転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「なーとーほうりーあそびにきたー! ……んー?」
勢いよく小屋の扉を開ける狐稲利は二人が驚く顔が見られると思っていたのだが、予想していた反応は見ることができなかった。小屋の中には確かにナートとほうりが机を挟んで何やら展開したウィンドウを睨みつけているのだが、大きな声を出して入ってきた狐稲利の姿に気が付いていないようだった。
「やっぱこれ以上の圧縮は無理じゃん。光エネルギーをマイクロマシン駆動用のエネルギーに変換すんのは構造が複雑過ぎだって」
「そんなことありません。植物も葉緑体を用いて太陽光から活動に必要なエネルギーを取得しています、あの小ささでです。不可能じゃありません」
「葉緑体を持ちだすのは反則だってば、光合成までいったら粒子科学じゃなくて生化学の分野に足突っ込む事になるじゃん」
「半生物化してしまえば自身でメンテナンスもこなしてくれるかと」
「わたしは生物兵器作るつもりはないよぅ」
「お姉様は話を飛躍させすぎです。その例えだって極端すぎます。ある程度微細生命の反射的行動を利用すべきではという提案です」
「あんまりそっちはねぇ、さっきの例えは確かに極端だったけどさ、暴走する可能性はあるよ。生命って人間の思い通りに動くわけじゃないからさぁ」
『なーんか聞いちゃいけない話をしてないか?w』『生物兵器とか暴走とか……』『まあ、葦原町でするくらいだから問題ない話題だと思うよ』『そもそも俺ら素人じゃ何言ってるかわからんし』『おそらくだが専門家が聞いても葦原町っていう超絶空間前提の実験内容なんて聞いても意味ないわ』
ウィンドウに目を向け手元のキーボードを打ち鳴らす二人は白熱した様子でなにやら意見を飛ばしあっている。同時並行して異なる作業を進めていく二人の姿に狐稲利はしばらくの間、驚いたように二人を見比べていたのだが一向に自身の姿に気が付かない二人にしびれを切らした狐稲利はおもむろにナートの両脇に手を添えて……。
「こちょこちょー」
「ひぎゃああぁあぁあ!?」
『草』『なんちゅー声だしてんだナート』『もっと女の子らしい声だせ』『いきなり音量上げるなナート』『鼓膜返せ』『目が血走ってて怖いです』
「うるせー! 死ぬほどびっくりしたんだよぅ!!」
何とも言えない声をあげるナート。少なくともくすぐられて出る声では無い。まるで感電したかのように勢いよく立ち上がるナートの姿に狐稲利は不満げな顔を満足げなものへと変える。
「え、あ、狐稲利さんこんにちは」
「ほうりーこんにちはー!」
『姉がきたねー声で叫んだのにリアクションが皆無だと!?』『ほうりさんつえーw』『姉の痴態を見て感情死んでるだけでは?』『いやコレは慣れだな』『それはそれで草』
対してほうりは冷静なものだ。おそらくナートが何かで奇声を発するのは日常的な事で慣れてしまったのだろう。なぜか涙目ですがりつく姉を宥め、ようやくほうりも狐稲利の姿を認識したようだ。
「何してたのー?」
「次の実証実験についての話をしておりました。……ですけど、ハードもソフトも大きくなりすぎて…これ以上どう圧縮するかを考えていたのです」
「ふ~ん?」
「やっぱ太陽光の反射と吸収の両立は無理なんだってぇ、これだけで全体の六割容量持ってかれてんだからぁ」
「んー? よくわかんないけどー、どっちかじゃだめなのー?」
「太陽光の反射が主目的なんです。これがこのマイクロマシンの存在意義ですから。ですが吸収の機能もいらないわけではないのです」
「マイクロマシンは基本的に電磁緩衝地帯の補助が無いと広範囲に散布して駆動してくれないんだよぅ、でもマイクロマシン自体が散布装置や電磁緩衝地帯からのエネルギー供給をしなくてもよくなれば、それだけ広範囲への散布、長時間の駆動が可能になるんだ」
「散布装置と電磁緩衝地帯はマイクロマシンのメンテナンスと電力供給を行っていますが、この電力供給を省略すればかなり駆動範囲は広がります。充電は数日に一度、メンテナンスは数か月に一度で問題ありませんから」
「充電なー。せめて補助散布装置も動かせたらなー」
「補助散布装置……散布装置自体をメンテナンスするため停止させる時に利用するもう一つの散布装置ですね。ですがあれはメンテナンス以外では動かせませんよ、そのようにシステムがなっておりません」
『マジで何言ってるか分からん…』『てか前例がないからなんも言えん』『MMの前提条件覆そうとしてっからそらそうよ』『必要知識が多すぎて理解出来ん』
「うーん……やっぱ電力供給は今まで通りじゃないとダメじゃんよぅ」
「システムをもっと突き詰めて圧縮すれば可能性はあります」
「ほうりそれさっきから何回も言ってるよ?」
「む、それじゃあお姉様は何か方法があるのですか!?」
「だから電力供給を──」
「それだと散布範囲が──」
またもや狐稲利を置いてけぼりにして二人の議論が白熱し始める。狐稲利はただ二人が激しく言葉を交わしているのを困ったように微笑み見つめていた。これが喧嘩ではなく、両者が自身の主張をぶつけ合う議論であり、どちらに非があるというものでもないと狐稲利は理解出来ていたからだ。だからその激しい言葉の応酬を止めようとはしなかったし、必要な事なのだろうと感じていた。
「んむー……んー?」
『狐稲利ちゃん?』『おやおやこれは……』『好奇心が顔を出したか』『猫みたいだな』
手持無沙汰になった狐稲利の視線は小屋の中をきょろきょろと動き回り、そして机の上に展開されたままのウィンドウに固定された。少しの間そのウィンドウをじーっと見つめていた狐稲利だったが、好奇心には勝てず、未だ議論を交わす二人が放置したウィンドウに手を伸ばす。
「ほほー……きれいー……」
『きれ、い……?』『サルベージ失敗した文字化け羅列にしか見えないけど……』『感性が違う』『狐稲利ちゃんには何が見えてるんだ…』
ウィンドウに表示されているのは素人ではもはや意味不明な数字と文字の羅列だった。内容が複雑化し、何度も圧縮処理がされているので構築者以外ではまず何が書かれているのか解読出来ないほどに難解になっているそのコードだが、狐稲利は指先でそれらをなぞっただけで、それらがどのような用途で構築され、どのような働きをするのかを瞬時に理解した。そのうえで狐稲利は丁寧に構築されたそのコードを見て、綺麗と表現したのだ。
「でもここーおんなじー……。……ちら」
ナートとほうり、さらにこれまでマイクロマシン開発の歴史が積み上げてきたその駆動コードは過去の天才たちがあらゆる知識とひらめきを集約させて作り出した芸術品とも言える一品だ。それ故にあらゆる無駄が排除され、見るものが見れば美しささえ感じてしまう。
だが、狐稲利はそんなコードの一部に違和感を覚えた。上の方で見ていたコードと同じ記述を下の方で見かけたような、まるでデジャヴのような感覚を覚えたのだ。コードの文字列が全く同じ表記がされているというわけでなく、動きとして同じ動作が繰り返されているように狐稲利には見えた。
狐稲利はうずうずとする指先を抑え、ちらりと二人の様子を伺う。まだ話は続いているようで狐稲利の方は見ていない。
「んふー……あとでーあとでなおすからー」
『狐稲利ちゃん!?』『ちゃんとバックアップ取ってて偉い!』『いやそうじゃねーだろw』『一瞬で内容理解したのかよ!?』『ひえええ電子生命体の赤ペンが入る~w』『狐稲利「素人質問で恐縮ですが」』『やめて?』『学生のトラウマを刺激するな』
そう言って狐稲利はウィンドウに触れ、表示されていたコードに触れた。ゆっくりと指先を動かすと狐稲利の思い描いたとおりに羅列が動き、並び、整っていく。人の手によって生み出された知識の最高峰の一つは、さらにその上をゆく電子生命体によって未知のレベルにまで引き上げられる。だが、その最高峰は確実に狐稲利やわんこーろに届きうる。それは狐稲利が綺麗と言ったことからも間違いはない。
「あー! 狐稲利ちゃんなにしてんの!?」
『やべ、バレた』『隠せ隠せ!』『バックアップと差し替えるんだ!』『証拠は削除するんだ!』『お前ら狐稲利ちゃんに悪いこと教えんなw』
「コードが……あ、あれ?」
ようやく狐稲利がマイクロマシンの内部コードをいじっていることに気が付いた二人が慌てて止めに入るが、そのコードを見たほうりの手が止まる。
「どうしたのほうり?」
「いえ、あの……狐稲利さん」
「んー……ごめんなさいー……あとでなおそうとおもったのー……」
「あ、いえ大丈夫ですよ。それより狐稲利さん……これって、動くのですか?」
「? うごくよー?」
「……」
「なに? どしたのほうり?」
『え?え?何?』『ただのいたずらでは?……だよね?』『ほうりちゃん?』『え……マジで?』
狐稲利が改変したコードを見たほうりは目を見開き、その内容に言葉が出ない。気になったナートも覗き込むが、同じようにそこに描かれていた内容に驚き、深く考え込み始めた。
「……光エネルギーの反射と吸収を一つのプログラムで実行するように……?」
「これは……可能なのでしょうか……?」
「……プログラムされている通りなら……破綻は無い、けど……。うわ、そうか反射の角度を調整して吸収する効果を……」
「通常は反射を優先して、電力供給が必要となったら切り替わる……いえ、これはそもそも変わるのでは無く同じ素子を利用して……?」
二人は狐稲利の改変した……いや、改善した内容を深く深く読み込む。その内容は確かにプログラム上では矛盾なく、軽くテストしてみてもエラーを吐く事はなかった。しかも先ほど問題としていた反射と吸収の二つのシステムを一つに複合させるようなプログラムとなっており、もしこれが実現出来たのならばハード面でもソフト面でも必要容量は今の半分以下にまで減らす事が出来るだろう。
「……」
「……」
「うー……だめ、だったー……?」
「ああ! そんなこと無いよ狐稲利ちゃん! 全然! うん! ホント凄いよぅ!」
「そうです! こんなの、私とお姉様では考え付かなかったことです! 狐稲利さんはとても……えと、偉いのですよ!」
「ほんとー……?」
「はい! もちろんです!」
思わず狐稲利へと視線を移す二人。狐稲利は勝手に弄ったことを怒られると思い小さくなっている。だが、その小さな姿に秘められた人を超えた叡智のようなものを二人は感じざるを得なかった。ほうりは目じりを下げて不安げな狐稲利の頭を撫でて落ち着かせ、ナートは勢いに任せて次の検証の許可届けを書きなぐる。だが、ナートはふとその手を止めてほうりへと顔だけ向けて尋ねる。
「今更だけど……これっていいのかなぁ? 狐稲利ちゃんの手を借りたって、ちょっとズルくね?」
「我が家には"他人に迷惑をかけないのならば、あらゆる手段を用いて最善を尽くせ"という家訓がございますので、これくらい問題ありません」
「えぇ……なにそれ初めて聞いたんだけど?」
「今私が作りました」
「ひどい。まあ、他の部活だって狐稲利ちゃんに手伝ってもらってるらしいし……いっか」
『草』『ほんとひどいよ!?』『ナートコイツ脊髄でもの考えてねーか?』『頭使いすぎておかしくなっちゃった……』『しかしほうりさんがナートじみてきて草だよ』『さすが姉妹』『え?流石兄弟?』『何それ?』『さあ?俺にもよくわからん』
「んんーほーりーもっと撫でてー」
「は、はい! どうですか狐稲利さん」
「んんーほどよいー」
「ああっ……これが妹……」
「あーあ、ほうりがダメな顔しちゃってるよ」
その後ナートが新マイクロマシンの実証実験許可を制作し終えるまでほうりのなでなでは続くのだった。いつもわんこーろに甘えている狐稲利の甘え上手なところと、イナクプロジェクトでも問題児の対応をしているしっかりもののほうりの相性は思いのほか良く、ナートの作業が終わる頃、狐稲利は眠たそうにトロンとした表情を見せるのだった。
『なんだか知らんがとにかくよし!』『落ちたな(狐稲利ちゃんの魅力に』『ほうりちゃん妹欲しかったのか…w』『ずっと撫でてるじゃんw』『優しく微笑んでる姿がお姉さんぽくて好き』『ナートよりお姉さんしてるわw』『ナート妹にひでーこと言うな』『全然ダメな顔じゃないよ!』『ダメな顔ってのはわんころちゃんに会った時のわちるんみたいのを言うからね』『草』