転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
わちるが祖母の家を訪れていた頃、室長は蛇谷との話を終えたところだった。
室長が家を出ると目の前には見知った人物が立っている。大きな袋を持って手を振る姿を見た室長は少し驚きながらもその人物に駆け寄る。
「室長さんお疲れ様です」
「灯? お前もこっちに来ていたのか」
「はい。実は首都ではなく一つ手前の街に用事があったんです。最近わちるちゃんが元気なくって、何か美味しい物でも作ってあげようと思いまして」
灯が買い物袋の中身を室長へと見せる。野菜や魚、肉といった食材の数々が詰め込まれている。どれも合成なうえに加工済みで元の姿からはかけ離れているが、それでもこの世界では中々口に入れることが出来ない珍しい食材達だ。
「ああ、確か環研の関係施設が建てた店があったのだったな。確か名前は……」
「"桜町商店街"です。あそこでしか売ってないものもあるので、遠出する価値ありですよ」
昨今、様々な分野で技術の復興は目覚ましく、それは食品関係も例外ではない。魚や肉といったものの味や品質も効率化社会崩壊直後よりもかなりましになり、野菜においては実際に育てて出荷できるレベルにまで到達しているという。もちろんそんな天然ものの野菜はとんでもないほどの高値となっており、おいそれと手を出せる代物では無い。灯が購入した食品も安価な合成食品ばかりだ。
「首都近くまで来たのでどうせなら室長と一緒に帰ろうかなと思いまして」
「そうだったか……私の用事ももう終わった。帰るとしようか」
「はい!」
灯と室長は並んで首都の街並みを歩いていく。室長よりも少し背の低い灯が室長を見上げ、FSの子たちの話をしてそれに室長は相槌を打つ。一緒に料理をしたことや、配信の反省会をした事、今日もナートがリビングでだらしなく眠っていた事など。
「それでですね、○一ちゃんたら真夜さんにとびかかって」
「逆に抱きかかえられたんだったか?」
「ふふ、そうなんですよ! 本当に○一ちゃんも仕方ないなあ」
「くく、○一はどちらかというと自分からやられに行ってるように見えるがな」
「確かにそうですね~。あっ! 自分からといえばこの前寝子ちゃんがなこそちゃんに──」
とても楽しそうに語る灯りの様子に思わず室長の顔もほころぶ。室長は蛇谷より借りた本が入った鞄を片手に持ち、灯りは買い物袋を片手にぶら下げて、互いに空いた手を繋いで歩いている。その姿はまるで、
「あ、室長さん今私の事おかあさんみたいだって思ったでしょう?」
「そういう灯は私を父親のようだと思ったんじゃないか?」
「えへへ……う~ん、あの子たちから言われ過ぎて慣れちゃいましたね。私たち」
「確かにそうだな……最近はわんこーろまで言ってくるからな」
「私は狐稲利ちゃんに"あかりおかーさー"って言われた時はちょっとドキッとしちゃいました」
二人の話は塔の街へ帰り、家に到着するまで続いた。推進室はV+R=Wについての仕事が立て込み、同じ家に住んでいるにも関わらず意外にも二人はここ最近じっくりと話をしていなかった。
それまでは徹夜で仕事をしている室長へ朝のコーヒーを煎れる灯の姿がよく見られたものだが最近では二人の作業時間はズレることが多く、会話といっても互いにメッセージを端末に残しておく程度のものだった。
それが今回の騒動によってV+R=W運営である推進室の動きはほぼ停止することになり、二人は久しぶりの休日を持て余すことになった。室長がわざわざ蛇谷に会いに来たのも、そういった余暇が生まれたからに他ならない。
今後V+R=Wプロジェクトは継続するものの、三期生投入時期は未定となり、葦原町の開拓もほぼほぼ停止状態となっている。葦原町のある仮想空間を構築している企業のサーバーの内、数割が塔の街に存在している為それらを地下へと移設する作業があるからだ。FSが事態収束まで休止する為葦原町での実験許可を下す者も居ないというのも理由の一つではある。
とにかく、不幸中の幸いにも今回の事件により二人はつかの間の休暇を手に入れたという訳だ。
「……灯」
「はい? なんです?」
「今度、一緒に出掛けるか。最近そういう事もしていなかっただろう?」
「いいですね! その時はなこそちゃんも誘いましょう! 一緒に住むことになるんですから!」
「ああ、そうだな」
そう言って今後の予定を考え口にする二人は、塔の街への家路を急ぐ。あと少ししか居られないとはいえあそこは確かに自分たちの帰る場所である事に違いはない。最後まで家族と一緒にいられる時間を大切にしよう。
そんなある意味終わりまでの時間を緩やかに過ごそうと考えていた二人は、家に帰ってきた直後にわちるよりコラボ配信の提案をされ、少しばかりの驚きをみせるのだった。
「こんにちはわんこーろさん! 突然ですけど明日FSとコラボしませんか!」
ここ数日の塞ぎ込みようからは想像できないような溌剌とした声音でわちるは携帯端末に映るわんこーろへと問いかけた。防音効果のある素材が使われた自室であるはずなのに、部屋の外に聞こえるかと思えるほどの声量だ。
実家から狐の人形を持ち帰り、室長と灯が帰ってきてからわちるの行動は早かった。塔の街からの退去命令の期日が近づいているというのもあるだろうが、それを除いてもわちるは何かをやりたくて仕方がないという風だった。初配信を行った時のような、あるいはわんこーろと初めて会った時のような、そんな心持ちでわちるは早速室長に今後のFSの配信スケジュールを抑えてもらった。
FSとしての活動休止をする直前に最後のコラボとして全員でのお花見コラボ配信をしたいと言い出したわちるの言葉は全員に肯定されて、即座に計画が練られる事になった。今回の騒動が始まってから沈みっぱなしだったメンバー全員のやる気も、わちるの"最後だから盛大に!"という言葉によって復活し、すぐさまコラボの概要を話し合う場が設けられ、準備だけにも関わらず何とも楽しい雰囲気に満たされていた。
そうしてコラボについての話し合いをしている際、このコラボを何処で行うかという話になった。FSだけのコラボならば葦原町で行えばいいのでは? という意見もあったが、先日葦原町では春告祭を行ったばかりで花見をメインとした配信は目新しさが無い。
ならばわんこーろに許可を取って犬守村でやらせてもらえないだろうかという話になり突如としてFSのコラボはわんこーろを巻き込んだ、夏のコラボ並みの規模へと変更される事になった。
そうしてわんこーろへとわちるが声をかけたのが、つい先ほどという訳だ。
『唐突ですね~でも、コラボ大丈夫ですよ~~いつでも来てくださ~い。……んふふ~わちるさん元気になったのですね~~心配してたんですよ~』
「あはは……すみません。でも、もう大丈夫ですから!」
端末ごしに見えるわちるの笑顔と、一緒に映される狐の人形を見てわんこーろは微笑み、即座に了承した。
「まさか本当に受けて頂けるとは……」
「前日にコラボ打診する俺らもヤベーがそれをオーケーするわんこーろもいい意味でヤベーわ」
「田舎に帰ってくる娘を何も言わず受け入れてくれる母親みを感じるよぅ!」
「ナートちゃんそれ褒めてるよね?」
FSのメンバーは全員がわちるの部屋に集まっていた。明日の突発コラボに関するもっと詳細な話し合いを行う為、という名目だが、実際は最近行っていなかった"誰かの部屋に集まってだらだらしよう"というもの。テーブルにはお菓子と飲み物が山のように置かれ、互いに雑談しながら他の配信者の配信を見たり、メンバーが今後住む場所についての話をしたりと盛り上がっている。もちろんわんこーろに連絡をしたように、コラボに関する話し合いもしっかりと行っている。
『あ~そういえば犬守村でやってほしいことがいくつかあるんですよね~。コラボついでにお願いしてもいいです~?』
「もちろん大丈夫ですよ!」
わんこーろのお願いにわちるが即座に了承するがそれ以外のメンバーは隅に集まってひそひそと小声で何やら話し合いを始める。
「大丈夫でしょうか? 前の、雪合戦イベントのようにいきなり戦場に放り込まれるなんてことは……」
「わんこーろならありえるんだよな」
「わんころちゃんだけじゃないよぅ、狐稲利ちゃんも節分のイベントみたくサプライズって言って驚かしにくるかもだよぅ」
「みんなわんころちゃんの信頼の仕方が歪んでるねえ、まあ仕方がないけど」
『みなさ~ん? 聞こえてますからね~?』
「あはは……。……あの、わんこーろさん?」
『ん~? なんですわちるさん~?』
「……いえなんでもないです!」
その後もFSとわんこーろは今夜のコラボに関しての話を続けていく。こんなことをしたい、あんなことに挑戦したい。そんな要望をわんこーろがうんうんと頷いて計画に盛り込んでいく。突発のコラボという事で夏のように泊りがけは無理だったが、それでもほぼ一日中犬守村に居られるという長時間コラボに皆楽しそうな表情が隠しきれない。だが、そんな雰囲気の中、わちるはほんのわずかな違和感をわんこーろに抱く。
端末の向こうから聞こえるわんこーろの声はいつも通りのんびりした声音に聞こえた。少なくともFSのメンバーはそのように聞こえていたし、誰もわんこーろの様子に首をかしげる者はいなかった。
「……」
だが、わちるにはわんこーろの声に、どこかいつもと違う何かを感じていた。先日までは自身の事でいっぱいいっぱいだったわちるは今まで気が付けなかったが、この話し合いが始まってからわんこーろの雰囲気がいつもと少し変わったように思えたのだ。それがただの気のせいか、わちる自身が吹っ切れた事によって見方が変わった結果なのかは分からなかった。それほどまでに些細な違和感ゆえにわちるもそれを口に出す事はなかった。
『んふふ~』
わちるがそれほどまでにわんこーろをよく見て、よく知っていることをわんこーろも理解していた。どんな些細な違いも、きっとわちるは看破してしまうだろう。だから、わんこーろは決してわちるに悟られまいと努めて笑顔のままでいた。
二度と戻ってこれないかもしれない、あの塔へ登ることを。