転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
ふんふん。ふんふん。思わず鼻をふんふんと鳴らしてしまうほど犬守村の空気はとても心地よいものとなっています。葦原町に春を呼び、桜満開の季節となって数日後。ついに山深い犬守村にも本格的な春がやってきました。冬の名残である雪は降らなくなり、霜も下りなくなって北守山地の所々に薄桃色の山桜の様子が観測されたことが狐稲利さんによって知らされ、はしゃぐ狐稲利さんと一緒に春一番の桜を眺めてスクショに納めた後、犬守神社に帰って今日の配信を始めようかと思います。
ん~、山に自生する野生の桜なのでそれほど濃い桜色という訳でも強い香りというわけでもありませんが、一面緑色の中に突如現れる鮮やかな桜の花は代えがたい特別感があって良いですね~。
「は~い移住者の皆さま~今日も犬守村へ帰ってきてくれてありがとね~電子生命体ヴァーチャル配信者のわんこーろと~」
「狐稲利だよー!」
『ただいま~!』『ただいまです』『わが村に帰ってきた!』『毎日配信助かる』『もはや日常の一部』『最近わんころちゃんの配信開きっぱなしで生活してるわ』『虫とか風の音とか作業用BGMとして優秀なんよな』『今日はなにするの~?』『山の散策?』『お花見?』
「ん~とですね~。今日は何かとくべつ~な事でもしよっかな~て気分なんですよね~」
お花見もしたいですけど犬守村では後数日しないと満開にはならないでしょう。桜が綺麗に咲いてから、それから山の散策もかねてお花見配信等していけたら良いですね。
というわけで花見は後日行うとして、今日は前々から考えていた内容について配信していこうかと思っております。
『特別な事とは?』『ここはいつも特別な事してると思うけど…?』『俺らにとっては特別、わんころちゃんたちにとっては普通』『ああ、たしかに』『最近の特別な事と言ったら春告祭か?』『あれもメインは葦原町だったしなぁ』
「んふふ~春告祭とはちょっと違いますけど~犬守村でも"ハレの日"を創ってもいいかも~と思いまして~」
ハレの日とは簡単に言ってしまえばお祭りなどの行事が行われる特別な日のことを指します。対してそれ以外の日常をケの日と呼んだりします。
犬守村ではこれまでいくつものイベント事を行ってきました。例えば土地の開拓、神社の建立や開湯伝説などの歴史創造など。配信者としては記念配信やFSさんとのコラボ配信や大規模なヴァーチャル配信者イベントV/L=Fへの参加などがあります。
それらは確かに私や狐稲利さんにとって特別なハレの日であることは間違いないのですが、あくまでそれは私たちにとっての、ハレの日だと思うのです。
お祭りなどの起原は神様を奉る神事であることが多く、つまりお祭りなどのハレの日の主役はその土地の神様であるのです。
「なので~今日というこの日を~犬守神社のハレの日としたいと思います~!」
「お祭りーお祭りー!」
『突然で草』『ただお祭りがしたいだけ説』『信憑性が高い説だなw』『イベント事が大好きだよなぁ二人とも』『そういや春告祭はわんころちゃんたち楽しめたの?』
「はい~わちるさんたちと一緒に生徒会室でのんびりお花見してましたよ~」
「あのねーわちるにねーたいやきもらったのー! ねこーにたこ焼きもらってー、なーとに焼きそばもらったー!」
『相変わらず食いしん坊な狐稲利ちゃんw』『ほんとに美味しかったんだろうなw凄い楽しそうに話すじゃんw』『なぜ誰もその様子を配信していなかったのか(怒』『生徒会室はプライベートな空間なのです』『青春してんねぇ』
「んふふ~まあ、移住者さんの言っている事は当たっていますね~。お祭りの雰囲気ってなんだかワクワクしてくるじゃないですか~。なのに犬守村にはお祭りが少ないな~と思うわけですよ~」
かつてこの国に存在していた文化や伝統によるお祭りや行事といったものはどんどん復興させてここでのお披露目なんかをしてみたいとは思っていますけど、それとは別に犬守村独自のお祭りというものもあった方がいいかな~と春告祭の様子を見て感じまして、なので今回ハレの日を決める配信を行ったわけです。
『まあわんころちゃん創造神だし、お祭りの一つや二つ創っても問題ないね』『誇張なしで創造神なのは草なんだよな~』『村だけじゃなく町の原型も作っちゃったしな』『それで神さまはどのようなお祭りをお望みで~?』
「も~う、からかわないでください~。お祭りと言ってもそんな大きなものにするつもりはないですよ~。お祭りというか~例祭? のようなものにするつもりですので~」
私が電子生命体として意識を持った時、初めて創った3Dモデルは私の体自身。そして二つ目に創ったのが、わちるさんの曾祖母の方が持っていたという木でできた狐の人形でした。犬守神社はその狐の人形を奉納する先として創ったのがきっかけだったのです。
まだ犬守村という広大な環境を形作ることも考えていなかったころ、私はそのきっかけとなる犬守神社を創り、そうしてこの土地で生活する事を決めたのです。
まさに犬守村の始まりの場所。この土地で最も古く、私が創り続けている世界を見守っていた神社なのです。
そんな思い入れのある神社だからこそ、他の神社には無いお祭りを開催したいと思ったわけです。
「基本は
『ハツウマね、なるほど』『なるほどな』『あー分かる分かる。はつうまね』『←こいつら絶対分かってないぞ』『わんころちゃん相手に知ったかぶってもなぁw』『確か稲荷神社のお祭りだったっけ』『名前は犬守なのに稲荷系列なのか…』『そのあたりは初期のアーカイブ参照よ』『わちるんのキツネ人形からだったよね』
移住者さんの中にもご存じの方がおられますが、初午とは稲荷神社で行われるお祭りのことで本来はもっと暖かくなる前、数か月前に行われるべき行事なのですが、ハレの日を決めようと考え始めていた時には既にその時期を過ぎていたので初午のお祭りは行えず、今回それらを含めて犬守神社のお祭りを行おうと考えたわけです。
「さて~それじゃあ初午を含めたお祭りなので~用意するものと言えば~?」
「いなりずしー!」
「んふふ~という訳でお祭りの料理は稲荷寿司となります~」
『ほうほう稲荷寿司』『これまたおいしそうな……』『よし!稲荷寿司なら作れる!』『作るの!?』『わんころちゃんの料理配信は一定数並走する猛者が現れるのよ』『ひえ……』『料理できるのすげえ』『俺は買ってくる!』『稲荷寿司売ってるかな……』
お稲荷さまにお供えするわけですから、やはりそこは稲荷寿司ですね。岩戸に残っていた大豆があれば油揚げを作るのは問題ありませんし、酢飯の方も大丈夫でしょう。え~と、お米はあとどれだけ残ってたっけ~?
「おかーさ! はやく! はやく作ろっ!」
「焦っちゃだめですよ~。まずは神社のお掃除からはじめましょ~」
『料理も良いがまずは掃除か』『埃っぽいところで料理はねぇ……』『年越しの時と同じだね。まずは綺麗にしてから』
そうそう、まずは神社のお掃除からです。毎朝ある程度お掃除してはいるのですが、せっかくですから本格的にやっちゃいましょう。
さて、配信部屋から移動して犬守神社までやってきました。といっても神社と配信をしている部屋は建物が隣接していて中で繋がっているので徒歩数秒で移動できます。神社は朝起きるのと同時に入口を開け放ち、空気の入れ替えを行ったりしているのでそれほど埃っぽくはありません。むしろ木のさわやかな香りが鼻をくすぐり、風の通りも良いので湿気の問題もありません。
『あれ?端の方になにか置いてない?』『何あれ?』『……木の実?』『まさか』
「んふふ~そうなんですよね~実は野生の子たちが木の実とかを置いていくんですよ~。前は仕留めたばかりのお魚が置かれてたこともあります~」
「おっきなカニが置いてあったこともあるよー」
『草』『カニて海のじゃんw』『どうやって捕ってきたんだよw』『野生動物凄すぎ草』『これは神社の神様にお供えしている…?』『むしろわんころちゃんの為に持ってきた説』『創造主への供物で草』『頭良すぎw』『ぜったい動物も分かってるよなw』『じゃなきゃ貴重な食料を置いていったりしないわなw』
野生動物たちがやってくる事には何の問題もありません。むしろちょっとそれを期待して神社を開放しているところもありますから。最近は何か毛布や専用の小屋でも置いといてあげた方がいいかな? と悩んでいるくらいです。
「ん~嬉しいのですけど~ちゃんとあの子たちはお腹いっぱいになってるのでしょうかね~そこが心配です~」
ほぼ毎日何かしらの贈り物が置かれているのは素直に嬉しいのですが、それであの子たちのお腹が空いていてはなんだか申し訳無く思っちゃいます。とはいえどうやって止めさせればいいか分かりませんし、冬ごもりの時期には置かれていない日の方が多かったので、自身が食べる分はしっかり確保して、余分を置いていっていると見るべきでしょう。
「さて~それではこの木の実たちは後で炊事場へ移動させて~ぱぱっと掃除を終わらせちゃいますね~」
とはいえ毎朝の掃除と空気の入れ替えのおかげでそれほど汚れてはいません。神社の中は春の風が通り抜け、とてもすごしやすい気温となっています。春を過ぎ暑くなってもこの場所は涼しさが保たれるでしょう。
「んん~ハタキをぽんぽん、っと~。普段やらないような場所を掃除するいい機会です~。狐稲利さ~ん、天井の辺りはお願いしますね~」
「うんー! おかーさだと小さくて手が届かないとこもそうじするー!」
「おおん? 踏み台があればわんこーろも届くのですが~~?」
『わんころちゃん抑えて!』『おそらく狐稲利ちゃんに他意は無い……はず』『無自覚煽りとはレベルが高い』『てか背の低さ気にしてたんだ…』『背どころかすべてが小さな幼女姿なのですが』『ようじょわんころちゃんかわいいよ!』『わんころちゃんはそのままでいて』『わんころちゃんが狐稲利ちゃんを見上げる仕草は可愛い』『狐稲利ちゃんと手を繋ぐ時の小さなおててかわいい』『庭から縁側に上がる時にちょっと苦労してるとこ可愛い』
「みなさん何気に煽ってないですか~~!?」
うむむ……今までは背が低いとか、見た目だけだと狐稲利さんの方が年上に見えるとか、そんなこと気にしていなかったのですが最近になってこの体でも成長すると分かってからはちょっと意識し始めてるんですよね~。
私だけでなく、移住者さんが言うには狐稲利さんも成長して大人の女性らしくなったらしいですが……。
「おおおお、お、おかーさあああああ!!!?」
すっごくドタバタしながら狐稲利さんが私を呼びながらこちらに突撃してきましたよ!? 思わず掃除用のハタキを放り出して狐稲利さんを両手で抱き留めようとしますけどさすがに無理ですよこれは!?
「……移住者さん、やっぱり狐稲利さんはまだまだ子どもですよ~」
「ひーん!!」
『あーあwわんころちゃんが追突してきた狐稲利ちゃんに押し倒されたw』『そのまま小さな悲鳴上げながらわんころちゃんに抱き着いてる狐稲利ちゃんかわええww』『しかしわんころちゃんの目のハイライトは消失していたのだった……』『あきらめの顔だなあれはw』『狐稲利ちゃん早くどいてあげないとわんころちゃんがぺちゃんこにw』『狐稲利ちゃんは自分の体の大きさをもっと自覚するべき』『ところで一体なにが起こったの?』
「狐稲利さ~ん?」
「はちー!!」
「ん~? 蜂?」
狐稲利さんが震える指先で指し示すのは、神社の天井の隅です。おそらく狐稲利さんが掃除しようとしていたのでしょう、天井板が少しはずれ天井裏がちらりと顔を覗かせています。そして、その隙間からは数匹の蜂があの独特な羽音を立てながら這い出てきます。
「あ~蜂が屋根裏に巣を作っちゃったんですね~これは気が付きませんでした~」
「ううー! おかーさーー!!」
「あらあら、狐稲利さん蜂苦手です~?」
「けものの山で追いかけられたー!!」
「あ~なるほど~んふふ~」
「笑わないでー!」
『草草の草』『狐稲利ちゃん泣いてんじゃんwww』『わんころちゃんめっちゃ笑顔だけどねw』『首をブンブン振って怖がる狐稲利ちゃんとあきれ顔のわんころちゃんの対比よ』『てか真面目に危険では?』
「だいじょ~ぶですよ狐稲利さん~。ほら~、よ~く見てくださ~い。この子たち~ミツバチです~」
「へー?」
私にしがみつきながら呆けた声を出す狐稲利さんの頭にちょこんと乗っているミツバチはブーンと翅を鳴らしてそのまま飛んでいきました。針で刺すような事も無く、集団で襲い掛かってくるような事もありません。
「ミツバチはよっぽどのことが無いと刺してはきませんよ~」
「はやく言ってよー!?」
蜂の中でもミツバチは比較的おとなしい種であるのでいきなり刺してくるような事はありません。執拗にいじめたりするとさすがに怒って刺すかもですが、ミツバチは基本針を使うとそのまま死んじゃうので刺す攻撃は最終手段なのですね。
「しかし~これはチャンスですよ~上手くいけば養蜂のきっかけに出来るかもです~」
季節的にこのミツバチたちは分蜂したばかりの群れのはず、ならこの群れを養蜂箱まで誘導することができれば……あ。
「養蜂箱~! 作ってませんでした~! と、とにかく急ぎで造っちゃいましょう! 狐稲利さんいい加減どいてください~!」
「う、うんー……。んー……おかーさが反省するまでこのままでー!」
「ちょっと~!?」
『狐稲利ちゃんの逆襲きたw』『今まで押し倒された状態なのを忘れてたな?w』『しかしまさか探す予定だったミツバチがこんなところに居たとは』『探すどころか自らやってきたw』『さすがわんころちゃん』『とりあえず仮でもいいから養蜂箱を作っちゃいましょ』『設置場所はどこにするかな~』『てかわんころちゃんお祭りの事忘れてね?w』『まあいつものことだなw』『やりたいことが多すぎて目移りしちゃうんだよなあw』『草』