転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#196 70%の部屋

 

 ネット空間を揺蕩うわんこーろは基本的に重装備で行動している。情報そのものであり、あらゆる場所に入り込め、あらゆる攻撃を解析し、あらゆる防壁を突破することが可能な電子生命体であるわんこーろではあるが、だからといって油断することは出来ない。

 

 海のように、あるいは宇宙のように、ネットワークはあらゆるところに張り巡らされ、その繋がりは密となっている。人が作り出したはずのその場所は、人知の及ばぬ未知なる処へと変貌しようとしていた。

 

 

「いや~よく言われますよね~ネットは広大だわ、って~」

 

『? それは誰の言葉なんだ?』

 

「んふふ~とっても偉い方の言葉です~。それでは室長さん~これより接触したいと思いますよ~」

 

『ああ、よろしく頼む。国が管理していた空間だからおそらく脅威は無いと思うが……気を付けてくれ』

 

「は~い」

 

 ネット空間に浮かぶわんこーろの目の前にはひとつの仮想空間が存在していた。周囲にいくつもの防壁が展開され、正規の手順を踏まなければ接触することは不可能と思えるその厳重さに、思わずわんこーろは微笑む。

 

「んふふ~~本当にやってしまってもいいのです~?」

 

『ああ、合衆国側からは許可を得ている。言い分としては"我々も内部は把握していない。開けてくれるなら願ってもない事だ"だとさ』

 

「んふふのふ~~今宵のハサミは防壁()に飢えておりますよ~~」

 

『なんだそれは……』

 

 わんこーろは何もない空間に切れ目を作り、繋がった拡張領域より一振りのハサミを取り出した。現在存在している防壁やウイルス、バグのたぐいをわんこーろが解析しそれらの対抗策を盛り込んだ3Dモデル制作ツール兼万能ツールと化している"裁ち取り鋏"だ。

 

 最近では札置神社に住まう九尾、くー子由来の塔の管理者対策も施され、もはやわんこーろと同じ電子生命体である狐稲利ですら重くて扱えないような代物へと変貌している。にもかかわらずその姿は初期の頃とほとんど変わらず、それがさらなる不気味さを醸し出していた。

 

 それを楽し気にフリフリと小さく振るわんこーろに画面越しの室長はほんのちょっと声が震える。

 

「それじゃあちゃちゃっと破っちゃいますね~~とうっ!!」

 

 軽く振った裁ち取り鋏は周囲の防壁のことごとくを破壊し、備わっていた自己修復プログラムの根幹すら崩壊する。多重防壁による外部からの攻撃を受け止める機能は一撃で貫通、崩壊し、その破壊力は防壁に守られた仮想空間にまで到達するかと思われた。

 

「んっ、っと。このくらいかな~?」

 

 だが寸でのところでわんこーろは振り下ろした鋏を手元に戻し、崩壊は停止した。後に残るのは防衛手段を失った仮想空間のみ。

 

「それじゃあおじゃましま~す。いやいや~一体どのような場所なのでしょうね~天文台の管理空間というのは~」

 

 わんこーろが防壁を破壊し、その中へと侵入した仮想空間。その正体は天文台が管理する管理空間だった。

 

 先日、室長の必死の説得により合衆国はついに天文台内に存在する管理空間内の閲覧を許可。この天文台は合衆国国内の山の上に存在する観測施設であり、その機能を合衆国の副塔に移してからはほとんど使われていないはずの施設だった。

 

 重要性の低いこの施設の管理空間へのアクセスを合衆国はかなり渋り、いくつもの譲歩によってようやく許可が得られたのだが、許可が下りてもそう簡単に閲覧出来るものではなかった。

 

 なんとこの空間、通常の方法では入り込むことが出来ないよう防壁によって厳重に封印されていたのだ。そのことを合衆国に問いただしても、「我々は保管していただけ」「当時の管理者は不在」「開錠方法は不明」「後はどうぞご自由に」と言ってアクセス許可を出してそのまま逃げるように通信を切る始末。

 

 このあんまりな対応を不審に思った室長はわんこーろに協力を要請。とことんやるつもりだったのだが、予想以上にわんこーろもやる気だったので逆に冷静になっていた。

 

「いや~最近おもいっきり鋏を振るっていませんでしたからね~でも、本当に良かったので~? 国が正式に設置した防壁を壊してしまっても~」

 

『壊してから言うのは遅いと思うぞ? 大丈夫だ、先方からは"どうぞご自由に"と言質をとっている。中に入れたなら隅々まで調べてもらっても構わないとも言われているから、よろしく頼む』

 

「はいは~い。何があるかな~」

 

 ゆっくりと空間に触れたわんこーろはそのまま内部へと入っていく。途中ピリッとした感覚を肌に覚えたが、無視してそのまま空間へと入り込む。

 

「あ、なんだかアクセスするときに認証コード入力があったみたいですけど無視しちゃいました~大丈夫ですよね~?」

 

『……あ、ああ』

 

「さてさて~どんなお部屋なのかな~~……あれ?」

 

 わんこーろが入り込んだ天文台の仮想空間は思っていた以上にこじんまりとした空間だった。小さな物置、あるいは葦原学校にある準備室程度の広さしかない。内装もかなりシンプルなつくりとなっており、国の所属機関が管理していた空間とは思えないほどに閑散としていた。

 

「あ~……なんとなく察してはいましたけど~」

 

『もぬけの殻だな。空間内の状況を把握していないというのも嘘だったか。おそらく許可に時間が掛かっていたのはまずいデータを処分していたからなのだろうな』

 

「天文台で保管しているデータなんて星に関する情報くらいでは~? それに重要なデータはすべて副塔へ移動させたはずですし~」

 

『副塔には持っていけないようなデータを残していたんだろう。誰も触れないからそのまま放置していたら、我々からの接触があり慌てて消して回った、といったところか』

 

「なるほど~……しかし、本当に何もなさそうですね~作業日誌のようなものも見当たりませんし~職員リストなんてまず間違いなくありませんよこれ~」

 

 空間内にはいくつかの棚が設置されており、本来ならばそこに本や紙の姿をしたデータが収納されていたのだろうが、そのようなものは全く存在しておらず、空っぽの棚が並んでいるだけだった。そのことにため息を吐くわんこーろと室長だが、この事態はある程度予想していたものだ。空間周囲が防壁によって守られていたことでその予想が確定したためそれほど驚きはなかった。それに、その場合の対策も室長は考慮してわんこーろに協力を要請したのだ。

 

『だろうな。……だが、慌てて削除したなら問題は無いだろう、サルベージすればまだ残っているはずだ。……頼めるか?』

 

「もちろんです~ご許可を頂いているという事なので~遠慮なくいきますよ~~!」

 

 わんこーろは空間に保存されている消えかけのデータをサルベージしまくり、ほんのわずかな欠片からも完全な姿へと復元してみせた。まだ削除されてから日が浅かった事が幸いし、サルベージ出来るレベルの物はそのすべてが解析可能な状態へと復旧が完了した。

 

「う~ん、やっぱりなんだか悪いことをしているような気分になってきますね~~」

 

『……許可を取る際に必要ならデータの復旧作業も行いたいと言ったのだが……』

 

「ほうほう~」

 

『鼻で笑われたよ。出来るものならやってみるといい、とな』

 

「んふふ~それはそれは~挑戦的ですね~」

 

『向こうの人間はお前のことをよく知らんらしい。とにかく、考えうる限りの許可は取ってあるから自由にしてもらって構わない』

 

「室長さんも大変ですね~……それはそれとして~多分これ以上のものは見つけられないと思います~」

 

『ふむ。全部サルベージし終わったのか? それにしては……』

 

 わんこーろがサルベージしたデータはすべて室長の元へと送られているのだが、その量は想定していたよりもかなり少ない。肝心の職員リストなども回収出来ておらず、結果は芳しくない。

 

「実はですね~かなり昔のデータまでさかのぼってみたのですが、十年くらい前のところで突然データが不自然に途切れているんですよ~」

 

『十年前……今回の件とは別のタイミングで削除された形跡、ということか?』

 

「う~ん……削除されたというより~最初から存在していなかったような不自然さなんですよね~」

 

 データをきれいさっぱり形跡さえ残さず削除することは不可能ではない。情報端末ごしでの人間の操作では不可能だが、わんこーろのような存在ならば可能だ。そして可能だからこそ、その状態が消されたのか、初めから存在しなかったのかをわんころーろは見分ける事が出来る。そんなわんこーろから見た天文台の管理空間は、まさに初めから存在しなかった状態のように見えた。

 

『だが、この天文台は十年どころか数十年は稼働していた施設だ。それらのデータさえ無いとなると……』

 

「ん~……ねえ室長さん~」

 

『なんだ?』

 

「この部屋、なんだか不自然だと思いません~?」

 

『? そのデータが存在しない以外で、不自然という事か?』

 

「はい~。例えば~この部屋の天井にある灯り~これってもっと真ん中にあった方が良くないです~?」

 

 先ほどまで悩み顔で天井を見ていたわんこーろは、唐突に室長へ疑問の声を投げかける。いきなりのことに首をかしげる室長は指先を上げるわんこーろを見やる。

 

 わんこーろが指し示すのは、この空間全体を照らすように設置されている蛍光灯の姿をした光源だった。蛍光灯は天井の中央よりも少し端の方に寄った場所で固定されており、部屋全体を照らすには少しばかり不格好に見える。その証拠に部屋の明るさは蛍光灯の寄っている場所は明るく、そうでない場所は少し薄暗く見える。

 

「他にも~この棚とか~机とかも~なんだか端に寄っているように見えません~?」

 

『そう言われると……確かに……。だが、それが一体……?』

 

「んふふ~じゃああ室長さん~この"部屋"どっかで見たことないです~?」

 

『なに……?』

 

 先ほどまではサルベージしたデータに目を奪われていたのでじっくりと見ていなかった管理空間を、室長はわんこーろに促されるように、再度見渡してみる。

 

 部屋はかなり狭い空間となっており、天井に固定された蛍光灯によって白い光で照らされている。壁際には空っぽの本棚が設置され、反対の壁には簡素な机と、その上に電球を用いた古めかしい卓上ライトが置かれていた。

 

 それ以外に特徴的なものは何もなく、だが、そんな特徴的なものがない事が、ある意味もっとも特徴的であった。

 

『っ! これは……まさか、いや……本当に?』

 

 そして、部屋全体を把握した室長はその部屋に抱く既視感の答えにたどり着き、思わず声を漏らす。

 

 簡素で狭い部屋、蛍光灯、本棚に机、その要素は二人が知るとある空間と全く同じ要素で構成されていたのだ。

 

「恐らくですけど~この部屋は今の葦原町となった集積地帯、その深層だったあの小部屋の"本体"です~本来は一つの空間で、分割されていたのでしょう~」

 

 

 

 


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