転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#197 葦原町まっくら事件

 

 葦原町は冬の寒さから春の温かさへと移り変わろうとしていた。まだまだ朝夕は肌寒いが、天気の良い昼間は太陽光が降り注ぎ、暖かさを存分に感じさせてくれた。

 

 葦原町はこのネットワークの海に存在する放棄された仮想空間やデータが寄り集まって生まれた集積地帯と呼ばれる空間を利用して構築されている。集積地帯を一旦まっさらな状態にフォーマットした後、FSやわんこーろ、一期生によって葦原町が創られたわけだ。

 

 そんな葦原町は朝も夜も関係なく一期生が活発に活動している。最近では動物関係の部活が主導して野生動物の創造に入ろうとしているらしい。実際に動物の実装が行われる際はわんこーろによる魂の実装や、それらを循環させるシステム構築なども行う予定ではあるが、そのあたりは犬守村に実装済みのものを複製して持ってくる予定なのでそれほど時間はかからない。今は一期生たちがどんな動物たちを作り上げるのか、それを楽しみに待っているわんこーろだった。

 

「んん~! 葦原町はもう春が近いですね~~犬守村は山深い土地ですから雪解けはもう少しかかりそうです~」

 

 ほんの僅かに感じる春の風の心地よさに目を細め、わんこーろは注ぐ日の光をめいいっぱい体に受けようと両手を広げる。葦原町の空気は犬守村とはまた異なる雰囲気があり、わんこーろも新鮮な気持ちで町を歩き回っている。

 

「あっ! わんこーろさん! こんにちは!」

 

「わんこーろせんぱーい! 次の授業よろしくでーす」

 

「わんころちゃんまたねー!」

 

 かけられる言葉にわんこーろは手を振り笑顔で言葉を返す。それがここ最近のわんこーろの葦原町での日常だった。

 

「はいは~い、こんにちは~。よろしくね~。ばいば~い」

 

 ただ歩き回っているだけなのにわんこーろはすれ違う一期生たちに次々に話しかけられる。それだけ有名であり、話しかけやすいと認識されているのだろう。大人組からは娘のように頭を撫でられ、未成年組からは姉妹のようにべったりくっつかれることも多い。大半はその手触りのよい尻尾や耳が目当てなのだろうが、わんこーろは快く撫でさせている。

 荒く撫でられても後でわちるが整えてくれるので問題ないのだ。

 

『人気者だな』

 

「んふふ~この自慢の尻尾と耳はまだまだモフモフ度を高水準で維持しているのです~室長さんもいかが~?」

 

『くく、また今度な』

 

「は~い。ええと、次の廊下をもうひと往復~」

 

 室長と通話しながら歩き回っているわんこーろだが、ただ適当に歩き回っているわけではない。

 

 この葦原町にはその最奥にかつて集積地帯の深層であった空間が封じられている。その封じられた空間へたどり着くには校舎の中の決められたルートを通らなければならない。犬守村の札置の迷い路と同じ隠し方が採用されているのだ。

 

 もちろん一期生が偶然このルートを通って隠された空間に到達しても、空間に対する管理者権限がなければ入ることはできない。

 

 封じられた部屋は室長とわんこーろによって空間の安全が確かめられた後、重要機密らしい文書が多く保管されていたためわんこーろによってこの深層のみは初期化されることなく葦原町の奥底へと封印処理され、そのまま誰の目にも触れずに埋もれるはず……だったのだが。

 

『しかし……偶然とは思えないな……求めている天文台の情報が、まさか集積地帯に眠っていたとは……』

 

「そうですね~……何かしらの意図があってわざと分割させて隠したのかもですね~」

 

『隠した……なるほど、天文台の管理空間本体に十年前のデータが全く存在していなかったのは、こちらの分割空間が保管場所とされていたからか』

 

「削除されたなら跡地から復元は出来ますけど~空間まるごと隠したなら発見するのは難しいですね~そもそも隠されているという事を知らなければ探すこともしませんし~」

 

 わんこーろは同じ廊下の行き来と階段の上り下りを何度か繰り返したのち、三階の突き当りのとある扉の前で立ち止まった。

 何の変哲もない、ただの準備室への入り口だ。ドアの窓から部屋の中を見ても、なにやら道具や箱のたぐいが乱雑に置かれているだけに見える。

 

 だが、決められたルートを通り、権限を持っているわんこーろならばその扉は葦原町の底へ行くための秘密の通路となる。ドアに手をかけ中に入ると、そこに広がっていたのは物置となっている部屋ではなく、真っ白な部屋にわずかばかりの家具が置かれた質素な部屋だった。

 

 集積地帯の最奥に隠されていた深層の部屋であり、天文台の管理空間の片割れたるその空間は、変わらずそこに存在していた。

 

「さて~それでは調べていきましょうかね~~」

 

『頼む。何度も言うが、何か異変を感じたらすぐさま離脱してくれ』

 

「りょうかいで~す。……、……ん?」

 

『? どうかしたかわんこーろ? まさか、何か問題が……!』

 

「い、いえ~こちらの問題ではなく~……たった今わちるさんから連絡がありまして~……」

 

『なに? ……む、私のところにも来ているな……』

 

「"葦原町がまっくらになってます!?"と仰っておられますけど~……?」

 

『ちょっと待ってくれ……こちらで確認を……。……は? な、なんだこれは……!?』

 

 室長の焦った声に急かされるように、わんこーろはその空間から脱し、校舎の窓から外の様子を確認する。

 

「え、えええ!? ちょ、本当に真っ暗なんですけど!? ほ、他の皆さんは~!?」

 

 わちるから送られてきたメッセージの通り、葦原町は昼間であるにもかかわらずまるで日が沈んだ直後のような薄暗さとなっていた。暗い空を見ても雲はまばらで太陽が隠されるほどの量ではない。そもそも曇りの日と比べても圧倒的に暗い。まるで日食の瞬間のような暗闇が葦原町全体を包み込んでいたのだ。

 

 たまらずわんこーろは葦原町に居るはずの他のFSメンバーへと連絡を取ろうとする。予想外の異常事態というものが、わんこーろの胸中に秋のイベントで起こった騒動を想起させたのだ。

 

 またあの時のような事態に陥ったのかと焦るわんこーろ。FSメンバー全員との通話を繋げた瞬間、そんな不安げなわんこーろの意識を吹き飛ばすほどの怒声があふれ出した。

 

『ごるああああああああっ!!! なああああとおおおおおおおおオマエさっさと戻せやこらあああああ!!!』

 

『ナートお姉ちゃんこれは重大事故ですよ完全に炎上確定演出入っていますよ今ならまだ土下座で許されますよ聞いてますかお姉ちゃん聞いてますよね?聞いてなかったら後で分かってますよねお姉ちゃんおねえちゃんおねえちゃん』

 

『ナートちゃん今屋上だよね? そこから一歩も動かないでね。もちろんほうりちゃんも一緒だからね。怒るときは公平に二人とも怒ってあげるから安心してね聞いてたら早く応えてねオイこら』

 

 最初の怒声はどうやら○一によるもののようで、喉が枯れそうな声量に思わず聞いているわんこーろがそのイヌミミを抑えてびっくりするほどだ。次に聞こえてきたのは寝子の声。いつもの冷静な声音ではあるが、その流れるような早口に思わず圧倒されるほどの雰囲気がにじみ出ている。

 

 最後はなこそのようだが、その声は前の二人に比べてとても、それはそれはとてつもなく穏やかなものだった。人はこれほどまで穏やかで、それでいてとてつもない怒気を含ませた声が出せるのかと戦慄するほどに、穏やかだった。

 

「ええ~と、これは一体何が起きているので~? わちるさ~ん」

 

『あ、わんこーろさん……実は、私もつい先ほど知ったのですが……』

 

 通信を繋いだFSメンバーで唯一まともな状態らしいわちるから話を聞くと、つまりはこういう事らしい。

 

 つい十数分前、屋上で活動していたナートとほうりの同好会からなこそへと連絡があったらしい。なんでも、構想中のマイクロマシンの稼働テストを行いたいから一時的にマイクロマシンを上空に散布する許可が欲しい、という話だった。

 

 同好会だけでなく数多くの部活動でもこのような実験を許可してほしいという届け出がいくつも出されており、それほど珍しい話ではなかったため、なこそはすぐに許可を出した。もちろん身内だから甘めに審査をしたわけでなく、ナートが提出した届け出が他の部活動のものよりも詳細かつ明確に書かれていたため、すぐに許可を出せる状態だったというだけの話だ。

 

 届け出によると行う実験は太陽光の反射と減衰に関するデータを内包したマイクロマシンの3Dモデルを上空の限られた空間に散布し、その直下の減衰具合を計測するというものだった。散布範囲は人一人分よりもさらに狭い範囲であり、効果時間も数分程度に設定、減衰レベルも太陽が雲に隠れたのかな? 程度のものと説明があった。

 

 だが、許可を出した数分後に、突如葦原学校の上空が真っ暗に変化、確実にナートとほうりの実験が原因だろうと判断したなこそが再三ナートへと状況説明を試みているが、帰ってくる内容は……。

 

『てへぺろ、とか……俺はわるくねぇ! とかで……』

 

「な、なるほど~それで皆さんあんなに怒って~」

 

 実際は長々とナートの言い訳が続き、焦ったほうりの声も聞こえるなか、何とかその場の雰囲気を和ませようとしたナートの一発ギャグのようなものだったのだが、あまりにも悪手。火に油をドバドバ注いでしまう事態に。

 

 きっと今頃ナートとほうりは震えながら屋上で縮こまり、大きな足音を立てて屋上への階段を登るなこそに震えあがっていることだろう。

 

「あ~……まあ、大事なかったのならよかったですけど~……」

 

『あはは、すみませんわんこーろさん。私ももしかして、と思って焦ってわんこーろさんに連絡を……』

 

「いえいえ~それは良いのですが~……ええと、室長さん?」

 

『ああ、こちらでも状況を把握した。あの二人はこってりと絞ってやることにする。……あの部屋については後日でいいか?』

 

「は、は~い大丈夫ですよ~。あの~お二人のことはお手柔らかに~」

 

『残念だがそれは無理そうだ。それじゃあまた』

 

 ブツリと途切れた室長との通話に、思わずわんこーろの額に冷や汗が浮かぶ。自身が怒られるわけではないのに、どこからか聞こえてくる怒声と悲鳴に、早々に犬守村へと帰ることにしたわんこーろなのだった。

 

 

 

 余談だが、後に葦原学校まっくら事件と呼ばれることになるこの騒動によって、清楚で近寄りがたいと思われていたほうりのイメージが崩れ、やっぱヴァーチャル配信者なんだなぁ、と親近感を持たれるきっかけとなるのだった。

 

 なお、当然二人はFSと室長たちにしこたま怒られた。

 

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