転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#223 ハレの日の小さな特別(夜)

 

 その後もわちるさんと一緒に神社の片隅でゆったりとすごしながら日が暮れるまで犬守村の春を堪能しました。時折顔を出す野生動物に手を振ってみたり、なぜか近づいてくる野生のタヌキだと思っていた子がよーりさんで、わちるさんの膝によじ登ってそのまま寝始めたり、そのせいで全く動けなくなったわちるさんをもっともっとからかってみたり、とにかくそうやっているうちに辺りは暗くなり始め、配信時間もかなり長くなっていたのでそこで配信を終え、三人でお風呂に入ってから夕飯にする事となりました。

 

「んん~春めいてきたとはいえ~夜はまだ少し寒いですね~やっぱりお風呂はさいこ~です~」

 

「あわあわーんふー!」

 

「狐稲利さん~しっかり耳の裏も洗うんですよ~」

 

「んー!」

 

 私とわちるさんは一足早く体を洗って湯船にゆっくりと浸かっているのですが狐稲利さんは稲荷寿司を食べ終えた後、犬守神社にやってきた野生動物と遊び倒していた影響で体中ドロドロ……土汚れを洗い流すのに少し時間がかかってしまいました。

 

 いや~、面倒だと思ったのか土の付いたままお風呂場に入ろうとしていた狐稲利さんをわちるさんと一緒にとっ捕まえて剥いて土汚れを落としてあげる事になろうとは~。服を脱がしている間狐稲利さんはキャッキャはしゃいで楽しそうですし~わちるさんはちょっと目が血走ってて怖かったですし~。

 

 いつもはある程度、汚れを落として帰ってくるのですがわちるさんが居るからでしょうか? いつもより楽しそうでテンション高いんですよね~。

 

 それでも連日の教育の賜物なのか、体を洗う事に手は抜きません。頭から順番に、体も泡をいっぱい付けて丁寧に洗っています。時折鼻歌を歌う程度には慣れた動作で体を洗う姿を見ながら、横目で私の隣を確認します。

 

「……むう」

 

「んふふ~まだ怒ってるんですわちるさん~? ちょっとやりすぎましたね~……ごめんなさい~」

 

「お、怒ってなんかいませんよ……ちょっと恥ずかしかったですけど……」

 

 ほっぺを膨らませて湯船に口元まで浸かっているわちるさんは私をちらりと見て、そのまま視線を逸らせます。お湯の中で足を抱えて体を小さくしたままのわちるさんに近寄り、表情を伺うとやはり恥ずかしそうではありますが、観念してこちらを見てくださいます。

 

「あの……今日は呼んでくださってありがとうございます」

 

「いえいえ~元々この神社はわちるさんの人形から造ることになったわけですし~それならわちるさんをご招待するのも自然かと~」

 

「わちるーと一緒にいるとーたのしーから好きー!」

 

「んふふ~そうですね~。あ、しっかり泡を流しましたか狐稲利さん~?」

 

「うんー! ほらほらー大丈夫でしょー?」

 

「ん~……うん、いいでしょう~お入りくださ~い」

 

「わーい! わちるのとなりーいくー」

 

「ひゃ!? ま、またですか!?」

 

「んふー! おちつくー」

 

「んふふ~今は配信していませんから~何があっても大丈夫ですよ~」

 

「な、なにとは……?」

 

「……んふふ~」

 

「ああ! 出たその笑い方! わんこーろさんまた何か企んでますね!」

 

「んふー」

 

「んふふ~」

 

「も、もう上がりますー! こんなところに居られません! 私は部屋に戻らせてもらいますからね!」

 

「わちるさんそれフラグです~」

 

「まだダメだよーちゃんと10まで数えないとっておかーさが言ってたもんー」

 

 急いで湯船から上がろうとするわちるさんですが、沼地に引きずり込まれるがごとく狐稲利さんに腕を掴まれあえなく沈没。面白そうなので私も一緒になってお昼のような状況へ……。あ、衣服が無いぶんなんだか密着感がアップして凄いことに……。

 

「わ、わあああ!? わんこーろさんそこは触っちゃダメですよおお!?」

 

「へ? どこも触っていませんが~!?」

 

「おかーさーしっぽしっぽー」

 

「尻尾~? あ、ああ~……すみません~」

 

 ……わちるさんだけじゃなく私も恥ずかしくなってきましたね……ちょっと……もう止めますか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂から上がった後はわちるさんに似合う和服を見繕って配信部屋でゆっくりすることにしました。ごはんがまだだったので夕飯のおうどんを食べながらですが。

 もちろん料理名は味付けした油揚げを載せたきつねうどんになっています。お稲荷様として祀っている犬守神社の例祭なわけですからね。お昼は稲荷寿司に、夕飯はきつねうどんと何とも油揚げ尽くしではありますが、美味しいので問題ありません。ちょっと油の取りすぎな気もしますが……。

 

 その分わちるさんといっぱいお話して"かろりー"を消費すれば問題なしです!

 

 

「ふむふむ~ナートさんの同好会は順調なのですね~」

 

「はい、最近はよく学校の屋上で実験してるみたいです。あまり詳しくは知らない……と言いますか分からないのですけど」

 

「んふー、私もてつだってるよー」

 

「あ、そうでした。狐稲利ちゃんにもよろしくお伝えしてください、とほうりさんに言われていたんでした」

 

「ほうりさんもまじめですね~」

 

「ナートお姉ちゃんとは全然違いますよね」

 

「あははー!」

 

「んふふ~……葦原町は順調に開拓が進んでいるんですね~」

 

「そうなのですが……やっぱり難しいところはあるんですよね……他の配信者の方に聞いたのですが、地下に住んでいると川とか見たことないので自然な形に造れない、と」

 

「あ~……なるほど~」

 

 サルベージされた過去の映像データや動画データなどによって葦原町は極めて自然な風景をネット世界に構築しています。それこそ私が創った犬守村と同じくらい。

 それほどまでに現実的に整備された葦原町でありますが、それでも細部に違和感があるのだといくらかの配信者が頭を悩ませているのです。

 よくよく見なければ分からないような、例えば川の中をたゆたう水棲植物たちであったり、太陽の光に照らされた森林の影の姿であったり。そんな僅かで一瞬の光景にちょっとした違和感が見え隠れするのだとか。

 

 わちるさんを含めたFSの皆さんはその違和感の正体が、実際にその光景の中で生活した事の無い者たちによる経験の不足なのではないかと考えているようでした。

 ほんの僅かな、限定された、ふとした瞬間の自然な姿を見たことがない故に、それを表現することが出来ないのではないか、と。

 

「ちょっぴり不安なんです……もしかしたら、私たちでは過去の現実世界のような場所を作り出すのは無理なんじゃないかって……」

 

「ん~……考えすぎだと思いますけどね~……ほら、わちるさん見てくださ~い」

 

「え、……あ」

 

 私たちが居る配信部屋、開け放たれた障子戸の向こうには月光に照らされた桜の木々が確認できます。夜風に凪ぐそれらはちらちらと花びらを散らしながらも月の光によって闇夜の中でも幻想的にその姿を主張します。上質な和紙のように薄い桜の花びらは月の光を透過し、まるで花そのものが美しく発光しているかのようです。それは散る花びらも同様で、花びらではなく光そのものが舞い散っているかの様です。

 

「綺麗……」

 

「んふふ~、もしかしたら皆さんが違和感と呼んでいるものの正体は~初めて見た光景に対する"新鮮さ"なのかもしれませんよ~?」

 

「新鮮……珍しい光景だから、見慣れない光景だから、それを違和感だと思っている、のですか……?」

 

「違和感のない"完全で完璧な世界"なんて創れっこないんですよ~だって、世界そのものが不完全で半端なんですから~」

 

「……わんこーろさんなら、作れるんじゃないですか……?」

 

「ん~……作れたとしても~それは、楽しいのでしょうか~?」

 

「え?」

 

「すべてが完璧であるように~完全でいられるようにと調整された世界って~楽しいのですかね~?」

 

 現実世界ではあらゆる制約やしがらみがあるせいでそのような完璧かつ完全な世界なんてものは実現することは不可能と言えます。もし可能ならば地上の汚染は問題が表面化した時点で採算度外視の大規模な除去が実施されていて、現在のように取り返しのつかないほど深刻な状況とはなっていないでしょう。

 

 ですが、かつてこの世界ではすべての人々を管理し、一方向へと強制的に進ませようとした時期があります。効率化社会(それ)の失敗を知っていれば、今の世代の方々は完璧な世界なんて求めはしないでしょう。

 

「じゃあやっぱり私は楽しい方がいいです! じゃなきゃわんこーろさんにも会えませんでしたし! この人形だって、今ここにありませんから」

 

 そう言ってわちるさんは懐から狐の人形を取り出しました。それは私がこの世界で作った、自身の体を除いた初めての3Dモデル。これがあったからこそ犬守神社が産まれ、犬守村が始まったのです。

 

「犬守村が生まれたのも、全部わちるさんのおかげですね~」

 

「何言ってるんですか、わんこーろさんが創った世界じゃないですか」

 

「わちるさんがいなかったら~きっと今も真っ白な世界でひとりぼっちだったかもです~」

 

「そんなわけ……」

 

「いえ~そんな気がするのです~」

 

 まだ狐稲利さんも生まれていないそんな時期、私は人との関わりを求めて配信者となりました。あの時は本当に関わりさえあれば良いと考えていて、それ以上人と近づくつもりはありませんでした。私が人でないというのもありますし、私の存在を受け入れてくれるか分からないという不安もありました。

 それに、他人どころか私自身が一体なぜ電子生命体として此処に居るのか分からず、私という存在を疑っていたのもあります。

 

 わちるさんは、そんな私を一人の友人として見てくれて、私に何者であるかという疑問を払拭してくれた存在でもあります。

 わちるさんは私が本当の意味で配信者となるきっかけをくれた方で、私の恩人と言っても過言ではない大切な友達です。

 

「……これからも、ずっとずっと友達でいてくれます~?」

 

「わんこーろさん……」

 

「ん、んふふ~すみませんちょっと恥ずかしい事言っちゃいました~忘れてくださ──」

 

「もちろんですよ」

 

「わちるさん……」

 

「私は、ずっとずっと、それこそ一生、わんこーろさんと友達です。ずっと一緒に、隣に居させてください」

 

 すっと近づくわちるさんの顔。それはとても真剣な表情で、思わずドキリとしてしまうほどに。なんでこんなに顔が近いんですか!? とか今のセリフまるで告白じゃないですか!? とか、これ私何の返事をすればいいんです!? と頭が混乱の極みに在ったのですが、そんな雰囲気をものともしない、何とも気の抜けた寝言が私たちの隣から聞こえて来ます。

 

「んあ……んふ……くー……くー」

 

「……んふふ~狐稲利さんいつの間にかおねむですね~まだ布団も敷いていないのに~」

 

「あはは……お昼、凄いはしゃいでいましたもんね」

 

「わちるさんがずっと居てくれると知って嬉しかったんだと思いますよ~……、私も、そうですし~」

 

「わ、私もです! わんこーろさんと、こうやって一緒に居られて……幸せです」

 

「あ、あはは~……なんだか恥ずかし~ですね~」

 

「ふ、布団敷きましょっか!」

 

「ですね~。ほらほら~狐稲利さんちょっと起きてくださ~い。寝るならお布団で寝ましょ~」

 

「ううん……おねーちゃ……」

 

「? お姉ちゃん……?」

 

「何の夢を見ているんでしょうね~」

 

 先ほどまでのドキドキした雰囲気はどこへやら。私とわちるさんは浅く眠っている狐稲利さんをゆすり起こしながら布団の用意をするのでした。寝ぼけている状態で用意した布団に潜り込み本格的に寝始めた狐稲利さんを横に、私とわちるさんはまだ寝るには惜しいと思ってしまっています。今後もわちるさんが希望すれば今回のように一泊する事はできるでしょうけど、そう頻繁には無理でしょうから。

 

 眠るには惜しい夜。何もない夜中でも見ごたえのある光景は沢山あります。虫はまだそれほど現れていない時期ではありますが、障子戸を開けて一面に広がる夜桜は見てて飽きません。遠くから聞こえる梟の声を聴きながら、私達も布団へと潜り込みます。

 

「寝る前にメイクで呟いておきましょうかね~【お風呂で縁側の続きをしました~(はーと)】っと~」

 

「ちょっとわんこーろさん!? ならこっちだって!【わんこーろさんが尻尾を使って私の体を……///】」

 

「あ~! なに呟いてるんですか~!」

 

「わんこーろさんが先にやったんですよ!」

 

「ああ~!? 呟いて数秒程度なのにもう数百人以上のいいねが付いて~!?」

 

「ふふふ! あ、お布団に入っているところもアップしていいですか?」

 

「いいも何ももうスクショしてるじゃないですか~!」

 

「えへへ……」

 

「あ! もしかしてお風呂場でもスクショしたのでは~?」

 

「……」

 

「どうしてそこで無言なんです~!?」

 

「……えへ」

 

 結局布団の中でわちゃわちゃしているうちに深夜になってしまいました。日付が変わっても私とわちるさんは布団の中で他愛もない話でクスクスと笑い合い、沢山のお話をし合いました。どちらからというわけでもなくその手を握りあって互いの体温を感じながら、そうして尽きぬ話はわちるさんが眠たげに目を細めることでおしまいとなりました。

 

 ずっとずっと一緒にいる、そんな言葉を実行するかのようにわちるさんは私の手をぎゅっと握りながら幸せそうに眠りに就いたのです。

 

 んふふ、きっと夢の中でもわちるさんは私と一緒に居るのでしょう。なら、私もわちるさんとの夢をみたいな。

 

 


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