転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
イナクプロジェクトとは、ここ最近誕生した企業所属ヴァーチャル配信者グループの名前だ。企業の名前は粒子科学技研、ナートとほうりの両親が代表を務める大企業であり、新たな事業として他業種への進出を始め、配信者界隈への進出を計画して生まれたのがそのイナクプロジェクトというわけだ。
FSに次ぐ規模を誇るイナクプロジェクトは最新の配信機器や専門の技術者という万全の配信環境を備え、それを扱う配信者もクセが強い者たちが集められた。
今回生徒会室を訪ねたのはそんなクセの強いイナクプロジェクトでも中々に濃い二人だ。
「おおーー!!」
「のじゃ!?」
「すごいー!」
「ええト……」
「んふー!」
椅子に座ったミャンとイナクを狐稲利がじっと観察している。キラキラとした瞳を揺れ動かし、体を移動させて様々な角度から二人を見つめては歓声を上げている。正確にはイナクとミャンが持つ、人ならざる部位が非常に気になるようだ。
イナクの姿は歪に伸びた一対のツノと艶やかな翼を持つ悪魔であり、ミャンの容姿は褐色の美しい肌に長耳という、所謂ダークエルフと巷で言われている珍しい姿だった。
ここ最近ヴァーチャル配信者界隈は先進技術を応用した3Dモデルの制作やNDS利用を前提とした精神と3Dモデルの同期技術の発展が目覚ましく、翼や尻尾といった本来人間には存在しない部位の感覚を得る事さえも可能であるという実験結果が報告されているほどだ。
とはいえその技術を一般人が利用できるようになるのはまだまだ先の話ではあるが、それでも技術の発展を予感したか、ただ単純に癖が先行した結果か、ヴァーチャル配信者たちの姿は翼を持ったり、尻尾を持ったり、そもそも人の姿をしていない者たちが増えてきた。そんな中でイナクプロジェクトのリーダーであるイナクとミャンは人外系配信者の中でもその3Dモデルのクオリティは群を抜いており、違和感なく溶け込む只人ならざる姿は非常に特徴的で魅力的だった。
犬守村ではツノや翼といった部位を持つのはもちろん動物に限られ、唯一例外となればわんこーろくらいで二人が狐稲利の興味の対象となるのは当然と言えた。
秋のV/L=Fでの交流もあったにはあったが、それほど深く会話したわけでも無いので狐稲利にとってはこれがほぼ初見といった具合だ。
「ねーねーさわってもいいー?」
「ほう! 狐稲利どのもこの姿に畏敬の念を抱いておるようじゃな! いいじゃろう、このイナクの姿をとくと堪能するがいい!」
「わーい!」
「の、のじゃあ!? ちょ、雑に触りすぎなのじゃ!? のじゃ~~~~!?」
狐稲利がイナクの角を握りしめながら翼に手を伸ばして触感を楽しんでいるのを横目に、ミャンはわんこーろと向かい合っていた。
「……」
「~?」
ミャンはどこか緊張しているように見え、わんこーろと視線を合わせたかと思うとすぐさま視線を外す、というのが繰り返されている。何か話そうと口を開けることもあるが、何かが発せられることは無い。それに対してわんこーろはただ首をかしげ、にこにこと微笑んでミャンの言葉を待っていた。
わんこーろとしてもミャンとこれほど近くで話をするという事は初めてで、どこかワクワクしているようだった。ミャンの姿はわんこーろとしても非常に興味深く、かつて存在していたこの国のサブカルチャーの存在が復興してきた事が実感出来るものだった。
「……実はですネ、わんこーろサンにお願いがありましテ……」
「んふふ~なんでしょう~?」
わんこーろの問いかけに答えたのは目の前のミャンではなく、隣で狐稲利とわちゃわちゃしているイナクだった。
「振袖を作ってほしいのじゃ! あうう、もう触るのやめてぇ……のじゃぁ」
「つるつるしてるー! いいかんじー! 持って帰ってもいいー?」
「いいわけないのじゃー!?」
「ええと~、振袖です~?」
「あノ……もうすぐ成人式でしテ……リーダーに相談したらこういう事になりましテ……」
緊張しながらもミャンが語った経緯によるとミャンは今年で18才になり、成人の仲間入りとなるらしい。同僚や後輩からたくさん祝われ、本人も嬉しさと気恥ずかしさを感じながらもお礼を言う中、運営より何か記念になるような事をしませんか? と、提案されたのが始まりだった。
成人式で記念、と聞いてミャンの脳内に描かれたのは振袖、という和服の一種だった。
ここ最近サルベージされたばかりの成人式というイベントの内容を見聞きしていたミャンは振袖についても多少の知識を得ていた。同時にわんこーろの新春初配信での煌びやかな和服姿を目にして和服、振袖というものに心惹かれていたのだ。
そんなことをリーダーのイナクにぽつりと呟いたところ、なぜかわんこーろに振袖を作ってもらえないか頼んでみよう! という話になったのだ。イナクプロジェクト運営にも専門の3Dモデル制作担当が居るのだが、和服という馴染みのないジャンルにお手上げ状態。形には出来るだろうが従来の3Dモデルと比べると粗が目立つ事になるだろうと言われたのだ。その点わんこーろならこれまでの配信を見ている限りクオリティに不安は無い。それどころか現状最も和服のモデリング技術を有している存在と言ってもいいかもしれない。
わんこーろがこの件を了承してくれるかどうか、という所まで話が進んだのだが、どうもミャンは終始乗り気ではなかった。憧れの振袖をヴァーチャルな空間ではあるが身に着ける事が出来るというのにミャンはこの話をわんこーろに伝え、お願いすることにためらいがあった。
「なんというカ……恐れ多いといいますカ……」
そう言って視線を外すミャンの姿は周囲の人間にはとても珍しく映った。ミャン・ミャックという配信者といえばどの一期生よりも先んじて他企業との契約を掴み取ったヴァーチャルシンガーとして有名だ。彼女の歌う歌はどれも独創的で美しく格好いい。ビジュアルも相まって彼女のカッコよさに惹かれてファンになる者は視聴者、配信者共に大勢存在する。
そんなカッコいい、というイメージの塊である彼女がこのように恥ずかしそうにしているのには、相応の理由があった。
ミャン・ミャックという配信者はかつて歌う事が好きなただの動画投稿者だった。独自の世界観の下に連続して紡がれる歌たちは一つのストーリーのように続いていて、時に静かに、時に激しく、悲しみや怒りを内包し、幸せと雄大さを感じさせてくれる。そんな世界観をより魅力的に魅せるため、それらの世界を紡ぎ歌う存在として生まれた放浪のダークエルフ、それがミャン・ミャックというヴァーチャル配信者の始まりだった。
イナクプロジェクトの一員としてヴァーチャル配信者となった後もミャンが趣味とする楽曲制作は続き、彼女の配信は主にそんな歌に関する配信が多かった。時には視聴者と一緒になって世界観を考えたり、新曲のお披露目や歌を歌う配信なども行っていた。もちろん歌動画の投稿も続けながらだ。
そうやって視聴者と交流し、イナクプロジェクトの同期と触れ合う事でミャンの世界はかつてよりも大きく広がった。ただの動画投稿者として一人孤独に世界を構築するより、もっと広い世界が生み出されていくことにミャン本人も感動しきりだった。そして、ミャンはヴァーチャル配信者という存在自体にも大きく惹かれる事になる。
ヴァーチャル配信者はそれぞれが独自の配信を行っており、独自の世界観を持っている。その中でもミャンが特に注目していたのは、自身とほぼ同時期にヴァーチャル配信者としてデビューしたわんこーろだった。
歌とはまた異なるアプローチ、文字通り世界を創造していくさまにミャンは親近感と尊敬の念を覚えた。創造した世界で生きる姿は自身の思い描いた理想であり、目指すべき到達点だと。
つまり簡単に言えば、ミャンはわんこーろのファンだった。新曲のアイデア出しをする時は鈴虫が鳴く犬守村の環境音作業用BGMを延々と流し続けていたし、別アカウントでコメントを残したこともある。秋のV/L=Fで限定的とはいえ犬守村へ訪れる事ができた時は顔に出さずとも心躍っていた。
そんな尊敬に値するわんこーろに、不躾にも勝手なお願いをしてもいいものか……ミャンの中にはそんな思いがあったのだ。
「ふむ~……大体のことは分かりました~つまり、ミャンさんは~振袖をご所望なのですね~」
「あノ……! ムリなら断ってもらって全然大丈夫なのデ! 無茶を言っているのハ此方だと重々承知しておりますかラ……!」
「んふふ~全然問題ないですよ~。こちらとしても狐稲利さん以外の方に服を作ってあげることなんてそうそうありませんし~いい経験になります~」
そう言ってわんこーろは椅子に座ったままのミャンへと近づいていく。トコトコと小さな歩幅で歩くわんこーろの姿に困惑しながらもじっとしていたミャン。わんこーろはそんなミャンの腕にそっと触れると、そのまま腕を掴み上げる。
「ひゃア!?」
「ほうほう~……ふむふむ~……」
その後も腕や足、腰回りなどを丹念に、何かを調べるように触れていくわんこーろにミャンは驚き固まったまま。遠巻きにしていたFSは真顔で二人に迫ろうとしているわちるの腕を抑えておくので精一杯のようだ。
なお、狐稲利はまだイナクをおもちゃにしている。
「なるほどなるほど~大体のサイズは狐稲利さんよりちょっと大き目でよさそうですね~。でも、数値が分かっても実際に着てみた時の感覚は違いますし~……細かい調整は着て頂いてからですね~……着ていただくとなれば~ふむふむ」
「わんこーろ先輩? どうしましタ?」
「……ねえ、ミャンさん~これからお暇です~? よろしければ犬守村をご案内したいのですけど~?」
「……エ?」
わんこーろの思わぬ提案にミャンどころか、イナクやFSの面々さえ目を丸くしていた。これまでFS以外の人間が立ち入った事の無い犬守村。そこへわんこーろ直々に誘われるなど想定していなかった出来事だ。
尻尾をフリフリと振るわんこーろはそんな様子など何でもないようにミャンの手を握り、立ち上がらせる。困惑の中ミャンはその魅力的な提案に無意識に頷くのだった。