転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#217 春の潮干狩りをするよ!

 

 ふんわりとした暖かな風が私の頬を撫でて、すっかり雪の解けた犬守村へと吹き抜けていきます。まばらに緑が見え隠れしていた村の植物たちはようやく訪れた春の陽気にぐんぐんと背を伸ばして若々しい葉を付けていきます。

 

 強い春一番の風に振り回されるタンポポの黄色い花々は懸命に地面に張り付き、綿毛を飛ばして遠くまで自身の子孫を運ばせようとしているように見えます。まあ、まだ綿毛は見かけていないのですけど、それでもあと数日すればまん丸なタンポポの綿毛があちこちで確認する事が出来るでしょう。

 タンポポと同じく春に現れた花々へと蝶々が渡り歩き蜜を集めています。そこへさらに強い春の風が吹き、蝶々共々冬の名残をさらっていきます。

 

 そんな風が吹いてくるのは海の向こうから。雪解け水の入り込んだわたつみの海原はどこまでも青い水面が続き、それは遠く遠くの山々まで続いています。犬守村の魂たちの休まる場所、幽世の入口である海向こうの霊山は冬の間、雪雲によって山頂を覆い隠しています。冬が終わり雪雲が遠くへと去ると次に春霞が山頂を覆い、決して幽世の姿は移住者の方の目に触れる事はありません。犬守村を探検する事が出来るゲームアプリ、犬守写真機においてもこの霊山へ入る事は出来ないようになっています。

 それは移住者さんの為でもあり、集まる魂たちがゆっくりと休むことが出来るようにとの配慮でもあります。そんな霊山より吹き下ろす風はわたつみ平原を通り、犬守神社や、その後ろの北守山地へとやってくるのです。

 

 海を渡る風は暖かな空気を含み犬守村の山々の隅々まで春を届けてくれます。そんな春の予感を敏感に感じ取り、村の桜たちは蕾から花開こうとしているのです。

 

 それは北守山地の山桜からわたつみ平原の丘に建つ塩桜神社の桜まで、すべての桜たちにおいて例外ではありません。

 

 今日の配信はそんな春に突入した犬守村の、わたつみ平原からお送りします。

 

 

 

「は~い皆さま~おかえりなさい~今日も犬守村に帰ってきてくれてありがとうね~」

 

『ただいまー!』『ただいまです』『今日もいい天気だね~』『最近晴れの日多いよね』『雪も降らなくなったし、本格的に春になったかね』『春か……』『春ねぇ』

 

「ん~? 皆さんどうしました~? 春ですよ~?」

 

 ほらほら、私が伸ばしたここぜーんぶが春ですよ~? ほらほら、ぽかぽか陽気のうららかな春ですよ~。

 

『両手ぱたぱた可愛くて草』『幼女みが増してるw』『ああwぴょんぴょんしないでw』『可愛すぎか』

 

「んふふ~久しぶりにお外でのびのび配信できるのですこしテンション高めかもです~。冬の間は外に出ても雪かき配信ばっかりでしたからね~」

 

「おかーさー! くまで取ってきたー!」

 

『お、狐稲利ちゃん!』『狐稲利ちゃんただいまー!』『ただいま!くまで?』『あの手に持ってる道具のこと?』『ぶんぶん振り回してるし多分そうじゃね』

 

「こ、狐稲利さん~楽しみなのはわかりますけど振り回しちゃ危ないですよ~!?」

 

 両手に熊手、腕にバケツを吊り下げた狐稲利さん。もちろん日よけの帽子も被って準備万端。狐稲利さんも合流したので本格的に配信していくことにしましょう。今回の配信のメインは海になっているわたつみ平原です。

 

 春の海、熊手とバケツ、と言えば……。

 

「今日はわたつみ平原の干潟で潮干狩りをやりますよ~~!」

 

「しじみー! はまぐりー! いっぱいとるよー!」

 

『おおー!』『潮干狩り!』『いいねえ!!』『潮干狩り!……って、なんだ…?』『しおひがり?』『あ、これ視聴者の半分は分かってないヤツだ』『わんころちゃん説明をどうか…!』

 

「はいは~い、おそらくそうだろうと思っておりました~。とはいえ説明らしい説明は必要ないでしょう~移住者の皆さまには実際に見て理解して頂くのが手っ取り早いかと~」

 

 潮干狩り、それは犬守村の自然の恵みである貝を大量に捕獲するための一大イベントです。わたつみ平原の中央にはちょっとした丘の上がありその上に塩桜(えんおう)神社と命名した神社が存在しております。この神社には海で採れた塩を精製する設備が併設されており、犬守村の塩事情を一手に引き受けている重要な施設でもあります。

 探せば山の方でも岩塩を見つけることが出来るでしょうが、既に造ってある製塩設備が便利なのでこの塩桜神社と製塩設備が不要となることは無いでしょう。

 

 私と狐稲利さんはそんな塩桜神社の境内、さらにその外側に広がる干潟で配信を行っております。

 

 わたつみ平原は数日前に雨が降った影響で海に変化しており、さらには干潮時期とうまい具合に合わさったことで通常なら現れない、潮の引いた干潟があらわになっている珍しい光景が広がっています。

 

「潮干狩りというのはですね~このように潮が引いた、元々海だった場所で~海の生き物をとるイベントの事なのです~主に狙うのは貝ですね~」

 

「わたし大きいのがすきー!」

 

「そ~ですね~ある程度の大きさのもの以外は逃がしてあげましょうか~。捕りつくしても食べきれませんし~」

 

「はーい!」

 

 では早速熊手で干潟をほりほり……服の裾が汚れないように注意しないとですね……。それと貝が息をしている穴を見つける必要もありますね、ここは慎重に干潟の様子を確認して──

 

「わきゃー!」

 

「狐稲利さーん!? いきなり泥んこは予想外ですよー!?」

 

 ちょっとは予想してましたけど展開が早いですよ!? 干潟をばしゃばしゃ走り回って楽しそうなのはいいんですけど泥がすっごい服に跳ねてるんですってば!

 

『草』『ドロドロで草』『珍しい光景にテンション上がるいつものアレw』『大体予想通りですなw』『土の中にダイブしてっけどあれ大丈夫なのか?w』

 

「おかーさ! これどうー?」

 

「狐稲利さん潮干狩りは干潟に飛び込んでするんじゃないですよ~!」

 

『草』『ダイナミック潮干狩り』『しかしちゃっかり両手にいくつかの貝を握りしめてて草』『なるほど、これが潮干狩り……』

 

「全然ちがいますからね~!?」

 

 

 

 

 

 

 結局その後、狐稲利さんの手に熊手をしっかりと持たせ、本来の潮干狩りの方法を教える事になったのですが、その時にはもう狐稲利さんの服は海水と泥でドロドロ状態……。まあ、洗濯すれば全然問題ありませんし、狐稲利さんが怪我してないなら良いのですけど……。

 

「洗濯は狐稲利さんがしてくださいね~」

 

「うえー……はーい」

 

 もちろん洗濯は狐稲利さんにやってもらいますよ? 甘やかすだけが教育ではないですからね。自分のやった事にはしっかり責任を持ってもらわないと。

 

『ちょっと不満げだなぁw』『でも自業自得だから反論はしないのねw』『さっきより派手さは無くなったけど貝は一杯取れてるな』『慣れてきたら楽しそうだしねw』

 

 確かに先ほどまでの激しい動きから粛々と貝を掘り出す作業に変わった事に狐稲利さん、少し不満そうでしたけど、いざ貝がザクザク掘り出せることに気が付くと途端に楽しそうな笑顔に変わりました。既にいくつかの大きな貝をバケツの中に放り込み、次の場所へと移動し始めています。

 

「狐稲利さん~あまり遠くにいっちゃだめですからね~それとちゃんと周りを見るんですよ~」

 

 潮が引いて干潟となっているのは塩桜神社周辺の海の浅い土地に限られています。場所によってはいきなり深くなっていて海に落ちる可能性もあります。それにこの干潟は時間が経って潮が満ちれば海に戻ってしまいますので潮干狩りに夢中で海のど真ん中で取り残されるという事もありえるでしょう。

 

「うん! わかってるー!」

 

 元気よく返事してはいますが、目を離さないようにした方がいいですね……今の狐稲利さんは貝に夢中ですし。

 

「あ、そういえば~わんこーろが春と言った時に~なぜか皆さん少し微妙な反応してませんでした~?」

 

『あー……』『春がね、分からんのよ』『特に地下住みはねー』『気温が完全調整されてるから温度で季節が分からん』『植物なんてもちろん無いから紅葉とか落葉とかもリアルで見たことない』『地上でも暑いか寒いかくらいしかわかんないんよ』『秋のV/L=Fに参加できなかったし、秋の犬守村も映像でしか知らないんだよなー』

 

「なるほど~。確かに実際に体験しないとこの春の感じは分からないかもですね~」

 

 夏は暑く、冬は寒い。それは体験しなくとも大体のイメージで分かるかもですが、秋の"寒さに向かい徐々に消えゆく暖かさ"や、春の"暑さに向かい徐々に消えゆく寒さ"という感覚はちょっとイメージしにくいのかもです。秋のV/L=Fでは秋の犬守村を体験出来るNDS体験ブースが設置されていたのでそこで体験した方もおられるでしょうけど、春に関しては全くの未知の季節なのかもしれません。現実世界の地上でも気温の上昇などにより秋、春と呼べる期間は無くなっているようですし。

 

「ふ~む……現実は難しくても~犬守村(ここ)葦原町(あちら)で春をじっくり見てもらいたいですね~もうしばらくすれば桜も満開になりますし~」

 

 それに潮干狩りで捕れる貝も春のごちそうになります。春らしさを知らない移住者さんの為に、春の幸(海編)をお見せしましょう。

 

「狐稲利さ~ん、もうそろそろ帰りますよ~」

 

「はーい! おかーさ! みてみてーこんなにいっぱい捕れたー!」

 

「んふふ~たくさん、それに大きいのが捕れましたね~それじゃあこの貝を使ってご飯にしましょうか~」

 

「わーい!」

 

『わーい!』『ごはんごはん!』『貝づくしのごはん楽しみ!』『貝の調理は難しそうだな…』『そう? 魚を捌く方が難しそうだけど…』『難しいというより面倒な方が大きいかな。砂抜きとか必要だし』『砂抜き?』

 

「貝は下処理として砂抜きという工程が必要なのです~。殻と身の間の砂を取り除く作業ですね~」

 

 面倒ではありますがこれを丁寧にすれば美味しい貝料理になってくれますから手は抜けません。料理に必要なのは知識と技術と根気なのです。なので……。

 

「砂抜きのため貝はしばらく置いておきますね~……数時間ほど~」

 

『数時間!?』『長すぎて草』『これ今日中に終わらなくね?』『夕ご飯になっちゃう!』『ここであらかじめ砂抜きしておいた貝を~』

 

「残念ながらそんなのはないのです~。まあまあ~焦らずゆっくりいきましょ~砂抜きが終わるまでお話でもしましょ~よ~いいでしょ~?」

 

「よいではないかーよいではないかー」

 

『狐稲利ちゃんそれはちょっと違うのでは?』『ダルがらみで草』『わんころちゃんなら絡まれてもいいわ』『小さな子供に遊んで遊んでとせがまれる大人の気持ちが分かる~』『甘えたがりモードのわんころちゃんだ』

 

 ん~甘えたいといいますか~なんだか春になって気分が高揚している感じなんですよね~。冬の間に貯め込んだやる気を放出~しているみたいな。このやる気をどうやって開放するべきか、楽しみなところです。

 

「皆さんも何か始めてみてはどうです~? 新たな挑戦というやつです~」

 

『と言ってもなぁ』『地下は季節感皆無なので』『移住者の中には新社会人はおらんのか?』『さすがに忙しくて配信見てる暇ないのかね?』『居るぞ。一応新社会人。わんころちゃんの配信で一日の疲れを癒すのが最近の日課よ』『同じく。やはり推しの配信を見るのが一番のストレス解消なのだよ』『へえ、意外と居るのね』

 

「新社会人さんもそうじゃない移住者さんも頑張ってくださいね~。わんこーろは~、そうですね~養蜂とかしてみようかな~と考えています~」

 

 養蜂、つまりミツバチを飼育してハチミツを採取できるようにしてみようという試みです。現在犬守村は甜菜(テンサイ)等によって砂糖を得ている状況なのですが、ハチミツが手に入るようになれば甘味のバリエーションが増えます。甘味のバリエーションが増えるという事は、お菓子などももっと幅広い種類を作る事が出来るようになるという事です。なのでハチミツはぜひとも欲しい甘味なのです。

 

『ほうほう養蜂ですか』『蜂蜜が採れるアレ?』『ハチミツください』『まだ始めてもいないんですが』『養蜂となるとどこからするの?』『蜂って犬守村にいたっけ?』『まさか蜂を創るところから?』

 

「いえいえ~創ってはいるのでどこかにいるはずなんですけどね~」

 

 秋ごろから始めている動植物の創造は日々順調に続けており、日に日に犬守村に存在する生命の種類は豊富になっています。その中で養蜂に適したミツバチも創った記憶があるので、おそらくどこか山の中で生活しているはずです。

 ミツバチは春ごろに分蜂(ぶんぽう)を行い若い女王バチの為に新たな新居を探すようになるので、この巣別れしたミツバチたちを見つければとりあえず何とかなりそうなのですが、そもそも今どこにいるのか、どの程度の規模で存在しているのか分からないのでその調査から始めないとです。

 

「狐稲利さんは何か始めたい事ってあります~?」

 

「んふ? わたしー? んーとねー……んー……」

 

 砂抜き中の貝をじーっと見つめている狐稲利さんへ声をかけるとこちらへ振り向き、頭を揺らしながら始めたい事について考えている様子。

 狐稲利さんの場合はやりたいことが出来ればすぐさま実行に移そうとしますし、それが可能な能力を持っているので改めて聞かれるとあまり思い浮かばないのかもしれませんね。

 

「んー……お花見!」

 

「お花見ですか~」

 

『お花見w』『確かにやってないけどもw』『目標とか将来の夢とかじゃなくてやりたいだけのヤツw』『いいじゃんお花見やろうぜw』『花見……犬守村は桜綺麗だろうなぁ』『確か神社の辺りは桜がいっぱい植わってたっけ』『圧巻だろうな。教育資料とは比べ物にならんだろう』

 

 んふふ、ちょっと聞きたいこととズレちゃいましたけど、確かにお花見はしたいですよね~。大きなイベントにして、丸一日ずっとお花見している様子を配信するのも良いかもですね~お昼の満開の桜も、月光に照らされた夜桜も、どっちも綺麗でしょうね~。

 

『そういえば葦原町はお花見するのかな?』『それなら季節が無いとな』『雪解けはしただろうからもう季節実装出来るのでは?』『どうなのわんころちゃん?』

 

「葦原町の季節の実装時期は現在調整中ですよ~。実際に動くのはわんこーろになると思いますけど~決めるのは運営の方々と生徒会の皆さんですからね~」

 

 葦原町に季節を実装していなかった理由は雪による事故が多発するだろうと考えたからなので、既に雪解けを終えて春を迎えた今なら数日中に季節の実装作業を行う事になるのではないでしょうか。

 春の桜はこの国らしい風景ですからね、それを逃す手は無いでしょう。

 

 

 ……ふむ、季節の実装。お花見……イベント……。ふむふむ、これは良いかもしれませんね。

 

「……んふふ~」

 

『お、また何か思いついたな』『わんころちゃんが悪だくみするときの顔!』『イイ笑顔してますねぇ!』『なに?なにするの?』

 

「まだ秘密で~す。でも~葦原町でのお花見は期待してもらっていいかもです~」

 

 私の提案が無くとも、きっと葦原町でお花見イベントは行うでしょうけど、どうせならめいっぱい大きなイベントにしちゃいましょう。春なのですから、華やかさ抜群な感じに。

 

「おかーさー犬守村(こっち)でも葦原町(あっち)でもお花見できるー?」

 

「はい~どっちでもできますよ~」

 

「やったー!」

 

 養蜂の為の巣箱を作ったりミツバチを見つけに行ったり、犬守村と葦原町のお花見。春も色々と楽しみなイベントが待っていますね。移住者の皆さまにも楽しんで頂けるよう、しっかり準備しなくては。

 

 でも、今は目の前の食材を調理するのが先決です!

 

「みなさ~ん。好きな貝のお料理を言ってくださ~い」

 

「お料理するよー!」

 

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