転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
葦原町の深層に封印されていた天文台の分割空間、そこには消去されることなく残り続ける天文台のデータが大量に蓄積されていた。天文台が数十年かけて撮影した宇宙の映像データは圧縮ファイルから展開すると写真となって部屋いっぱいに積まれてしまうほどだ。それ以外にも業務日誌や始末書、わんこーろが興味のなさそうな法律的にグレーな秘匿情報のたぐいも転がっている始末。
そんな空間にわんこーろは再び足を運んでいた。
わんこーろは三角巾で頭をすっぽりと隠しているが、布が当たるのが気になるのかしきりにイヌミミをピコピコと動かしてポジションを探っている。お手製の割烹着を着て今日も準備万端な状態だ。
「実は~少し気になることがあるんです~」
『お前がか? この部屋で見つけた合衆国の環境保護関係の重役たちがスキャンダルにまみれそうな情報も無視していたお前が?』
「んふふ~そのあたりのデータは興味がないので~」
集積地帯から見つかった写真、そこに写っていた人物となこそとの繋がりが証明出来た後もわんこーろはそこに至るまでの経緯とその周辺情報があまりにも謎に満ちている事が気がかりだった。なぜ、なこその父はなこそと一度も出会わず、居なくなったのか? なぜ、所属していた天文台は管理空間を分割したのか? なぜ、分割した空間を隠したのか? なぜ、それらの事実を合衆国は把握していないのか?
「ん~と、え~と……あ、あったあった~。も~どこに置いたかすぐ忘れちゃうんですよね~」
『……電子生命体が物忘れか?』
「んふふ~冗談で~す」
めぼしい圧縮ファイルを複数解凍した影響でその空間は雑多な書類や写真に埋もれてごちゃっとした汚部屋となっていた。わんこーろはその書類の海を泳いで例の職員リストを手に取った。
なこその父は突き止めた。だがそこに至るまでに彼の身に一体何が起こったのか。それらの言い知れぬ謎の塊を紐解くヒントをわんこーろは既に得ていた。
「室長さんも気になっているのでは~? "シゲサトさんの情報を偽装するために書かれていた職員リストの人物名"を~」
『……む』
虹乃なこその父親、
わんこーろが気になると言っているのは重里の名前を隠すために上から被せられていた謎の人物の名前だった。
『そんな者、存在しないのではないか? 重里の名を隠すための架空の人物名だろう?』
「私も最初はそう思っていました~けど見てください~この業務日誌~ここにシゲサトさんの偽装として書かれていた人物の名前が記入されているんです~こっちは改変された痕跡はありません~。つまり~この人物は架空ではなく~実際に天文台に所属していたようなのです~」
『なに……?』
「職員リストの更新は一年に一度となっています~。つまり、この謎の人物は実際に天文台に所属してはいたけど~一年経たずに天文台を去ったという事ですね~」
『一年に一度しか更新しないせいで途中から入ってきた者の情報が抜け落ちているのは天文台側の不備だな……だが……』
重里の代わりに天文台に入り、そして職員リストに掲載されないタイミングで天文台から去った。それはあまりにも出来すぎている。何より、そんな謎の人物の名前が重里の名前を隠す事に利用されていた。
「私もそこまで調べて"謎の人物"そのものが気になりまして~名前で検索をかけてみたんです~」
『検索? この天文台の空間に何かそいつに関するヒントが?』
「それも考慮しておりますが~検索したのは全部です~」
『ぜ、全部?』
「はい~私がサルベージしたデータと~現在ネットワーク上で公開されているすべての情報から検索をかけました~~いや~さすがに時間がかかって丸一日も使っちゃいました~」
『そ、そうか……もう、驚かんよ……』
「? それでですね~見つかりました。天文台へのメールや通話履歴に数件、それと合衆国で発行された週刊誌のゴシップ電子記事に名前があったのを確認しました~」
『週刊誌……何かの事件の記事か?』
「はい~どうやら過去に合衆国で機密情報が流出する事件が起こったようです~。大きなニュースになっていたので事件自体は当時知っている方の方が多かったようですね~。ただ、ほとんどのニュースでは名前が伏せられてありまして~事件発生初期に発行された週刊誌にのみ本名が載っているようでした~」
『そうか……重里の隠れ蓑にされていた人物が、合衆国で不正を……その後どうなったか週刊誌に書いてあったのか?』
「残念ながら翌月よりこの週刊誌は効率化社会の波を受けて廃刊となっております~……ですが週刊誌に書かれている日付などから~おそらくこの事件の責任をとって天文台へ来られたのではないかと~」
『……不正によって左遷され天文台に、か……いや待て、もしそれが本当ならば、なぜ重里の名前は消されていた? この人物が天文台に左遷され、一年も経たず辞めたというなら、重里の名前は在ってもこの人物の名前がそこに上書きされるはずがない。……わんこーろ、この人物が情報流出をやらかしたというのはどの機関か分かるか?』
「それも週刊誌に書いてありました~ええと、"
『! ……そうか』
「お知り合いで~?」
『名前だけは知っている。……この国の先研並みの技術力を有する、世界でも指折りの合衆国直下の研究機関だ。各国の副塔や主塔のネットワーク構築を主導し、ソフト面を担った機関でもある。主塔閉鎖後は先研と共にNDSの開発にも携わっているな』
「ほう~……塔の関係機関ですか~。それに、NDSの開発を~……」
『……わんこーろ、これはもしかするかもしれん。検索した際に出てきたメールや通話履歴というのはいつの物か分かるか?』
「それもおかしいんですよね~この履歴の記録日時なのですが~情報流出事件があった日時よりも前なんです~」
『やはりか……』
ヴィータは塔の内部システムやネットワーク構築を行っていた、塔の関係機関であることは明白だ。そこから左遷という形とはいえ人員が天文台へと送られて来た。
ヴィータも天文台も同じ合衆国所属機関であることから問題のあった職員を閑職である天文台へと左遷しても……中々の無茶ではあるが、不思議ではない。だが、この二つの機関はそれまでは全く関係の無い、繋がりなど無いはずだった。しかしわんこーろの検索に流出事件が起こる以前より謎の人物と天文台が……もっと言えば塔と天文台に繋がりがあった事がうかがえる証拠となるものが出てきた。
これによって塔と天文台に流出事件以前より何かの繋がりがあったことが確定した。
「ん~……でも、だからなに? って感じなんですよね~」
『それが重里の情報が隠蔽されていた事と、どう繋がるのか……だな』
当初の、重里の名前を隠していた人物は何者か? という疑問は解消されたが、次に現れた塔と天文台の関係性。
塔と天文台はなぜ繋がっていたのか。どの程度深いところまで繋がっていたのか。その繋がりに重里の存在が隠されていた事は関係しているのか。
情報が少なく、今のままでは何とも言えない。関係あるかもしれないが、そうでないという可能性も十分にある。謎の人物の身元を明らかにすれば、自ずとそれらの謎も氷解するだろうと考えていたわんこーろも、ここで思考が止まってしまった。
『今の状態ではどうしようもないな。彼に何が起こったのか、知る術が無い』
「……ですね~」
結局二人は塔と天文台、そして重里との関係性を明らかにすることを断念し、その日は解散することとなった。室長も新たな情報を得られたらわんこーろへ連絡することを約束し、わんこーろも引き続き空間の捜索を行う事と決めて犬守村へ帰ることとした。
わんこーろが空間を出た後、その部屋はいくつもの雑多な資料がアンバランスに積まれたままにされていた。積まれた資料によって作られた山々や連なり、中々壮大な景色を構築している。そんな資料の積まれた山の一つが、バランスを崩して机の上から滑り落ち、床に勢いよく散らばった。
風も無く、振動も無い。そもそもデータであるはずのそれらが勝手に動く訳も無いが、この空間はすべてのデータが3Dモデルというガワを持ち、3Dモデル内にデータが内包されている。資料のデータはまるで紙の束のように、映像データは写真のように。
だからこそ、バランス悪く積まれた資料が崩れ落ちることは何ら不思議なことでは無い。
散らばる資料は床を滑って棚の下や机の下の隙間へと入り込む。もしあの資料が必要だとなれば、探すのは時間がかかるだろう。そんな散っていく資料の中に、少し場違いとも思える雑誌が紛れ込んでいた。
表紙は原色が多用されており、目に痛い。文字のフォントも一目では文字と分からないほど崩れており、文字色も原色のボーダーでかなり奇抜だ。
落下した衝撃でペラペラとめくれる雑誌はとあるページを開いて、その動きを止めた。目がチカチカするような文字で書かれていた見出しには著者の興奮気味な言葉が踊る。
【SSは本当に受信された!? 真相を確かめるべく調査班は現地へと赴いた!!】