転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
まだ若干桜色の頬を手でぺちぺちと触りながらもわちるは今までの葦原町の状況をわんこーろへと説明していく。
年末から始まった部活動はすでに一期生へ説明会が何度か行われており、一期生全体への部活動に関する説明書もメッセージ機能を通して送信済み。そうして始まった部活動は予想以上に一期生を惹きつけ、一期生の内およそ七割程度の配信者が何かしらの部活を作り、あるいは所属することとなったのだという。
「ほうほう~皆さん意外と積極的に参加されているのですね~」
「まぁ、なんでか知んないけどわたしのトコはまだほうりとの二人だけなんだけどねぇ~」
ため息交じりにぼやくナートは一期生の配信を適当に眺めている。しばらくすると次の配信者の配信へと変え、そうしてしばらくしたらまた別の配信へ。
その姿はまるでテレビのチャンネルを何も考えず変え続けているようにも見える。何か目的があるわけでもなく、ただそうしているだけのあまり意味のない行動だ。
「部員の募集などしないのです~?」
「してるんだけどねぇ……全然人来ないんだよぅ……」
「ナートちゃんとほうりちゃんのところは部活じゃなくて同好会だからね。あえてそこに所属しようとする人は中々いないよ。部活として大きいところに所属する方が何かと便利だろうしね」
「部活に所属してないヤツらは全員同好会名乗ってっし、単純に応募の数が多くて目立ってねーだけってのもあるかもな。廊下の掲示板とか同好会の勧誘チラシで埋め尽くされてっぞ」
葦原町における部活動システムは既存の配信者グループや所属企業の枠組みとは異なる趣味や嗜好によっての繋がりが優先されている。とはいえ決して強制ではなく、入部に関しては条件などは存在せず、基本ゆるい集まりとして機能していた。もちろん所属しなくてもいい。そのあたりも配信者は自由に選択できる。
全く面識のなかった配信者同士であってもこの部活によって関係を構築した者たちも多く、予想もされなかった異色のコラボが行われることも珍しくはなかった。
配信者の中にはそういった絡んだことのない配信者との繋がりを求めて入部する者さえいるくらいだ。もちろん、自身の趣味等に合致した部活への入部前提の話ではあるが。
「そういう寝子ちゃんは部長に推薦されたんでしょ? いやーさすがは寝子ちゃんだよねー」
「たしか、生物部だったか?」
「部長については断りました。それと、今は"節足動物、昆虫類及びそれに類する小型生物研究部"です」
「せっそ……え?」
「少しじゃなくて全然違うってことはわかりました……」
「気軽に虫部と呼んでください。部長もそれでいいらしいので」
「んふふ~寝子さんにぴったりですね~」
FSの面々はそれぞれが異なる趣味を持っている。なこそがボードゲームをこよなく愛しているように、わちるがわんこーろをこよなく愛している? ように、寝子は意外にも昆虫等を興味の対象としている。夏に行われた犬守村での長時間コラボでは、けものの山へ虫取りに出かけるくらいには虫に大してアクティブに行動するところがあり、それは今も変わらない。
だが最近は寒くなり犬守村でも昆虫採集が出来なくなったことで寝子の虫に対する興味はネット上でそれらの知識を得る程度に留まっていた。
それでも寝子は自身の個人配信でそれらの知識を披露したり、葦原町で一期生として活動する際は虫の生態に関する知識を葦原学校の教壇で他の配信者へ提供することもあった。そんなところから動植物全般の知識を持つ配信者たちの部活"生物部"において、興味本位で入部した寝子に突如として部長になってほしいという願いが複数名の配信者から寄せられたのだ。
「生物部の皆さんは私などよりも深い知識を有している方々ばかりでした。有名だという理由だけで部のトップを決めるのは私としては納得できないものです」
「ええ~そうかな? 寝子ちゃんすっごいと思うけどね~ほら、前にコラボでクイズ大会した時とかさ、寝子ちゃん生物の問題正解し続けて独走してたじゃーん」
「あれはクイズでしたし、本職の方にはかないません」
寝子は自身が有名ヴァーチャル配信者グループであるFSに所属しているという理由から生物部の部長として抜擢されたと思っているようだった。実際は昆虫類に関しては寝子ほどに知識を持つ熱心な者はほとんどいないのだが、昆虫だけでなく生物という大きな枠組みから見てみれば、その知識はそれほど広くは無いと寝子は思ったのだ。
知識の深さには自負がある、けれど広さとなればまだまだ、だと。
「努力した人間こそが相応の地位に居るべきです。その点、虫部の部長さんはピッタリです」
実は寝子が部長を辞退した理由はそれ以外にもあり、生物部という部活が作られた当初はその規模がかなりのものとなっていたのだ。なにせ生物に関する部活がこの生物部ひとつに集約されていたわけだから。
一期生のおよそ半数もの人数が所属する巨大な部活となった生物部のトップにいられるほどの自信は寝子にはなかった。ただ虫を眺めるだけで、配信者としての活動期間も他の配信者と比べると下から数えた方が早い、そんな自身では生物に関する知識でも配信者としても先輩達を押しのけてトップに居ることは恐れ多いと感じたのだ。
結局そのあと生物部はあまりにも大きくなりすぎたことで運営の指導のもと、いくつかの部活へと分けられることとなる。植物の研究などを主とする"植物部"、大型の陸上生物の生態を研究する"大型至上主義部"、水棲生物の"うみのいきもの部"などなど。そんな分けられた部活の一つが、現在寝子が所属する"節足動物、昆虫類及びそれに類する小型生物研究部"、通称虫部である。
所属部員もかつての生物部より格段に少なくなり、本来ならば他の部に吸収されるところだったのだが、虫部部長と寝子の尽力により現在の虫部が正式な部活として認められ、その功績から現在の部長が虫部の部長となり、寝子は副部長として部活を支えていくこととなった。
配信者としてのカリスマ性、知識もさることながらこの虫部部長、実は現実世界でも環境保護関係の仕事に就いており、昆虫類の知識も豊富という人物だ。現実での仕事や立場はV+R=W内のルール的にあまり公にはできないのでそのあたりの事情は寝子は知らないが、知らなくても寝子は部長のその造詣の深さから只者ではないと感じ、尊敬する先輩として慕っていた。
「かかおちゃんは料理だっけ? たしか"現代料理復興部"って名前だったっけな」
「それなら私も知っています。育てたカカオからチョコレートを作ると言って、植物部と共同研究をするらしいですよ」
「あの子らしいな~」
「カカオからチョコ作ってみる! って名前の配信、すでにアーカイブが三つくらいあんな」
「一日でどれだけ配信されてるんですか……というかそもそもこの国でカカオの木は……」
「見つかったら撤去されてしまいそうですね……」
「ん~植物園として残しておくという手もありますかね~」
葦原町の部活動は復興関係や真面目な研究を主としたものばかりではない。というより、そういった研究や知識の蓄積といった意識を持って部活動に勤しんでいる配信者はそれほど多くなく、大半は物珍しさに釣られたり、自身の趣味に没頭する為に所属する者の方が圧倒的に多い。なこその友人である
なお、その内容がチョコを食べたいだけの行動であるところが、なこそを呆れさせたのだが。
FSに次ぐ規模を誇るヴァーチャル配信者グループ"イナクプロジェクト"の面々もそんな部活の中で趣味にのめり込んでいた。リーダーのイナクは意外にも過去の建築物などに興味があるらしく、雑談配信はもっぱら葦原学校の中を散策しながらというのが主らしい。開拓事業では歴史的な建築物に関する知識を披露することもあるとか。
特徴的な声音でクセになる言葉遣いのミャン・ミャックは歌を歌える環境を求めて歌唱部へと入り、音楽関係の企業と個人的な契約を交わしたという話だ。噂では夏にも歌手としてデビューするのでは? と言われている。
双子の配信者である
「んー……なーととほうりはどーこーかい? でなにをしてるのー?」
「えーとね、……ううんと……これ狐稲利ちゃんに説明するのムズイな……!?」
わちるの部活動に関する話を聞いていた狐稲利はおもむろにナートへと顔を向け、質問をした。これまでの話を聞いて狐稲利は部活というものに少し興味が出てきたようだ。基本的に狐稲利は葦原町ではなく犬守村で生活しており、また本人もそれを望んでいるため一期生の中には名前が無い。あくまでわんこーろの協力者という立場となっている。けれど、だからといって狐稲利が部活動に参加できないという訳ではない。わんこーろの協力者として狐稲利はV+R=W内で自由に行動する事が許されているし、部活動だってもちろん参加する事が出来る。それは部活動というシステムを作ったFSからも許可された事だ。
「てかワタシたちもあんまよく知らねーんだよな、ナートが何やってんのか」
「そうだねーいつもはおちゃらけてるナートちゃんも、専門的な話となると着いていけないくらい凄いしねー」
「おちゃらけはやめろよぅ……ええと、わたしとほうりがやってることはね……人が住めるようにする、機械の研究……の研究かなぁ?」
「……なんでこっち見んだよ。不安そうな顔すんな」
「もっと自信もってください!」
「狐稲利さんに分かりやすいよう嚙み砕きすぎてナートお姉ちゃん自身が訳分からなくなってますねこれ……」
「んー?」
空を見上げ、唸りながらも何とか言葉を絞り出したナートだが狐稲利はいまいちよく分かっていないようだった。人が住めるようにする機械、というのも狐稲利にはなかなか理解しがたいもので、そもそも人が住めない環境というものを経験したことのない狐稲利にはその重要性が感覚として理解できないのだ。
ナートが言いたいのは地上の汚染を除去することを目的としたマイクロマシン。その運用に必要な新技術についてだ。
現在地上はナートやFSが生活する塔の街や特区と呼ばれる例外的エリア以外は高濃度の汚染地帯として立ち入りが制限されている。大地は荒れ、海は生物が住むことも出来なくなり、大気も同様だ。
ナートとほうりの両親が代表を務める企業、粒子科学技研はマイクロマシン開発において世界的シェアを誇る。塔の街を汚染から守っているマイクロマシンもこの粒子科学技研の傑作だ。
塔を保護するマイクロマシンは塔の建造当初の時点で量産体制となっており、十数年前すでに汚染に対抗するマイクロマシンの開発が行われていた。そして現在、粒子科学技研は汚染を完全除去するマイクロマシンのシステム構想をある程度確立させ、ほぼほぼその有用性は理解されており、環境保護関係の機関からも期待されていた。
だが、そんな汚染除去マイクロマシンは現在まだ運用されていない。それには二つほど理由があり、まずこのマイクロマシンの実証実験を行うためのプロセスが異常に長い事が挙げられる。塔が閉鎖される以前は粒子科学技研やそれ以外のマイクロマシン開発企業が地上で何度も実証実験を行っていた。汚染地域へと除去マイクロマシンを散布し、その除去具合を数値化。どれほどの効果があるのかを検証するのだが、そのいくらかの検証は予想外の大失敗となり、より地上の汚染を濃くする結末となったのだ。
マイクロマシンの性能がうまく機能せず、除去したはずの汚染が実験領域に酷く停滞し、高濃度の汚染地帯を作り出したこともあれば、そもそもマイクロマシンに汚染の原因となる物質が使用されており、破損時にそれが周囲に拡散したりと大きな問題となったのだ。
その結果、現在地上でマイクロマシンの実証実験を行うにはいくつもの企業や政府機関の許可が必要となり、すべての関係機関からの許可を得るには最短で数年もの時間を要することとなった。もし途中で不許可となったならば、さらにプラスして数年から数十年もの時間が必要となってくる。
つまり実質新型の汚染除去マイクロマシンの運用は不可能となったのだ。
だが、そんな中でも粒子科学技研は諦めなかった。塔の汚染防御のマイクロマシンの実績のおかげで政府機関の許可も大半は得ることができ、許可が必要な関係企業というものもV+R=Wを支援している企業が大半なのでその繋がりから許可を得ることは出来る。
諸々の認可と手続きを終え、粒子科学技研は一つ目の問題をクリア。地上での実証実験の許可を得た。
だが、そこまでクリアしたところで二つ目の問題が重くのしかかる。
現在主流のマイクロマシンは総じて熱に弱い。極小の精密機器であり、ほんのわずかな外的要因によって簡単に故障してしまう。マイクロマシンは熱によって変形し、内部構造が破壊されてしまう。この世界のマイクロマシン開発において熱の克服とは命題ともいうべき重要かつ致命的な問題なのだ。
現在塔の街で運用されているマイクロマシンはこの熱に弱いという弱点を、散布装置と電磁緩衝地帯というものでなんとか対応している。
散布装置はその名の通りマイクロマシンを散布する機械のことで、同時に回収したマイクロマシンのメンテナンスも行う。メンテし終わったマイクロマシンは再度散布され、それは電磁緩衝地帯と呼ばれる空間に固定された電磁的な
しかし、この設備を用いても夏の暑さではマイクロマシンの性能は著しく低下してしまう。そのため塔の街の夏は外出制限が出されることも少なくない。
どうやってもこの熱対策がうまくいかず、せっかくの最新式汚染除去マイクロマシンも現在まで地上での実証実験が行えていない。汚染除去の性能が抜群でも、そもそも熱に弱ければ運用など出来はしない。
そんな会社の状況を知ったほうりが立ち上がり、自身に何か出来ることはないかと考えた結果が、例の同好会というわけだ。
つまりナートとほうりが行おうとしているのは、マイクロマシン技術の命題たる熱の克服なのだ。マイクロマシンと呼ばれるものが本格的に運用されるようになってから数十年、誰もが明確な答えを出せないでいる問題に、二人は挑戦しようとしていた。
ナートとほうりはある意味これまでの粒子科学技研の集大成を……いや、マイクロマシンに携わるすべての企業の期待を背負っているようなものなのだ。
ナートとほうりの同好会に人が集まらないのも、もしかしたらそういったありえないほどのプレッシャーを背負うことを無意識に避けているからなのかもしれない。
だが、二人の両親としては期待よりも二人が仲睦まじくV+R=Wで配信活動を行っているだけで満足しているようだ。そもそもV+R=Wでマイクロマシン技術の研究を行いたいと言い出したのもほうりなので、親としては、好きにしたらいいよ無茶はしてはいけないよ、というスタンスだった。大企業の経営者としても、幼い子どもに社運を任せるような酷な事はしないという考えだ。
「んー……?」
「狐稲利さんはあまり興味がなさそうですね」
「うー……よくわかんないのーごめんなさいーなーとー……」
「いやいや! 全然問題ないから! そんな落ち込んだ顔しないでよぅ」
「まあ難しいよねー。私も半分くらいしか話わかんなかったしー」
「いつも校内歩き回ってっから何してんのかと思ってたけど、ナートも頑張ってんだな」
「そーだよぅ! 頑張ってんだよぅ! 二人で集まれるところって中々無いんだから!」
「なるほど。歩き回ってるのは部室が無いからですね?」
「うん! 学校の中に休憩できるスペースがあるから、そこをちょいちょい使わせてもらってるんだ」
ナートとほうりは同好会として活動しているわけだが、部活のように部室が与えられているわけでは無く、二人の活動というのもそれほど規模が大きいものではない。粒子科学技研からも要請があったわけでもなく、この同好会はあくまで二人の趣味の範疇だ。あわよくばそこで得られた結果を両親の会社へと還元できればと考えていたが、それほど義務的には考えていなかった。少なくともナートは。
「だったらいいところあるよー?」
「へ?」
「狐稲利ちゃん?」
部室がなく、活動拠点が無いと嘆いていたナートに声をかけたのはなんと狐稲利だった。こたつから身を乗り出し手を上げる狐稲利にわんこーろも驚いたように目を丸くしている。
「今からみにいくー? あんないするよー?」