転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#225 宇宙からの声

 

 葦原町の中心に存在する葦原学校にはいくつかの秘密が隠されている。配信には載せられないような機密性の高い研究を行う空間の存在や、推進室の心臓部である推進室管理中枢へと至る秘密のルート。さらには公式的に繋がりが否定され、わんこーろも知らない内によーりたちによって繋げられた犬守村への直通リンク。それらは巧妙に隠され、多少漏れ出たとしても七不思議という都市伝説で覆い隠され真実へとたどり着く一般人はほとんど居ない。

 

 たとえ居たとしても彼ら彼女らはその秘密を口外することは無いだろう。強制されたからとか、脅されたからという理由からではなく、その真実があまりにも一般的に受け入れられない内容であるから、あるいはその秘密が周知される危険性を知っている者たちであるからだ。

 

「思ったより荒れてますね~この前来た時にちょっと掃除しておけば良かったかもです~」

 

『まさかもう一度来るとは思っていなかったからな』

 

 そんな秘密の一つである隠された空間の中にわんこーろは一人やってきていた。雑多な資料が散らばる元天文台の管理空間の中でわんこーろは3Dモデルで構成された紙束に埋もれながらも探し物をしていた。

 

 何を探しているのか、と問われればわんこーろも具体的な答えを口にするのは難しかった。ただ、あの雑誌の内容は確かにこの空間が元々あった天文台のことについて書かれており、それがどうしても気になっていた。

 

 あの雑誌がその辺りの集積地帯より発掘されたものならば目に留まる事はなかった。その雑誌が室長の手の中にあったとしてもそれは変わらなかっただろう。だが、それがあの細工箱より出てきたというのなら話は別だ。

 

 雑誌と共に封入されていたテキストデータは現在狐稲利があらゆる検証を行っており該当するデータが無いかを検索中で、灯の手も借り現実世界を含めて手がかりを探している最中だった。その間にわんこーろはこの雑誌のことを室長に話し、再度天文台の管理空間を調べなおす許可をもらうことにした。

 

 特徴的で覚えのある雑誌の姿に驚きを隠せない室長はあらゆる疑問を飲み込み、とりあえずわんこーろに許可を出し、あるかも分からない手がかりの捜索に乗り出した。

 

「んん~……室長さん~ありました~。細工箱から出てきた雑誌と全く同じものです~」

 

『見せてくれ……。確かに、私が見つけたものとも同じ雑誌のようだな……』

 

 そうして空間に設置された机の下より見つけ出した雑誌は細工箱のものと同じ雑誌。室長との通信画面へとその雑誌を映し、室長本人からも同じものだと判断されたそれをわんこーろは真剣なまなざしで読み込んでいく。その内容は一字一句違いなく同じだった。

 

「……この雑誌にあるセカンドシグナルというものは~実際に観測されたというのは本当なのでしょうか~?」

 

『分からんな……この雑誌も只のオカルト雑誌で真実を書き記しているというよりもジョークグッズと同類としか思えんが……』

 

「あ! もしかしたらこの空間にもっと手がかりがあるかもしれません~私探してみますね~」

 

『あ、ああ……』

 

 雑誌を見つけ、天文台管理空間に手がかりがあると確信している様子のわんこーろに室長は僅かな違和感を抱く。この雑誌を起点としてこれまでの天文台と塔との繋がり、なこその父である重里との関係、それらが一気に明るみに出るかもしれない。だが、それを差し引いても今のわんこーろはどこか焦っているように室長には見えた。

 まるで、もう時間が無いと無意識に理解しているかのような、そんな水面下でうごめく仄暗い違和感を感じ取っているように思えてならない。

 

『わんこーろ──』

 

「っ! 室長さん、ちょっと待ってください……!」

 

 そんなわんこーろへ声をかけようとした室長を遮るようにわんこーろ本人が大きな声を上げた。わんこーろは空間の壁に備えつけられた本棚を漁っている最中らしく、棚の奥の方に置かれていた本を取り出そうと苦労しているところだった。仮想空間であり余計な機能が付いていない空間では埃が舞う事は無いのが救いか、かなり古いデータらしい一冊の本を苦労しながら無理やりに引っ張り出した。

 

「これ、見てください~!」

 

『む? これは……』

 

 わんこーろが見つけたのは一見すると本にしか見えないが、対応する3Dモデルが存在しないためとりあえず本の形を取っている何かのデータだった。仮の姿として本にされているだけで内部のデータはテキストデータでも画像データでもない。さらには動画のようなものでも無い。

 

「これは電波信号です~!」

 

信号(シグナル)……天文台の空間に保管されていたという事は……宇宙からの電波信号、か?』

 

「恐らくは~。テキストでも音声でも映像データでもない~純粋な、宇宙からの電波信号を記録したデータのようです~」

 

『そうか……これまでなこその父について調べるにも、天文台と塔について情報を検索するにもその検索対象は絞っていたな……』

 

 隠された天文台管理空間には様々なデータが保管されており、その中には触れるべきでない情報もある。大量のデータを処理する時間、機密性のある情報、それらを考慮し検索範囲にはかなりの制限を設けていた。だが、今回はその検索範囲の除外部分に肝心の情報が隠れていたようだ。

 

『その検索範囲に電波信号に関する内容は含めていなかった……検索から漏れていたということか』

 

「もしかしたらこれが~例のセカンドシグナルではないでしょうか~! 調べてみますね~!」

 

『……落ち着きなさいわんこーろ。天文台ならばそれ以外の宇宙からの電波信号を記録し保管している事もあるだろう。……そう焦る必要もないだろう?』

 

 室長は努めて冷静な声音でわんこーろへ語りかけた。どこか焦燥感を抱く彼女を落ち着かせるように、まるでFSの子たちを窘める時のような声音を保つ事を心がける室長の様子に、わんこーろも次第にいつもの調子へと戻っていく。

 

「そう、ですね~……でも、なんだか落ち着かないんですよね~……」

 

『気持ちは分かる……あのV/L=Fでの騒動は私も肝を冷やした……それの再来となることを危惧したのだろう? だが、あれはもう終わった。わんこーろやあの子たちのおかげで最悪の事態は免れたし、あの時のように管理者がこちらへ接触する事はもうできない』

 

 本来塔と地上のネットワークはとある事件により繋がることが出来なくなっている。塔の上層部分である主塔はその下にある中央管理室や副塔と物理的、情報的に分断されており、主塔側、地上側のどちらからも接触することはできない。だが、その不可能を塔の管理者は膨大なデブリの軌道計算と人工衛星をコントロール下に置くことで限定的とはいえ可能とした。

 

 わんこーろはそれと同じことが例の細工箱を開放したことで引き起こされるのではないかと考えていた。狐稲利の玩具としていた時はそれほど脅威と考えていなかったが、いざ中から出てきたデータが意味の分からないものだとしたら、それの詳細を把握するまでは油断ができないと感じていたのだ。だが、あれほどの大規模な事件はもはや起こらないだろうと室長は思っている。主塔が地上と接触できるのは両者の間に存在するスペースデブリによる通信阻害を解消しなければならない。そしてそれはデブリの動きによりむこう二十年は解消されることは無いのだから。

 

「そう、ですよね~。うん、ありがとうございます室長さん~少し落ち着きました~」

 

『ならいいが……』

 

「それじゃあ改めて~、この部屋にある電波信号の記録を集めますね~」

 

『ああ、頼む』

 

 その後管理空間内を電波信号に関する記録を中心に検索したところ、いくつかの該当データが発掘された。一つではなく複数見つかった事は驚くことでは無く、地球外から宇宙由来の電波信号がやってくるのはそう珍しいことではないのだ。太陽系外の星々の活動、例えば寿命を終えた星の超新星爆発は発生すると宇宙に膨大なエネルギーを放出する。それが信号として地球に到達する事もよくあることで、そういったデータも天文台は記録し、保存しているようだった。

 

 だが、セカンドシグナルやその前のwow!シグナルが特別視されているのはその電波信号の強度が、遠く遠く離れた宇宙より飛来したような弱弱しいものでは無く、明らかに地球へ向けて送られたであろう指向性が認められたからだ。

 

「……室長さん~おそらく、コレではないかと~」

 

『なんのラベルも張られていない、か……』

 

 宇宙の信号を記録したデータにはそのデータに添付される形で記録日時や記録した状況が記載されているのだが、わんこーろが怪しいと感じたデータにはそのような添付データが全くなく、本棚の奥底に忘れられたように眠っていた。厳重に保管されていたというよりも誰からも見向きもされなかった存在のように、わんこーろが隅々まで調べつくさなければ見つけられなかったような場所に捨て置かれていた。

 

「それに閲覧に制限がかけられています~……どうします?」

 

『……危険は、無いんだな?』

 

「はい~触れたところウイルスも不明なプログラムが走っている様子もありません~」

 

『……』

 

「は~いそれでは開いていきま~す」

 

『お、おい!』

 

「大丈夫ですって~何かあればしっかり対応できる準備はしてきましたから~。それにさっきみたいに焦ってるわけでもありませんから安心してくださ~い」

 

 室長の言葉を待たずデータを開いていくわんこーろの姿に思わず焦りを見せる室長だが、わんこーろ本人は何でもない風だ。そもそもこの隔離された管理空間自体は管理者の影響が及んだ形跡は無い。もしも何か問題があったのならば以前の調査でそれに遭遇しているはずだ。

 例の雑誌が保管されていたという共通点はあるものの、細工箱ほど怪しい場所とは言えない。

 

『全く……、それで、どうだ?』

 

「ちょっとまってください~室長さんにも聞こえるように音声データに変換していますので~」

 

『そんな事が可能なのか……?』

 

「電子生命体の技術力ならちょちょいのちょいですよ~。はい、できました~再生しますね~」

 

 わんこーろが展開したウィンドウは室長も見たことのある音声再生ファイルだった。シンプルな記号で構成されたそれの再生ボタンを押し、表示されたタイマーが徐々に進んでいく。

 そうして聞こえてきたのは、まるで何かの機械音のような乱雑な音で構成された音声だった。音楽とも言えない、雑音とも異なる、法則性も何もあったものではない、いくつもの音をごちゃまぜにして流しているだけのものだった。

 

『ううむ……コレでは何なのか分からんな……。というのも当たり前か』

 

 音声データにして室長にも確認できる形にしてもらったものの、そもそも電波信号など専門家が専用の機器や過去データと照らし合わせて判別しなければその特異性など分かるはずもない。そのことに気づいた室長は早々に変換された音声データの再生を止める。

 

『わんこーろ、これでは何にも分からん。専門の人間に連絡をするから今日のところは……わんこーろ?』

 

「……」

 

『おい! どうしたわんこーろ!?』

 

「……あ、すみません」

 

『何があった? 何か問題が?』

 

「……聞こえ、たんです」

 

『聞こえた? 何がだ? あの音声データには雑音しか──』

 

 

 

 

「聞こえたんです、その雑音が……"こんにちは"って、言っているように、私には聞こえたんです」


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