転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#206 節分の準備をしましょう!

 

 私はつくづく思うわけですよ。人間の生きる活力、最低限の生活、それは言わずもがな衣食住の三つに集約されていると。まあ私は人間ではなく電子生命体なんですけどね。しかし私わんこーろもそれらの人間的欲求を存分に堪能したいわけですよ。

 

 したい、というかしているわけなのですよ。着るものが無いので糸から作ったり、住むところがないから土地から作ったり、それはもう存分すぎるほどに謳歌しているわけですよ。つまり、当然食事についても手を抜くなんてことはありえないわけですね。

 

「ですから~これはあまりものじゃないんですってば~」

 

『嘘だゾ絶対きな粉のあまりだぞ』『餅があんだけ余ってたんだからきな粉だってかなり余ってたはずですよね?』『きな粉が余ってるならそれの材料である大豆なんてもっと余ってたよね?』『移住者は探偵か何かか?』『ほぼ八割憶測で草だけどもw』『焦ったわんころちゃんはカワイイ、それだけは真実』『ごまかしても尻尾は正直だな!』『さ、さすがわんころちゃんやりくり上手!』

 

「む~信じてませんね移住者さん~」

 

 現在私が何をしているのかというと、お正月に使ったきな粉の残り……ではなく! 全くもって新しい、新品で新鮮? な大豆を煎っているところなのです。移住者さんはその大豆をお正月で食したきな粉餅の余りを仕方なく使っているなんて失礼な事を言っていますがそれは完全な間違いですのでお間違えなく。

 

 さて、炊事場の竈の上で大豆をころころ転がしながらじっくり煎っているのですが、これが中々に時間がかかるのです。動かさないと焦げちゃいますからずっと手は動かしていないといけませんし、炊事場は寒いのに火が暖かくて眠たくなりますし……。

 

「まあ大豆自体はきな粉にしたものと同じ時期に収穫したものになりますね~秋の終わりごろに茶色くなった"さや"ごと岩戸に突っ込ん……ええと、保存していたものになります~」

 

『今突っ込んだって言った?』『めんどくさがりなトコ出てるぞ』『岩戸の中覗くのが怖くなってきた……』『#掃除しろわんこーろ』『てか、さやってなに?』

 

 ぐ……移住者さんの前で口を滑らせたらダメですねこれは。……ささっと話題を変えましょう、そうしましょう。

 

「さやというのは大豆を保護している袋のような植物の部位の事ですね~さやの中には数粒の豆が並んで入っているんですよ~」

 

 保存していたさや付き大豆のさやと大豆を分別する作業は狐稲利さんに手伝ってもらいました。さや付き大豆を専用の木槌でトントン、と軽く叩いてさやを開いて、中の大豆を取り出していくのです。その後、枯れた葉っぱやさやのくずを取り除き、水でもどして乾燥させて、その後にようやく煎りの作業を行えるわけです。

 

『これってどれだけ煎るの?』『それほど量はなさそうだし、そんな時間かからんね』『これが節分で使う福豆になるわけか』

 

 そう、私が今日わざわざ岩戸から大豆を取り出して煎り大豆を作っているのは節分行事を行おうとしているからなのです。節分といえば当然豆まき。福豆と呼ばれる煎り大豆は豆まきをするために必要なアイテムで、これが無いと節分は始まりません。

 

「まだ縁側で乾燥させてる大豆が大量にあるので~あと数回はこの煎り作業になりますね~」

 

『え?』『そんな使うの!?』『せいぜい庭にまく程度だと思ったんだけど…?』『まさか犬守村全土で豆まきするつもり?』

 

「いえ~そうではなくてですね~わちるさんにFSの分もお願いされまして──」

 

『なるほど』『そういう事ね』『FSで豆まきやるんか』『豆まきコラボきちゃ?』

 

「──その話を聞いた真夜さん、イナクプロジェクトの皆さん、かかおさん、そこからさらに話を聞いた一期生の皆さん、二期生の皆さんとかなりの人数に節分に使う福豆をお願いされまして~……」

 

『あー……』『草』『断ることも覚えようね?』『これが"いいよbot"ってやつか』『近々葦原で豆まきコラボが頻発すると予想してみるw』『てか本当に大丈夫?疲れてない?』

 

「大丈夫ですよ~何なら移住者さんの分も作ってあげましょうか~? なんちゃって~」

 

『お、マジで!?』『くれるというなら拒否するつもりはないが?』『ちょうだいちょうだいちょうだい』『くれくれくれくれ』『あれ?おかしいな、画面の向こうに行けん』『画面に豆投げて(はーと』『行きたい…犬守村行きたい…』『さっさとNDS売り出せやオラぁ!!』『ほしいなぁわんころちゃんの手作り』『移住者の分まで用意してくれるなんてさすがわんこーろだぜ!』『妖怪豆煎りわんこ』

 

「んふふ~残念ながら今年はお預けですね~。来年、葦原町に来られた時にはぜひわんこーろ印の福豆を手に入れてくださいね~」

 

「おかーさー! 乾燥おわったの持ってきたー!」

 

「は~い、ありがとうございます狐稲利さん~」

 

 一度水でもどした大豆は大きなザルの上で乾燥させています。現在ザルは五つほど縁側で待機しており、冬眠明けの動物などに持っていかれないよう狐稲利さんが見張ってくださっています。どうやら丁度乾燥したものが出来上がったようで狐稲利さんが持ってきてくださいました。ころころとした大豆を落とさないように慎重にザルを両手で抱えている姿は真剣そのもの。じっと大豆を見つめながらも私に報告するため元気な声を上げています。

 

『狐稲利ちゃんだー!』『狐稲利ちゃんこっち向いてー』『今日もわんころちゃんの後ろにくっついててかわい……!』

 

「んー? いじゅうしゃーおかえりー……あっ! こらー!!」

 

 配信画面に向かって手を振る狐稲利さんはそのまま笑顔で画面から消えていきました。遠くから、まてー! という声が聞こえて来たので、きっと大豆が野生動物に襲われていたのでしょうね……。

 

『狐稲利ちゃん元気だなぁ』『元気だけどちょっと大人っぽくなった…?』『あ、分かる。なんだかお姉さんみを感じるんよな』『幼女から少女になったみたいな』

 

「ふ~む~……そうですかね~。わんこーろからするとまだまだ子どもですけど~」

 

 確かに昔のように勢い任せで行動する事は減ったような気がします。しっかり考えてからどのような結果になるかを考慮した上で前に進むように心がけている、ような気がしますが……。それでも子どもであることに変わりありませんし、今でもちょっと危なっかしいと思うことも多いです。

 

『子どもは親の知らない間に成長するもんよ』『狐稲利ちゃんも立派な女性へと成長してる!』『実際葦原町だと二期生に頼りにされてたりするよ』『サルベージや3Dモデル制作術ならわんころちゃんと同等だからね』

 

 む~……そんなものでしょうか……? 実感が湧かないんですけど。

 

「……あの、大豆をつまみに来た鳥と戯れてる姿を見てもですか~?」

 

 まだ春の鳥が現れるには早いのであれは……鶫でしょうか。他にも大豆を狙いに来た鳥が木に留まっていますね。狐稲利さんは指先に乗ってきた鳥のくちばしを撫でてやりながらにこにこ楽しそうです。

 そのまま鳥が指先から飛び立つと、おおー! と大きな声を上げて鳥を見送るように手を振り続けています。その隙を突いて他の鳥が大豆へと……。

 

『……』『まあ、そういう時もある……』『まだまだ子どもだな!(手のひら返し』『冬の鳥か。珍しいものに興味津々なのは変わらんなw』『これぞ狐稲利ちゃんよ!』

 

 ……手のひらくるくるすぎて移住者さんが信じられないんですけども。

 

 

 さて、煎り終わった大豆は分けて小袋へと入れていきます。白い小袋の真ん中には朱色で"福豆"の字が書かれており、これは葦原町で福豆を希望された方々のためのものになります。

 福豆は数えで年齢分の豆を食べると健康でいられると言われていたりするのですが、年齢分となると一万歳とか余裕で超えそうな方々も居るので袋には一定数を封入する事にします。

 

『わんころちゃんなら何粒食べるの?』

 

「わんこーろなら数え年で二粒ですかね~。これでも二歳ですので~」

 

「私一歳!」

 

『あれ?誕生日過ぎた!?』『違う違う、数え年だから誕生日は関係無いんよ』『?』『数え年は生まれて一歳、年が変わると+1すんのよ』『狐稲利ちゃんが生まれたのって確か夏ごろだったし、実際はまだ0歳なのよね』『まじか…ロリのレベルじゃねえ……』『何か問題が?』『移住者はわんころちゃんをロリというか娘として見てるので何も問題ないね』

 

 何の問題がないんですか。あんまり反応すると危険そうな気がするのでスルーしますけれども。

 

「それじゃあ次は恵方巻を作っていきます~これは夕飯にする予定ですので~ちょっと多めに作っておきますね~」

 

 恵方巻の具材はどうしましょうかね。正確には中に入れる具材は決まっているらしいのですが、犬守村では手に入りづらい食材もあるので……。

 

「適当においしそうなものを入れちゃいますか~」

 

『おい』『闇鍋ならぬ闇恵方巻だーw』『恵方なのに闇……?』『なんでも入れりゃいいってもんじゃ無いと思うよ?』

 

「おかーさー餡子は入れてもいいー?」

 

「う~ん……」

 

『わんころちゃん!?』『迷わないで……』『こんなところで娘を甘やかすな』『食べるのはわんころちゃんだよ!?』

 

「冗談ですって。狐稲利さん~甘いものはちょっと置いときましょう~他に食べたいものはあります~?」

 

「んー? じゃあ……おさかなー、えびー、きのこー、それとねそれとねー」

 

「んふふ~それじゃあ全部入れちゃいますか~」

 

「わーい!」

 

『……やっぱ不安だわ』『食べられる?食べられるよね?』『恵方巻の端から魚の尾とかタコの腕とか出てるのを想像してしまった…』『信じてるぞわんころちゃん』

 

 だからさっきのは冗談ですって! ちゃんと食べられる形にしますから!

 

 とはいえ、材料を集めてこないといけませんね……季節ものは岩戸に保存してあるものを確認しないとですし……お魚関係ならわたつみ平原で捕れるものもあるかもですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて~何が残ってたかな~?」

 

『そういや最近岩戸の中見てなかったな~』『確か腐りやすい物の保存とかしてたっけ』『漬物とかの発酵食品もあったはず』『色々突っ込んでごちゃごちゃになってるのでは…?』『大豆がアレだったしなぁ…他の食材も収穫したままの姿で最低限の処理もしてなさそう…』『時間停止してるから処理しなくても品質は落ちないからね』『ああそういやそうだった』『聞けば聞くほど反則だよなぁ、岩戸』

 

 あれから家の中にある調味料や保存していた食材を確認した後、必要な材料を取りに岩戸まで行くことにしました。犬守山にあるやたの滝、その内側に存在する時忘れの岩戸は時間経過を弄っている特別な空間なので食材の完璧な保存はもちろん、逆に発酵を進ませるような事も出来たりします。

 岩戸自体はこの犬守村創造の初期から存在している場所の一つです。当時は手に入れた食材を保存しておく方法が少なかったですから、この岩戸の存在はとてもありがたかったですね。

 現在は氷室や冷蔵庫、家で長期保存できる保存食などが創れて岩戸の存在も昔より重要というわけでは無くなりましたが、それでも食べ物を新鮮なまま保存出来る場所というのはありがたいものです。

 

「ん~意外と暖かいですね~」

 

『春の日差し…』『暖かそうだなぁ』『いいなあ、太陽の光』『久しぶりに見たわ』

 

 岩戸へと続く道は葉を落とした木々が並び、少し寂しさを覚えるような光景が広がっていますが、その木枝の隙間からは暖かな日差しが降り注いでおり、意外にも快適な気温です。よくよく見れば寂しい枝先には蕾のようなものも見られ、厳しい冬の季節を耐え抜いた植物たちが春を待ち遠しくしているのを感じ取れます。

 

「んー……」

 

「? どうしました狐稲利さん~?」

 

「おかーさー……もう雪降らないー?」

 

「あ~、そうですね~」

 

『さすがにもう降らんやろ』『雪はもう厳しいかもね』『いや、まだ降る可能性はあるぞ。サルベージされた記録だと春でも降った、ってあるし』『だとしても積もらないだろな』

 

 どうやら狐稲利さんとしては雪の季節が終わることに寂しさを覚えているご様子。日差しに照らされて解けゆく雪の山を見て少し残念そうです。冬の間、雪を使った遊びを私を含めたFSさんとめいっぱい楽しんだ狐稲利さんでもまだまだ遊び足りなく、名残惜しいと思っているのでしょう。

 

「んふふ~来年また冬は来ますから~その時にまた雪遊びしましょう~。ほら、見てください狐稲利さん、この桜もう蕾が出来てますよ~」

 

「え? ……おおー! ほんとだー! もう咲くー?」

 

「いやいや、まだまだ先ですよ~。もうひと月は必要じゃないですかね~」

 

「んんー! たのしみー!」

 

『狐稲利ちゃんの機嫌一気に戻ったw』『雪遊び < 未知の楽しみ』『やっぱ好奇心の塊だな狐稲利ちゃんは』『とはいえ俺たちだって春は楽しみなわけで』『地上でも季節感なんてほぼ感じられんしな。地下住みならなおさらよ』

 

「んふふ~桜が咲いたらお花見しましょ~ね~」

 

 犬守村で桜が綺麗に見える場所を探しておきましょうかね。あ、移住者さんに聞いてみるのもいいかも。犬守写真機でいろんなところを見て回っている方もおられるでしょうし、花見の穴場が聞けるかもです。

 それと花見といえばお弁当も必要ですね。春らしい、季節を感じられる食材を使った料理を作れるように考えておかないと。

 

「んふふ~夕飯の前に豆まきをしましょうね~狐稲利さん」

 

「はーい!」

 


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