転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#194 秘密の部屋へ

 

「こっちこっち! こっちだよー!」

 

 狐稲利の誘導によってFSの面々とわんこーろは学校の階段を上っていく。どこか懐かしい木造の校舎はまるで何十年も昔に建てられたかのような味のある色合いを見せており、真新しいにもかかわらずその雰囲気は独特のものがあった。差し込む光も、それを反射する木の廊下も、暖かさとなつかしさが満ちていた。

 

「……」

 

「? どーしたの寝子ちゃん?」

 

「……いえ、なんだか……不思議と穏やかな気持ちになると言いますか……」

 

「春だからねぇ~。まだまだ桜の季節じゃないけど」

 

「桜……そういえば学校の敷地には桜の木が植えてあるんでしたね」

 

 ふと階段の踊り場で立ち止まった寝子は窓から見える風景に目をやる。まだまだ冬の寒さが強い時期。季節が完全に実装されていないとはいえ寒さを感じない、というわけではない。だが、そんな冷たい空気の中で、寝子は開け放たれた窓から吹き込む僅かに暖かな風を首筋に感じた。

 

 ほんのりと植物の青い匂い、花の香りを感じるような……そんな薄っすらとしたものが寝子の歩みを止めていた。

 

「葦原町はもうそろそろ季節を実装しても良いかもですね~。過去のデータではもう雪解けの始まる時期ですし~」

 

 寝子と一緒に窓の外を眺め始めた狐稲利。遠くからの景色をもっと見たいという気持ちの表れか、ぴょんぴょんと跳ねながらその光景を楽しんでいる様子だ。そんな狐稲利と手を繋いでいるわんこーろはそう言って寝子に微笑む。

 葦原町の地形や動植物の3Dモデル制作は現在一期生が行っており、その作業は二期生の入学と共に彼ら彼女らへと引き継がれる事になっている。その後二~四期生が土地開拓の主力となり、一期生はその指導をすることとなる。

 

 そうやって開拓作業は継続して続いていくわけなのだが、季節を含めた概念的システムの実装に関してはわんこーろに一任されている。むしろ、わんこーろ以外では手が出せない複雑なシステムと言い換えてもいい。

 

「春になれば、桜も咲きますか?」

 

「もちろんです~映像データで見るよりも迫力があると思いますよ~?」

 

「……楽しみですね」

 

「おおぅ? 寝子ちゃん桜楽しみなんだ?」

 

 基本的に様々なジャンルに勉強という意識で臨む寝子。唯一虫関係は興味の赴くままに動く寝子が、単純に桜を楽しみにしていると言ったことでナートは意外そうに声を上げる。

 

「はい。桜の木は他の樹木より柔らかいので様々な虫さんが寄ってくるので、楽しみです」

 

「ええぇ……」

 

「寝子ちゃん……」

 

「ん、んふふ~……」

 

 本当に虫がきたら薬とかで対策するからね! と、なこそに言われた寝子は少し頬を膨らませながらも渋々了承し、再び階段を上っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだよー! 広いでしょー?」

 

「おお……初めて来たかも……」

 

「なるほど屋上か。確かにこりゃ盲点だったな」

 

「誰も人がいませんね……そもそも屋上に上がるルートを誰も把握していないのでしょうか?」

 

「それもあるかもだけど、皆それより外に出て開拓作業したいんだと思うよ」

 

 狐稲利が紹介した場所とは、葦原学校の校舎の屋上だった。学校の屋根部分は完全な三角屋根ではなく台形の形をしており、平坦な部分は誰でも出入りできるように開放されている。足元はこの学校には珍しくコンクリートで固められてしっかりしている。

 だが今、屋上にはFSとわんこーろ、狐稲利以外には誰もおらず寂しい光景が広がっている。遠くから一期生の楽し気な声が聞こえてくるだけで、その広々とした屋上の土地はまさに貸し切り状態だった。

 

「あそこー誰もいないから使ってもいいかなってー」

 

 狐稲利が指さすのは屋上の一角に大きな柱のように佇む時計塔、その隣の小さな建物だった。

 

「へぇ……こんなのあったんだ……これってなんの部屋なの? なこちゃん」

 

「いやあ……私も知らないなあ。建物の管理をしてるわけじゃないし」

 

 屋上にポツンと存在するその小屋のような姿の部屋は中で下の階と繋がっているわけでもなく、屋上からでないと出入り出来ないようだ。中は生徒会室の奥の部屋程度には空間があるが、部屋の中は何やらよく分からないものが置かれており、家具なども最低限しか置いていないようだ。

 

「あれは時計塔の管理室、のつもりで作った部屋です~」

 

「誰か管理されているのですか?」

 

「ん~……多分誰も管理してないと思います~。あえて言うなら~FSさんでしょうか~」

 

「ワタシたちは存在すら知らなかったんだが」

 

 わんこーろはこの葦原学校を造る際、過去に存在していた学校の情報を複数合わせ、参考にして造っていた。そのため木造をメインとした校舎ではあるが、このようにコンクリートの屋上が存在していたり、実験室などの横には準備室といったこの空間では不必要と思えるような部屋が造られたりと、中々に複雑かつ凝ったつくりとなっている。

 この小部屋も本来は時計塔の管理維持を目的とした倉庫の役割を担っていた場所だ。部屋の中にあるよく分からないものは、掃除用具や時計が壊れた際の修理部品等なのだろう。

 

「よしっ! それじゃああそこを今からナートちゃんほうりちゃんの活動拠点として認めまーす! 同好会は部室の届けが出せないから、もし他の同好会の人がきたら仲良く使ってね」

 

「そんなあっさり!?」

 

「私たちが管理してることになってるからねー。いいんじゃない?」

 

「てかなこそ、あそこの小屋ってカギかかってんじゃねーの? 何処にあるよ、カギ」

 

「……。あっ……あー……」

 

「確か校舎のカギって生徒会室でなこそお姉ちゃんが一括管理されてましたよね……?」

 

「たしかカギの管理箱が……あれ? そういえば今どこにあるんでしたっけ?」

 

 周囲が首をかしげる中、なこそは踵を返し颯爽と走り出した。

 

「みんなっ! 探すよ!!」

 

「ええぇー!?」

 

「失くしたんじゃねーだろーなオイ!」

 

「大丈夫! 私物の山に埋もれてるだけだから! ……たぶん!」

 

「鍵の管理はしっかりとしておけ、って室長さんも言ってたじゃないですか!」

 

「だってしょうがないじゃーん、そもそも今んとこV+R=Wの仕様上不法侵入なんて出来ないんだからー!」

 

 他のメンバーにおざなりなカギの管理を責められながら、それから逃げるようになこそは屋上を後にした。

 

 葦原学校の屋上はひゅうひゅうと風が吹き、寒さの中にほのかな暖かさが感じられる。屋上から見える広大な葦原の土地は一期生によって開拓が進められ、その風景すら確認する事が出来る。

 

 この辺りで最も高い建築物である葦原学校の屋上、そこは一面に広がる青空を湛え、夜になれば犬守村のようにまばゆいばかりの星空が伺えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタカタと端末を操作する音が聞こえる。

 塔の街の推進室拠点で今日も室長はV+R=Wやそれに関連する資料の制作に追われていた。最近では新規の資料作りはひと段落し、ある程度テンプレートの完成した報告書を送るだけとなっており、V+R=Wと葦原町立ち上げの頃よりは落ち着いてきたようだった。

 

「……ふふ」

 

 そうやって生まれた僅かな余暇を使い、室長は一期生の配信をよく視聴していた。FSだけでなく、様々な一期生の配信を見て、その配信の主である配信者や視聴者の反応を見ているのだ。

 こういった何でもない配信の中に、葦原町の不満点や改善点が見えてくることもある。

 

 資料を造りながら室長は目についた配信者の配信枠をクリックし、視聴し始める。

 

「室長さーん。お餅食べます?」

 

「……まだあるのか?」

 

「はい、あの子たちがもっと食べたいとねだったのでまだまだたくさんありますよ。明日の朝ごはんもお餅の予定ですから、覚悟しておいてくださいね?」

 

「……仕方ないな」

 

 室長は頭を掻き、気落ちしたようにつぶやいた。とはいえ餅はまだしも灯とわちるが可能な限り手に入る食材で再現して見せたおせち料理は中々のものだった。すべて合成の食品とはいえ二人によって作られたおせちもどきは室長だけでなくFSメンバーにも好評でお正月の間はそれのおかげで忙しさを乗り越えられたと思えるほどだった。

 

 だが、肝心の餅に関しては擁護出来ない。そもそも現実で食せるお餅は販売されている物に限られており、とてもじゃないがわんこーろのように杵と臼で餅つきなど出来るはずもない。

 

 その販売されているお餅はもち米から作られたわけでなく、元からお餅という食品として合成されたものなので、どこか食感がもさもさとしており、ほとんど伸びない。

 それでも現実で食べられるお餅という事でFSの子どもたちには意外と好評だった。美味しいという意味ではなく、いつかはこのお餅を犬守村のお餅のように! という決意を固める為に。

 

「……ほんの少し前までは効率食で十分だと言っていたのにな……」

 

「みんな成長してるんですよ。配信者としても……人としても」

 

「人か……」

 

 ほとんどの若者は効率食と呼ばれる携帯食料のようなものを食し、料理をしたとしても食材は合成のもの。地上に出ることはできず、ただ地下に籠るしか出来ない。

 そして、そんな生活もあと十年も続かない。

 

 だが、そんな生活から若者は脱却しようともがいていた。かつて存在していた食事、自然の恵みに惹かれ、地上の環境を復活させることを望んでいる。そしてそんな思いを抱く若者たちの先頭にいるのは……。

 

「ふふ……ほら見てください室長、相変わらずわんこーろさんとわちるちゃんは仲が良いですね」

 

「初詣の時のアーカイブか……わんこーろは人よりも人らしいな……ん?」

 

 資料の作成をする室長の隣で灯が一期生の配信アーカイブを確認する。二人の時間が過ぎていく中、室長は情報端末に表示された新着メッセージに気が付いた。つい先ほど送られてきたらしいそれを見て、室長の顔色が変わった。

 

「室長?」

 

「……ようやくか」

 

「何がです?」

 

「天文台だ。……合衆国から天文台のサーバーに入る許可が出た」

 


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