転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#210 あしはらがっこー配信するよー(1)

 

 狐稲利の活発さは犬守村にとどまらず葦原町でも有名だ。一期生や二期生の配信の片隅に現れることはもちろん、凸歓迎の配信で突然現れてコラボのような状況になる事も珍しくない。

 

 基本的に自由に動き回る狐稲利が他所の配信に突然参加するのは迷惑ではないのか? と思われるかもしれないが、そもそもとして葦原町は参加者全員が同じ空間に居るためそのような想定外のコラボなどが発生しやすく、それを配信者側も理解しているので迷惑とは考えず、予想外の取れ高になった程度にしか思っていないだろう。

 

 また、狐稲利は確かに自由に行動するところがあるが、興味を抱いたものには積極的に近づいてそれを知ろうとする傾向にあるので、クセが強く一つのジャンルに特化した配信者にとって狐稲利は絶好の知識を披露する相手でもあった。

 

 知りたい欲求の強い狐稲利は配信者へ疑問に思ったことを質問し、配信者はそれに答えていく。全く無知の狐稲利から飛び出す質問の多くはそのジャンルを知らない人間が共通して抱く疑問である事が多く、故に狐稲利の質問は初見視聴者の疑問でもあった。

 

 コメントすることをためらっている初見の代わりに狐稲利が質問することでより配信者の理解が深まり、その結果ファンが増えていく。無知、無邪気故の皮肉の無い狐稲利の発言は多くの配信者に好意的に受け入れられていた。

 

 また、狐稲利の電子生命体としての技術も彼ら彼女らを大いに助ける力となっていた。配信に関して問題が起きた場合その原因を即座に特定したりと、狐稲利はその能力を母親と同様に人を助ける為に使っていた。

 

 総合して狐稲利は葦原町にとって有名人のひとりであり、その性格から多くの配信者に受け入れられている存在と言えた。

 

 

 

 

「んーいじゅうしゃーおかえりー私だよー。配信、していくよー」

 

『ただいま!』『狐稲利ちゃんだ!』『自己紹介おざなり~!』『メイク見て驚いた!一人で配信出来る?』『狐稲利ちゃん単独配信って珍しいね』『ちょくちょくやってる印象だけどな』『わんころちゃんにいたずらした事もありましたねw』『今日は何をする予定です?』

 

 狐稲利の声は穏やかで優しく響く声だ。わんこーろにより生み出された当初は言葉を発する事すらできなかった狐稲利だが、わんこーろが話をする所を学習し、今のような口調と話し方となった。この若干間延びした声は母親であるわんこーろを真似した結果なのだろう。

 

 その後も狐稲利は会話やコミュニケーションの取り方について学習を進めていった。勉強という意識ではなく、わんこーろやFS、移住者たちと会話することで意識せず狐稲利の経験となり、知識となっていったのだ。今では話をすることが大好きで、他者との繋がりを大切にする少女として成長した。

 

「んとねー今日は学校の中ー探検していくよー」

 

『ほうほう』『狐稲利ちゃん葦原学校にいるのか』『探検配信だー!』『そういや学校の全体ってあんま見たことないかも』『一期生は基本教室で配信してるか外で開拓配信してるしなー』『二期生がちょっと観光配信みたいなのしてるくらいか?』『とはいえ先輩ばっかだから遠慮していろんなトコの紹介には至ってないかな…』

 

「んー。めいわくはーダメー。だからー友達のとこだけ紹介するねー?」

 

『了解~』『狐稲利ちゃんの友達…一体どれだけ居るのか…』『学校中を見て回る事になるやもw』

 

「んふー、友達もっともっといっぱい作るのー。それじゃーさいしょはー……かかお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 葦原町の中心に位置する葦原学校はこの国でのV+R=W計画における現時点の最大拠点である。新規参加者の育成、教育もここで行われており彼ら彼女らの活動拠点としても非常に重要な場所といえるだろう。

 そんな葦原学校の実験棟一階の一番奥の部屋には調理室、と書かれた札がぶら下がっている。調理、料理に関する授業が行われる場所であり、料理関係の部活動の活動場所としても機能している部屋だ。

 

 部屋は一般的な教室の二倍ほどの広さとなっており、様々な調理器具が置かれ、わんこーろやFS、有志によってサルベージされた貴重な料理レシピなども保管されている。今後葦原町で収穫された野菜などを調理することはもちろん、この調理室の外へ持ち出さなければ保管されている貴重な食材を使ってかつてのレシピを再現してみる事も可能だ。

 

 現在の若い世代は犬守村での料理配信などの影響で料理に興味のある者が多く、それは配信者も例外ではない。料理系の部活動は規模としてはかなり多い方で、一期生はもちろん二期生もかなりの人数が所属している。

 生物関係の部活と同じく扱う食材や料理の系統などによって細かく分かれている料理系の部活の中でも狐稲利の知り合いが所属しているのが、現代料理復興部と呼ばれる部活だ。

 

 他の料理系の部活は西洋料理であるとか、和食であるとか、そのように部活が分かれているのだが、この現代料理復興部はそれらの料理全般を研究するという部活となっている。他の部活が料理のみに注力するのに対し、この現代料理復興部は原材料の研究まで行っている。現在は消失した地方の調味料や料理に用いられた素材を特定し復興させてみたり、高級珍味と呼ばれていた食べ物を復元させたりと、その活動はただ料理を作るだけにはとどまらない。

 

 最近ではカカオ豆からチョコレートを作ったらしく、狐稲利がやってきたのはまさにその調理を行っている最中の事だった。

 

「かかおー来たよー」

 

「んあ? あ、狐稲利(イナ)ちゃんじゃん。今日わんころちゃんは?」

 

「おかーさーなこそに呼ばれてるー私一人で配信してるのー」

 

「配信……? え、コレ配信してんの?」

 

『よっチョコガキ元気?w』『エプロン付けて可愛いねぇカカオちゃんw』『思ったより似合ってるぜ!』『チョコガキおつー』

 

「だあああ!? なんで土どもが狐稲利ちゃんのコメ欄にいんだよ! ()ね! 狐稲利ちゃんの配信枠が汚れる!」

 

『ひどい言いぐさだなチョコガキ』『だれの投げ銭で今まで生きてこれたと思ってんの?』『注(このガキはなこちゃんに分からされてます)』『狐稲利ちゃんの前でそんな汚い言葉つかうな』

 

「おおーかかお、かっこいいー」

 

「ほらお前らのせいで狐稲利ちゃんが不良に憧れるみてーになってんぞ!?」

 

『草』『草』『100%お前のせいだろ』『その不良ってのはおめーの事だよ』『煽り耐性低いとか配信者としてどうなの?』

 

『なんかギスギスしてねぇ?』『残念ながらこれがチョコガキ配信では普通よ』『カカオちゃん視聴者とバチバチで草』『はぁーやっぱ配信者によって視聴者層って全然別もんなんだなぁ』

 

「かかおさーん、こっち焼き終わりましたよー……って、狐稲利さん!?」

 

「おーわちるも居るー! わちるこんにちはー!」

 

「あ、はいこんにちはです。あの、かかおさん狐稲利さんは何を……?」

 

「配信だって」

 

「え、配信ですか? わんこーろさんは?」

 

「私ひとりで配信してるのー。ほらー」

 

『わちるんこんー』『わちるんエプロン姿かわええ…』『わんころちゃんとこで割烹着姿は見たことあるけど、エプロン姿もいいなぁ』『わちるんかわいい!』

 

「私ん時と反応がちげーな土ども」

 

『可愛いものには可愛いという主義ですので』『わちるんはどこかのガキと違って素直で優しくて可愛いからねしょうがないね』『チョコガキ嫉妬?w』

 

「嫉妬じゃねーわ!」

 

『てかなんで配信してねーんだよチョコガキ』『お菓子作り配信とか数字稼げるだろーが』

 

「ええー……だって前の作業配信で『画面変わらなさ過ぎて見てて苦痛』ってコメントしたのお前らじゃん」

 

『お菓子作りとカカオ豆をすり潰すだけ(二時間)を一緒にしてんじゃねー!!』『お前の事はどうでもいいがわちるさんもいるんだから配信枠ぐらい取れ』『というかなぜわちるさんに手伝ってもらってんの?』『確か料理部は一定の料理経験が無いと一人で調理してはいけないって決められてたはず』『あーなるほど、犬守村で料理しまくってるわちるんなら納得』『さすが料理部副部長ですわ』『生徒会が忙しすぎて正式部員じゃないのがほんと惜しい』『正式部員じゃないのに副部長という異例の抜擢』『それに比べて俺たちのチョコガキは…』

 

「うるせー!! 作ったやつ見せてドヤ顔したかったんだよバーカバーカ!」

 

 自然とかかおと視聴者との罵りあいが始まったがそれはいつものことのようで、かかおの顔も本気で怒っているという感じではない。かかおは声を荒らげ、コメント欄は勢いよく流れていく。きっとその距離感で進行していくのが、かかおの配信なのだろう。

 

「ねーねーわちるはなに作ったのー?」

 

「クッキーです。かかお先輩から分けていただいたチョコレートを使ったチョコチップクッキーですよ」

 

 かかおと狐稲利が話をしているところへ合流したわちるは金属製のトレイに今まさに完成したばかりのクッキーを載せてやってきた。チョコレートとクッキー生地の焼けた良い匂いが調理室に漂い、それだけでもお腹が空いてしまいそうだ。

 

「おおー! おいしそうー」

 

「えへへ、実は一度作ったことがあるんですよ。その時はチョコは入ってませんし、合成の材料だったんですけどね……」

 

 わちるの作ったクッキーはチョコチップがこれでもかと生地に練り込まれており、生地自体もチョコレートが混ぜこまれているようでほんのりチョコ色になっている。現実でもクッキーを作ったことのあるわちるであるが、その時はチョコレートは手に入らず、生地は合成のものという状態で、味も不味くはなかったが美味しいというわけでもない微妙な仕上がりだった。

 それに比べて潤沢な食材と器具のそろった調理室ならば満足のいくクッキーが作れる。そう思い、わちるはかかおからのお菓子作りを手伝ってほしいという話に迷うことなく飛びついた。

 

「クッキーだけじゃないよ! ほら、チョコケーキ! こっちは私が作ったんだ」

 

 かかおは手のひらに載る程度の小さなカップケーキをいくつか取り出す。既にラッピングまで済ませてあるそれは、カラフルなリボンで飾り付けされ、手作りとは思えないほどのクオリティに仕上がっていた。

 

「はい、これ狐稲利ちゃんのね」

 

「あ、私のクッキーもどうぞ、これ狐稲利さんの分です」

 

 かかおはラッピングされたケーキを一つ、わちるは焼き立てのクッキーを手早く包むとそれを狐稲利へと手渡した。反射的に受け取った狐稲利だが、いきなりのプレゼントに本人は少し困惑気味だ。本当に受け取って良いのかと首をかしげている。

 

「いいのー?」

 

「はい。まだまだ作るつもりですし、元々狐稲利さんとわんこーろさんにも渡す予定だったんですよ。ね? かかお先輩」

 

「そーそー。現代料理復興部でカカオ豆から作ったチョコレートはこの為に用意したんだからね」

 

 かかおはドヤ顔で胸を張り、まだ遠慮している狐稲利へとチョコレートを使ったお菓子を受け取るように促す。かかおは作ったチョコレートをまだまだお菓子に使うつもりのようで、調理室の一角はそのお菓子のための作業場のようになっていた。

 

 かかおは元々作ったチョコレートは別のお菓子の材料として利用することを決めていた。元々チョコレート単体で食せるほどの量が採れる想定では無かったので葦原町で仲の良い配信者や、お世話になっている先輩へと珍しいチョコレートのお菓子として受け取ってもらうつもりだったのだ。

 

「なんてったって、もうすぐバレンタインデーだからね!」

 

「という訳なので、どうぞ受け取ってください狐稲利さん。あ! わんこーろさんの分は後で私が! 直接! お渡しに行きますので! 大丈夫ですからね!」

 

「う、うん分かったー」

 

『いつになくわちるんの圧が強い……』『バレンタインだし、しゃーなし』『積極的とはいえ本人を前にすると日和るわちるんが無事に渡せるかな~?』『草』『ええと、バレンタインとは?』『ちょっとした季節イベントだよ。確かこの国じゃあチョコを渡すっていうイベントだったはず』『好きな人に、な』『調べてきた。なるほどねぇ』

 

「んふー……わちるはおかーさ、好きなのー?」

 

「も、ももももちろん好きですよ!?」

 

『何を動揺してるんです?』『狐稲利ちゃんストレートに聞くなぁw』『さすが狐稲利ちゃん』『でも今更聞かなくても周知の事実では?』

 

「んーん。らいくじゃなくて、らぶなのー?」

 

「うええ!?!?」

 

『おお!?』『だれだ!また狐稲利ちゃんに変な事教えたのは!!』『ヤバ、口元にやにやしてきたwww』『ひええwwww』

 

「だって、バレンタインって好きな人にあげるんでしょー? この好きって、愛してるってことでしょー?」

 

「いやあのその、それはですねこの国のバレンタインというイベントは最初の頃はそうだったかもですけれどサルベージした歴史によるとその後に友チョコとか義理チョコとかが現れましてですね決してラブだけでチョコを渡すイベントという事では無くなったわけでしてこのクッキーが愛を捧げるための決意の形というわけでは無いと言いますか──」

 

『めっちゃ早口でしゃべるやん』『わちるん落ち着け』『手の中のクッキーが砕けそうで草』『これは図星では?』『なんだか虚空を見上げて詠唱してますなコレ』『……なんか長くなりそうだし、行こっか狐稲利ちゃん』

 

「うんー。かかおーわちるーまたねー!」

 

「ほいほい、また来てね」

 

「ですから私がわんこーろさんに愛をささやくという事は恥ずかしくて出来ないと言いますかですけど決して嫌というわけでは無いとも言いますかそれでもやはり面と向かって口にするのはいささか趣が無いといいますか──」

 

 調理室を出際に手を振るかかおとまだ心がどっかに行っているわちるを置いて狐稲利は次なる場所へと移動していくのだった。

 

 

 


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