転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#214 葦原学校七不思議

 

「それではみなさま~狐稲利さんの配信を見てくださってありがとうございました~。ご覧の通り、一日配信し続けて電池切れになっちゃったようなので~配信の方はわんこーろが締めさせていただきますね~また見に来てくださ~い、ばいばい~」

 

『おつー!』『わんころちゃん最後の締めありがとう!』『狐稲利ちゃんお疲れ』『ゆっくり寝てね』『お休み狐稲利ちゃん』『おつおつわんころちゃんもありがと!』

 わんこーろの言葉により狐稲利の配信枠へと大量のお疲れコメントが送られる。現在わんこーろの膝の上でスヤスヤと寝息を立てながらニコニコと眠りながら微笑んでいる本人にそのコメントは届かないので、後でわんこーろが伝えておくことを視聴者に説明し、そこで配信は終了した。

 

「ナートさんほうりさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません~……」

 

「いやいや! むしろこっちが助けてもらったと言いますか……」

 

「迷惑などとんでもありません。むしろお礼を言いたいくらいです」

 

 あの後ナートは出来上がった実験許可の届け出を持ってほうりと共に生徒会室を訪れていた。届け出だけなら葦原町専用のメッセージ機能を用いて送るだけでもいいのだが、非常に眠たそうにしている狐稲利を生徒会室のわんこーろの元へ送り届ける必要もあったのでわざわざ生徒会室まで向かう事となったのだ。

 

 狐稲利を抱えたナートとほうりが生徒会室に到着したころにはもう狐稲利は寝息を立て始め、そんな状態で生徒会室へとやってきたものだから、なこそと話をしていたわんこーろを大いに慌てさせる事となった。

 

「ほい、なこちゃん。これ次のヤツ。確認お願い」

 

「はい確かに受け取ったよ。……ん? 外部協力者? 狐稲利ちゃん?」

 

 ナートが提出した届け出の最初のページにはナートほうり、そして外部協力者として狐稲利の名前が記載されていた。実験に携わる人間の名前をすべて記載しなければいけないという訳ではないが、狐稲利の修正した部分は今後のマイクロマシン開発においても非常に有益だと判断し、ナートはその功績が自身やほうりへと向かうのではなく、あくまで狐稲利によるものであると明確に示すため、今回のようにわざわざ同好会外の外部協力者として狐稲利の名前を記載したのだ。

 

「え~とね、ちょっとだけ狐稲利ちゃんに手伝ってもらったと言いますか」

 

「いえ、ちょっとではありませんよお姉様。私どもが行き詰っていた部分を狐稲利さんが解決してくださったのです」

 

「ほほ~狐稲利さんが~」

 

 生徒会室のソファの上、わんこーろの膝で幸せそうに眠りこける狐稲利。学校内を歩き回り、移住者や他配信者と話をし続けて疲れて寝てしまった狐稲利はそんなわんこーろの視線に気づくことなく眠り続けている。

 

「んふふ~狐稲利さん、今日はいろんなところに行ったのですね~。いっぱいお友達ができてよかったですね~」

 

 狐稲利の乱れた前髪を直してやりながらわんこーろは優しく撫でてやる。寝ていても母親のぬくもりが分かるのか、狐稲利は幸せそうな表情でわんこーろの手へとすりすりと頭を押しつけ、もっと撫でてほしいと主張する。

 

「まあ、手伝っちゃダメってわけじゃないし大丈夫だけど……あまり狐稲利ちゃんを酷使しないようにね?」

 

「そんなことするわけないってばぁ!?」

 

 いたずらを仕掛ける子供のような無邪気な顔で冗談を言うなこそに対し、ナートは焦ったように反論する。わんこーろに視線を合わせ激しく首を横に振るナートの姿にわんこーろは、んふふと笑みを零す。

 

「むしろこちらからお願いしたいくらいです~ナートさんほうりさん、狐稲利さんをよろしくお願いしますね~」

 

「も、もちろんだよぅ!」

 

「決して無茶をさせることは無いとお約束いたします」

 

 

 一通りの話が終わったタイミングでわちるはナートより受け取った実験の許可申請書の中身に目を通し始める。狐稲利により改変されたコードの説明も載っていたが、そのあたりはわちるにはちんぷんかんぷんなので葦原町のルールに違反していないかどうかだけを確認していく。大前提として他の配信者へ迷惑をかけない、故意にV+R=Wへの攻撃となりうる実験を行わない。提出した申請書に書かれている実験内容から大きく逸脱しない、などなど。

 

 現在の生徒会室は先日の修羅場のような資料に埋もれている状況ではなく、綺麗に整頓された室内となっており比較的すごしやすい空間だ。そのためナートとほうりはわんこーろが煎れてくれたお茶と羊羹に舌鼓を打ちつつ、せっかくここに居るのだからとわちるから申請書の内容についての質問に受け答えしていた。

 

 わんこーろは狐稲利が興味を示したというマイクロマシンの内部データを二人から見せてもらったり、それに対して二人はわんこーろからも意見をもらったりと非常に充実した時間を得られた。

 

「ん~?」

 

「どうかしましたか? わんこーろ様?」

 

 そんな生徒会室へと近づく慌ただしい足音に、思わずわんこーろのイヌミミがぴくりと反応する。徐々に近づいてくる足音はすぐにわんこーろ以外にも聞こえるほどに大きくなり、そしてその勢いのまま、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。

 

「わちるどの!!」

 

「……イナクちゃん?」

 

「イナク様!?」

 

「あ、小悪魔」

 

「ん~イナクさん~?」

 

 全員が予想外な人物の登場に声を上げる。肩で息をし、背中の翼が大きく広がり、尻尾はピンと上に立ち上がっている。どうも興奮状態らしいイナクの瞳には強い意思が宿っている、ように見える。

 

「わちるどの!」

 

「えーと、何?」

 

 だが、そんなヤバい状態のイナクをなこそだけは冷めた目で見ていた。いやいやそんな見た目ヤバい配信者なんて実況配信で見飽きたんだけど? という風な視線を送るなこそに気が付いたイナクは力強く叫ぶ。

 

「これを許可してほしいのじゃ!!」

 

「……申請書? えーと、葦原学校……七不思議の検証?」

 

 一様に首を傾げハテナマークを浮かべる中、わちるはもう一度呆れたような顔でため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日(こんにち)においてわんこーろやFSの活躍により過去に存在していた様々なものがネットワークの海よりサルベージされ周知されていった。それらの中には伝統的な建築物や美しい自然の風景以外にも、形の無い存在も多く含まれていた。

 所謂ネットミームと呼ばれるものやネットスラングと呼ばれるものもこの形無き過去の文化であり、現在周知されているものの一つだ。そんな形のない過去の代物の中に、怪談と呼ばれるものがある。

 

 復興以前にも怖い話、恐ろしい噂というものは一定の層に需要があり、自身で創作するほどの愛好家が存在するほどだった。だが、怪談に限らずこのような人づてに拡散していく噂のような物はその最中に改変され続け、もはや意味の分からないものになり果てるのが常だ。対して真新しい噂には真実味があり、まっとうな理屈が存在している場合が多い。

 

 過去何十年も人から人へと伝わり続けた"話"は乱雑で、不穏で、曖昧で、大量の矛盾を内包している。怪談話となればオリジナルのあらすじはもはや原型も残っておらず、それが逆に人々に理解不能な恐ろしさを伝播させる。

 

 訳が分からない、けれどそれが恐ろしく、そして惹きつけられるのだ。

 

 そんな意味不明で恐ろしい代表格が都市伝説と呼ばれるたぐいであり、類するものとして七不思議なるものが姿を現す。

 

 わんこーろの隣でお茶をすすり、眠る狐稲利の頭を恐る恐る撫でているイナクは、そんな七不思議を調査したいとなこそに訴え出たのだ。

 

「私、初めて聞きました。……葦原学校にそのようなものがあるのですね」

 

「わたしもあんま知らないな~。なーんかそんな感じの噂を二期生がしてるのを聞いたくらいだしぃ」

 

 いまいち七不思議というものを理解しきれないほうりとナートはそれを単純に面白おかしい噂話と認識していた。葦原学校が生み出され、それに付随するように生み出されたFSの生徒会設定を含めた学パロのような、学校をバックとして創作なのだと。

 

「ナート殿! ほうり! これは葦原町を運営する上で必要な調査なのじゃ! 一体どこから七不思議が生まれたのか、一度調査すべきなのじゃ!」

 

 "火のない所に煙は立たぬ"ではないが、噂の発生源には何かしらの要因が存在するのは確かだ。過去の怪談によくある、桜の木の下には~という噂を信じ、実際に掘ってみたら"本当に埋まっていた"なんて話もあるくらいだ。まあ、それさえも噂であり真実かは分からないが。

 

 ともかく、葦原学校でひそかに噂されている七不思議なるもの。噂でしかないそれは実は何かしらの違法行為を隠蔽するために流布された悪質な噂などでは無いかというのがイナクの主張だった。それを調査するためにも、七不思議の正体をこの目で確かめたいのだと。

 

 嬉々とした瞳でそんなことを訴えるイナクの姿に何度目かのため息を漏らすなこそ。

 

「つまりは面白そうだから調べたいってだけじゃん……まあ、いいよ。やることは学校内を歩き回るだけだし、これなら申請書なんて必要ないよ」

 

「んな!? 協力してくれんのか!?」

 

「協力って言ってもねぇ……」

 

 そう言ってなこそは机の引き出しから紙の束を取り出す。どうやら何かの報告書のようで、なこそを含めた一期生の名前が記載されている。そして題名には。

 

「第一次葦原学校七不思議調査報告書……!?」

 

「んふふ~まだ途中までしか書いてませんけどね~」

 

 なこそが取り出したのは葦原学校で噂されているという七不思議についてまとめた資料だった。十数枚もの紙束がまとめられたそれをイナクは思わず手に取り中身をぺらぺらとめくっていく。

 

「ほんっっとにみんなこーゆー噂話好きだよねぇ、同じように七不思議を調査してほしいって話が大量に来てね、仕方なくこうやって調査することにしたんだよ。違法行為だけじゃなくてバグや第三者からのハッキングの可能性もあったからわんころちゃんにも協力してもらってね」

 

「いや~皆さん凄いですね~この学校が出来てからまだそんなに経ってないのに~まるで数十年前から語り継がれてきたようなお話ばかりなんですから~」

 

 V+R=Wの拠点が学校という特殊な建物であることから、実はこの葦原学校七不思議については初期の頃、学校が拠点となるという情報が伝えられた頃に制作されたという比較的長い歴史のある"設定"だった。成立した時期だけ見ればその長さは学パロジャンルよりも長い。

 それが葦原町の本格始動と共に隆盛を誇り、煌びやかで明るい葦原町の二次創作界隈の裏側で、暗く鬱々しくバッドエンド大好き創作者によって脈々と受け継がれてきた。そしてそんな独特なおどろおどろしい雰囲気に魅了されたV+R=W参加配信者によって葦原町でまことしやかに噂されるようになった。

 

 流れを知るものはそれが"現実に引き起こされたように見える架空"であると知っているが、その流れを知らない視聴者や新参の一期生、二期生はその七不思議が実際に葦原町で起こった怪談話だと信じてしまう者も多かった。多少真実を元にした話もあるにはあるが、七不思議として語られるほどではない。しかしそうは思わず全て真実だと考える者はこの七不思議の調査を生徒会へと望み、願った。

 それが何百通という調査依頼、希望書として届けられ、なこその頭を悩ませた。涙目で詰め寄るお化け怖い系ヴァーチャル配信者の連日の嘆願にメンタルを削られまくってわんこーろの協力を得てとにかく形にしたのが、この七不思議報告書というわけだ。

 

「ああ~……もう見たくない~……って思ってたのに~七不思議の事はもう考えたくない~」

 

「だからちょと機嫌悪かったんだねぇなこちゃん」

 

「うう……配信のネタになると思ってたのにぃ……のじゃ~」

 

 当てが外れたイナクは取って付けたような語尾を伸ばし、ソファに座ったまま横へと倒れ込んだ。丁度ほうりが隣にいたのでイナクは遠慮なくほうりへともたれかかり項垂れている。それがいつもの事なのか、ほうりは嫌な顔をせずそれを受け入れイナクの肩に手を回し、もたれかかってきたイナクを安定させてやる。

 

 なこそがメンタルを削り、わんこーろと共にまとめた報告書はまだ調査不足の項目が多く、完成しているとは言えない状態だった。上記の七不思議が葦原学校で噂されるようになるまでの経緯が最初に書かれ、そしてその下に記述されているのは実際に噂されている七つの話を調査した結果だ。

 

「しかしよくできてますよね~本当に昔からあったようなお話ばかりです~」

 

「どのような話があるのですか?」

 

「七不思議の数は全部で七つ、それぞれ関連性もあるらしいけど、基本別々のものと考えられているみたいだね」

 

「? 七不思議なのですから七つなのは当たり前なのでは……?」

 

「そんな当たり前が通じるようなものだったら七不思議なんて呼ばれてないよぅ、八つあっても不思議じゃないって」

 

「ええ……」

 

「一つ目は"どこからともなく鳴るピアノ"。誰もいない放課後に校舎にピアノの音が響くってやつだね」

 

「検証の結果~普通に音楽室で歌唱部が利用していたことが判明しました~。そもそも部活動で利用されているような教室で人がいなくなる状況というのがありませんので~誰もいないという前提条件から嘘っぽいですよね~」

 

「うう……他人からのネタばらしはきついのじゃ……」

 

 その後もなこそとわんこーろによる七不思議の検証内容が続々と発表されていく。

 

 二つ目、『音楽室の動く肖像画』これは元々動くように設定してあり、時間によって数種類の人物画が入れ替わり表示されるようになっているだけ。

 三つ目、『暗闇の教室』昼間の明るい時間、突如教室全体が暗闇に包まれるというもの。コレのネタ元はナートほうりの葦原町まっくら事件。

 四つ目、『実験棟三階奥から二番目のトイレに何者かが居る』トイレでBAN耐久のヤバイ配信をしていた二期生の仕業。

 

「とまあ、ほとんど何でもない噂だったんだよね」

 

「四つ目これは……?」

 

「あまり触れない方がいいかも知れないよぅ、ほうり」

 

「五つ目以降はまだ調べている最中なのですよね~」

 

「! それでは、まだ七不思議自体は全て解き明かされていないのじゃな!」

 

「でも他のもこんな感じだと思うよ?」

 

「それは調べてみないと分からないじゃろう! そうと決まれば善はいそげじゃ!」

 

 そう言ってイナクは勢いよく生徒会室から走り出していった。後に残されたなこそたちは止める間もなく消えたイナクの勢いに若干引き気味だ。

 

「あの、なこそ様」

 

「ん? どしたのほうりちゃん」

 

「残りの、五つ目六つ目七つ目の不思議とはどのようなものなのですか?」

 

「ああそれはね──」

 

 日の光がゆっくりと傾き、いつの間にか生徒会室には夕暮れの光が差し込んでいた。オレンジ色の日の光は怪しげな影を伴って校舎全体を包み込んでいく。

 

 多くの配信者がまだ活動しているにも関わらず、その黄昏時は全ての音が遠く遠くに鳴っているような錯覚を覚えさせる。

 

 騒がしい喧噪を置き去りとした静寂の中で、七不思議はひっそりと語られはじめる。

 


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