転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#198 30%の部屋

 

 葦原学校内に存在する生徒会室は主にFSのメンバーが会議という名の駄弁りを繰り広げる空間だ。他の一期生には秘密にしている犬守村印の羊羹を食べながら今後のイベントや活動方針を決めていく話をしていたり面白そうな配信を一緒に視聴したりと、行っていることは現実とさほど変わらないが、一期生全員と繋がっているこのV+R=Wでそんな事が出来るのが重要なのだ。

 やろうと思えばたった今FSが視聴している一期生の配信へと顔を出すことすら可能だ。オンラインでありながらまるでオフコラボのようなフットワークの軽さを実現出来るのもV+R=Wならではのおもしろさだ。

 

 そんないつもは楽しい雰囲気に満ちている生徒会室は、現在とある二名によって悲壮感漂う微妙な空気が立ち込めていた。

 

「ひぃ……ひぃ……もう、ムリ……」

 

 机の上で何かの紙に必死にペンを走らせるナートの顔は魂が抜け切り、感情が消失したかのように褪せて見える。手に持つペンも若干震え、一向に進む気配はない。

「ナートちゃあん、真面目に書かないとお仕置きだよ?」

 

「ひぃ!? ごめんなさいいぃ……」

 

 生徒会長と書かれた札が置かれた専用の机、その上からなこその低い声が聞こえてくる。顔は笑っている。だが、その声音はナートを締め上げるかのようにねっとりとしていて、思わずナートは肩を震わせ、反射的に謝罪の言葉を口にする。

 

「……まったく、ほうりちゃんを見習ってね。ほら、もう反省文書き終わったし」

 

「あの……この度は本当に申し訳……」

 

「ああ、いいのいいの。実際に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、ルールは守らないと、ってだけの話だから。それにやらかしてるのはほうりちゃんだけじゃなくて他の部活も中々派手にやっちゃってるんだよねー。だからそんな顔しないで、ね?」

 

「はい……お気遣いありがとうございます」

 

「ええー!? なにそれ!? ほうりだけずるいよぅ!!」

 

「そう思うならちゃっちゃと反省文書いちゃってね。それ後で室長に提出するから」

 

「ひぎゃあぁ!?」

 

 葦原学校内で部活の動きが活発になってきたこの頃、先日のナートとほうりの同好会のように、実験の許可申請を願い出る部活がいくつも現れ、なこそはそれらをしっかりと選別し、許可を出すようにしていた。だが、中には提出された申請書に書かれていた実験内容と異なる実験が行われている例もあり、先日のナートとほうりのように大規模な騒動へと発展することもある。

 

 だが、ここが現実の世界ではなく、ネット上に存在する仮想空間であるため比較的簡単に問題は解消する事が出来る。最悪の場合でもわんこーろによって環境のロールバックが実施され、V+R=Wへの致命的なダメージとはなりえない。そもそもV+R=Wは現実では実行が困難な実験を行う場としても運用される予定なので、そのあたりの対策は万全なのだ。

 

 だが、だからといってやらかした部活が何のお咎めも無いというわけでは無い。実験の責任者には反省文の提出が義務付けられ、場合によっては失敗した実験の報告書などの提出も求められる。それらの書類はFSを通して運営である推進室へと送られ、今後のV+R=W運営の資料として活用される。

 V+R=Wは今後も参加者を増やしていく予定であり、実験の失敗や炎上騒動などは今後も頻発するだろうと予想出来る。そんな時に問題を早期解決するため、あるいは延焼を防ぐための資料として過去の失敗談や炎上騒動の経緯は詳細に記録され、保存されるのだ。

 

 

「まあワタシたちは一期生だからな、つまりはテストプレイヤーみたいなもんだ。次の二期生以降のヤツらの為にむしろ失敗しまくった方が有益ってやつだな」

 

「珍しいですね、○一お姉ちゃんがナートお姉ちゃんをフォローするなんて」

 

「あ~……まあ、なんだ……ワタシも書いたしな……反省文」

 

「ホントダメだからね○一ちゃん。V+R=Wは全年齢対象。小さい子も見てる健全な世界なんだから、真夜さんとは二人きりの時に──」

 

「うわあああ!? 何言ってんだテメェ!? ちゃんと反省文の内容読んだのかよ!?」

 

「え? 読んでないけど? プライバシーの侵害になるし、基本的にそういった物は見ないようにして室長さんへ送ってるよ? ただ真夜さんがそう言ってたから」

 

「真夜のヤツ何言ってんだ!?」

 

 雑に○一をからかいながら、なこそはほうりより受け取った反省文を机の中にしまう。書き終わったほうりは書き終わっていないナートの横で手助けをし、そんな姿を微笑ましいものを見るようになこそは口角を上げる。

 隣でわちゃわちゃと身振り手振りを含めて騒いでいる○一をよそに、なこそはナートから窓の外へと視線を移す。

 

 外では一期生が部活の活動を行っていたり、開拓の計画を立てていたり、その中に狐稲利とわちるが紛れていたりと楽しそうな光景が繰り広げられていた。

 なこそは胸元に光るコイン型のカレンダーに指先で触れ、そんな平和な雰囲気にご機嫌な様子で深く椅子に座りなおす。

 

 なこそは各部活や一期生個人の反省文のまとめや、それ以外の資料の処理など一期生のまとめ役としてやらなければいけないことが山ほどある。ナートが反省文を書き終えたらそれらのやらないといけない雑事をこの部屋に居る全員に手伝ってもらおうと画策していた。

 

「ふふふ……みんな道連れだよ……あ、狐稲利ちゃんとわちるちゃんにも連絡しとこ」

 

 そんなことを考えるなこその怪しげな笑みに気づいた者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 葦原学校の深い場所に封印されていた小部屋はかつて合衆国の天文台の仮想空間だったため、その内部には数多くの星や宇宙に関するデータが納められている。その量は天文台が設置された当初から蓄積されたもので世に出ていないような貴重なデータも保管されていた。

 

 この小部屋を発見した当時は一体何の空間なのか全くの謎だったので、一般人には公開出来ない非常に秘匿性の高い情報が保管されているかもしれない、と室長とわんこーろは考え、内部の資料に触れることはなかった。

 

 だが、今回この部屋が天文台の管理空間の一部であり、内部の捜索が許可されているということでわんこーろは遠慮なく内部のデータ閲覧を始めていた。合衆国の天文台からは切り離されているとはいえ、ここも元は天文台の管理空間だったので許可されたも同然……という判断だ。

 

「あ~! 室長さん! ありましたよ~天文台の職員の名前が書かれたリストです~年別に分けられているのでわかりやすそうです~」

 

『そうか! 例の人物についてはどうだ……?』

 

「顔写真も添付されているので名前が分からなくても検索はらくらく楽勝です~」

 

『たのむ、ほんのわずかでも手がかりがあればいい。なこその父親の、手がかりが』

 

 

 そもそも室長があれほどまでに合衆国へ天文台管理空間の閲覧許可を求めたのはすべてなこそのためだった。始まりはV+R=Wの基礎となった集積地帯、そこで見つかった映像データ群にある。

 

 星々を写したその映像データはどうやら専門の機関が撮影した宙の写真だったようで、かなり鮮明に写し出されたまばゆい星々や鮮やかな星雲がFSに珍しい映像として受け、最初に見つけたなこそが管理する事になった。

 だが、その映像データの中に一枚、他のデータとは毛色の違うものが紛れ込んでいた。

 

 どこかの天文台を背景として数名の人物が並んで写っている写真。そこに写っていた日本人らしい人物が持っていたものが、なこそが両親の手がかりとして大切にしていたコイン型のアクセサリーと瓜二つ……いや、全く同じものだった。

 後にわんこーろによって天文台の場所が特定され、コイン型のアクセサリーの正体がカレンダーであることが判明、室長はそれらを証拠として、なこその親の手がかりを手に入れるため、合衆国へ天文台の管理空間の閲覧を願い出たわけだ。

 

 映像データに写っていた人物が、本当になこそと関係のある人物なのかを知るためにわんこーろが最優先で管理空間で捜索したのは職員の名前が記録された職員リストだった。天文台にある管理空間本体に存在しなかったことから、こちらの切り離された空間にあるのではという二人の予測は正しく、それほど苦も無く職員リストは見つけられた。

 

 職員リストは紙束がまとめられたファイルの姿をしており、棚に乱雑に収納されていた。あまりにも資料の数が多いので人物名らしき文字列を抽出してファイルの位置を特定したわんこーろは、手に取ったファイルと室長を交互に見て、室長が頷くのを確認してからその中身を開いた。

 

 ペラペラとファイルに収められた資料をめくっていくわんこーろ。記載された名前には名前以外の情報が付随しており、一つ一つ確認しながら例の写真に写っていた人物を探していく。

 

「それにしても~……集積地帯の深層に隠していたなら天文台の管理空間本体をフォーマットする必要はなかったでしょうに~」

 

 わんこーろのつぶやきは確かにその通りだった。空間を分割し隠したならば、そもそも天文台の管理空間本体のデータの削除を行う必要などなかった。むしろ削除などせずに、室長にすぐさま管理空間へのアクセス許可を出していれば変に怪しまれることもなく、室長は重箱の隅をつつくような綿密なサルベージなども行う必要が無いと判断したかもしれない。

 

 まあ、集積地帯の整地作業の際わんこーろが深層の内部を覗き見ていたので、どちらにしろ天文台の管理空間と深層の空間との関連性は気付かれていただろうが。

 

『ふむ……もしかすると……合衆国も知らなかったのかもしれん』

 

「? 天文台の管理空間が分割されていることを、知らなかったという事です~?」

 

『ああ、おそらく合衆国の奴らがあの空間を"保管していただけ"という言葉は本当だったのだろう。私から閲覧の申請が出された直後に空間のうわべだけを見て、危ういデータを消して回った』

 

「ん~……そんなに見られたくない情報があそこにあったでしょうか~?」

 

『ふふ、まあお前にとってはくだらないものばかりだったかもしれんな』

 

 天文台の管理空間よりサルベージされた情報の中には、確かにちょっとしたマナー違反な行為や、法律的に極めてグレーな行為が隠滅された形跡があった。重罪とならずとも、知られれば苦言の一つでももらうのは確実な内容が。

 

 だが、わんこーろはそれらのデータを「あらら~」という呆れた声を零すだけでスルーしていた。もちろんデータそのものは室長がすべて回収したが、わんこーろがそれらのグレーな行為の証拠に手をつけることはなかった。

 

 そもそもわんこーろは自身の電子生命体の力をそのような、何かを(あば)く事にはあまり使わない。その内容が悪しきものであり、暴く事が正義だとしても、自ら行動に移すことを良しとしなかった。

 

 それは自身がわんこーろという電子生命体でありながら、人としての心を持ち得ていると自覚していたからだ。

 

 電子生命体の力を使えばネットに沈む巨悪を白日の下に晒し断罪を下す、なんてことも出来るだろう。さながら物語の主人公のように、速やかに軽やかに勧善懲悪を遂行するだろう。

 

 だが、果たしてそれは本当に正しいのか。自身が悪と決めつけているものは本当に悪なのか、暴くことが全くの正義なのか。その判断をただ一個人の感情で決めてもいいのか。

 

 その判断ができないから、わんこーろは自身から積極的に動いて正しさを証明することはしない。少なくとも一人で正義を声高に叫ぶようなことはしない。今回室長に情報をすべて渡し、しかるべき処置をお願いしたように、一人の人間として出来るだけの事をするだけだ。

 

 

「室長さん~」

 

『どうした? 見つかったか?』

 

「いえ~リストをすべて確認したのですが~、それらしい人物は見つけられませんでした~」

 

『……そうか』

 

「ただ~」

 

『ただ、なんだ?』

 

「職員リスト自体が何度か更新されている様子です~新しく追記されているのではなく~リスト全体に更新された形跡があります~」

 

『全体の更新……過去の職員リストの内容も弄ってある可能性が……?』

 

「復元してみますね~」

 

 年別に職員リストがまとめられているのなら、その中に過去のデータももちろん存在しているわけだが、わんこーろはそのデータ全体に改変の痕跡があるのだという。

 わんこーろがファイルの中身をパラパラとめくりながら手を添えると、リストに書かれていた文字がいくつか浮かび上がり空間に溶けて消えていく。その跡から別の文字が浮かび上がってきた。添付されていた映像データも書き換わり、改変前のデータへと変換される。

 

「これが元のデータになりますね~ええと~変わってる場所は~」

 

 復旧されたデータと改変後のデータを比較していくといくつかの相違点が見えてくる。多少の誤字脱字の修正や補足説明の追記などがほとんどだが、中には日付が変更されていたり……登録されている個人データが全くの別物に置き換わっていたり。

 

「! ありました~! ここの、この方。名前が全く違います~」

 

『登録者名は……重里(シゲサト)……』

 

「添付されている顔写真のデータを復旧します~。……どうやらあの写真の方と同一人物のようですね~」

 

『そうか……、そう、か』

 

「室長さん?」

 

『合っている。……職員リストの個人データに記載されている苗字も、家族構成の欄に記載されている娘の名前も……すべて合っている……この重里という人物が……』

 

 言葉を詰まらせる室長。それは長年胸の奥に引っ掛かっていたものが剥がれ落ちたかのような、安堵と達成感による静かな時間。そして室長は静かにつぶやいた。

 

「彼がなこその父親だ」

 


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