転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#222 ハレの日の小さな特別(昼)

 狐稲利さんを説得して上からどいてもらった後、屋根裏のミツバチたちをパパっと作った養蜂箱へと移動させていきました。幸いにも分蜂したばかりで巣はまだ作っていないようでした。網で群れをがばっと掬い取ってそのまま養蜂箱の方へとご招待~。多少荒い扱いではありますが養蜂箱の中が心地よければそのまま定住して頂けるはずです。

 

「んふふ~とりあえず神社の敷地の隅っこに置いておきましたけど~……今後はどこにおきましょうか~?」

 

『邪魔にならないところが良いな』『あと涼しくて雨に濡れないところがいい』『家の裏とか?』『けものの山近くでも良いかも』『花の蜜を集めやすい土地がいいんじゃない?』

 

「ん~そうですね~……」

 

 移住者さんの言う通り養蜂箱を置くなら涼しくて雨を凌げて蜜が集めやすく、そして天敵の少ない場所というのがベストです。気温や雨については森の中の日陰に設置すればいいだけですが……。

 

「蜜を集めることを考えると~けものの山がよさそうであるのですが~」

 

『いいんじゃない?』『あそこは果物とかも豊富だし、集める花の蜜については問題無いかな?』『ひまわり畑とかも在ったし最適かも』

 

「そう思ったんですけど~さっき狐稲利さんがけものの山で蜂に追いかけられた~って言ってたじゃないですか~? それだけ攻撃的な蜂というと~おそらくスズメバチなんですよね~花の蜜を集めやすくても天敵が居ると分かっている場所には設置したくないです~」

 

『蜂が蜂を襲うの?』『ミツバチは蜜主食だがスズメバチは肉食なのよ』『わざわざミツバチの巣を襲撃するからな』『養蜂箱がスズメバチの餌箱になるかもな……』

 

「んん~……やっぱりしばらくは家の裏に設置しておくことにします~。家の裏の~ミツバチが家の中に迷い込んでしまわないように犬守神社とやたの滝の間にでも設置できる空間を作ろうと思います~」

 

 犬守山はけものの山と比べれば食料となる花の蜜の採取量は少なくなるかもしれません。蜜を採るために遠出する事も必要になってくるでしょうが、この山では今のところスズメバチは見かけていませんし、野生動物もいい子たちばかりなのでミツバチたちも安心して巣作りしてくれるのではないでしょうか。

 

 ……しかし、私がいい子たちと言ってしまえるほどこの犬守山は村の中でも平和なように思えます。神社に動物たちが食料を置いていくのもそうですし、基本開けっ放しにしている神社や配信部屋などの居住スペース、それに岩戸などの保管庫が野生動物によって荒らされたという事もほとんどありません。

 

 前に節分の大豆が鳥に狙われていたことがありましたが、あれも狐稲利さんの頑張りもあって一つ二つ、つつかれて大半は無事でしたし……。多分あれは大豆狙いというより狐稲利さんと遊びたい、狐稲利さんの注意を引きたくて大豆をつついていたのですね。

 

「おかーさー酢飯のよういできたよー!」

 

「分かりました~それじゃあ稲荷寿司、作っていきましょうか~」

 

「うんー!」

 

 私が蜂の対応をしている間に狐稲利さんには稲荷寿司の準備をしてもらっていました。あらかじめ炊いていたごはんで酢飯を作って、油揚げも中に酢飯を詰められるようにして砂糖、醤油で甘じょっぱく煮ている最中のようです。

 

「ん~酢飯の匂いだけで食欲が湧いてきますね~」

 

「んふー! 上手くできたー!」

 

「流石狐稲利さんです~よしよし~」

 

「んふふー、おかーさもー」

 

「? おやおや~」

 

 いつものようにお手伝いしてくださった狐稲利さんの頭を撫でてあげると、お返しとばかりに狐稲利さんが私の頭を撫でてきます。思わずイヌミミをペタンと伏せて撫でやすい体勢になってしまうのは無意識でして……あ、思ったより撫でるのが上手いですね狐稲利さん。

 

「んふふー、おおかみさんで練習したー!」

 

「ええ~……なんだか複雑な気分ですけど実際上手いですから何も言えないですね~……」

 

『それでいいのか母親』『母親をペット扱いする娘』『闇が深い……』『まさかこの微笑ましい光景にそんな裏が……』『性癖壊れる』『これまでにないほどわんころちゃんの尻尾が動きまくってるw』『ま、まあ本人たちが納得の上なら……』

 

 なんでちょっと引いてるんですか移住者さん。そんなことより早速稲荷寿司を作っていきますよ~。程よく味の浸みた油揚げの中に酢飯を優しく丁寧に入れていきます。酢飯の量が多すぎると油揚げで包み込めなかったり、破けちゃったりするので欲張らずに私の握りこぶしていどの量にとどめておきましょう。

 

「ほらほら~狐稲利さん入れすぎですよ~」

 

「んんー……むずかしー」

 

「慣れれば大丈夫ですから~、ほらほら、このくらいの量で良いですよ~」

 

 食べ盛りな狐稲利さんは大きなおにぎり程度の酢飯を油揚げの中にぎゅうぎゅうに詰め込んでいますね……あ、油揚げがみちみちと……。

 

「んあ!? やぶけたー!?」

 

『ああ!?』『油揚げに穴があいちゃった……』『意外とムズイな』『適量が分かんないとね…』『これは失敗かな?』『目に見えて動揺してる狐稲利ちゃん珍しいw』『目がうるうるしてんね』

 

「あらら~やっちゃいましたねこれは~」

 

「ど、どーしよー……」

 

「食べられなくなったわけではないですから~ある程度形を整えて~……、はい~これで大丈夫~見た目は分かりませんよ~」

 

『さすころ~』『サポート力抜群よねわんころちゃん』『さすママ』『だが形を整えても大きさが…w』『わんころちゃんが作った稲荷寿司の1.3倍はあるな』『しかし珍しい見た目してるよな、稲荷寿司って』『油揚げ?寿司…?ってかんじだしな』『寿司って刺身が酢飯の上に乗ってるイメージしかないわ』『わんころちゃんが節分で作ってた恵方巻も一応寿司だぞ』『他にも握らないちらし寿司とかもあるぞ』

 

「お寿司にもいろいろあるんですよ~魚貝を使わなくてもお寿司というのもありますから~この稲荷寿司はそれですね~。お魚苦手な方でも美味しく食べられるんですよ~」

 

「おかーさー! 今度はしっぱいしないからーもう一回つくるー!」

 

「はい~一つと言わずいっぱいお願いしますね~」

 

「うんー!」

 

 その後も油揚げに酢飯をつめつめしながら視聴者さんとお話をして楽しく稲荷寿司を量産していきます。料理配信は何度かやっているのですが稲荷寿司を量産しながらの配信は初めてですね。ですけどやっていることはあまり変わりないかもしれません。お鍋をずっとぐるぐるかき混ぜたり、火にかけたお魚が焦げないようじっと見ていたり、単調になりそうですが徐々に変わっていく食材の姿に意外と好評な配信でもあります。

 

『そういやなんで稲荷寿司って言うの?』『稲荷の神様が好きなのかね?』『ちょっと調べるとキツネ=油揚げが好きって出てくるな』『狐は稲荷明神の使いだと言われているな』『…つまり、狐=油揚げ好き=神様の使い→お稲荷様は油揚げ好き!ってこと!?』『三段論法かな?』『無茶苦茶こじつけたなw』

 

「んふふ~皆さんは野生のキツネさんに油揚げをあげちゃダメですよ~油っぽくてお腹を壊しちゃいますから~」

 

『そもそも野生の狐が居ないんですが』『狐どころか野生動物なんていないよぅ!』『葦原町ならあるいは?』『ナートのとこのナナめっちゃお菓子とかもらってたような…?』『ナナは主人と同じで食い意地が張ってるからな』『辛辣で草』

 

「ナナさんはまあ~……特別ですからね~」

 

 ナナさんだけでなく、おそらくよーりさんもヨルさんも特別と言っていいでしょう。七不思議の事を考えると人の食べ物も大丈夫でしょうし……なんだかあの子たちは独特の進化をしているような気がしますね。果たしてそれは犬守村で生まれたからなのか、それとも犬守村を離れたからなのかは分かりませんが、確かにあの子たちはただのAIではなく、どちらかというと私や狐稲利さんに近い存在となり始めているのかも知れません。

 

 そんなお話をしている間に稲荷寿司の準備もできましたし、それじゃあ早速、イベント開始です。

 

「では~小さなお祭り、はじめましょ~!」

 

「はじめましょー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 犬守神社の例祭は本当にこじんまりとしたものになります。お祭りのための飾り付けをするわけでもなく、出店などが立ち並ぶわけでもありません。

 

 ただ、神社で日頃お世話になっている神様に祝詞をあげて、二人で感謝を述べた後、神社の濡れ縁で桜の花を見ながら稲荷寿司を頬張って、濃い目のお茶をすすって一息つく、ただそれだけなのです。

 

 お掃除してピカピカになった神社の扉を開け放ち風の通り抜ける様子を音と肌で感じて、ゆったりとして時間を過ごす。何でもない日ですが、その何でもない日こそが、この犬守神社のハレの日なのです。

 

 犬守神社の桜たちは風に枝を揺らし、ゆらゆらと桜の花びらを空へと舞い散らせます。遠く遠くへと風に乗って運ばれていく桜色の点となった花びら、それらは犬守山を下り、田んぼの広がる平野を駆け抜け、遠い遠い北守の山々まで旅するのでしょう。

 

 わたつみ平原の向こうより吹いてきた風にも桜の花びらが乗っていることから、きっとわたつみのそのまた向こうの霊山にも、桜の木々が満開となって山々を賑わせている事でしょう。

 そういえば、わたつみ平原の向こうはあまり行ったことがありませんね。幽世のある霊山もありますから配信に載らないよう今までほとんど行き来していなかったですし……あのあたりの散策風景も配信してみるべきでしょうか。

 

「ん~春の温かさ~そしてお茶と稲荷寿司~お腹いっぱいになると眠くなってきちゃいますね~、ね? わちるさん~?」

 

「んー? わちるー全然たべてないー?」

 

 たんまりと稲荷寿司の入ったお盆と"三人分"のお茶が用意され、犬守神社の濡れ縁に腰を落とした私と狐稲利さん。……そしてそんな私たち二人に挟まれるようにして座っているのは、なぜかガチガチに固まっているわちるさんです。

 

 実はこの犬守神社の例祭には初めからわちるさんを招待する予定でした。神社に納められている狐の人形は元々わちるさんのお家のものでありますから、やはりわちるさんをお呼びしたほうがいいかと思い連絡をしたのです。

 すると少し時間を置いて返事が返ってきたのですが、なんとわちるさん今日は犬守村へと泊まるらしいとのこと。

 

 思えばわちるさんが犬守村に泊まられるのは夏の帰省コラボ以来ですね。わちるさんたちは現実での生活もありますから、こちらへ長時間留まっていられる訳ではありません。それでも責任者である室長さんや健康面での面倒を見ておられる灯さんを説得して今回犬守村へと一泊する権利を得たとのこと。

 

 残念ながら他のFSメンバーの方々は葦原町での作業や他の配信やコラボなどが立て込んでおり、わちるさんだけが来てくださったのです。 

 

 

 そして、そんなわちるさんは現在……

 

「は、はわわ……はうぅ……」

 

 わちるさん、はわわとか今まで言ってましたっけ? なんだかおめめグルグルでこれはこれで可愛いですね~。私と狐稲利さんは濡れ縁に腰掛けて足をぷらぷらさせている状態なのですが、なぜかわちるさんはその両足をきっちり揃えて両手のひらを握り、太ももの上に置いて微動だにしません。

 緊張している様子のわちるさんを見かねて狐稲利さんがその強く握られた握りこぶしの上に自身の手を重ねようとすると……。

 

「あひゃあ!?」

 

「んっ!? ごめんー……」

 

「あ!? いいえそういう訳ではなく!!」

 

 汗の滲んだわちるさんの手に狐稲利さんが触れると、まるで電気が走ったかのように勢いよく手が跳ね、狐稲利さんの手から距離を取ります。無意識のことだったのか、その直後わちるさんはひどく焦ったように落ち込む狐稲利さんに弁明しています。手をあっちこっちに動かしてこれでもかと焦っている様子が見て取れますね。

 

「少し! ほんのすこーしだけ驚いただけです! だから嫌だったというわけではないんです!」

 

「んー? ……んー、ん!」

 

「ひいい!?」

 

 わちるさんの言葉を聞いて狐稲利さんは少し首をかしげ、わちるさんをジト目で訝し気に見ていましたが、あまりの慌てように本当に他意がないのだと察した狐稲利さんはその後何かを考える素振りをみせ、そして今度こそわちるさんの太ももの上にある手に自身の手を添えました。

 

「んふー、ていこうしたらーダメ、だよー?」

 

「ひぃん……こ、狐稲利さん……ち、近いぃ……」

 

 あらあら、狐稲利さん中々大胆な行動に……と思われるかもですがコレ狐稲利さん、そんな事は欠片も考えていないと思われます。先ほどのようにわちるさんが逃げないように手を押さえ込んでいるだけのようです。抵抗したらダメ、という言葉も「逃げないで」という意味だと思います、ええたぶん。

 

 わちるさんの隣に座っていて、さらに手に触れているという状況であるため、狐稲利さんのささやきのような優しい声はわちるさんの耳元でくすぐったく響いている事でしょう。んふふ、これはからかい甲斐がありそうです~。

 

『狐稲利ちゃんこれ天然か…?』『てかわちるんこれまでさんざん触れ合ってきたのにコレ!?』『いつになったら免疫つくのやらw』『おそらく一生このままだぞ』『そんな!わちるんの心臓が持たんぞ!』『いや……むしろこれからが本番だと思う…』『え? あっ』

 

「んふふ~わんこーろの事も忘れちゃだめですよ~? ほら、わちるさん~」

 

「わ、わんこーろしゃん…!? はう……」

 

 狐稲利さんがわちるさんの片手をがっちりホールドしているので、私はもう片方へ手を伸ばして~私の両手で抱きかかえるように腕を絡めて~。

 

「んふふ、今日は来てくれてありがとうございますわちるさん~」

 

「はひ、い、いえこれくらい……むしろ毎日来たいくらいで……」

 

「んふー私もわちるーと一緒にいたいー」

 

「は、はい……ああ……耳がこしょばい……」

 

「ほらほら~わちるさんも稲荷寿司どうぞ頂いてください~」

 

「私が作ったのもあるよー」

 

「はいぃ、いただき、ますう……」

 

『あーだめだこりゃ』『両耳から狐稲利ちゃんとわんころちゃんの声がダイレクトで聞こえてくるとか…』『これは天国……いやある意味地獄か?w』『両手を二人に捕まれてるから逃げられんw』『そして近距離で二人の声が…』『声どころか息遣いまで聞こえる距離なんよww』『見てるこっちが恥ずかしくなってくる光景が広がってて草』『甘ったるい空気が立ち込めているなあw』

 

「わちるさん~今夜は泊っていかれるんですよね~?」

 

「は、はい。室長から許可をもらっているので……」

 

「んふー! じゃあ、じゃあ一緒におふろ入ろー?」

 

「え、ええ!? 一緒にですか!?」

 

「なに驚いているんです~? 夏のコラボの時だって一緒だったじゃないですか~」

 

「あの時は他の皆さんも一緒でしたから……!」

 

「私わちるといっしょに入りたいー。だめー?」

 

「あ、いえ、あの……、……全然大丈夫ですよお!!?」

 

『恥ずかしさと嬉しさをぐつぐつと煮込んだ結果、やけくそになったわちるん草』『ぐつぐつに煮込まれたのはわちるんの頭では…?』『両耳からゆったりした声音を流され続けてわちるん壊れちゃった……』『脳破壊されてんじゃん』『しかし二人に挟まれているわちるちゃん幸せそうだなぁ』『なんとうらやま……いや、やっぱあそこはわちるんの席だわ』『ここ最近で最も濃厚なわちこーろだわ、助かる』『狐稲利ちゃんは無邪気故に積極的だし、わんころちゃんは分かっててやってるからさらにタチが悪い。つまりわちるんに逃げ場はない』『こりゃあお風呂もこんな状態なんじゃねーのw』『頑張れわちるん!理性が崩壊するその日まで!』『その日はすぐにやってきそうだけども』『草』

 


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