転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#203 開会前

 

 V+R=W拠点葦原町。今日の天気は快晴。雲一つない青空が広がり、これ以上ない絶好のイベント日和といえた。季節が実装されていない関係で雨や雪が降るわけでは無いが、それでもこれほどまでに晴れやかな空は久しぶりだった。

 

 太陽の光が降り注ぎ、日差しは暖かく心地よい。だが、やはり吹き抜ける風はまだまだ冷たく、けれども暖かさの方が勝っている。そんな春の日に成人式は行われようとしていた。

 

「ん~……開始まであと30分ほどですが~なんだか人がまばらですね~」

 

 学校の二階、教室棟と実験棟を繋ぐ渡り廊下からわんこーろと狐稲利は学校の校門をくぐっていく二期生の姿を眺めていた。二期生は例外なく全員緊張してガチガチに固まっており、挙動不審な姿がちらほら見られる。案内役である一期生も動員されているので目立った騒動は起こっていないが、ちらほら誘導ルートから外れる二期生が確認出来る。

 

 だがすぐに立ち止まり何やら表示しているウィンドウを確認した後もとのルートへと戻っていく様子から、どうやら配信しているらしい。視聴者がしっかりと誘導してくれているのだろう。

 

 一期生の入学式の際は事前準備を一期生個々人に任せていた関係でNDSの起動を入学式直前に行う者もいた。起動直前はNDSに個人情報を入力しなければならない場面があるので葦原町へログイン後はしばらく配信を行わないように告知されていたが、二期生の場合は全員が事前にNDSの設定を終わらせ、個人管理の仮想空間での動作確認まで終わらせているので葦原町へログイン直後に配信を行っても良いと告知されていた。

 

「みんなすっごい緊張してるー?」

 

「初めて葦原町に来られるわけですからね~FSさんの公式配信は既に数万人の待機者数となっているみたいですし~……あ~自分で言ってて緊張してきましたよこれ~」

 

「? 賑やかで楽しーよー?」

 

「確かに楽しくはありますけど~」

 

 葦原町へ二期生が初めて降り立ち、NDSを用いた初めてのV+R=Wでの配信となればその注目度はかなりのものだ。世界規模で展開されているはずのV+R=Wであるが、実際に動いているのはこの拠点葦原町のみだからだ。一期生よりも初心者の多い二期生の初々しい姿に親近感を覚えているというのもあるだろう。

 

 様々な国々からV+R=Wに興味のある一般人が視聴者として押し寄せているだけでなく、他国のV+R=W協力企業や政府機関も覗きに来ているらしい。まだV+R=Wでの拠点を構築できていない国でも今後拠点を作り開拓者を投入した際どのように誘導し、問題が起こればどのように対処するべきか、そのための参考にしようと考えているのだろう。

 

「んー? おかーさー、あの子ぜんぜん入ってこないよー?」

 

「ん~? あ~……校門前で立ちすくんでますね~……。わかりますわかります~緊張して前にいけなくなっちゃうんですよね~」

 

 葦原学校の校門の前で呆然と校舎を見上げ、そのまま全く動かない少女が一人。周りに知り合いは居ないようで誰も少女に声をかけようとはしない。いや、誰もが少女と同じように緊張して周りのことに気をかけている余裕など無いのだろう。

 

 その後もわんこーろと狐稲利は少女が動き出すのを見守っていたのだが、やはり動く気配は無い。周囲の二期生が前に進む中、少女はその場に立ち尽くすばかり。

 

「手助けが必要そうですね~それじゃあいってきます~。狐稲利さんは引き続き迷子の方がおられないか見ててくださ~い」

 

「りょーかいー!」

 

 

 

 

 

 

 

「うう……やっぱり配信した方がよかったかな……」

 

 少女は葦原学校の校舎を見上げ、その巨大さに圧倒されたままそこから動くことができなかった。少女は大多数の二期生と同じく地下の居住区に住むヴァーチャル配信者の一人だ。雑談をメインとしており、雑談のかたわらゲームをプレイするのがいつものスタイル。あくまでゲームはついでであり、彼女は雑談を主軸として活動しているヴァーチャル配信者だった。

 雑談の延長として配信枠を利用したラジオ配信のようなものや朗読配信なども行っており、それ故に話の進め方や物事のとらえ方、考え方は公平で一方に偏らない語りが好感を持たせ、話をするという点においては上位の配信者に匹敵する程の実力がある。

 

 そう判断され少女は二期生として葦原町へやってくることが許されたわけだが、そんな少女にはこの世界はあまりにも大舞台すぎた。

 

「なんでいつも通り配信しただけで視聴者数が1万人いくの……? おかしいよお……」

 

 葦原町へ参加する配信者の選考にチャンネル登録者数などの数値はそれほど重要視されない。事実少女が二期生として選ばれる前までのチャンネル登録者数は二桁前半で、同時視聴者数も相応のものだった。だが、年末年始に発表された二期生候補として名前が呼ばれた瞬間、その登録者数は誇張なく1000倍以上に膨れ上がった。

 

 その後の雑談配信でも同時視聴者は信じられないほどに多く、大手の記念配信でしか見たことのないような人数に緊張でいつものように話ができなかったほどだ。

 だがそんな中でも少女が意外だと思ったのは、一気に増えた視聴者のほとんどが自身の配信スタイルを否定しなかったことだ。

 

 ほぼ雑談のみで配信活動を行っている少女はゲーム実況や歌配信などのヴァーチャル配信者として定番ともいえる要素がほぼ無く、苦手でもあった。配信活動を始めた当初からの視聴者はその雑談のみのスタイルが通常運転であることを知っていて納得しているので何も言わないが、一気に増えた初見視聴者にそのあたりのことを『おかしい』『別のこともやるべきだ』と言われるのでは無いかと戦々恐々としていたのだが、そのような書き込みはほぼ無かったのだ。あったとしてもその書き込みは他のコメントに流されすぐに消えていった。

 

 V+R=Wに関する情報は公式、非公式問わずいくつもの紹介サイトなどが存在し、参加配信者の情報が集約されていく。V+R=Wに興味のある者はそこから参加配信者の詳細を初めて知り、その後興味のある配信者の配信を覗く、という経緯でチャンネル登録を行っていく。V+R=Wがいくつもの個人、企業所属配信者が参加する一大事業であり、どこから見始めたらいいのか分からないという視聴者が多いからこそ、そのような紹介サイトから配信者へと行きつくという流れが出来ているわけだ。

 

 つまり、少女の配信を見に来た初見視聴者は既に少女の配信スタイルを紹介サイトなどで理解し、納得したうえで見に来ている。見に来た上で好みだったからチャンネル登録をしていってくれていたのだ。

 

 だが、その事実を少女が知ったからと言って緊張が解けたわけではない。いきなり増えた登録者数に恐れをなした少女は今日この場において配信することをためらい、ただ一人で葦原町までやってきていた。今から配信をしようにも事前の告知も無く配信を始めたことがなかった少女は、ゲリラ配信をしても良い物かと考え込み、その結果前に進むこともままならず校門前で立ち尽くしていたのだ。

 

「うう……帰りたい……」

 

 思わずそんなことを口にしてしまうくらいには緊張が限界に達しようとしていた少女だったが、そんな少女に歩み寄る小さな人影があった。

 

「こんにちは~」

 

「え──」

 

「ん~大丈夫です~?」

 

 顔を伏せ地面を見ていた少女が最初に視界にとらえたのは、もふもふとした尻尾だった。ゆらゆらと揺れる黒い尻尾は艶があり手入れが行き届いているのが分かる。声をかけられたことで顔を上げた少女が視線を合わせたのは、一期生の配信で何度も見たことのある有名な個人配信者の姿。

 

「わ、わんこーろさん!?」

 

「はい~わんこーろですよ~」

 

 思わず少女は周囲に聞こえるほどの大きな声を上げてしまう。慌てて口元を抑えるが、既にいくらかの二期生はわんこーろの姿に気が付いたらしく、遠くからその姿を窺っていた。時折きゃー、と黄色い声さえ聞こえてくる。

 

 わんこーろという配信者は今までもその個人配信者とは思えないほどの技術力から注目されている配信者の一人であったが、V+R=Wの全世界展開を経てその名はあらゆるところで聞くようになった。3Dモデル制作に精通した技術者、サルベージデータの解析を行う専門家はもちろん、最近では情報セキュリティ関係やサルベージした情報に関する歴史研究家などなど、あらゆる分野が注目しており、わんこーろからヴァーチャル配信者という界隈を知ったという者たちもいるほどだ。

 けれど、それだけ有名となったにも関わらずわんこーろはメディア関係に顔を出すことがなかった。基本的に自身の配信で創造した犬守村から出ず、コラボもFSなどのこれまた有名配信者たちに限られている。有名でありながら公に出てこず、ミステリアスで不可思議な配信者、それがわんこーろ。

 

 と、いうのが現在世間での認識だった。実際のところわんこーろは電子生命体なので現実でメディアに露出したくても出来ないし、有名になることが目的ではなく、報酬をもらっても意味がないので基本的に犬守村でのんびりしているというだけの話だ。決して孤高では無く、誘われれば嫌とは言わないし、今のように困っている人がいれば手を差し伸べることだってする。

 

 だが、少女の想像するわんこーろ像は正体不明の超有名配信者で固定されており、そしてそんな有名な配信者の隣に自身がいることがさらなる緊張を──。

 

「二期生の方ですよね~? ささ、会場まで行きましょ~」

 

「あ、はい……、わわ……!」

 

 わんこーろの姿を一目見ようと集まった二期生が周囲を取り囲む前に、わんこーろは少女の手を掴み歩き出した。校門をくぐり、校舎の中へ。廊下をわたって会場である体育館まで進んでいく。

 

「んふふ~NDSをお使いになるのはこれが初めてです~?」

 

「はい……個人管理の空間、というのでしょうか? そこで体の動かし方だけは確かめたんですけど……」

 

「なるほど~では驚いたでしょう~? 風とか~匂いを感じるというのは~」

 

「驚きました……本当に現実みたいで……」

 

「んふふ~こういった感覚もしっかりとありますよ~」

 

「わ、わあ……!」

 

 わんこーろと繋いでいる手に絡みつくわんこーろの尻尾。ふさふさで無数の柔い毛が腕を撫でる感覚が少女の腕を包み込み、思わず感嘆の声を上げてしまう。わんこーろはいたずらが成功した事に小さく笑い、尻尾をしゅるりと腕から離す。少女の顔色は幾分かましになっていた。

 

「んふふ~大丈夫ですよ~みんな緊張しているのは同じですから~」

 

「は、はい……!」

 

 少女の手を引くわんこーろの手は暖かくやわらかだ。ふわりと浮かぶ笑みに先ほどまで不安と緊張に固まっていた少女の心も緩んでいく。すれ違う一期生と軽く挨拶をするわんこーろに倣って頭を下げる少女。

 

(わんこーろさん……かっこいい……)

 

 

 

 少女を会場まで送り届けた後もわんこーろは何度か同じような二期生へと話しかけ手を引いていった。わんこーろは予想もしていなかったことだが、手を引かれた本人とそれを近くで見ていた二期生はわんこーろの見た目の可愛らしさと内面の頼りがいのあるところを見てそのギャップにガチ勢(移住者)の仲間入りをしたとか何とか。

 

 

 


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