転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#188 おせち料理と正月のぐーたら

 

「いじゅうしゃーこれ見て―! おもちーすごい伸びるー!」

 

『わんころちゃんの頭の高さまでお餅がww』『ああっ机に垂れるうw』『なんだか知らない食べ物がたくさん……!』『調理配信見てた!手際ヤバかったw』『おおー!綺麗に詰めてあるなあ』『これ全部食べ物なのか、なんか感動するな』『見た目すっごい綺麗だし、食べるのもったいないような……』『このまま残しておきたい気持ちになるよね』

 

 わんこーろの配信を視聴する視聴者、通称"移住者"はそのお重に詰められた色とりどりの料理に目を奪われる。おせち料理を調理している光景は配信で見せてはいたが、こうやってお重に詰められた姿をじっくりと配信画面に映したのはこれが初めてだ。

 

 艶やかな姿をした煮物や黒豆、豪快に詰められた海老やブリといった魚介類、黄金色に輝くくりきんとん等々、これらの料理を作るうえで用意された食材はすべてこの犬守村で用意したものばかり、まさに犬守村の自然をめいっぱい詰め込んだ宝箱といった風だ。移住者が食べるのがもったいないと言うのも無理はない。

 

 だが、そんな移住者の言葉もお腹がぺこぺこな狐稲利には届かない。

 

「えびえびー、くろまめー。あ、栗きんとんもー。ねーねーいじゅうしゃーこれ私が作ったんだよー!」

 

『うんうん上手に作れてるぞw』『容赦なく食べたいものを取っていく狐稲利ちゃんかわいいいいい』『もーしょうがないなあ狐稲利ちゃんはw』『もうちょっと風情というものを……w』『うっせえこっちは腹減ってんだよ!!!!って感じだw』

 

 自身の取り皿におせちをどんどん盛っていく狐稲利。お箸を上手に使ってまずは海老のうま煮をかっさらっていく。頭まで付いた大きな海老の姿はおせち料理の中でもメインといえるほどに目立って大きい。その後に黒豆をごっそり浚って、その次に栗きんとん。たっぷりの餡とともにクリを持っていくのを忘れない。

 

「狐稲利さ~ん。食べられる分だけお皿によそってくださいね~」

 

「だいじょぶ!! 甘いものとしょっぱいものは交互にたべるといくらでも食べられるって、いじゅうしゃが言ってたー!」

 

『オイお前らっ!!』『知らない!そんなの言ってないよ!?』『これは太るw』『正月太りという言葉があるんだってね?』『こ、狐稲利ちゃんはいつも外で遊んでるから……』『なお積雪のため最近は家の中に籠りきりな模様』『最終兵器"電子生命体だから太らない"』『それは反則なんだってw』

 

「んふーたべほーだいー」

 

「も~。お雑煮もあるんですからね~」

 

 おせち料理の載った取り皿と一緒に狐稲利の前にはお雑煮の椀が置かれている。さすがにお餅10個も椀の中には入りきらなかった、というよりはさすがにそんなに食べられないだろうと思い、お餅の数はわんこーろとおなじ三つほど。一応お雑煮を作った鍋には雑煮の残りとお餅があるのでもし狐稲利が食べ足りないならば追加することも可能である。

 

『これが雑煮というやつか……』『味噌汁みたいなもん?』『あれ?わんころちゃんと狐稲利ちゃんのなんか違くね?』『種類?色が違う?』『二種類作ったの!?』『どっちも豪勢だな~』

 

「狐稲利さんのお雑煮はすまし汁のお雑煮ですね~お魚の出汁をつかったものでして~鶏肉やお野菜と一緒にお餅が入ってます~。あ、お野菜はおせちに使った残りをどばっと入れてあります~」

 

『どばっと草』『豪勢には違いない、か……?w』『残したらもったいないもんねw』『野菜が入りすぎて鍋みたいになってんですけど!?』『わんころちゃんは料理上手だなあ』『おいしければとにかく良し!』『しかしお雑煮ってそんな種類あるんだ』『どうやら地域によって違いがあるらしいぞ』『そうなん?全く知らんわ』『そもそも食べたこともなかったからなぁ』

 

「そ~ですね~地域ごとの風習なども消失してしまっていますから仕方ないかもですね~」

 

 この国では住まう土地の環境や生息する動物、植物、土着信仰などの差異により地域によって行事の形態も若干の違いが見られる。それは年末年始の行事にも現れており、おせち、お雑煮といった食べ物に関しても例外ではない。

 

 お雑煮にはすまし汁を用いるか、白みそを用いるか。さらには餅の形は四角か丸か、あるいは煮るか焼くか。そういった"お雑煮を作って食べる"という行為は共通しているが、細部に違いが見られるという結果となっている。

 そんないくつもの枝分かれした文化的行事も、そこに人が住み続けて変化していった証拠なのだ。

 

 だが、そんな脈々と続いてきた文化は現在消失しており、ネットワークの水底よりサルベージしなければ理解することも難しい。今の若者は自身の住む地域でメジャーなお雑煮の姿はおろか、そのような料理が作られていた事すら知らないのだ。

 

「わんこーろのお雑煮は白みそのお雑煮となっております~。移住者さんはどちらの方がお好みです~? おすましの方はお魚だけでなく昆布出汁などを使うこともあるそうです~。白みそは主にお芋や人参などの根菜を入れる事が多いようですね~」

 

『俺はすまし汁の方かな~』『俺もすまし汁。というか白みそというのをよく知らん』『味噌に種類があることも初めて知ったわw』『白みそってどんな味なの?』

 

「ん~とですね~甘いです~お菓子のような甘さではないのですが~それでもなかなかの甘さを感じますね~」

 

『甘いの!?』『ごはんで甘いのはちょっと……』『いやいや黒豆とか栗きんとんも甘いじゃん』『味噌ってくらいだからしょっぱさが皆無な訳ではないと思う』『少し気になるな、白みそ』『見た目も美味しそうじゃん』

 

「んふふ~確かにお砂糖の甘さではないのですが~地域によってはこの、お雑煮に入れる餅の中に餡子が入ったお雑煮なんてものも存在していたらしいですよ~」

 

『へえ!?』『そんなのあったの!?』『それっておいしいの?』『お雑煮というジャンル豊富過ぎて草』

 

「他には~小豆を煮て~その中にお餅を入れたものを雑煮と呼ぶ地域もあったようです~」

 

『…それはぜんざいというやつでは?』『わんころちゃんが前に作ってたあの?』『名前が違うだけ?』『何とも不思議な……てかお餅を入れる以外に共通点が見当たらないほど種類あるなw』

 

「お雑煮は地域色ががっつり出ますからね~。あ、この白みそ仕立てのお雑煮はわちるさんの故郷あたりでよく食べられていたものを再現しています~狐稲利さんの食べているすまし汁の物は~えーと、○一さんや真夜さんの故郷に該当しますね~」

 

「おかーさー! お餅おかわりー! 次はおかーさのが食べたいー!」

 

「こ、狐稲利さん食べるの早いですね~。はいはい白みその方ですね~ちょっとお待ちくださ~い」

 

 わんこーろが移住者とお雑煮談義をしている最中も狐稲利は取り皿に盛られたおせちを食べながらお雑煮をぱくぱくと口に運んでいた。

 海老のうま煮はしっかりと殻を取り除いて一口で頬張り、黒豆は丁寧に一粒一粒味わって食べ、栗きんとんの餡の濃厚さに口元をほころばせながら大きなクリの甘露煮も忘れず一緒に食す。

 そしておせち料理の濃い味をお雑煮のつゆで中和し、白いお餅を伸ばしながら食べていく。

 

 そんな、ただ美味しいものを食べるだけの狐稲利の姿はわんこーろがお雑煮の話をしている間ずっと続いていた。コメントのいくらかはそんな狐稲利の姿に草を生やすもので占められている。

 

 わんこーろもそんな狐稲利をスルーして話をし続けているように見えて、しっかりと狐稲利がお餅を喉に詰まらせないかとチラチラ横目で様子をうかがっていたのだが、そんな心配をよそに狐稲利は椀によそわれたお餅を完食し、おかわりを要求したのだった。

 

「んふふ~これはお昼にFSさんのところへ持っていくおせちが無くなるかもですね~」

 

 煌びやかな衣装に身を包んだイヌミミの配信者と腹ペコな娘は配信画面へ笑顔を向けたまま、おせちに箸を伸ばしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて~お腹もいっぱいになったので~いつもなら畑仕事などの計画を立てるのですが~まだ畑も田んぼも雪に埋もれたままなんですよね~」

 

「んー……お正月は家でぐーたらする、のが一番だっていじゅうしゃ言ってたよー?」

 

「……移住者さん~?」

 

『い、言ってない!言ってないってば!』『そんなこと言ってるコメントあったか?』『さっきもそうだが、狐稲利ちゃんいったいどこでそんな言葉を……』

 

「えーと、みんなのメイクー。アカウントいっしょだからすぐ分かるのー」

 

『あっ』『あー』『なるほど……』『さすが狐稲利ちゃん、コメント以外もしっかり見てらっしゃる』『これは動画サイトとSNSのアカウント紐づけしてる移住者は発言に注意した方がいいぞw』『おいおい何余裕ぶってんだ?』『狐稲利ちゃんは電子生命体だぞ?その気になりゃ紐づけされてなくても特定されるっての』『いやいやそんなわけ無いでしょw』『疑うなら初期配信辺りのアーカイブを見てくるといいよ、わちるんの狐の人形を特定してるのとか分かりやすいぞ』『……マジ?』『マジ』

 

「んふふ~それでは移住者さんの仰る通り、ぐーたらでもしますか~」

 

「んふ?」

 

「お正月の遊びでもしましょうか~」

 

「んー! するー!」

 

 わんこーろの言葉に狐稲利は元気よく縁側から外へと飛び出した。ある程度雪かきが済んでいるとはいえ、まだ外は真っ白で寒さも衰えてはいない。年が明け、新春と呼ばれてはいても、まだまだ雪解けは遠く、先になるだろう。

 

「おかーさー! 負けたら墨だよー!」

 

「お手柔らかにお願いしますよ~!」

 

 

「とりゃ! とりゃー!」

 

「うう~! 狐稲利さん素早いですね~! 何処に羽根を飛ばしても取っちゃうじゃないですか~!」

 

『反射神経良いな狐稲利ちゃん』『これが村育ち……』『こたつでぬくぬくしてるどこかのわんころちゃんとは違うなぁw』

 

「むう~わんこーろだって村育ちなのですが~!? むしろこの村を育てたようなものなのですが~!?」

 

『残念だけど……勝負は結果がすべてなのよ……』『これにはわんころちゃんも顔真っ赤……じゃなくて真っ黒ww』

 

「あ~! こ、狐稲利さん墨! 墨注意してください~! 服についちゃう~!」

 

「おおー! うっかりー!」

 

 羽子板を手に持った二人はそんな寒さをものともせず、二人の顔が墨でまっくろになって、凧揚げやけん玉で遊びつくしてお昼時になるまで楽しそうな声は響き続けたのだった。

 

 

 


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