転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#189 新年の寒さ

 

 犬守村は田んぼの広がる平地を中心として四方に異なる環境が創られている。南にわたつみ平原、東にけものの山、西に犬守山が存在しており、そんな中でも最大級の面積を誇るのが、北方一帯に広がる北守山地だ。

 

 西北の火遊治(ひゆじ)火山や東北の札置(ふだき)神社を内包したこの山地はその広大な土地に様々な自然環境を取り込んでおり、植物や動物の生息地帯としても非常に重要な土地となっている。

 犬守村はその全体をいくつかの区画に分け、区画内には区画を管理する中枢が設置されている。その中枢ごとに領域のメンテナンスやアップデートを行っているのだが、北守山地に関しては火遊治火山の火口付近に存在する火遊治神社奥宮と、札置神社に住まう九尾くー子のふたつの中枢によって管理されている。通常の区画の二倍の中枢によって管理維持されていることから、その広さも察する事ができるのではないだろうか。

 

 そんな北守山地の東北に存在する札置神社だが、この神社は犬守村の中でも最も大きく、神社としての設備もかなり充実している特別な場所だ。それはわんこーろがもともと札置神社を犬守村で行う祭事の中心として創ったからという理由がある。

 

 わんこーろと狐稲利が思い付きで実行するお祭りなどもこの札置神社で行われる事が多い。何か大がかりな作業をするにも、体を使ったイベントを行うにも、この札置神社境内の広く平らで整った土地というのはなかなか便利なのだ。

 

 そんな札置神社の周囲には札置の迷い路と呼ばれる複雑な迷路のようになった参道が存在している。この迷い路は現在わんこーろの手によって空間の圧縮処理が施され、外見はそれほど広くはないように見える。だが、その内部に入り込むと圧縮された土地が果てしなく広がり、どこまでも朱色の鳥居と瑞垣が続く迷い路へと変貌する。

 

 迷い路内部には犬守村各地に存在する中枢へワープできるポイントが存在している。小さな滝は犬守山のやたの滝を模しており、触れればやたの滝まで行くことができる。同じように各地の神社へワープできるポイントも存在しているのだが、それらの姿は各神社を小さくまとめたような姿となっている。

 

 つまり、札置神社にはわんこーろが各地に創り出した神社の分社が集合しているのだ。

 

 

「つまりですね~こうやって札置神社でお参りすれば~分社を通じて犬守村に存在するすべての神社へまとめて(もう)でたのと同じ、という訳なのです~」

 

「かみさまがみーんな集まってるんだよー」

 

 朝ごはんのおせち料理を食べ終わったわんこーろと狐稲利は札置神社へと初詣に出かけていた。札置神社は北上山地に存在しているということもあり、その積雪量はかなりのもので、本来ならば山深いところに存在する札置神社など雪に埋もれてしまう可能性もあった。

 

「んーあったかくてふわふわー……ありがとねくー子ー」

 

「わざわざ迎えに来てくれてありがとうございます~くー子さん」

 

 だが、この札置神社には中枢を取り込んだ九尾のくー子が居る。巨大な体ともふもふとした尻尾を持つキツネの姿をしたくー子はその九つの尾を箒のように使い、鳥居や瑞垣の上に積もった雪をはらい落とし、固まった雪塊を狐火で溶かして処理している。それをこの冬の間、ずっとしてくれていた。

 もちろんそのまま札置神社の管理をくー子に任せっぱなしにしていたわけではなく、わんこーろと狐稲利は時々札置神社へ訪れてはくー子を労り、好物らしい稲荷寿司やきつねうどんをふるまっていたりした。

 

 そんなくー子の背中に乗ってわんこーろと狐稲利は札置神社を移動している。くー子の暖かな毛に包まれているため二人は寒くはなく、お礼を言うように背中をさすってやるとくー子はこちらを驚かさないように小さくクォン、と鳴くのだった。

 

『やっぱくー子でけーなー』『デカいのに鳥居のあいだスルスル通り抜けるんだもんなぁ』『野生動物じゃなくて正真正銘もののけのたぐいなのよ』『しかしあのしっぽは暖かそうだw』『一度触ってみたいなー』『俺はあのお腹辺りに顔をうずめたい……』『不快にさせると頭からパクリといかれるぞw』『ひっ……』『草』

 

 かつて秋のV/L=Fでわんこーろと対峙していた九尾のくー子も今では犬守村の一員として移住者に認識されていた。ほとんどの移住者はあのV/L=Fの一件をただのゲームだと考えており、くー子の存在もそんなゲームを盛り上げる為に生み出された存在だと思っているようだった。

 

 だが一部の移住者、V/L=Fの際に推進室へと情報を絶えず送り続け、FSと共に札置の迷い路を踏破した者たちは、くー子の存在について当初複雑な思いを抱いていた。

 くー子が元々わんこーろに危害を加えるために送り込まれた存在だからというのが主な理由であったが、そんな一部の移住者もわんこーろの配信に度々現れるくー子の大人しい姿を見て当初の考えを改め、静観することとした。

 わんこーろが居るのなら、わんこーろが許しているのなら。それならば安心だろう、と。

 

 実際はくー子の存在に拒否反応を示す移住者へ、くー子の存在を認めてもらう為に頻繁に配信に登場させるようにわんこーろが心を配っていたのだが、それは移住者も知らないことだ。

 

「んんーあったかくてー眠たくなるー」

 

「寝ちゃダメですよ狐稲利さん~くー子さんの背中で寝たらくー子さんが困っちゃいます~」

 

 わんこーろはそう言うが狐稲利はくー子の毛に埋もれ、どんどん目が細くなっていく。ついに頭がこっくり、こっくりと船を漕ぎはじめるのだが、その両手は振り落とされないようにくー子の毛をがっしりと力強く掴んでおり、毛が抜けないかわんこーろは心配そうにくー子へと視線を落とすが……。

 

「ん、んふふ~……ご、ごめんねくー子さん~」

 

 くー子の大きな瞳は己の毛を引きちぎらんばかりに掴んでいる狐稲利の手を捉えるが、しばらくジト目をわんこーろに向けただけでそれ以上は何も言わなかった。抗議の意思を含めたクォン、という小さな声を零しただけだ。

 

「あ、あ~そういえば移住者の皆さんは夢、見ましたか~? 初夢~」

 

『あからさまに話題を変えるわんころちゃん草』『くー子がまだこっちをジト目で見てるんだよなぁ』『狐稲利ちゃん毛をめっちゃグイグイ引っ張ってるw』『痛い痛いw』『狐稲利ちゃんは絶賛夢の中だけどもw』『初夢ねぇ、何だったかな』『夢ってしばらくしたら忘れちゃうんだよな~』『よっぽどショッキングな悪夢とかなら覚えたりしてるけど、ほぼ覚えてないなあ』

 

「まあそうですよね~夢ってそんなに覚えていられるようなものでもありませんし~。かつては初夢で見ると縁起が良いもの、というのがあったんですよ~」

 

 わんこーろはくー子の背中で揺られながら初夢についての話を移住者と共に語っていく。一富士二鷹三茄子というのが有名であるが、現在ではなじみのない言葉だ。天然ものの茄子は口にできる人間は限られているし、鷹など汚染された環境で生息しているはずがない。

 

『その中で知ってるのは富士山くらいかなー』『物としては茄子も鷹も知ってはいるけど、教育データ以外で見たことないわ』『富士山って富士特区のこと?』『そうそう特区が設置されてる山、あれ富士山って名前』『ほほー知らんかった』

 

「狐稲利さんは今どんな夢をみているんでしょうかね~」

 

「んうぅー……んあ……着いたー?」

 

「おやおや、おはよ~ございます~狐稲利さん。まだ着いてないですよ~。ほんのちょっと寝てただけですし~」

 

『狐稲利ちゃんお目覚め!』『おはよう!』『狐稲利ちゃんは何を見てたのかな』『犬守村に富士山は無いし、鷹と茄子はありそう』『この季節に茄子……?妙だな』『鷹もさすがに飛んでないでしょ』

 

「んんー……何のお話ー……?」

 

「初夢のお話をしていました~狐稲利さんは初夢、どんな夢を見ました~?」

 

「んー……ゆめー……」

 

 狐稲利はぼんやりと空を見上げ、頭の中の記憶を辿っていく。

 

 

 

 広大な空間。何もない空白の場所。そこに座り込む影。お姉ちゃんと呼んだ白髪の少女。幾何学な瞳。彼女の名前。

 

 だが、

 

「んー……わすれたー」

 

 狐稲利は、それを思い出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「みなさ~ん着きましたよ~! ここが札置神社の中心部となります~……って、みなさんご存じですよね~? 移住者さんだけでなく~秋のV/L=Fを御覧くださった方々には懐かしい光景かもです~」

 

『もちろんご存じです!』『とはいえわんころちゃんの配信以外で此処に来れるヤツはいない訳で』『犬守写真機でもまだ踏破者二桁だからな~』『しっかし相変わらず……』『広すぎて草』『遠くが小さく見えるw』『しっかり雪かきされてて思ったより石畳が見えてるな』『くー子ちゃんがしっかりお掃除しててくれたみたいだね』『くー子ナイス!』『さすくー』『さすくー!?』『さすくーは草』

 

「んふふ~実際のところ、本当にありがたいです~この境内だけでも犬守神社の数倍の面積はありますからね~」

 

 札置神社の中心部である札置の境内はその向こうが霞がかって見えるほどに広く、平坦な空間が続いている。入口から本殿まで伸びた広い石畳の通路以外は玉砂利が敷き詰められており、本来はそのすべてが雪によって埋もれているはずだったのだが、くー子が毎日丁寧に雪かきを行ってくれていた結果、雪に埋もれるはずだった石畳は顔を見せ、まっすぐ一直線に伸びた道が出来上がっていた。

 

「さてさて~それじゃあお参りしましょうか~。狐稲利さ~ん、雪かきしてもらったとはいえ滑らないように気をつけてくださね~」

 

「うんー! きれいなふくー、汚さないように気をつけるー!」

 

 いつもは灰色の玉砂利と石畳によって構成された札置神社の足元は、雪かき後に残った雪によって薄っすらと白く色付いていた。普段ならばありえないような光景に狐稲利はテンションが上がっているらしい。真新しい和服をひらひらと翻し、狐稲利は上機嫌で石畳の上を進んでいく。たとえ痛いほどの冷たい風が吹いてきたとしても、和服の上から着用している羽織によってそれほど寒さは届かないのだろう。

 

『子どもは風の子だな』『なにそれ?』『昔のことわざみたいなもん。子どもは寒い風の吹く日でも元気に外で遊びまわるから~って』『へー』『今では遊びに出かける外なんて無いってのに』『それよりわんころちゃんは大丈夫なの?寒さ』

 

「わんこーろは大丈夫ですよ~自前の防寒具がありますから~」

 

 そう言ってわんこーろは冬毛に生え変わっていつもの三割増しのモフモフ具合になっている尻尾をふりふりと動かし主張させる。メッシュがワンポイントになったこのしっぽのおかげでわんこーろの腰回りはいつも快適な温かさが保障されている。時々狐稲利が氷のように冷えた両手をそのモフモフの中に突っ込んでくることもあるが、それ以外は特に問題はない。

 

「それに~んふふ~。この、わちるさんからもらったマフラーがありますから~」

 

『あ、やっぱりそれクリスマスの時の?』『幸運にもわちるんの願いが届きわんころちゃんのもとに送られたという……』『例の手編みマフラーですねw』

 

 わんこーろは首元に巻いた暖かそうなマフラーに口元までうずめ、恥ずかしそうにしながら微笑んだ。クリスマスのプレゼント交換会でわんこーろがわちるよりプレゼントされたマフラーをわんこーろは大切に大切に、それこそ身に着けるのを躊躇うほどに大切にしていたのだが、クリスマス以降わんこーろがそのマフラーを身に着けている場面を確認できなかったわちるが大層落ち込んでいるという話をFSの面々から聞いたことでわんこーろは意を決して今回使わせてもらうこととした。

 

「ん~~あったかいです~。ふわふわもこもこしてて~重くもないですから全然負担になりませんし~……あ、なんだかちょっと……わちるさんの匂いがするような……? すんすん」

 

『九炉輪菜わちる:あああああああああ!?嗅がないで!?かいじゃだえええあっわえわえわあfjd』『うおびっくりした』『わちるんじゃん。おつー』『はずか死しそうな人でてきたw』『というかこれずっと見てただろ』『ええ…昨日の夜から深夜までFS公式チャンネルで新年特別配信してたよな?…寝てないじゃん』『それでもわんころちゃんの配信だけは必ず見るのよ』『わちるんわんころちゃんの配信流しながら作業してるらしいからねー』『しかし作業中に自分の話題になって間接的に匂い嗅がれたらそれはもう恥ずかしいどころじゃないなw』『あ、狐稲利ちゃんもわんころちゃんの傍に寄って……』

 

「んー? わちるの匂いー? すんすん、すんすん。 ……うんっ! わちるのあったかい匂いー!」

 

「ああ~わかります~わちるさんって、あったかくてぽかぽか~って感じの匂いですよね~」

 

『九炉輪菜わちる:あばばばばばっばばばばb』『もう止すんだわんころちゃん!これ以上はわちるちゃんが持たん!』『これは端末の前で悶絶してますねぇw』『わちこーろてぇてぇ~』『叫びすぎて室長さんに怒られてるに一票』『口元までマフラーで覆ってるからダイレクトにわちるんを感じられるアイテム!』『まさかここまで想定してマフラーをわんころちゃんに!?』『自身の匂いをわんころちゃんに覚えさせようと……?』『九炉輪菜わちる:そんなことしません!!!!!1』

 

「んふふ~~。それじゃあわちるさんをいじるのはこれくらいにして~お参りしましょうか~」

 

『九炉輪菜わちる:ちょっとおおお!?』

 

『草』『草』『わちるん遊ばれてるw』『反応が良いからね仕方ないね』『なお弄るのは冗談だが匂いがするのは本当な模様』『やっぱ草』

 


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