転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#216 六つ目と七つ目

 

 

「……!」

 

「ん? もうこんな時間なのじゃ……どうしたんじゃお前たち?」

 

 医療関係の企業から紹介された者たち、という少女たちの存在にある程度納得できる理由を見つけ出したイナクは恐怖感を和らげ、不意に鳴り響く学校のチャイムにも過剰に驚くことは無かった。葦原学校では開拓に必要な知識を得るための授業が行われており、その始まりと終わりの合図をかつての学校でも利用されていたチャイムを用いて参加者に伝えている。もちろんそんな事をせずとも時間の把握は出来るのだが、これも葦原町ならではのやり方だ。

 

 イナクが聞いたのはそんなチャイムの音だった。今日行われる授業はすべて終了し、先ほどのチャイムはそれを知らせる最後のチャイムだった。それを聞いた三人の少女は少し寂しそうな顔で立ち上がり、教室から出ていこうとする。

 

「なんじゃ、帰らねばならぬのか?」

 

「……」

 

 寂し気な金髪の少女はイナクへ振り返り視線を合わせる。言葉は分からないが、そんな様子にイナクはある程度の理解を見せる。

 

「ふむ……内緒でこちらに来た、とな?」

 

「!」

 

「ふふふ、この程度なら分かるようになったのじゃ! わしを甘く見るでないぞ!」

 

「……!!」

 

 胸を張り自慢気なイナクの様子に感動して目を輝かせる金髪の少女と黒髪の少女。茶髪の少女は立ち上がっても眠たげに目をこすり、イナクの様子を意に介さず教室の外へと歩き出していく。

 

「っと、今度はなんじゃ?」

 

 自身の言いたいことを理解したイナクの様子に嬉しそうな金髪の少女は再びイナクの腕をつかみ、一緒に教室の外へと誘う。そんな金髪の少女の行動に、今度は黒髪の少女が何か言う事はなかった。ただ、ニコニコとその様子を見ているだけだ。

 

「……おぬしら?」

 

 三人の少女はただ笑みを浮かべ、イナクを伴って教室から出て、廊下を歩いていく。三階への階段を登ったかと思うと、今度は下っていく。廊下をもう一度歩き、途中の階段を登り、そしてまた下る。

 

 何処まで行っても終わりは無く、ただひたすら延々と続くように感じられる廊下は、まさしく『永遠に続く廊下』。

 

 その間、少女たちはとても楽しそうだ。三人は互いに笑い合い、語り合う。身振り手振りで面白そうな話を語る金髪の少女。口元に手を添え控えめに笑う黒髪の少女、そんな二人の様子を眺めて微笑む茶髪の少女。

 

 そこに居たのは、『笑う三人娘』

 

「ま、まつのじゃ……」

 

 イナクはどっと冷や汗が噴き出るのを感じた。思わず立ち止まろうとしても金髪の少女はその腕を離してはくれない。決してイナクの腕を力いっぱい握りしめているわけでは無い。だがなぜか、少女の細い腕を振り払う事が出来ない。歩みを止め、立ち止まることさえ出来ない。

 

(た、確か七不思議最後の一つは……)

 

 葦原学校七不思議、その七番目は『あちらのせかい』

 

 七不思議の最後を除いた六つすべてを解明した者は、謎の存在によってこの世ならざる"あちらのせかい"へと連れ去られるのだという。

 

「! ま、まつのじゃ!!」

 

 イナクの目の前には廊下の突き当りにある教室の入り口。だが、イナクにはその入り口がただの教室への扉とは思えなかった。この世ならざる、恐るべきあちらのせかいに通じているのではないか。

 

 イナクの大声に驚き、扉を開けようとしていた黒髪の少女の動きが止まる。不思議そうに見つめる瞳の黒さにイナクは喉の渇きを覚える。少女の瞳に映る自身の姿は、これほどまでに小さかっただろうか。これほどまでに、歪んでいただろうか。

 

「ごめんなのじゃ!! そ、そっちには行けないのじゃ!! ごめんなのじゃあ!!」

 

 もはや叫び声とも思えるほどの声量でそう宣言するイナク。もはや三人の少女の様子を伺う事もままならず、この状況を否定するかのように固く目を瞑り、その場に座り込んでしまった。

 

「う、うう……。……のじゃ?」

 

 少女たちを拒絶してしまった事が現状を悪化させたのでは、という考えが頭を(よぎ)り、とてもじゃないが目を開けることなど出来はしない。事態が好転することなどありえない状況で、ただひたすらうずくまるイナクの頭に、そっと触れた暖かなぬくもり。

 

 不思議に思い薄っすら目を開け確認すると、そのぬくもりは金髪の少女のものだった。申し訳なさそうに眉を下げ、涙目のイナクを何とか慰めようと頭を撫でているようだった。隣にいる黒髪の少女もオロオロしながらもイナクを心配そうに見つめている。そうしている内に茶髪の少女が教室のドアを開け、二人を呼ぶ。

 

「……!」

 

「……」

 

 

 ドアの向こうに広がっていたのは確かに葦原町とは思えないような場所だった。草木生い茂る森深い場所で、時間のせいか薄暗くて向こうまで見渡す事は出来ない。

 手招きする茶髪の少女に促されるまま二人はイナクから離れていく。まだ寂しそうな顔をしている金髪の少女は最後にイナクへと頭を下げ、黒髪の少女も同じく頭を下げて扉の向こうへと消えていく。

 

「……」

 

 最後に残った茶髪の少女は眠たげな眼をイナクへ向け、小さく頭を下げると扉の中へと入っていく。最後に小さく手を振り、扉が完全に閉まった。

 

「……な、え……」

 

 呆然とするイナクはしばらくの間そこから動くことが出来なかった。遠くに聞こえていた配信者の声は今は近くで響き、階段を上り下りする足音も聞こえてくる。止まっていた時間が動き出したかのような異様な雰囲気の移り変わりに混乱を深めるイナク。

 

 先ほどまでのは夢だったのではないか? そう思えてしまうほどに現実味が無い。夢であることを否定しきれないイナクはおもむろに目の前にある扉へと手をかけた。

 

「っ! ……ひ、ひえ……なのじゃ」

 

 勢いよく開け放たれた扉の向こうにあったのは、整然と並ぶ机と椅子。壁の黒板と窓ガラス。先ほどまでイナクが見ていた鬱蒼とした森はどこにも無かった。

 

「ま、まさか本当に……あちらのせかい……なのじゃーー!?!?」

 

 叫びながら廊下を走り抜けていくただ事ではない様子のイナク。深夜帯に活動を始める配信者たちはそんなイナクとすれ違ってもただ首をかしげるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに見たんじゃって! 七不思議の六つ目! 笑う三人娘と七つ目のあちらのせかいを! のじゃ!」

 

 翌日、イナクは早朝から生徒会室に突撃し、まだ眠たそうなFSの面々に昨日の夜に体験した七不思議の内容を説明していた。本当は昨日の内に突撃したかったのだが、既に日は落ちFSのメンバーは全員葦原町からログアウトしていたため、イナクはその日ベッドの中で震えて丸くなり、FSのログインと共に葦原町へログイン、生徒会室へ突撃した訳だ。

 

「うーん……何か証拠とかあるかな? 配信してた? スクショでもいいけど」

 

「……突然のことで配信はしていなかったのじゃ……スクショも……」

 

「ほーんとに居たのぉ? わちるんに頼んで葦原町のログ漁ってもらったけどそれらしーのはなかったよぅ?」

 

「ホントじゃってば!!」

 

「イナクさん落ち着いて。ナートお姉ちゃんもです」

 

「はーい」

 

「うぐぐ……」

 

 生徒会室には現在なこそ、わちる、ナート、そしてわんこーろの四名が居た。なこそはその日の書類仕事を片付けようとしており、生徒会長の机上には薄っすらと紙束が積まれている。ペンを持ったままなこそはイナクの話を訝し気に聞いているところだった。

 

 ソファに座るわちるは向かい側に座るわんこーろと机を挟んでボードゲームに興じている。現実世界でなこそが所有しているボードゲームをいくつか高クオリティの3Dモデルとして灯にリメイクしてもらったもので、それのテストプレイを行っているのだ。仮想空間で新たに作り直したそれは制作協力者のわんこーろがいくつかの機能を追加したもので、自動ダイスロールや自動カード配布、自動駒整列、自動点数計算などが行えるようになっている。もちろんこれらの機能はオンオフ出来るので現実と全く同じようにプレイする事もできるし、自動機能を十全に使って初心者でも楽しくプレイする事も出来る。これを使ってなこそはこの葦原学校にボドゲ部を開設しようと画策しているらしかった。

 

 だが本人は早朝の書類仕事を終わらせることを優先し、羨ましそうにわちるとわんこーろのプレイを観戦している状態だ。人と電子生命体のゲームはイナクを放置して白熱している。

 

「よし! これはもう勝ち確というやつでしょう!」

 

「ふ~む、それじゃあ~これでどうです~?」

 

「ん!? わ、わんこーろさん……ちょっとタイム……」

 

「だめで~す」

 

「わちるん弱くね?」

 

「それじゃあ次ナートお姉ちゃんお願いします」

 

「いやぁ、ちょっと今手が離せなくて」

 

 ソファに寝そべりわんこーろの膝枕を堪能しながら尻尾のもふもふを抱きかかえているナートはそんな二人のプレイを横目にウィンドウを展開して何やら難しい顔をしている。先日ほうりと共に組み上げたマイクロマシンの駆動システムの改良案を考えている途中らしかった。同好会としての活動は屋上の小屋で行っているのだが、現在ほうりはまだ葦原町に来ていないので、それまで生徒会室に居るつもりのようだ。

 だが、ナートの様子からどうやら生徒会室に居るのはそれだけが理由では無いようだ。

 

「いやあ、久しぶりによーりちゃんに会えるって言ったらナナも一緒に行きたいって言ってきたからさぁ」

 

「あ、だから今日はナナちゃんと一緒なんですね」

 

「そういうわちるんもヨルと一緒じゃんねぇ」

 

「んふふ~よーりもヨルさんとナナさんに会えて嬉しそうですよ~」

 

 わんこーろの尻尾の中にはタヌキのよーりが隠れており、頭だけを出してすやすやと眠り込んでいる。同じようにキツネのナナは横になっているナートのお腹で丸まって眠っており、ヨイヤミのヨルはわちるの肩に目を細めて器用に寝入っている。

 元々は犬守村のよーりを葦原町へ連れてきてはくれないか、という狐稲利経由で動物部から依頼があり、そのためわんこーろはよーりをこちらに連れてきていたのだが、その話を聞いた犬守村出身の二匹が顔を合わせたいと主人に願い、そうしてこの場に集まったというわけだ。本当は依頼を受けた狐稲利もこの場に居るはずだったが、わんこーろによーりを預け、苗代をみてくるー! といって早々に行方をくらました。

 

「ちょっとはわしの話を聞いてくれてもいいんじゃが!?」

 

「うーん……ごめんね。協力したいんだけど、何も証拠がなくて証言だけだとねぇ」

 

 訴えるイナクに思う所はあるが、証拠になるものが無いとなると調査しようも無い。また、これまでなこそたちが調べた七不思議はすべて解明しており、どれも知ってしまえばなんて事の無い不思議(笑)というものばかりだったのでなこそとしてはイナクの言葉に疑いを持ってしまうのは仕方がない。その焦りようからただ事では無いとは感じるが、それも半信半疑といったところ。

 

「イナクさん~その三人のお方というのは~どのようなお方たちだったのです~?」

 

 ボードゲームの盤面に視線を落とすことなく非情な一手を放つわんこーろに悲鳴を上げるわちる。寝返りを打って零れ落ちそうになるよーりを尻尾で絡めとりながらわんこーろはイナクの話に耳を傾ける。

 

「え、えーとじゃな……その三人は皆別々の特徴があってじゃな──」

 

 それまで呑気にボードゲームで遊んだり、もふもふ尻尾を堪能していたわちる、わんこーろ、ナートの三人はその後に発せられたイナクの言葉に思わずその手を止めることになる。

 

 最初に手を止めたのはナートだった。

 

「確か金髪の……活発そうな女の子が居たのじゃ! 八重歯が特徴的でのう、ぴょんぴょん跳ねて元気そうじゃった!」

 

「……」

 

「ナートどの? どうしたのじゃ?」

 

「うえ!? う、ううん何でもないよぅ! ……うん」

 

 横になっていたナートはなぜか姿勢を正してソファに座りなおした。心なしか口元がひくついているような気がするが顔をうつむかせているのでイナクには分からない。

 

「? それと……きれいな黒髪の女の子も居たのじゃ! 姿勢正しくて、真面目そうな感じがしたのじゃ! たぶん三人の中で一番お姉さんじゃったな!」

 

 わちるが持っていたボードゲームの駒が手から滑り落ち、盤上で小さく音を立てる。

 

「わちるどの?」

 

「なん、でも、ないです、よ?」

 

「? あと、茶髪の眠たそうな女の子もおったのう……マイペースでふわふわしたくせ毛が可愛らしかったのう」

 

「んふふふふふ~~~~~~」

 

 突然のわんこーろの笑い声にイナクがビクッと震えるが、わんこーろは笑顔のまま笑い続けている。手に持ったボードゲームの駒が小刻みに震えているような気がするが、イナクは首をかしげるだけ。

 

「……わかったイナクちゃん。その件はこちらで調査しておくよ。多分それほど害があるわけじゃなさそうだし。……それともイナクちゃんが配信で調査する?」

 

「とんでもないのじゃ!! もうわしは七不思議なんぞこりごりじゃ、おぬしらも調査するなら十分気を付けるんじゃぞ! ……あちらの世界に、連れていかれるかもしれんからな!!」

 

 そう言い残してイナクは足早に生徒会室から出ていく。イナクは今回の件で七不思議の調査からは完全に手を引くらしい。あれほど恐ろしい体験をしたのだからそれも仕方ないかもしれないが、ふとイナクは廊下で立ち止まり、窓の外に目をやる。

 

 イナクは考える、確かに恐怖を感じたのは事実だが、あの三人の少女は自身を害するつもりは無かったように思える。学校で雑談をして、仲良くなった自分(イナク)という友達を住んでいる場所へ招待したかっただけなのだろう。

 

 そう考えると、涙ながらに彼女たちを拒絶したのは少し可哀想だったかもしれない。

 

「もう一度、会うことがあれば謝りたいのう……そして今度は本当に友達に……」

 

 イナクの体験した一夜の不思議はそうして終わりを迎えた。少女たちの姿を思い浮かべ、イナクは再会の誓いを胸に葦原町の開拓へと出かけていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、三人は一体どうしたの?」

 

「……なんの、事で、しょう?」

 

「声が震えてるよわちるちゃん」

 

「いやぁ、なんでもないよぅ」

 

「ナートちゃん、わんころちゃんの尻尾をにぎにぎするのはやめようね」

 

「んふふ~」

 

「笑ってごまかしても私には通じないよわんころちゃん」

 

 三人は先ほどのイナクの話を聞いてもしかして……という思いが頭の中に渦巻いていた。確信は無い。けれど先ほどのイナクの説明に思い当たる節があるのは確かだった。

 

 ナートは震える声をごまかすようにウィンドウに視線を向け、そしてその手に"金の体毛をした、活発な性格のナナ"を抱き寄せる。あくびの度に見え隠れする八重歯を見てナートの困惑は深まるばかりだ。

 

 わちるも視線をボードゲームから肩に留まるヨルへと移す。"黒い羽根が美しい真面目な性格のヨル"はわちるに寄り添い、眠ったまま親愛を示すようにくちばしを摺り寄せている。甘えん坊だが三匹の中で一番のお姉さんなヨルの姿。

 

 そしてわんこーろの尻尾に埋もれている"茶色い体毛のマイペースな性格のよーり"はまだ眠そうにしており、心中穏やかでないわんこーろのことなど気にすることなく尻尾の中で気持ちよさそうにしていた。

 

「……たしか、狸も狐も化けるのが上手いって話だよねー。昔は"人に化けた"なんて話があるくらいだしー?」

 

「うっ……」

 

「んふふ~……」

 

「確かヨイヤミっていろんな姿になれるんだっけ? 人の姿にもなれるよね?」

 

「あっ……」

 

 なこその言葉に誰が見ても明らかなほど動揺する三人になこそは思わずため息をつく。おそらく、きっと、なこそが考えている通りなのだろう。三匹はこれまで葦原町で生活する配信者たちの姿を見て、それに憧れ、同じような姿で生活してみたいと強く願ったのかもしれない。

 

 勝手に葦原町に犬守村へのリンクを繋げてよーりが気軽に遊びに来れるようにするくらいには。

 

「はあ……まあ、害がないなら別にいいかな。大丈夫だよね?」

 

「はい~その点は大丈夫です~。リンクについては私からも注意しておきますので~」

 

 非公式とはいえ葦原町と犬守村が直接繋がっているのはよろしくない。この三匹によってどれだけのけもの道(直接リンク)が作られているのか定かではなく、それがわんこーろの頭を悩ませる事になるのだった。

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