転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#191 部屋の中のぬくもりと春のきざし

 

 皆さま~~なんだかお久しぶりな気がしますが毎日配信を行っております電子生命体でヴァーチャル配信者のわんこーろですよ~。

 数日前に行った新春初詣配信も無事終了し、年末年始の(せわ)しなさもほんの少しですが和らいだような気がします。とはいえヴァーチャル配信者界隈はそうでもないようで、まだまだ新春や新年といった題名の配信が数多く見られます。

 

 その賑わいは新年だからという理由が大本ではありますが、それに加えてV+R=Wの存在も大きいのではないでしょうか。

 

 去年の年末に発表された二期生への招待状は問題なくすべての二期生候補の方々に送られ、全員のV+R=W参加希望の返信を頂き、それが無事全員分受理されたとV+R=Wの運営を行っている推進室の室長さんから聞いてます。

 

 順調にいけば今月中に二期生の入学式のようなものを行うと、FSさんも考えているようです。

 

 二期生の入学式ですが、これの準備などはFSさんだけでなく一期生の方々にも協力してもらう予定をしているらしいです。その理由として、二期生の方々はそのほとんどがネット内へと精神を没入させる次世代の情報端末、NDS(ネット・ダイブ・システム)を利用した事が無い、というのがあります。

 

 一期生は秋に行われたリアルイベント、V/L=F(ヴァーチャル・リンク・フェス)でNDSに触っている方々ばかりなのですが、二期生候補のヴァーチャル配信者の方々でこのNDSに触れたことのある人は全体の三割程度らしいです。これは推進室が保管している二期生参加希望者のプロフィールからの数字で、おそらく秋のフェスで会場に設置されていたNDS体験ブースの経験者なのでしょう。

 

 V+R=Wでは主にこのNDSを利用して仮想空間内の開拓などを行うため、NDSの利用が必須となっているのですが二期生はそのNDSの利用経験が皆無な方が全体の七割を占めており、そのため一期生の入学式よりも様々なトラブルが発生する危険性があると判断された、というわけです。

 

 諸々のトラブル処理を迅速に行うため、私も二期生の入学式にはスタッフの一人としてお手伝いに出かける予定です。

 

 

「おかーさーお餅もう、いーいー?」

 

「ん~……まだだと思いますよ~? もうちょっと膨らんできたら食べごろです~」

 

「んーわかったー」

 

 そんなことを考えていた私の目の前にはお昼時でお腹を空かせた狐稲利さんが、囲炉裏の上にセットされた金網で良い色になっているお餅をじっと見つめています。

 

 三が日は終わり、お正月モードから通常モードへと気分も配信も直していこうかと考えてはいるものの……直せない、もとい無くならないお正月らしいモノがあるわけです。

 

「私ずっとお餅だけでもいーよー?」

 

「んふふ、さすがにそれは飽きちゃいますよ~? 既に私は食べ方の模索に限界を感じ始めてます~~」

 

 お正月が終わっても残り続けるもの。それはこのお餅です。三が日の間、朝も昼も夜も、さらにはおやつだってお餅だったはずなのにまだまだお餅は残っております。わちるさんやFSの皆さんも新年の配信スケジュールの合間を縫って犬守村へ来てくださり、お餅を食していかれるのですが、それでも残っています。

 

 今日は囲炉裏の火を使ってお餅を焼いてみる実験です。よく七輪の上で焼いているイメージではありますが、囲炉裏でもなかなか良い感じに焼けてくれるみたいです。おこげが何とも香ばしく、お醬油を付けて海苔を巻いて食べることにします。

 

「はふっ! はふっ! のびるーあつつっ!」

 

 狐稲利さんはおいしそうにお餅を食べてはいますが、それでもあと数日はこのお餅生活が続きそうです。

 

「岩戸の中で保存しておけばいつでも食べられるんですけど~ちょっと作りすぎたかもですね~」

 

 今年の餅つきはしっかり作るぶんを計画しておきましょうかね~。

 

 

 

 

 

 

 

 さて新しい年を迎え、新春と言われているわけではありますが、暦上はまだ冬です。年が開けたからといってその瞬間に雪が降り止むわけでもなく、風と空気はまだまだ寒くて震えるようです。

 

「まあ~そんなわけで今日もこたつからの配信ですよ~皆さんお正月は楽しく過ごせましたか~?」

 

『ああ……休みが終わってしまう……』『あれだけあった長期休暇……どこいった?』『君のような勘のいい社会人は嫌いだよ』『働きたくないでござる』『犬守村に移住していいっすか?』

 

「あらら~皆さんすっかり正月ボケですね~」

 

『ぼ、ボケ!?』『今ボケって言った!?』『うわーんわんころちゃんがグレた!!』『いつものわんころちゃんに戻って!!』『いうてちょいちょい物騒な発言してるような……?』『草』

 

「え!? ち、違いますよ~~!? 正月ボケというのはですね~お正月の気分のままでお休みだった時の感覚が抜けない、というのを意味する言葉でして~!」

 

『うん知ってるw』『必死になって両手パタパタしてるわんころちゃんカワイイデス』『焦ってるわんころちゃん良いな……』

 

「も、も~う! 移住者さんはいじわるです~!」

 

 相変わらずな移住者さんたちに翻弄されてしまいますが、こちらとしては本当にまずいことを言ってしまったかと焦りまくりなのですよ。様々な文化や伝統といったものと一緒にかつてのネットのノリというものも取り戻されて来てはいますが、いまいちどの程度なのか判断出来ないんです。どれだけ冗談が通じるのかわかんないですよう。

 

「次やったら移住者さんの居場所を特定しちゃうかも~~~?」

 

『ひっ』『じょ、冗談ですよね~……え?』『すいませんしたっ!!!!!』『配信画面の前で土下座してます』『やっぱこのイイ笑顔好きだわぁw』

 

「んふふ~」

 

 

 

 

 

 

 

 家の外はまだまだ灰色の雪雲が空を覆い隠し、いつ雪が降ってもおかしくないような天気です。こたつの温かい天板の上でタヌキのよーりさんが丸くなり、いつもは外に遊びに出かける狐稲利さんも今日は家の中でゆっくりとするつもりのようで、囲炉裏の部屋から移動してこたつのなかで寝転がりながら手の中のモノを前にして眉をひそめています。

 

「んー……おかーさーこれどうしたらいいかなー?」

 

「どれどれ~……ふ~む~、これはまだ解けないかもですね~」

 

 狐稲利さんが持っているモノというのは、手の中に納まる程度の大きさの木製の入れ物、細工箱です。秋のV/L=Fにて犬守村へ侵入してきた九尾、現在のくー子さんの体内よりまろび出たその細工箱を狐稲利さんは必死に開けようとしています。

 

 この細工箱は年が明けると同時にまるでロックが外れるように箱の一部分が動くようになり、そこから順調に細工箱の仕掛けは解けていったのですが……。

 

『これやっぱ二つ目のロックあんじゃね?』『さすがにここまでして解けないのはおかしいでしょ』『次の条件も時間かねぇ』『狐稲利ちゃん細工箱見せて!』

 

「んー? はいーこれでいいー?」

 

 移住者さんのコメントに反応した狐稲利さんは手に持った細工箱をこたつの上へ置き、配信画面の前へと持ってきました。指先で細工箱を配信画面へとぐいぐい近づけるので移住者さんが近い近い! と声を上げてます。

 あ、狐稲利さんが怪しい笑顔を。これわざとですね。

 

 細工箱は主に狐稲利さんが所持しており、手持無沙汰になるとおもむろに懐から取り出し、遊び半分で解法を探っているようです。冬になってからは外に出られない日も多いので、狐稲利さんには丁度いい暇つぶしのおもちゃと認識されているみたいですね。

 

「しかしまったく傷がつきませんね~これでも狐稲利さん無理やり力ずくで開けようとしてたこともあるのに~」

 

「んーいじゅうしゃがー"力こそパワー!"だってー」

 

「誰ですかそんなこと教えたの~。……ですけど~確かに移住者さんの言うようにここから仕掛けを解くにはまた別の条件が必要なのかもですね~」

 

『言ったような……でも配信で書き込んだっけな……?』『狐稲利ちゃんは移住者のSNSまでチェックしてるからなw』『ポロっと下ネタ言わんようにせんと…』『草』『しかしコレ見た目は完全に木だな』『現実じゃあこの素材と仕組みで高級品確定だよな』『ちょっと側面の板に隙間があるけど…ここから動かせない?』『現実なら無理やり動かせそうだが…コレはわんころちゃんが作ったものじゃねーからなー』

 

「ん~……確かに見た目いけそうな感じはするんですけど~ここから全然動かないんですよね~どこを触っても動く気配なしです~」

 

 私が3Dモデルを制作するときに使うツールのひとつに構成データの内部を覗き見る事のできる"写し火提灯"というものがありますが、この細工箱はその提灯を用いても大まかにしかその内部を把握することはできませんでした。その大まかな結果として内部データを開放しても害は無いと判断し、狐稲利さんのおもちゃになっているわけです。

 

 その後も狐稲利さんは細工箱を前にしてうんうんと唸りながら難しい顔をして細工箱と対峙していましたが、しばらくすると飽きたのか細工箱を配信画面の隅っこに映るように配置して、そのままこたつの中に潜り込んでしまいました。

 

「ん~? 狐稲利さんおねむです~?」

 

「んー……おかーさー」

 

「ん~?」

 

 こたつにすっぽりと体を隠した狐稲利さん。もぞもぞとこたつの中でなにやら動いているなと思っていたら、なんとこたつに入っていた私の腰辺りから突然狐稲利さんの頭がにょっきりと生えてきました。

 

『うお!?』『狐稲利ちゃん!?』『か、かわいいw』『唐突に幼児みたいなことするよな狐稲利ちゃんw』『実際中身は一桁年齢だからねー』

 

「わわ、なにしてるんですか狐稲利さん~?」

 

「んふ~ここ安心するー」

 

「まったく~まだまだ甘えん坊ですね~」

 

 なんだかそのまま私の膝を枕にして寝てしまいそうな狐稲利さん。こたつの温かさと共に狐稲利さんの体温を感じながらその髪を手櫛で整えてあげると、やっぱりすやすやと寝息をたて始めるのでした。

 

「んん~それじゃあ今日はここまでにしよっかな~移住者さん~今日は犬守村に帰ってきてくれてありがとね~また明日~それまでいってらっしゃ~い」

 

『おつかれ~』『いってきまーす』『わんころちゃんおつー狐稲利ちゃんもー』『また明日―!』『風邪ひかないようにねー』

 

 こたつのある部屋でゆったりと過ごす冬の日々は外の寒さも何のその。まだまだ雪が降る日が続くでしょうけどその頻度は確実に減っています。日中の日差しを暖かく感じることも多くなり、時には冷たい北風よりもその暖かさを強く感じることもあります。

 

 それらの変化はこの犬守村へ着実に春が近づいている証拠なのです。

 

「んふふ~明日はちょうど時期ですし~七草がゆでも作ってみましょうかね~~」

 

 雪解けはもうすぐです。

 


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