転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#200 修羅場

 V+R=W運営はNDSによる参加者を段階的にV+R=Wへ投入する計画を実行していた。最初期にはNDSの利用に長けたFSと、秋のV/L=Fで長時間のNDS使用を体験した者たちが一期生として選出され、拠点となる葦原町を構築した。

 

 それ以降一期生はV+R=Wの運営に携わる"教える立場"になり、後に投入される二期生の先輩となる。二期生は一期生の教えを元に広大なV+R=Wを開拓していく事になる。

 

 投入される参加者は徐々にNDSに触れたことのない初心者の割合が多くなるように考えられており、NDS使用経験の長い一期生から、ほぼ触れたことのない五期生まで順次投入されていく予定となっている。

 

 その中でも二期生はまだNDSに触れた機会のある者たちが多い。秋のV/L=Fで現地に設置されたNDS体験ブースにてNDSに触れて、実際にネットへとダイブした者たちが含まれているからだ。

 

 だが、だからといって一期生がV+R=Wへとやってきた時のように順調に事が運ぶだろうというのは想像以上に楽観視が過ぎた。既に二期生候補へNDSが届けられ始めているのだが、彼ら彼女らは一様にその仕様把握に四苦八苦しているようだった。

 

 NDSによるネット内への没入はおろか、一期生が難なくこなした初期設定さえままならない配信者も多く、急遽V+R=W運営から初期設定までの解説付き動画が公開されたり、一期生の中でもNDSの活用方法を熟知した者たちがサポートセンターのような役割を担う事になったりと、まだ二期生が合流していないにもかかわらずその混乱具合は中々のものだった。

 

 運営である室長や灯もわちる同様に忙しく、彼女たちを手伝えるほどの余裕はなさそうだった。なこそが声をかければ手伝ってくれるだろうが、なこそとしてはそれは最終手段としておきたかった。二人にあまり無理をさせたくは無い。

 

 

「というわけで今生徒会室は修羅場真っ最中なんだよねー!」

 

 葦原町の葦原学校、その生徒会室でなこそが吠える。一期生が参加し、本格的に拠点である葦原町を創り始めた時もかなり忙しい状況が続き、生徒会室はいつも報告書と指示書に追われていたが、現在の生徒会室はそれの比では無い。

 

 毎日提出される部活動や個人の報告書、反省文、設備追加願い等の要望書。それに加えて二期生関連の諸々手続きに必要な書類などなど。それら書類の山が部屋のあちこちに築かれ、それは増えていく一方だった。

 

 もはや足の踏み場も選べないほど書類に埋もれた生徒会室で主に書類の処理担当を任されているなこそは血走った目で書類に素早く目を通し、さっさとサインを走り書いて捌いていく。本当に書類の中身を確認しているのか疑問なほどのスピードであるが、内容の精査については寝子がしっかりと確認しているので問題は無い。

 

 寝子はV+R=Wおよび葦原町で定められたルールのすべてを記憶しており、各書類がこれらに合致するかを数秒で判断する事が出来る。寝子が良いと判断した書類のみがなこその元へ送られ、なこそは軽く概要を確認してサインを書き込むだけで済んでいた。本来はなこそも寝子同様内容を吟味した上で判断するべきなのだろうが、そんな余裕はすでに無い。書類だけでなく、二期生への対応も必要であったからだ。

 

 FSが想像していた以上に二期生の参加には様々な障害が発生していた。NDSの利用方法が分からないといった初歩的な問題から、これまで利用していた配信環境の移設が出来ないといった解消に時間がかかりそうな問題まで様々で、経験者であるFSや一部の一期生は右往左往しながらも何とか対応しようと努力していた。なまじ一期生参加時にそれほど大きなトラブルが起きなかったという事実が、今回油断という形で現れてしまったのだ。

 

「こちら、サポート完了しました。……二期生で無事にNDS起動までこぎつけたのって……これで何人でしたっけ……?」

 

「まだ41人だな。初期設定にゃ個人情報すげー必要になっからそれがネックになってんな。ワタシらが見ていいもんじゃねーし」

 

「ハイ生徒会室サポートセンターデス。おかけになった電話番号は現在使われてオリマセン」

 

「お姉ちゃん方、お話も良いですけど手はしっかり動かしてください。ナートお姉ちゃんふざけてないでちゃんと対応して下さい」

 

 生徒会室の机の上でいくつものウィンドウを開き、同時に数名の二期生へ問題の応答を行うのはわちると○一、それとナートだ。既に40名以上の二期生のNDS関連の不具合、トラブルに対処しているおかげで、似たような症状から原因を推測出来るまでになった三人は最初の頃よりは余裕が出てきたようで多少の軽口を叩きながらウィンドウに目を向けている。

 

 本来、二期生初参加イベント"成人式"は参加配信者それぞれにイベントの時間を知らせ、それまでに葦原町に集まってね、と言っておくだけだったのだが、このままでは集合時間どころか当日までにNDSを起動出来ない配信者が現れると予想出来てしまうものだから、たまらずFSが手助けし始めたという経緯があり、各々仕方ない、と渋々納得していた。

 

 とはいえここまでの事態は想定していなかったのか、既にナートの頭からは煙が出て機能停止寸前だ。

 

「皆さんお疲れさまです~休憩にしましょ~。どうぞ犬守村のお茶です~。あ、あと羊羹も~」

 

「ああ……わんこーろさん……ふわふわ……もふもふ……はふ」

 

「んひゃあ!? わ、わちるさんあぶない~! あ、お茶が~!」

 

「まかせろ!」

 

「おお! 宙を舞うお茶と羊羹を空中で! ナイスキャッチ○一ちゃん!」

 

「あーーもうダメ寝るぅ~こんな疲れたのゲームのクリア耐久以来だよぅ~……」

 

 そんな生徒会室の奥から現れたのはお茶と切り分けられた羊羹をお盆に載せたわんこーろだった。疲れから魂が抜けたようになっているところへ現れたモフモフに、わちるは思わず吸い寄せられるようにわんこーろの尻尾に倒れ込む。

 

 びっくりしたわんこーろはそのまま床に倒れ込もうとしているわちるを咄嗟に尻尾で巻き上げ受け止めようとするがさすがにわちるより二回り小柄なわんこーろでは受け止めきれずに共倒れになって床に押し倒された。

 投げ出されたお茶と羊羹は○一によって無事な姿で確保され、どさくさにまぎれてナートは書類の山に潜り込み目を閉じる。

 

「あーあはは……みんな疲れてんねぇ……わんころちゃ~ん……」

 

「わ、わかりました、手伝いますからそんな怪しげな顔でにじり寄って来ないでください~! わちるさんもいい加減尻尾から離れてください~!?」

 

 本当は少しだけ顔を出して帰ろうと思っていたわんこーろは結局修羅場中のFSを手伝う事となり、それが終わってからようやく準備した羊羹が食される事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう~つまり、二期生の方々の参加と同時に、本当に成人式を行うのですね~」

 

「うん。一期生の中にも今年成人って人が何人かいるから、一緒に祝っちゃおうって」

 

「参加者名簿によると一期生に7名、二期生に4名。内一人は一万十八歳、一人は1.18才となっておりますが、本人の希望で新成人として参加して頂く予定です」

 

 名簿を見ることもなくそう答えた寝子は熱めのお茶をすすり、羊羹をぱくりと口に含む。舌の上でホロホロと崩れていく甘味に顔をほころばせる寝子を横目に、わんこーろとなこそは話を続けていく。

 

「18……あ~……そういえばそうでしたね~18才で成人ですか~……」

 

「? どうしたのわんころちゃん? 成人が18才なのは昔からでしょ?」

 

「え、あ~そうですよね~んふふ~……」

 

「? とにかくわんころちゃんのおかげで期限の近い物は全て処理できたし、残ってるのもテンプレ貼り付けとけば良いし、ひと段落出来そうだね」

 

「大したお手伝いは出来ませんでしたけどね~最終的になこそさんが内容を把握してサインしないといけない部分は変わりませんし~」

 

「いやいや大したことあるぜ、少なくともナートのヤツよりは戦力になったからな」

 

「んんぅー私もう冬眠しようかなぁ……」

 

「寝ぼけた事言わないでくださいナートお姉ちゃん。それにもう春ですよ」

 

 わんこーろが手伝った事といえば、そこら中に散乱していた資料を種類ごとに分け、確認が必要な部分を明確化し、わかりやすいようにした上でなこそへと回しただけだったが、それだけでも仕事の時間はぐっと縮まり、予定していた時間よりも早く終わらせる事ができた。

 二期生のサポートも頻出する問題を抽出し、解答のテンプレート制作が上手くいったので、今後はそれほど頭を悩ませることは無いだろう。あったとしても次からは一期生の中でも機器関係に強い配信者へ問題を丸投げしようとなこそは決意する。

 

「ふい~お茶は良いねー……このあたりの土地って昔茶畑とかあったかな?」

 

「何をしようとしてるんですなこそさん……」

 

「コイツお茶飲みたくて茶畑から造るつもりだぞ」

 

 甘く濃厚な羊羹を食べ、お茶で喉を潤す。甘味と苦みが程よく調和し、舌を喜ばせる。それを感じるなこそはしみじみとそんなことを口にするが、すぐさまわちると○一にツッコミを入れられる。

 

「んふふ~無いことは無いですよ~名産地というわけではないですけど~確か南の方に茶畑があったかと~。ですよね~寝子さん」

 

「あ、はい。塔の街のあった土地はそれなりに開けた場所も多く、茶畑もいくつか点在していたようです……とはいえ、かつて存在していた場所まで開拓は進んでいませんが」

 

「よーし! それじゃあ葦原町の当面の目標はコレ! 犬守村に肩を並べるくらいのお茶を作る! で、どう?」

 

「どう、と言われましても。しっかり計画書は提出してくださいね」

 

「え……」

 

「当然でしょう? あと各方面への承認も取ってきてくださいね。これがなこそお姉ちゃんの私的な理由だと判断されなければ認められるはずですので。あと、一期生と二期生への説明もお願いしますね。あと、植物関係となると植物部への協力が必須になりそうなので責任者同士の協議の場を──」

 

「うわああん! 私が悪かったですううう!」

 

「このやり取り前も見たことあんぞ」

 

「部活を作ると言っていた時ですね……さすがに今回はなこそさんも諦めそうですけど」

 

「んふふ~葦原町の開拓はまだまだ始まったばかりなのですから~気長にいきましょ~。そのうちお茶だけでなくいろんな美味しいものが作れるようになりますから~」

 

「さすが先達は言う事がちげーわ」

 

 

 お菓子とお茶を囲んだ緩やかな雑談はその後もしばらく続いたのだが、不意に生徒会室のドアをノックする音が全員の意識をそちらへと向けさせた。

 

「誰だろ? 何か相談事かな? 迷える生徒を導くのも生徒会の役目だよーってね」

 

「ならメッセージ機能があんだろ、わざわざココに来るか?」

 

「どうぞ、入ってきてもらって大丈夫ですよ」

 

 寝子の言葉に恐る恐る入室してきたのは二人の一期生だった。

 

「のじゃ! 皆のもの、久しぶりじゃな!」

 

「ご無沙汰しておりまス」

 

 入ってきたのはイナクプロジェクト、リーダーのイナクと、歌手としてデビューが決まっているミャン・ミャックだった。

 


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