転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
ヴィータによる全世界への緊急声明は瞬く間に世界各国を駆け巡り衝撃をもたらした。現在地上は深刻な汚染状況により人が住む事のできる領域は限られている。大多数の人間は地下の居住地区に住み、選ばれた上位層の人間のみが地上の特区に暮らすことが許されている。そんな特区の中でも殊更特別扱いとなっているのが、副塔を有する塔の街だ。
塔の街は他の特区と異なり汚染除去マイクロマシンによって清浄な大気が保たれ、多少ではあるが植物さえも自生しているという、地下住みからすればまさに憧れの土地なのだ。加えてこの国の塔の街にはヴァーチャル配信者界隈で先頭をひた走るFSの拠点があると噂されており、そちらの意味でも羨望の眼差しで見られることが多い。故に秋に行われるV/L=Fなどのお祭りイベントでは塔の街へ入場できる権利を巡って毎年騒動が引き起こされるほどだ。
そんな全ての人間にとって憧れの場所である塔の街が崩壊の危機にあるという。
各国はすぐさま自国の塔の街に非常事態宣言を発令。この国でも衛星の衝突が一週間後と発表されたことから、一週間以内に塔の街からの完全退去が勧告された。
いきなりの事に街の人間は多少反発したが、街そのものが無くなる可能性を聞かされれば、もう大人しく従うほかない。別れを惜しみながらも徐々に引っ越していく住民達。危機感を抱く住民の行動は早く、既に街はがらんとしていてどの店も閉め切られ活気などどこにもない。
塔の街に住まう住民は突如住処を失うことに嘆き、自身が特別階級であったというプライドを砕かれ呆然自失。塔の街に憧れを抱いていた地下住みの人間は憧れそのものが失われる事に言葉を失くした。
そうして一連の混乱が落ち着き、街の人間の半数近くが居なくなったのはヴィータの発表から二日過ぎた頃だった。
早朝、室長は自室で携帯端末を片手に資料の整理をしていた。片手間作業なので重要な内容でも無いが、何かしていないと落ち着かない室長は端末で通話を繋げている相手に失礼とならない程度に手を動かしている。
「──それで、そちらは大丈夫なのですか?
『ああ、
通話先は環境保護研究所、通称環研と呼ばれている機関の所長である日下部所長だった。環境関係の復興作業なども行っている環研と推進室は初期の頃より協力関係にあり、また環研は国外の環境保護機関との関係も良好であることから室長は今回のヴィータからなる騒動の表面化が起こってからすぐ、に日下部へと連絡をとり事実関係の確認を頼んだ。
「そうですか……、では先ほどの話ですが……」
『繰り返しになるが、間違いない。環研も地上に観測施設をいくつか持っているが、何処も衛星に関する異常を観測出来ていない。衛星衝突という情報はどこから得たのかとヴィータに問うても納得のいく説明はされなかったよ』
だが、その結果はほぼ収穫なし。ヴィータへは環研だけでなく様々な機関や政府が詳細な説明を求めているのだが、ヴィータがそれらに応じる事は無かった。最初と同じように衛星の衝突が確実である事と、その日時を発信するのみだ。
「……所長はどう思われますか?」
『ふむ……偽の情報とは、思えないかな。そもそもそんなことをしてもヴィータには何のメリットも無い。ヴィータの観測機器が偶然衛星を捉えたか……もしくは別の情報源があったか』
別の情報源、という言葉に室長は細工箱のことを思い出す。先日のわんこーろとの調査によって塔は電子生命体と協力関係にあったことは判明している。塔を閉鎖する際、電子生命体である管理者が細工箱のように何らかの手がかりをヴィータに残していたかもしれない。もしくは秋のV/L=Fのように無理やりヴィータとコンタクトを取っていたという可能性もなくはない。
「ヴィータ……調べてみる必要があるかもしれません」
どちらにしろヴィータは管理者より今回の件に対する情報を得ており、それを元に声明を発表したと見るべきだろう。
『しかし今回の件、君はそれほど驚いていないみたいだね草薙室長……
「ええ……。むしろ、こうなったのは都合がよかったかもしれません。私とわんこーろだけが知り得た情報をどうやって全世界に信じてもらうかと悩んでいましたから」
『ははは、なるほどね。……さて、それで君たちはいつそこを離れるんだい?』
「……あの子たちは住む場所が決まり次第。……私は、最後の日まで居ることにしようかと」
『おいおい本気かい? いくらヴィータの発表とはいえ誤差が生じる事もあるだろう? 一日や二日、早まってもおかしくは無いんじゃないか?』
「誤差があってもおそらく前後一時間程度だろうと、わんこーろからもそう聞いております。」
『ならいいんだが……』
「この後、あの子たちに今回の事について話をしようかと考えています。……例の話も、しておこうかと」
『資源の枯渇まであと十数年、という話だね……』
「本来はもっと早い段階で言っておくべきだったのです。復興省は公表していませんが、推進室として、FSとしてあの子たちは既に関係者といっていい」
FSメンバーと共に創り上げたV+R=Wプロジェクトは今や世界規模のプロジェクトとして多種多様な企業と創作者たちに支えられている。その中にはナートとほうりのように現実世界の環境を改善するヒントとなりそうな技術を開発しようとしている者たちも存在していた。大気中の汚染物質を除去するフィルターや、汚染水の無害化装置、土壌の画期的な浄化方法などなど。仮想世界内の汚染環境下での実証実験を通ったいくつもの技術たちは今後現実での実証実験が行われる。まだまだ研究段階であり、資金的な問題もあるがV+R=Wでの実験において効果が認められた以上、今までのように机上の空論だと一蹴される事は無いはずだ。
だが、それには時間が無い。
「葦原町で行われる実験内容などはあの子たちが処理して、あの子たちだけで判断できないような物は私が対応する事にしていますが……もう、長期的なものは許可できなくなるでしょう。それをあの子たちにも伝えておかなければいけません」
葦原町では企業によって数年単位の長期的な実験を行っているケースも存在し、今後は数十年レベルのものも行われる可能性がある。表立って実験の許可を出している生徒会のあの子たちには、資源枯渇によるタイムリミットを考慮してそれらの実験許可を与えるか判断してもらう必要があった。あるいはタイムリミットまでに一応の区切りが付けられるよう要請できるように。
『彼女たちには受け入れ難い、つらい話になるだろうね……』
「……」
『私の方でも何かできるかもしれない。些細な事でもいい、協力できそうなことがあればいつでも言ってくれ』
「……ありがとうございます」
日下部所長と通話を切った室長は携帯端末をしまい、窓の外から見える塔の街の風景を見やる。いつものような人が行き交う姿は一切見られず、時々引っ越しの為の大型車両を見かける程度の風景からはV/L=Fの時のような活気ある姿などもはや想像することもできない。人が居なくなったまるでゴーストタウンの様相を見せる塔の街。室長は寂し気に目を伏せ、自室を後にした。
「──という事だ。地下の居住区はもちろん、塔の街はおろか各地に存在する特区も現在の生活を続けてはいられないだろう。特区を拡大して地下居住区の住民を移住させる事も考えられているが……それも完全とは言えないのが現状だ」
「……」
「……」
推進室とFSの拠点としている塔の街の家では室長がFSメンバー全員を集めて塔の街の今後、そして葦原町の今後について話をしていた。その内容の中にはもちろん資源枯渇による活動限界時期が存在することも説明していく。
最初は今回の騒動に関するFSの今後について説明がされるものだと思っていたFSメンバーは室長の話の内容に言葉が出てこない。あまりにも突然の事で、あまりにも絶望的な未来に寝子は信じられないように目を見開き室長を見つめ続け、ナートは頭を抱えて泣き出しそうな表情だ。なこそは推進室立ち上げ時の最初期メンバーであり、ある程度状況を察していたためそれほど驚いてはいないようだった。だが、○一は苛立ちを隠せず室長に詰め寄る。
「なんで今になってンなこと! ワタシらのやってることは無駄だったってことかよっ!!」
「○一さん落ち着いて!」
「わちるなんでお前はそんな落ち着いてられんだよっ! もう、何もかも意味ねーって言われたんだぞ!」
今にも室長へとつかみかかろうとしている○一をわちるが止めに入る。わちる以外に○一の行動を制止する者は居ない、というより皆他人を気にしている余裕がないのだ。彼女らが目指した復興した世界は決して叶わない目標であり、自分たちはそれを知らされる事も無く希望を持って活動していたのだから。
「意味はあります! 室長さんが言ったじゃないですか! 皆さんのおかげで地上でも暮らせるようになるって!」
「どんだけ時間かかんだよそれ! もう十年もねーんだぞ!」
「それでも……! それでも皆頑張ってます! だから……そんな、そんなこと、言わないでください……○一さん……」
○一の怒鳴り声に涙をにじませ、声を詰まらせながらも反論するわちるの様子にさすがの○一も勢いを失くす。
「! ……悪りぃ」
周りに気を使えるわちるでも今の状況を上手く飲み込むことは出来ていない。ただ○一を宥め、落ち着くように言うしかできなかった。
誰も悪くない、どうしようもない事だと全員が分かっている。それでもどうしようもない感情を○一は誰かにぶつけるしか解消する方法を知らなかった。
そうしてわちるが宥め静かになった後、室長は次の話をし始める。塔の街を拠点とするFSは今回の騒動がいち段落するまで配信者活動の休止時期を設ける事になった。期間はおよそ三週間ほどを予定しており、その間にFSは各自の住む場所を確保する。
「もう、全員で集まることは出来ないんですか……?」
「すまない。今はどこも混乱している。塔の街の住民だけでなく、塔の街周辺の地下居住区の住民も避難命令が出ている関係で全員が住めるような住居を探すのは難しい」
FSとして一つ屋根の下で暮らしていた彼女たちは今後バラバラに別れ生活していく事になる。コラボ配信などもNDSを利用したコラボが主となり、おそらくオフコラボなどはほとんどできなくなるだろう。
だが、それ以上にメンバー全員が不安視しているのはこのままFSというグループが消滅してしまうのではないかという可能性だった。室長は三週間ほどの休止期間と言っているが、塔が崩壊後も今と同じように配信活動が行える保証などどこにもない。塔の崩壊によりこの国は少なくない被害を被るだろうし、震災復興のタイミングならいざ知らず、被災直後にFSができる事は何もない。
室長がメンバー全員の住居の確保を手伝うと約束し、自身は灯と共に住む場所を探しているという話になると、その話を遮ってなこそが手を上げた。
「はーい。私は最後の日までこの家にいるよ」
「なこそお姉ちゃん……?」
「私には血縁者は居ないからねぇ、どうせなら室長と灯さんと一緒に暮らしたいんだけど、いいかな室長?」
「……ああ、お前が望むなら、そう手配しよう」
「ふふ、やった。……○一ちゃんはどーするの?」
「ワタシは……真夜から話もらってんだ。一緒に暮らさねーかって」
「ほうほう……ナートちゃんは?」
「わたしも……ほうりから連絡が来てね……実家はちょっと、って言ったら二人で暮らさないかって言われたんだぁ」
今後の行く先をいち早く決めていた○一とナートの姿に、寝子が
「お二人は、いつ……出ていかれるのですか……?」
「……ワタシも最後の日まで居るつもりしてる」
「私もだよぅ……寝子ちゃんとわちるちゃんはどーするの?」
ナートの言葉に寝子とわちるは上手く言葉を返すことが出来ない。数日前に突然知らされた塔の崩壊、塔の街からの退去。まだ幼い彼女たちにはそんな劇的な環境の変化を受け入れるには時間が足りなかった。
「私、私は……」
「まだ……悩んでいます……」
何を悩んでいるのか自分でもよくわからない。だが、このまま塔の街に居続ける事なんて出来はしない。強制された変化に二人は戸惑うばかりでまともに思考する事もできない。そんな様子を見た室長は重苦しい空気の中、二人に時間を与える事にした。僅かな、本当に僅かばかりの時間を。
「……今日はこれくらいにしておこう。なこそは後で来なさい。手続きをする。○一とナートは住所を決めたのなら連絡はしてほしい」
室長の話はこれまでとなり、翌日から各自が住む場所をみつける運びとなった。なこそは宣言通り室長、灯と共に住む場所を探し始め、○一は真夜と頻繁に通話して何やら引っ越しの相談をしているようだった。ナートも同じくほうりと幾度も住む場所についての話をしている。
そんな中、寝子とわちるだけはまだ現状を受け入れられずにいた。FS最年少の寝子にとってFSは家族同然であり、それがバラバラになってしまうなど考えたこともなかった。わちるも今や血縁者と呼べるものはおらず、故にFSこそが自分の居るべき場所だと考えていた。
それでも真面目な寝子は困惑の中でも己のすべき事に目を向けようとしていた。だが、現状に流されることに戸惑うばかりのわちるは、それ故に自身の過去へと向き合うことになった。