転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
葦原学校の体育館では今回二期生としてV+R=Wに参加する配信者たちが集まっている。総勢100名の二期生は一人の欠席もなく選ばれた全員が出席する事が出来ていた。二期生の配信者は一期生より比較的配信歴の浅い者たちが多く、中には活動を始めてまだ数か月という新人さえいた。
二期生の姿は一期生以上にバラエティー豊かで、わんこーろのように犬の姿を模していたり、あるいはネコやキツネ、ドラゴンや吸血鬼、幽霊にピエロなどなど、遠くからでもその個性が目立つほどだ。
皆一様に緊張しているように見えるが肝の据わったものはいくらかいるようで雰囲気に呑まれることなく自然体でいるものもいる。それでも目立とうとわざとらしくはしゃいだり悪ふざけするような者はおらず、皆静かに壇上にいるFS代表、ナートの話を聞いていた。
このイベントは前半にV+R=Wに参加する二期生への歓迎、応援の言葉が述べられ、次に成人式の祝辞が述べられるという、イベントの前半は代弁しているナートの話を聞くだけ、というものだ。もちろんそれだけだと味気ないので運営によっていくつかのイベントが後半に組み込まれているので、大半の配信者はそのあたりのイベントを楽しみにしている節がある。
壇上ではいくつもの企業の重役や政府機関の長い長い役職の人物からのお祝いの言葉が読み上げられ、そして最後にV+R=W運営代理としてFSより祝いの言葉が述べられる。しかしすべての祝辞を読み終える前にナートの限界が来てしまった。
「えーとですねーなぜ二回目もわたしがここで話をしているのか全くよくわからないわけでありまするのですが、とにかくおめでとうという感じであります。というか二期生さん参加歓迎というだけなら分かるのですがまだわたし成人してないので成人式についてはなーにを言っても説得力がないというような気がしてああ胃が痛いぃ~」
「ナートお姉ちゃん真面目にしてください」
「ホラ撤収撤収」
「はいそれでは成人式についてはこれで終了とさせていただきます。開拓作業の説明はお配りした資料に書かれてあります通り、後日教室で授業を行いますので二期生の方は日程の確認を忘れないようにお願いします」
またもや愚痴を言い出した壇上のナートを慣れた手つきで回収する寝子と○一。代わって現れたわちるが説明を代わり、何とも呆気なく成人式は終了した。それまで緊張しきりだった二期生はほっと一息ついて一期生の誘導に従って退場していく。
だが、二期生歓迎イベントはまだまだ始まったばかりだ。むしろ成人式はついでだったと言わんばかりの盛り上がりが二期生を荒々しく歓迎していった。
「二期生のみなさーん! 入学おめでとうございまーす!! 私たち植物部の活動を一度ご覧になりませんかー?」
「僕たち土部は主に土地の開拓に関する話をする部活です。興味がありましたらぜひ実験棟二階の部室まで」
「私たち合唱部と一緒に歌ってみたコラボしてみませんかー?」
「び、美術部はいつでも部員募集中なのです……絵を描くことが好きな方募集中……です」
「陸上競技研究部っス! よろしくお願いしまっス!」
殺到する一期生が目指すはまだどの部活にも所属していない二期生たち。その姿を確認した時には既に二期生は群がる一期生の中へと埋没していった。
「ま、また今度にしますー!」
「い、いやまだ私は──」
「わわわわー!?」
体育館を出た二期生は部活勧誘の一期生にもみくちゃにされていた。あらかじめ成人式後にそのようなイベントがあると事前告知されていたはずだが、その勢いは二期生が想像した以上のものだった。
かつての部活動のように部員の人数、規模の大きさによってより大きな部室が与えられたり部費についても優遇される……なんて事は無いのだが、それでも各部活動は新たな部員獲得の為に奔走し、二期生はその荒波にもまれている。
「あらら……思ったより凄いことになってるね」
「止めなくても大丈夫でしょうか?」
「今んとこは良いだろ。無理やり手を引いて連れてくとか、強制しようとしたら止めりゃーいい」
「それよりもナートお姉ちゃんはどうされたのです? 同好会員獲得の絶好のタイミングでしょうに」
「ナートちゃんなら成人式終わってすぐにほうりちゃんと一緒に屋上だよ。同好会でも勧誘OKってことをすっかり忘れてたみたいで急いで勧誘のチラシ作ってるけど間に合わないだろうねぇ」
「……」
部活勧誘の戦いを遠くから見つめているFSの面々は他の一期生と一緒に混乱が起らぬように目を光らせていたが、どうやらその心配も必要ないようだ。勧誘側はしっかりとFSの規定したルール内での勧誘に留めているし、二期生側も多少面食らっているようだったが、しばらくすればお祭り気分で各部活の勧誘を聞いたり、仮入部についての話を進めていたりと楽しんでいるようだった。
「みなさん~お疲れ様です~会場の撤収作業は完了いたしました~」
「私も手伝ったよー」
「あ、わんこーろさん!」
「狐稲利さんも一緒ですね」
「お疲れわんころちゃん狐稲利ちゃん。ごめんね撤収任せちゃって」
「んふふ~それほど時間はかかりませんでしたし~全然問題なしですよ~」
「んふー! これくらい全然だいじょぶ!」
成人式が終わった後の、体育館の設備撤収作業を終えたわんこーろと狐稲利がFSの元へとやってきた。いくらか力仕事もあったはずだが、二人に疲れた様子は無く、興味深そうに勧誘の様子を眺め始めた。
わんこーろは懐かしさを含んだ視線を送り、狐稲利は初めての光景に興味深々といったところ。
「ねーねーおかーさー私も見に行っていいー?」
「あ~……今回はやめておきましょう? この後のこともありますし~」
「むー……」
「狐稲利さん、仮入部ならどこの部活もいつでもやっていますから」
「むう、わかったー」
「うし、んじゃそろそろ次いくか」
「ですね~それじゃあ準備してきます~」
葦原学校の校庭とグラウンドは運動系の部活動が一度に活動できるほどの広さを誇り、屋内で行えないような大規模なイベントもここが利用される予定となっている。そんな広々としたグラウンドに一期生が集合し、それぞれが次の作業へと移っていく。それぞれの部活がちょっとしたアピールや研究内容を発表し、勧誘のチラシのようなものを渡し終えた辺りで部活勧誘の時間が終了しようとしていた。
次のイベントは二期生も自由に見学できるのだが、メインはNDSで新春配信を行っていた一期生だ。グラウンドの中央に集まった一期生と、これから何が始まるのかと見つめている二期生。その前になこそが顔を出す。
「はーい! それでは一期生のみなさーん! お伝えした通り、配信で使った正月飾りは持ってきて頂けましたかー?」
なこその言葉にいくらかの一期生が手に持った正月飾りを掲げて手を振っている。年末年始の記念配信などで利用された正月飾りは主にサルベージされたデータから葦原町で一期生が制作したものやわんこーろが提供したものなどがあるが、それらは記念配信が終了後、わんこーろ提供のものはわんこーろが回収し、それ以外のもので、手元に残しておきたい物以外を今日持ってきてもらうように一期生に通達されている。
「それじゃー持ってきた飾りはこちらへ置いていってくださーい」
なこその指し示す場所には葦原町のものだろう木の枝が積み上げられた小山があり、それが崩れないように竹が数本立てて組まれている。既にわんこーろ製の正月飾りなども置かれている。それに倣って一期生も山の上に飾りを置いていく。
「あの、わんこーろさん。概要は聞いていたのですが、
「わちるさん、私の年末配信で正月飾りは年神様をお迎えするために必要だと言っていたのを覚えていますか~?」
「はい、たしか、年神様を呼ぶための場所を作って、年神様が宿るためのものだって」
「はい~その通りです~。この左義長という行事は年神様の宿った飾りを焼いて~煙と一緒に神様を天へとお送りする行事なんです~。夏の送り火みたいなものですね~」
「へえ……」
「おかーさー! お餅準備できたー!」
「は~いありがとうございます~」
「お餅? お餅を焼くんですか?」
「左義長の火でお餅を焼くんです~。二期生の皆さんにもお餅を味わってもらいましょう~」
葦原学校のグラウンドに組まれた櫓に火がつけられ、やがてごうごうと音を立てて炎が立ち上る。そのたびに初めて火を見た二期生が思わず声を漏らし、高く高く伸びていく火柱の姿と、発せられる熱量に圧倒されていた。
成人式の後半に左義長と呼ばれる行事を執り行うことはあらかじめ一期生全員に連絡されており、その行事の内容が詳細に説明された。正月飾りの中でも燃やしていい物などを持ってきてもらうように言い、それを燃やすことで完全に正月は終わり、区切りのタイミングとする事が決められた。来年もその次も正月の後に左義長が行われ、それが正月の終わりを意味する行事として扱われるようになるだろう。
登っていく煙に一期生も二期生も見えるはずのない神様の存在を想い、空を見上げていた。中には手を振る者もおり、八百万の神々の存在が今の若者の中に再び甦ってきたことを感じさせる光景だった。
左義長の火で焼かれた餅は二期生がV+R=Wで初めて口にした食べ物だった。現実で販売されている餅と呼ばれるものと比べ、熱くてよく伸びて、何より美味しい。海苔やきな粉、砂糖醤油など味が選べ、お餅自体のおいしさを存分に感じられる。
二期生はその味に夢中になり、いくつもお代わりをしている者もおり、皆幸せそうだ。加えて余るのが確定していた犬守村のお餅が消費出来てわんこーろも幸せそうだ。
「ん~でもさぁ、さすがに前半のお偉いさんのお話はいらなかったんじゃね~?」
「帰ってきて早々お餅を食べながら何言ってるんですかナートお姉ちゃん」
「結局間に合わなかったんですね……同好会勧誘……」
「思い出させないでよぅ……こっちだってまさか同好会も許可されてたなんて知らなかったんだよぅ」
「しっかり告知内容に書いてたけどねー」
「うぐ……。あっ! ミャンちゃん歌うみたいだよぅ!!」
「上手く話を逸らしましたね」
「へえ、仮止めより華やかな感じになったねわんころちゃん」
「んふふ~振袖には金と銀の糸を使ってあります~私の新春配信の時に使ったものと同じ糸を使ったんですよ~後は髪を結って~似合いそうな髪飾りとかもセットでお送りしたんです~」
「へえ、綺麗だね……」
「んふふ~」
なこそは歌い始めたミャンを見つめている。彼女が歌うのはこの国の、古くから存在している曲だった。忘れ去られていたけれど、何人もの技術者によってサルベージされ、何人ものクリエイターによって元の形に復元された伝統的な曲のひとつ。人々が繋ぎ、紡いできた想いそのもの。それをミャンが、このV+R=Wで高らかに歌いあげている。
なこその胸元できらりと光るアクセサリー。それはわんこーろが完全な形に復元したカレンダー。これも人と人とが繋がっている証拠であり大人と子どもを繋ぐ絆だ。
「ナートさんは成人式の祝辞なんていらないとおっしゃられましたけど~あれは言ってしまえば大人からの新しい大人へのお祝いの言葉で、激励の言葉でもあるんです~大人になるという事は、楽しいことばかりではありません~苦しいことや理不尽な状況に陥ることだってあるかもしれません~。それに負けないで立ち向かって、前に進んでくれ、という背中を押してあげる言葉なのですよ~」
幼い見た目のわんこーろがそんなことを言えば鼻で笑われるかもしれないような言葉だが、FSは誰も笑う事はなかった。わんこーろや狐稲利の存在が、これまでの経験から人ならざる存在であることを理解し、納得していたからだ。わんこーろたちが見た目よりずっと、それこそ自分たちよりも知識も経験も豊富な存在であると分かっていたから。
「んふふ~けれど大人が楽しくない、という事ではありません~。人は成長するものです~時を刻んで、生きることで様々なものが見えてきます。大人になるという事は、それを知るという面白い事の連続なのです~」
ミャンの特徴的な歌声は一期生と二期生によって宴会会場と化したグラウンドでもよく響き、大人組はそれを肴に酒盛りに興じている。そのお酒は生物の発酵関係を研究している部活の試作品である日本酒らしい。なお、V+R=W内での酒造りは協力企業である酒造メーカーとの契約により許可が下りている。
酔いで顔の赤い者たちも多く、だいぶ羽目を外しているらしいが新成人にはお酒を勧めない辺り、しっかりと分別はついているらしい。
他にもおつまみらしい食べ物やお腹にたまりそうな料理がいつの間にか運び込まれ、一期生二期生関係なく宴会は盛り上がりを見せ始める。わんこーろたちもその中で食べ物を食べながらミャンの歌に聞き入る。
「成長することは人の特権ですよ~」
このV+R=Wで食べ物が食べられるようになるなど、かつては考えられなかった事だろう。少なくともまだまだ時間がかかると思われていた。だが、一期生はその予想をはるかに超え、たった数か月でここまで発展させて見せた。それは、想像を絶する人間の可能性を示すのに十分な結果だった。
左義長の煙は遠く遠く、空の上へと立ち昇る。次第にか細くなる煙の線を辿り年神は天へと帰るのだという。そしてまた年末の時にこの地へやってきて、人々に年の始まりを知らせるのだろう。