再開予定は未定ですが、お待ち頂きたく思います。
改めまして、ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
感想、評価等励みになります。皆様のおかげで最後まで走り切れそうです。