転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#211 あしはらがっこー配信するよー(2)

 

「んふー、んふふー」

 

『狐稲利ちゃんの鼻歌助かる』『上機嫌だなw』『思わぬプレゼントに狐稲利ちゃんニッコニコよ』『こればかりはチョコガキに感謝だな』

 

 かかおとわちるからクッキーとカップケーキを受け取った狐稲利だったが、その場で食べることはせず、後で母親と食べようと拡張領域へと丁寧にしまい込むと次の場所へと歩き出した。

 

「んーとね、次はー図書館にいくー」

 

『図書館あるの!?』『そりゃ学校だしあるでしょ』『でも見たことないぞ?』『最近設置されたばっかだったと思う。図書室でなくて図書館なのは建物が別で造られてたから』『わざわざ本を見に行く配信者は居ないって事なのかな』『調べものならブラウザ立ち上げて検索すりゃすぐだしなー』『配信のメインにはならないけど利用してる配信者は多いと思うぞ?』『時々長時間配信してる配信者の画面に映る事はあるけど、それくらいだね』『図書館には誰が居るの?』

 

「図書館はねこがいるよー。部活とせーとかい? の仕事がなくって、暇な時はいつも居るって言ってたー」

 

『寝子ちゃんがいるのか!』『あーなんか分かる』『似合ってそうだよね、読書家の寝子ちゃん』『やっぱ虫関係の本を探してるのかね?』『いや、今後の葦原町の為に組織運営なんかの書籍を漁ってるのかも…』『寝子ちゃん真面目だからなぁ』

 

 葦原町には教室棟と実験棟の二つの校舎の他に様々な施設が併設されている。寮や食堂など近々開放される予定の施設は葦原町構想時点で運営より実装が告知されていたが、それ以外の施設は一期生が実際に活動していく中で必要と感じ、勝手に作っていった施設だ。

 

 植物部の温室や写真部の暗室、運動部の部室などは各部活が生徒会たるFSに許可を得て校庭の隅に建てられ、図書館についても葦原町で手軽に情報を得られる手段が欲しいとの声から建設された。

 葦原学校実装当時、図書館が建設予定になかったのはそもそも情報を得る手段ならばネットを検索すればすぐだろうという考えがあったからだった。

 もちろん即座にピンポイントの情報を得るだけならばネットでの検索が一番なのだが、図書館のように関連した本がずらっと並んでいる光景というのは参加者に意外にも人気があった。特に犬守村の札置神社地下に存在する書籍の保管庫の様子を知っている者たちはその光景を葦原町にも取り入れたいと考えていたようだ。

 

 図書館の蔵書は既に数万とも言われており、本の権利を所有している協力企業や個人の許可を得たものが保管されている。保管されている書籍データは本の形の3Dモデルに成形され、誰でも借りる事が出来る。本棚か保管庫にある本がすべて借りられていると返されるまで手に取ることが出来ないという点が不便であり、借りるにも手続きが必要で返却期限も存在し、ただ調べものをするだけなら確かに面倒と思われるかもしれない。

 

「んー……木と、本のにおいー私このにおいすきー」

 

『いったいどんな匂いなんだ……』『木ってことはさわやかな感じか?』『というか本て匂いするの?』『よくわからんな~』『図書館ってあれだろ、わんころちゃんのとこの札置の地下』『あーあんな感じなのか』『あそこはちょっと規模が違うような気がするけどね。確か札置の迷い路と同等の広さって話だし』『ひええ、迷ったら出られなくなりそう』

 

 実験棟の先に設けられた渡り廊下を通り、図書館へと足を踏み入れた狐稲利は図書館特有の匂いに目を細め、しみじみとつぶやく。校舎自体が木造なので木の匂いというのは珍しくも無いのだが、図書館はそれに加えて本を収納している木製の棚が狭い間隔で設置されており、他の教室より強く木の匂いが感じられるようだ。そしてなにより他の教室との違いは、3Dモデルとして成形された本たちの匂いであろう。

 本に使われている紙の種類や装丁に用いられている素材に酸化したインクの匂い。それらは決して不快なものではなく、どこか心穏やかにさせる匂いだった。

 

「それじゃーおさんぽしよー」

 

『散歩?』『図書館で?』

 

「おかーさが言ってたのー。図書館に行くのはねーおさんぽしてるようなものなんだってー」

 

 調べものなどネットを使えば一秒もかからず見つけ出すことが出来る。だが、今日(こんにち)において図書館とはただ一点のみの情報を手に入れるためだけの場所では無い。知りたい知識の検索はもちろんだが、その隣に置いてある興味深い題名の本を見つけ、思わず手に取る。そんな予想外の知識との出会いが引き起こる場所である。

 

 なんとなしに散歩していた時、細い路地の先に偶然お洒落なお店を見つけた時のような、何か明確なモノを求めているのではなく、偶然の出会いそのものを求めているかのような、図書館とはそういった偶然の知識との出会いこそが醍醐味なのだ。

 

「んーと……あ、ねこーねこねこー」

 

「? ……狐稲利さん、此方に来られるのは珍しいですね」

 

「うんーねこに会いに来たー」

 

「それは、嬉しいですね」

 

 図書館は一階に貸し出しカウンターのある図書館施設があり、二階には貸し会議室や誰でも利用出来るフリースペースが存在している。窓ガラスから差し込む光が館内を照らし、思ったよりも暗くはない。数人の図書館利用者が居るが、だれも狐稲利が来たからと騒いだりはしない。図書館では静かにする、というマナーがしっかりと守られているようだ。

 

 狐稲利も利用者の読書の邪魔をしないように静かに館内を周り、そして窓辺で本を読み、何やらノートに書き取りをしている少女を見つけた。

 

 銀の髪を揺らし、悩まし気に眉を顰める姿は窓から差し込む柔らかな陽の光によって写し出され、年相応に幼い顔立ちでありながらも髪をかき上げる姿は少女の可憐な一面をより強調させていた。

 

 その少女、白臼寝子は小さな声で自身を呼ぶ狐稲利に気が付くと読んでいた本を閉じ同じくらいの声量で話しかけた。何か問題でも発生したのかと首をかしげる寝子だが、ただ会いに来ただけだと微笑む狐稲利に思わずつられて笑い返す。

 

「移住者もいっしょー。だいじょぶ?」

 

「配信されているのですね。大丈夫です、問題ないですよ。あ、でも図書館はお静かにお願いしますね。移住者さん」

 

『寝子さんこんにちは~』『寝子ちゃん今日も可愛いな…』『窓辺で本を読んでる姿綺麗だった!』『勉強ですか?』『まだ寒いですから体を冷やさないようにね』

 

「おおー……コメント全然違うー……」

 

「違うとは?」

 

「かかおのコメントーすごかったー」

 

「……なるほど」

 

 若干呆れたような声音の寝子は狐稲利をじっと見つめ、何かを思いついたように顔を上げ狐稲利へと話しかける。

 

「……狐稲利さん、移住者さん、少しお時間いいですか?」

 

「? うんーだいじょぶ。移住者もいいー?」

 

『おう』『良いよ(上から目線』『大丈夫ですー』『寝子ちゃんのお願いとは珍しい』『もっと周り頼ってけー?』『狐稲利ちゃんの配信だから自由にやって良いよ?』

 

「良い、だってー。それでなにーねこー?」

 

「実は見てもらいたいものがありまして。……二階に行きましょう。フリースペースがありますから」

 

 読んでいた本を片づけ、私物のノートを拡張領域へと収納した寝子は図書館の入口付近にある階段を上っていく。木製の一枚板を並べた階段を一段一段上っていくと現れたのは机と椅子が並ぶ、誰でも自由に使えるフリースペース。図書館なので静かな雰囲気で落ち着くその空間は、配信者が夜の雑談配信などで利用する事も多い意外と人気のスポットだ。図書館自体が校庭の隅にあり、フリースペースは二階に設置されているためそこからの景色も中々の見どころだ。夜は校舎と学校外の建物から漏れる灯りが美しく輝き、昼は葦原町を遠くまで見る事が出来る。さすがに三階建ての校舎よりも低いので全景を一望なんて事は出来ないが、それでも落ち着いて景色を楽しめる場所というのは貴重なのだ。

 

「……これを見てもらっていいですか?」

 

「んー……おおー!」

 

 寝子が机の上に取り出したのはとある圧縮ファイルだった。見た目は片手で持てる程度の白い立方体だが、寝子がその圧縮ファイルを解凍すると圧縮されていた内部の3Dモデルデータが机の上に出現する。

 

『これは……蟻?』『アリじゃん。それもかなり細かく作ってあんね』『おおう…虫か…』『寝子ちゃんがいるんだから予測出来てただろ』『そりゃそうだけど…てかなぜお前らは大丈夫なんだよ』『わんころちゃんのチャンネル視聴者は犬守村の生き物は虫も含めて見慣れてるんだよ』『寝子ちゃんのチャンネル視聴者も同様です』『鍛えられすぎて草』

 

「あ……すいません。配慮が足らず……」

 

「これくらいならだいじょぶだとおもうー」

 

『狐稲利ちゃんは画面いっぱいに捕まえた虫を近づけるのをやめて頂いて……』『配信覗いた瞬間昆虫の裏側ドアップは心臓に悪いからやめてね?』『これくらいならかわいいもんよ』

 

「このアリさんー。ねこが創ったのー?」

 

「はい。近々わんこーろさんが魂を実装されるとお聞きしまして、虫部の部長と一緒に初期モデルの制作を始めたのですが……やはり一度犬守村の方に見てもらうのが良いかという話になりまして……」

 

「ほうほうー。どれどれー……」

 

 机の上に置かれたアリの3Dモデルは当然だが動かない。魂以前に動くように内部データを封入していないため、まるで精巧な作り物のように微動だにしない。狐稲利はそれを指先で優しく持ち上げ、手のひらの上に置いて観察していく。

 

「……あっち(犬守村)とぜんぜんちがうんだねーすごいー」

 

「ありがとうございます」

 

 狐稲利の言う"全然違う"とは3Dモデルとして不出来である事を指しているのでは無く、アリとしての生態が3Dモデルにしっかりと反映されている事に関する誉め言葉だ。犬守村は山深い場所で豪雪地帯、海が近くにあるので乾燥はしないが雪は多く降り、冬の期間は長い。

 対して葦原町は多くの住宅が立ち並び、自然も多いが犬守村ほどでは無い。また、大きな湖はあるがその周囲を山々に囲まれているので犬守村ほど雪雲が形成される事も、入り込む事も少ない。

 

 かつてこの国には数百種類のアリが存在していたと言われており、それらは全国的に住みついている種もいるが、一部地域に好んで住まう種もいる。犬守村のような自然のままの地域では枯葉などを食物とし、朽ち木などを巣とする森林性のアリが生息し、対して葦原町のような人の住む場所に生息するアリは人の食物を餌とし、アスファルトの隙間に巣を作る。

 寝子が狐稲利に見せたアリはその種の違いをしっかりと把握したうえで制作された3Dモデルとなっており、ただアリの外見を3Dモデルで再現しただけの代物では無いと分かる。これだけでもアリに関する過去の分布図や住まう地形、環境を把握していなければ創ることは出来ないだろう。

 

 それらを含めたうえで、狐稲利はその3Dモデルの完成度を"凄い"と褒めたのだ。

 

「いいと思うー。おかーさみたいー」

 

『わんころちゃんレベル!?』『マジか!』『寝子ちゃんが電子生命体に並んだ!?』『狐稲利ちゃんが言うなら疑う余地ねーわな』

 

「! そこまで褒められると、ちょっと怖くなっちゃいますね」

 

 わんこーろが創ったもののようだ。それはつまり寝子の創った3Dモデルがわんこーろの技術に匹敵するものだと言っているということだ。電子生命体であり、あらゆる知識と技術を内包しそれを惜しみなく使い、命を生み出すわんこーろと同等だと狐稲利は認めたのだ。

 

 その言葉は寝子がこの3Dモデルに注いだ努力のすべてを認めているに等しい。それを理解した寝子は驚きと共に頬を桜色に染め微笑んだ。

 

『あ~照れてる寝子ちゃんやっぱかわええ~~~』『照れてる理由はかなり高レベルな件について』『真面目で努力家、そのうえ虫に対する情熱の賜物だよ』『わんころちゃんが最初にアリの3Dモデルをお披露目したときの事思い出したわ』『もうあの時のわんころちゃんに追いついたんだなぁ』

 

 


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