転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#209 雪解けと春のきざし

 

 左義長と季節の節目に行う行事である節分が終わり、犬守村には本格的に春が訪れようとしていた。わんこーろの背をゆうに超える高さまで積もっていた雪も暖かな日差しによって溶かされ雪解け水となって山を下る。それは山々の栄養を溶かし出し、わたつみの海原へと栄養を運び、冬を耐え忍んだ海の生き物たちへと届けられる。

 

 雪の下で芽吹きを待っていた植物たちは徐々に顔を出し始め、その様子は村を遊び回っている狐稲利によって次々見つけ出され、それは彼女の新たな未知の発見となって記憶されていく。

 

「ん~思ったよりも大変ですねこれは~灰の処理だけでも重労働です~」

 

「おかーさー新しい袋もってきたよー」

 

 そんな春が近づく犬守村の犬守神社ではわんこーろが何やら作業を行っているようだった。時折聞こえる声には疲れが滲み、顔まで黒く汚れているわんこーろは現在配信部屋の隣にある囲炉裏部屋の囲炉裏を片づけている所だった。

 

 先日行われた節分のイベントは結局わちるとわんこーろの二人がかりで狐稲利を取り押さえ、二人の勝利という事で幕を下ろした。負けた事でこたつが無くなる……などと絶望していた狐稲利だったが、そもそもわんこーろはこたつをしまうつもりは無かった。まだまだ寒い日は続き、朝夕の寒さは特にキツイものがある。

 

 そういった理由からこたつに関しては当分片づけるつもりはないのだが、同じく暖房機器として造った囲炉裏の存在をわんこーろは思い出した。真冬の雪が降り積もる時期には囲炉裏による火の直接的な温かさはかなり有難いものだったのだが、春が近づき雪が降らなくなるとそこまでの温かさを求める事は無くなり、こたつがあれば十分という結論に至った。

 料理関係も囲炉裏でしか調理出来ない料理というものは特になく、あったとしても冬の料理が中心なのでしばらくは食べないだろう。

 

「おかーさー灰ってどうするのー?」

 

「そうですね~畑の肥料などにできますけど~……全部は使わないでしょうね~」

 

 冬の炊事場は想像以上に冷える。そのため冬の間はほとんど囲炉裏部屋で調理と食事を一緒に行っていた。ほぼ毎日囲炉裏を活用し、火をくべ続けた。

 その結果、冬の間に出た灰の量はかなりのものになる。冬の間も定期的に灰の処理はしていたが、本格的に掃除してみるとその量はかなりのものになった。畑や田んぼで肥料にするとわんこーろは言ったが、肥料にすることを前提として灰にしたわけでは無いので肥料としての効果は如何ほどのものかは不明。むしろ利用しても問題ないのか不安にも思える。

 

「何か別の利用方法があればいいんですけどね~」

 

「うーん……。……ふぁ」

 

「へ?」

 

「ふぁ、……ふぁあ……」

 

「こ、狐稲利さん!? すとっぷ! すとっぷです! ここでくしゃみなんてしたら灰が──」

 

「ふぁ、……くちゅん!!」

 

「わあああ!?」

 

 その後、わんこーろと狐稲利の囲炉裏片づけは囲炉裏部屋の全体掃除へと変更され、それは昼過ぎまで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~村の雪もほとんど無くなりましたね~」

 

「おー田んぼ久しぶりにみたー」

 

「ずっと雪に埋もれていましたからね~。あ~でも、これは~……」

 

 わんこーろと狐稲利は犬守山を下り、田んぼの間の道を歩いていた。道の左右に広がる広大な田んぼは冬の間雪に覆われてその全体を確認する事が出来なかったが、ここ最近は雪が降ることも無くなり太陽の日差しによって隠れていた大地が見え始める。

 田んぼは雪解け直後のようで表面は湿っているように見えるが、その土は重い雪によって押し固められたままだ。夏の田植え前、水を張る前のふかふかな土の状態からはかけ離れたその姿にわんこーろは眉間にしわを寄せる。

 

「田起こしは絶対しないとですね~」

 

「田おこしー?」

 

「冬の間の固まった土を掘り返す作業の事ですよ~。これだけかちかちだと苗も植えられませんし~。最悪苗代の場所だけでもしておかないとです~」

 

 二人は道の端で座り込み、田んぼの様子を観察する。土が固まっているだけでなく、小ぶりな石や枝、出始めた雑草の芽もいくつか確認出来る。おそらくそれは田んぼ全域に及び、畑なども同様の有様だろう。とてもではないが二人では春のうちにやり切れない。

 

「ん~……わちるさん~なこそさんは~畑起こしを~」

 

「んー……まるいちーなーとーはー田起こしかなー?」

 

「んふふ~」

 

「んふー」

 

 再び歩き出した二人は今後行わないといけない重労働について勝手にFSを巻き込んだ計画を考え始める。本人たちは手伝える事があればいつでも、と言っていたし、運営である室長と灯も否とは言わないだろう。

 

 怪しげなワルい笑顔で語り合うわんこーろと狐稲利はその後も犬守村の春の準備について語り合いながら道を進んでいく。何処も雪が解けて土色を見せ始め、遠くに見えるわたつみ平原も、もう海に氷が張らなくなった。

 まだ木々は寂しい枝ばかりの姿を晒しているが、それももう少しすれば葉を付け花を咲かすだろう。

 

「それじゃあ~行きますよ~?」

 

「うんっ!」

 

 わんこーろと狐稲利は田んぼの隅にある鳥居の前で立ち止まる。何の変哲もない、木でできた簡素な鳥居だった。犬守村の各領域の境界分け隔てる鳥居と似ている姿なのだが、その鳥居は境界の目印ではない。いや、ある意味境界であり、目印であることに変わりはないのだが。

 

 わんこーろと狐稲利は息を合わせて二人一緒にその鳥居をくぐった。ふわりと浮かび上がるような感覚を一瞬覚えたかと思うと、次の瞬間二人は真っ白な空間に立っていた。

 

「校門前でいいです~?」

 

「うん、だいじょぶー」

 

 無編集の真っ白な仮想空間内でわんこーろは展開したウィンドウを操作し、位置座標を設定していく。しばらくすると白い空間に扉が現れ、狐稲利はわんこーろが頷くのを確認してから、その扉を開いた。

 

「んー! とうちゃーく!」

 

「問題なく来れましたね~」

 

 扉のむこう、真っ先に二人の目に入ったのは葦原学校の校門だった。巨大な校舎を見上げ、校門をくぐって校内へと入っていくわんこーろと狐稲利。その後ろに現れていた扉はいつの間にか何も無かったかのように消え去った。

 

 二人がやってきた葦原町は一期生、二期生の努力によって徐々にその開拓範囲を拡大し、自然豊かな風景が広がり始めていた。湖の上に浮かぶ葦原町は美しい砂浜と共に松林が整備され、時折打ち付ける波の音が聞こえてくる。造られた街並みは伝統的な日本家屋の姿をしているが、内部は住みやすいように現代的に改装されており、実際に一期生や二期生が独自の拠点として利用している住宅もある。その様子は確かに過去存在していた風景そのものであり、V+R=W参加者全員の努力によって構築された、まさに理想とされる世界だった。

 

 だが、最初から参加配信者全員がこのような世界を構築できるほどの技術を有していたわけではもちろん無い。葦原の学校で行われる3Dモデル制作に関する授業や過去の映像データを参考とすることでようやく形にする事が出来たわけだ。そんな中でも一期生、二期生が最も参考としたのが、わんこーろの生み出した犬守村という世界そのものだった。

 

 わんこーろの配信ではその古き良き原風景が必ず映し出される。従来の配信では考えられない、3Dモデルによって構築された世界で生活するわんこーろの自然な姿は多くの人々に興味を湧かせ、郷愁を抱かせた。あの風景こそ、葦原町に必要なものかもしれない、と。

 

 多くの一期生が葦原町開拓の為の手順書や3Dモデルのプリセットを制作し、それを二期生は受け継ぎ、改良し、発展させて利用していた。そのすべてが犬守村由来の技術や手法である。

 

 最近では動物関係の部活が主軸となって動物の実装も行う予定をしているが、それと同時に犬守村に組み込まれている魂の循環機構も葦原町に実装する予定だ。これも犬守村のものをそのまま複製し、持ってくる事になっている。

 

 さて、これほどまでに葦原町の開拓には犬守村の存在が欠かせないという事は、葦原町と犬守村は密接な繋がりを持ち開拓に必要な3Dモデルサンプルやシステム機構が犬守村から直接送られてきているのかと思いきや、なんとこの葦原町と犬守村には直接的な繋がりが存在しない。正確にはこの二つの仮想空間は直接リンクで繋がっていない。葦原町の公式発表でも、わんこーろが協力しているとは言っているが犬守村構築の技術が流用されている事は明言されていない。

 

 その理由は犬守村が詳細不明な集積地帯を下地として構築されているところにある。

 犬守村の存在する仮想空間は不特定多数の端末に存在する空き領域を間借りし、寄り集められて創られている。端末の動作には影響の無い領域を借りているとはいえ端末所持者に許可を得ていないという事実が、今後V+R=Wをさらに発展させ、各方々へと展開させる際に問題とされる可能性があるのだ。ただでさえヴァーチャル配信者という存在は炎上という問題が付きまとう存在であり、出来る限り火種は取り除いておきたいものだ。

 

 わんこーろもその事実は把握しているのだが、犬守村を構成している空き領域が膨大過ぎる上に、現在進行形で犬守村へと空き領域が寄り集まって来ているため、そのすべての端末主に許可を得るのは実質不可能だと言えた。

 

 そういった理由からわんこーろはFSとのコラボなどは行っていてもFSの一員となることは辞退したし、葦原町へと技術提供は行っても葦原町との直接リンクを繋げることは無かった。

 

 なので妥協案としてわんこーろは犬守村と葦原町の間に転がっている放置された仮想空間へと一度寄り道し、その後葦原町に行くという面倒な方法で各アイテムを持ち込んでいた。もしも問題が炎上目的で取り沙汰された場合少しでも逃げ道を確保しておくための処置だ。わんこーろとしてはあまり意味がないような処置ではあるが、犬守村と葦原町が直接繋がっていないという事実を明確にアピールするためには必要なことであると協力企業側からも説明されていた。

 

「さて~それでは私はなこそさんのところに行きますけど~狐稲利さんはどうされます~?」

 

「んー……」

 

 下駄箱で履物を替えたわんこーろは後ろをついてくる狐稲利に声をかける。今回わんこーろが葦原町へとやってきたのは一期生代表であり、現在葦原町の開拓の指揮を執っているなこそと相談する事柄があったためだ。

 詳しい話は葦原町の生徒会室で、という話だったのでここまで来たわけだが、狐稲利については母親にくっついて来たという風で、特に用事らしい事があるわけでは無いようだった。

 

 相談事というからにはいつもより難しい話になりそうだと考えていたわんこーろは無理に付き合わなくてもいいよと狐稲利に声をかける。

 

「んーそれじゃーがっこう見て回るー」

 

「ん、それが良いかもです~」

 

「あ! おかーさ、はいしん、してもいいー?」

 

「んふふ、いいですよ~。ちゃんとメイクで移住者さんに告知してあげてくださいね~」

 

「はーい!」

 

 軽い足取りで廊下の向こうに消えていく狐稲利を見送り、わんこーろは狐稲利の微笑ましい姿に顔を緩ませ、尻尾をくゆりとくねらせて生徒会室へと歩き出した。

 

「んふふ~狐稲利さんもお友達が増えて楽しそうですね~」

 

 葦原町でも狐稲利に声をかける配信者たちは多い。V+R=Wに参加したばかりの二期生とも親しく会話している事もあり、それは狐稲利のコミュニケーション能力の高さ故だろう。

 今まで人と会話する場面はわんこーろやFSのメンバーか、もしくはコメント欄の移住者に限られていた。秋のV/L=Fなどで少しだけ一般参加者と交流したことはあるが、そう長い時間では無かった。なので一気に200名以上の配信者と顔を合わせて言葉を交わし、仲良くなれるという期待が狐稲利に積極的な行動をさせているのかもしれない。

 

 それは狐稲利に新しい経験を抱かせることであり、狐稲利の成長の糧となるだろう。母親として、成長していく狐稲利の姿をわんこーろは温かく見守っていくつもりだ。

 


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