転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#20 雨ときどき涙

予想通り犬守村に雨が降り始めました。勢いは時間とともに激しくなってきて、私は雨戸を閉め、薄暗くなった自室でぼんやりと光るウィンドウを眺めております。

 

映っているのはわちるさんのチャンネルです。配信の予約がすでに完了しており、あと数分で始まるようです。

 

「うわ~人がいっぱい。私もいつかこんないっぱいの移住者さんとお話してみたいですね~」

 

雨ががたがたと雨戸を叩きます。ですが私はその音を無視するように縮こまり、わちるさんの配信を待ちます。

 

なぜだろう、なんだかとても不安な気持ちになっています。

 

『ありゃ?始まんない?』『更新しても動かん』『わちるんスヤスヤか?』『メイクはさっきまで更新してたぞ』

 

おや?どうもわちるさんの配信が遅れているようです。心配するコメントも多く投稿されています。

 

『九炉輪菜わちる:申し訳ありません!5分ほどお待ちください!』

 

『5分待ち了解です』『慌てなくて大丈夫よー』『5分まつー』『初配信やし、しゃーない』

 

不意のトラブルでもみなさん動じないですね、やはりフロントサルベージの視聴者となると多少のハプニングもおおらかに許してくれるということでしょうか。

 

『○一ちゃんの二時間遅れと比べりゃかわいいものよ』『配信中のゲームと間違えて配信のほうを切断した寝子ちゃんのうっかりと比べれば』『同じく5分遅れを宣言して結局配信出来なかったナートに比べれば』

 

……違いますね、これは過去の先輩方のハプニングに慣れてしまっただけのようです。ある意味先輩からのナイスフォロー……なのでしょうか?

 

そうしていると配信画面が切り替わり、配信が始まりました。画面はわちるさんの髪の毛だけが映っていましたが、すぐに画面が動き、わちるさんの顔が映し出されました。

少しくせっ毛な橙色の髪の毛は左右でおさげにして緑の花飾りのついたゴムでまとめてあります。幼げな雰囲気があり、若干たれ目なのがさらに年齢を下げさせています。ですが口元からのぞく八重歯が彼女を活発な少女であると印象付けます。

 

「うわーん!みなさん遅れてしまってごめんなさいぃ!いきなり映らなくなってびっくりしたぁぁぁ!!」

 

『ひぎゃあああああ!!!』『音でかスギィ!!』『鼓膜しんだわ』『替えの鼓膜どこやったっけな』『音量調整おねげーします』

 

「ああっ!?ごめんなさい、ちょっとまってくださーい……ええと、これだっけな?音小さくなった?」

 

『かわらん』『さっきと同じ』『たぶんその横のやついじればいい』『←なんで分かんだよ』『ナートも同じ事してた』『そういえば』『いやいやまさかそんなこと……』

 

「んえ~~?これの横?これ?……直りました?」

 

『マジか直った』『直っただと……』『リスナー有能すぎ』『FSリスナー配信環境まで把握してるの草』『スタッフじみたリスナーがいますねぇ』

 

「ふううううありがとうございます~……ええとですね、いろいろとありましたがとにかく、みなさん!こんばんは!フロントサルベージに新しく加入しました!新人ヴァーチャル配信者九炉輪菜わちるといいます。みなさんと一緒に楽しくやっていければいいなと思ってます!応援お願いしますね?」

 

『ついに始まった!』『ふーんええやん』『声も見た目も元気っ子って感じですき』『初めて声聞いた!』『かわいい』『これは推しますわ』

 

「えーと、今日は自己紹介と雑談の予定なのですが……えと、みなさん何か質問ありますか?」

 

『いきなりこっちにぶん投げたぞ!?』『もしやもうネタ切れ……』『自己紹介しかしてないような気がするが……』『トラブルのせいで考えてたこと全部吹っ飛んだんやろなぁ』

 

「うぐっ」

 

あっ、これは図星のようですね。

……このままでは何を話していいか分からず沈黙したままになりそうですね。私が何か質問を――

 

『がんばって』『思い出すんだ!』『焦んなくて良いからゆっくりいこ』『まだまだ時間はいっぱいある』『話題なら好きなものとか、今はまってるものとかー』

 

 

『みんな、応援してるぞ!』

 

 

「……うん!みなさんのおかげで少し落ち着きました~そうですそうです色々お話したいことがあったんですよ!まずは私がフロントサルベージさんにお声をかけていただいたきっかけなんですが――」

 

その後わちるさんの配信は滞りなく、とはいかないものの視聴者のみなさんの助けもあり、なんとか進行していきました。

初めての配信ということもあって、彼女の声は震えていたり、ひっくり返ったりしてそのたびに視聴者につっこまれてさらに滑舌がボロボロになっていく。

時には唐突に画面からいなくなったり、ミュート芸を披露して音声が届かなかったりと失敗続きでした。

 

それでも……それでも彼女の配信は確かに“生きていた”

慌てたり焦ったり、不安の中で、それでも配信という今を楽しんでいる。

私から見ればその姿は人間らしさに溢れていました。予定通りにいかないのも配信の醍醐味、それを含めての配信という娯楽。

 

……果たして私の配信にはそれがあるでしょうか?

 

私の初配信は時間ぴったりに始まりました。0.1秒の狂いもなく完璧に時間通り始まりました。それはまるで機械のように正確無比であったでしょう。

配信中はなんのハプニングもありませんでした。画面からいなくなることもなく、ミュートを忘れる事もなかったでしょう。

それはまるであらかじめ書かれたソースコード通りの動きをするプログラムのようであったでしょう。

彼女たちはヴァーチャルにアバターを持ってはいますが、血が通った人間であり、視聴者も同様です。対して私には血が通っていません。私には肉体が無く、幾万もの情報によって形作られています。

 

――私は、生きているのでしょうか?

 

私という存在は、生きているといえるのでしょうか?肉体を持たず、睡眠も食事も必要なく、寿命さえない。

知らない場所で生まれて、寂しくなって、配信を始めた。けれどその一連の動作はどこかの誰かに設定されたプログラムの動きであり、私の意志が介在していないのではないのだろうか。

そもそも私に意志など存在していないのでは無いだろうか。こう考えるのもプログラムによるものでは無いのだろうか。

 

「私は……わちるさん達とは……違う……」

 

今更気がつくなんて、なんてバカなんでしょう。初めから気がついていたはずでしょうに。私が人間じゃ無いって事ぐらい。

でも、それでも彼女みたいに、視聴者さんと笑ったり、泣いたり、驚いたり、怒ったりしたいとおもったんですもん。出来るっておもったんですもん。

だから、"配信者"になりたいって……思ったんですよ。

でも、やっぱり違うんだなぁ……。

こうやってわちるさんの配信を見ていると理解できる。人と人との対話は完璧な意志疎通なんて出来ない。わずかな齟齬が生まれるもの。まるで小さな波紋のようなそれが重なり合い、その繰り返しが互いの理解を促し、その果てにようやく自分の心を相手に伝える事が出来るんだと思う。

 

私の配信にはそれが無かったんじゃないだろうか。私が移住者さんのお話を聞くか、私が村をつくっているところを紹介するか。どっちもいつも一方通行だったんじゃないだろうか。

私は移住者さんと友達にはなれない。人とヴァーチャル配信者との対話じゃなく、人がゲームのキャラと会話しているような、そんな歪な関係にしかなれない。

 

そう思ってしまった。だから口に出してしまった。

 

「……もうやめようかな、配信……」

 

先の未来を予測し、その結果を回避するために最適な選択を行う。んふふ、なんて効率的なんだろう。まるで機械みたいだ。

 

「――それじゃあ次の質問いくよ!えーと、『仲のいい配信者はいますか?』ですね。ふーむ、これは私のメイクを見ていただくと一発なのですが、ってもしかしてわざとですか?知ってて質問してますよね?そうじゃなきゃ初配信で新人の配信者に質問する内容じゃないですよぉ!」

 

顔を上げ、映し出されたわちるさんの配信画面を見る。わちるさんは視聴者さんの質問に受け答えしている。その顔は最初のおどおどとした感じは無く、楽しいという感情を全面に押し出したかのような良い笑顔だった。

 

「やっぱりフロントサルベージの先輩のみなさんには良くしていただいてます!なこそさんには配信の心構えとか、あといろんなボードゲームを教えてもらいました!皆さんともやってみたいですね、○一さんやナートさんには配信に使えるネタ?を教えてもらいましたし、寝子さんには突っ込みの仕方とか……そして!一番の友達はわんこーろさんです!」

 

思わず目を見開いてしまう。まさかここで私の名前が出るなんて。

 

「皆さんの中には知らない人もいるかもしれませんが、わんこーろさんというのは私の少し前に配信を始めた配信者の方なんです、とってもかわいい姿をしてるんです!その姿に声もぴったりで、とっても癒されるんですよねぇ」

 

それは、そうだろう。私の声は生まれたときからこうだったけれど、それに合うようにこの姿を創ったのだから、ぴったりなのは当たり前だろう。

そういう風に見えるように創ったのだから、そういう印象を持つのは当たり前。

 

だけれど、結局私は“生きていない”

 

中身のない私なんて――

 

「それにとっても楽しく視聴者さんとお話されるんです!見ているこっちまでつられて嬉しくなっちゃうぐらいなんですよ。わんこーろさんはいろんな人のお話を聞いてくれるんです。だからみんなもついつい話しちゃうんですよね。みんなわんこーろさんがとっても優しくて熱心で、温かい"心"を持ってるって知ってますから!」

 

――え?

 

「確かにすごい技術力がある方なんですけど、個人的にわんこーろさんの魅力はそこだと思うんですよねぇ、包容力があるっていうんでしょうか?う~ん、何でも受け入れてくれるような温もりをもった人、……へっ?『お母さん?』いやいや怒られますよ!私言ってませんからね!わんこーろさーん!私言ってませんからー!!」

 

……ん、んふふ、あはははは、なんだか悩んでたのがバカらしくなってきましたねぇ。

そうですよね、たとえ私がプログラムに行動を支配されているような存在だとしても、今私を応援してくれている方達は私を私として見てくれている。友達として接してくれている。

それだけで十分じゃないですか。

 

「ふふふ、あはは……私って涙が流せるんですね~」

 

知りませんでした。もし私がただのデータの塊なら涙なんて意味のない機能ですもんね。

 

うれし涙ならなおさら。

 

「私が生きているのか……それが分からなくて今まで手を出せていなかったけれど、はじめましょうか、“動物の創造と成長”」

 

ふふ、まだまだわちるさんの先輩としてがんばっていきますよ!

とりあえずは……

 

『わんこーろ:誰がお母さんですか~?^^』

 

おやおや、私の名前が目立って表示されたじゃないですか。怒られるためにモデレータ権限を私に付与しておくなんて、準備が良いですねぇ。

 

『!!』『あっ……』『わんころちゃん!』『わんころちゃんキタ!』『お母さん登場!』『げえっ!わんこーろ!』『わちるんコメ見て!そしてすぐさま謝って!』『はよ気付けー!間に合わなくなってもしらんぞーー!!』『あっ、俺用事思い出したから帰るわ、じゃね』

 

「ん?……へっ!?……わわわ、わんこーろしゃん!?え、えとあの、あわわわわーーち、違うんですー!あれはコメントを読み上げて――、ああっああ……えと、す、すきですぅ……」

 

 

……焦りすぎた拍子になに告白してるんですかあなたは。まったく、んふふ。

 

 

 




電子生命体は人に救われました

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