転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
犬守神社の炊事場ではわんこーろとわちるが仲良くタケノコの調理を行っている最中だ。
『わちるん包丁はええw』『もう慣れたものよね』『犬守村で料理して、部活で料理して、そのうえ現実でもやってるなら上手くなるわなぁ』『俺包丁とか使ったことないわ』『俺も』『包丁慣れる練習でもするかな…』『包丁の扱いだけ上手くなってもなあ』『やっぱ料理よ。皆料理しようぜ』
まだ土が付いたままのタケノコが炊事場の土間に置かれ、皮を剥き終わった物は洗い場で水にさらされている状態。
グツグツと沸騰する大鍋の中にはアク抜きのための糠と一緒にタケノコが入れられている。タケノコの状態を時々確認しながら二人はこのタケノコをどのような料理にしていくか、献立を考えながら手を動かす。おそろいの割烹着を着て、わんこーろに教えてもらいながらタケノコの下ごしらえをこなしていくわちるの手さばきは慣れたもので、タケノコという初めての食材にも物怖じせず包丁を入れていく。
とはいえ犬守村に春が訪れたのは今回が初めてで、わんこーろもタケノコを実際に調理したことはほとんど無い。サルベージしたデータなどを参考にしながら二人の調理は慎重に進んでいく。
「わんこーろさんアク抜き終わりました!」
「は~い、ありがとうございますわちるさん~。これで下準備は完了ですね~」
「でも、思ったよりもアク抜きに時間はかかりませんでしたね」
「今回調理するタケノコはついさっき収穫したばかりの物ですからね~あまりアクが出ていないのですよ~。もし現実でタケノコを手に入れた時はもっとも~っとアク抜きの時間を長くした方が良いですよ~」
「あはは……現実でタケノコかぁ」
『他の食材より難易度たかいよ!』『地下茎の処理無理すぎる』『竹害なんて言葉があるくらいだしなぁ』
環境保護研究所、通称環研でも竹というものは育てられていない。遺伝子情報は記録されているらしいので育てようと思えば育てられるのだろうが、竹はその特殊な繁殖方法がネックとなり、環研のような限られた空間で育成するには難しい植物なのだ。
わちるも現実で竹の姿を見たことはほとんど無い。あったとしても祖母が保管していた道具のいくつかが竹で作られていたのを見たことがある程度で、実際に植わっている竹など現実で見たことなど無い。
「んふふ~……さて~それじゃあ炊くのに時間がかかるので~タケノコごはんからいきましょうか~」
「はいっ!」
炊事場の窓から漏れ出る湯気がもくもくと春の空へと昇っていく。包丁のリズミカルな音が聞こえ、グツグツコトコトとタケノコを煮ている鍋からはタケノコ特有のかぐわしい香りが立ち込める。
そんな様子を遠くから眺めているタヌキのよーりは体を丸めて大きなあくびをして、そのまま目を閉じて眠りに入る。キツネのナナは剥かれたタケノコの皮の中へダイブし楽しそうに耳をピクピクと動かしてはわんこーろとわちるの調理を興味深そうに見つめていた。柔らかく、味の浸みたタケノコが盛り付けられた皿を狙っていたナナだが、わちるの肩に留まり黒い眼を光らせているヨイヤミのヨルの目力にタジタジな様子だ。
そんなナナの様子に思わず笑みがこぼれるわんこーろとわちる。二人の調理が終わるまで二匹の攻防は続き、その間もよーりは静かに寝息を立てていたのだった。
『よーりはお腹いっぱいなのかな?』『つまみ食いしたらわんころちゃんに"めっ"されるからな』『滅っ!!』『データレベルで消し飛ばされそうで草』『つまみ食いで!?』『あまり言い過ぎるもお前らがわんころちゃんにめっ!されるぞ』『ひい!?ご勘弁を~!』『なこちゃんの配信見てたけどもうすぐみんな家に着きそうだよ』『結局花見会場は何処になったの?』『あー……まあ、うん』『それはまあ、はい』『あっ』『俺もナートの配信見てたが春の犬守村を散策してただけで草』『まあ花見場所はわちるんたちが言ってくれるでしょ』
「おかーさー! ただいまー!」
「ふいぃ~、やっぱ山道はきっついよぅ~」
「ほとんど札置のワープで移動してたじゃねーか」
「ナートちゃんホント体力つかないよね」
「リアルイベント直前しか体力作りしないからですよお姉ちゃん」
そして料理のすべてが完成したタイミングで花見場所の確保担当組が帰ってきた。縁側に倒れ込むようにべちゃっと横になるナートを置いて狐稲利たちは縁側で履物を脱いでそのまま配信部屋の奥にある炊事場へと向かう。美味しそうな匂いが漂うが、まずは手を洗って料理担当の二人を手伝いにいく。
「わちるちゃん料理のお皿持つよ」
「ありがとうございますなこそさん。熱いので気を付けてください」
「皆さんおかえりなさい~。お花見できそうな場所はありましたか~?」
「ええとですね、そのことなんですが……」
わんこーろの言葉に寝子はためらいながらも視線を縁側へと向ける。
未だ溶けているナートの向こう、縁側という画面に切り抜かれた風景は手前に畑が見え、空には心地よい青空が広がっている。そしてその間を埋め尽くしているのは満開になった桜の木々。犬守神社の桜の木は今が絶好の見ごろを迎えていた。
一陣の春風がふわりと桜の花びらをさらい、それは縁側から部屋の中へと入り込んでくる。ちゃぶ台の上に載る花びらがゆらゆらと揺らめきながらも儚げに存在を主張している様子は、改めて見ても絵になる美しい光景だった。
わんこーろたちは主にこの配信部屋より配信を開始することが多く、縁側から見える光景はそんな配信を視聴する視聴者にとっても楽しみの一つだった。四季の様相が強く感じられる犬守村ならではの楽しみ方と言えるだろう。
「な~るほど~。んふふ~お皿からお弁当箱に移し替えなくてもよさそうですねこれは~」
『わんころちゃんの視線が痛いよ…』『なんの成果も!得られませんでした!』『あ、あれだよ灯台下暗しって奴よ!』『幸せは身近なところにあるんやなって』『住み慣れた場所こそが望まれた場所だった……?』『て、手抜きしたわけじゃないんだからね!』
「んふふ~」
必死なコメント欄を見ながらわんこーろは小さく笑む。ただ文字が書き込まれているだけだが画面の向こうにいる視聴者たちの焦りようが伝わってくるかのようだ。宥める様に配信画面に手を振りわんこーろは残りの料理を配信部屋へと運んでいく。犬守村のお花見コラボはいつもの場所、犬守神社の配信部屋から届けられる事になった。
「すみませんわんこーろさん」
「いえいえ~全然問題ないですよ寝子さん~。犬守村はどちらかというと野生動物たちの住処ですから~そうそう都合のいい場所はないんですよ~」
「タカチ峡とかいいかな~って思ったんだけどねー」
「札置神社も広すぎたけど桜綺麗だったよぅ」
「火遊治もアリかと思ったんだけどな。ありゃ温泉入りながらの方がよさそうだわ」
「というわけでー、おうちでお花見することになりましたー!」
配信部屋のちゃぶ台にはわんこーろとわちるが作ったタケノコ料理が順々に置かれていく。先ほど作ったばかりでどれもおいしそうな湯気をのぼらせており、外を歩き回っていてお腹を空かせていたなこそたちにとって待ちに待ったお昼ご飯の時間だ。
「おお~! めっちゃ豪華じゃん!」
「思ったよりタケノコの量多いねえ」
「皆さん頑張って掘ってくださいましたから~、わんこーろとわちるさんも調理し甲斐がありました~。ね、わちるさん~」
「はいっ! 皆さんのタケノコを美味しい料理にさせてもらいました!」
食卓に並ぶタケノコ料理はそれぞれが大皿に盛られており、各々タケノコを使った料理であるが合わせる食材や味付けの仕方によって全く別の料理へと変化する。タケノコばかりだといっても決して飽きることの無い味付けや食感が楽しめるように工夫されているようだ。
かぐわしい味噌の匂いを漂わせているタケノコとお揚げの味噌汁が人数分お椀に注がれ、タケノコのおかか煮、わかめとタケノコの若竹煮、そしてタケノコの天ぷらがお大皿に山盛り盛られている。
『予想以上に豪華で草』『相変わらずおいしそうだな~』『タケノコだけなのに、このバリエーションはすげえ…』『これ絶対美味しいヤツ!』『タケノコ食べたい…どっかに売ってないかな…』『売ってるのとか見たことないぞ…』『現実じゃ無理じゃね?』『ワンチャン葦原町で……』『明日には葦原学校の一角に竹林が出来ていると予想』『マジでありそうで草』『植物部の奴らアクティブだからな~』『生徒会「繁殖能力ヤバいからダメ」』『そうなりゃ勝手に植えるまでさ!』『禁止したはずのタケノコがなぜか葦原町に出回る事になりそう……』『タケノコ(密造品)』『密タケノコは没収よ~』
「密タケノコとか見つけ次第植物部解体だよ。ナートちゃんおかか煮のおかかだけ持っていきすぎ、半分置いてけ」
「関係無くても即解体される植物部かわいそぅ……。なこちゃんだって天ぷら自分のお皿に確保してるのずるいよぅ」
「もし葦原町でタケノコを採れるようにしたいのでしたらまず土地の開拓が急務です。それと竹林の手入れに関する知識か技術を持っている人間が所属していることが必須条件になると思います」
「さす寝子。てか葦原町で竹育てたらぜってーバレんだろ。背の高さ的に」
口元ももぐもぐと動かしながらも視聴者のコメントへ返答するなこそたちはタケノコ特有の不思議な食感を楽しんでいた。決して固くはない、むしろ柔らかいのだが筋張っているわけでもなく、確かな歯ごたえが感じられる。そして嚙むたびにタケノコの旨味が広がり、飽きが来ない。
見た目や味はもちろん、食感でも楽しませてくれる食事に視聴者と会話をしているだけで手に持っていたごはん茶碗が空になってしまうくらいには箸が止まらない。
「はいは~い、皆さんタケノコごはんのお代わりはどうです~?」
「お願いします」
「私も私もー!」
今回二人が作ったタケノコ料理の中でもタケノコごはんは最も力を入れた一品だ。一口サイズのタケノコがごろりと白米に入っており、食べ応え抜群。お米は濃い目の出汁で炊き上げており、醤油の焦げ目がいっそう食欲を搔き立てる。タケノコと一緒に油揚げや犬守山で採れた山菜が入っているのも味や見た目のアクセントになっていて美しい。
さらにはわちるたちが大量にタケノコを採ってきたので量もかなりのもの。全員がお代わりを数回しても問題ないほどの量が用意されている。
「ねーねーわんころちゃん、このおかか……鰹節って犬守村で作ったの?」
「はい~。塩桜神社の製塩施設の隣に燻製用の建物を増築したんですよ~。とはいえ~鰹節なんて作ったことありませんし~見よう見まねではありますが~」
「なるほど……そういえば、うみのいきもの部が現代料理復興部と一緒に鰹節の再現をされていたような……」
「わんこーろのお渡ししたデータが役立っているようでなによりです~」
『葦原町を裏で支えるわんころちゃんw』『何かしらのイベントの背景に必ず存在するわんころちゃん草』『え?裏で糸を引いてるって?』『あながち間違いではないのが何とも……w』『タケノコごはん美味そう……』『だが量がえげつないぞw』『量もそうだが具も凄いなw米よりタケノコの方が多くねw』『それはナートがタケノコ多めで、とオーダーしたからだろw』『それを非難してる姐さんはちゃっかりおこげ多めにしてもらってるし…w』『タケノコいいなあ……』『喰いたい……』『一年中タケノコだけ食べていたい…』『春以外でもタケノコって採れんのか?』『採れると思うけど、旬は春だね』『もし合成のタケノコが登場したら季節関係なく食えるのでは?』『合成かぁ……』『合成はタケノコでは無い何かだよそれは』『やっぱ春のタケノコが食べたい!』『旬ってのもあるけど、花見しながらってのがいいよな~』『風が吹くたびに雪みたく花びらが散ってるの綺麗だな』『葦原町とはまた違った美しさがあるよな』『町の中の桜も良いが山の中の桜も風情がある』『じゃあ両方いいってことで』
その後もタケノコ料理を楽しみながらFSは犬守村の桜を楽しむ。昼ご飯終わりにわんこーろ特製の桜餅とお茶を頂き、犬守村各地の桜の姿を写した
終始楽しそうな様子のメンバー達の様子に視聴者たちは今後の活動について不安はあれど、彼女たちがいつか帰ってくることを信じ、待つことに決めた。
桜の季節は出会いと別れの季節でもある。これが別れとならぬように、また全員がそろってFSとして活動が再開し、再会の季節となることを信じ、そうして視聴者は思い思いの感情を胸に秘めながら、彼女たちを見送った。
「みんなー! 今日はお疲れ様ー!」
コラボ配信が終了し、灯と室長に連絡を入れた後、FSのメンバーはわんこーろと共に最後のコラボ成功を祝した打ち上げを行っていた。わちるの部屋に集まったなこそ、○一、ナート、寝子、わちる。テレビの画面に映る犬守村の風景と桜の花びらにまみれながら縁側でお昼寝中の狐稲利、そしてわんこーろ。
それぞれが手に飲み物を持ちながらなこその声でコップを高らかに掲げる。全員が気持ちのいい達成感のなか、互いに労りの言葉を掛け合いお菓子をついばんでいく。
「──というわけで私と寝子ちゃんは灯さんと室長についていくことが正式に決まったよー」
「へえ、住む場所きまったのか」
「はい。東北の地下都市部によさそうな場所があったので、問題なければそこになりそうです。○一お姉ちゃんは?」
「あーワタシも決まった。一応、真夜のヤツと一緒に暮らすことにした。真夜の家、関東だから近いっちゃ近いな」
「なるほど。ナートお姉ちゃんはほうりさんとご一緒するのでしたね?」
「うん。やっぱ実家はちょっとね。二人で住むつもりなんだけど……四国あたりの地下都市になりそうだから、二人とは離れちゃうかなぁ。わちるちゃんは?」
「私は実家に戻ろうかと思います。といっても、実家そのものは復興省に預けてあるので、復興省管理の居住区に住まわせてもらうつもりです。連絡してみたらすぐに許可をくださいました」
「ふーん。復興省もたまには役に立つんだなぁ~」
「大丈夫わちるちゃん? 復興省って」
「大丈夫ですよ。そこにずっといるつもりはないんです。今回の事が落ち着いて、どこか引っ越せる場所が見つかったらそちらへもう一度引っ越すつもりです」
「ならいいけど……」
コラボが終了し、FS全体としての活動はこれで休止となる。今後のFSについて室長は、休止中に新たに住む場所を決め、配信環境が整い次第活動を再開すると言っている。FSが告知などで利用しているSNSである"メイク"にも視聴者へそのように説明を行い、それぞれが新たな生活環境で再び出会える事を信じていた。
今後の未来がどうなるかは分からない。数十年後の世界は、予想されているような悲惨な世界なのか、それとも……。
「あ、そういえばわんこーろさんは今回の事、大丈夫なんですか?」
『はい~。何も問題はありませんよ~。今は塔の街にある葦原町のサーバーのデータ引っ越しを手伝っていますけど~衛星が落ちるという当日は私も副塔のサーバーからは離れているつもりです~』
だが、未来がどうなろうと生きていれば未来が途切れることは無い。だからこそ復興省は存在し、蛇谷はあがき、FSは配信再開を約束したのだ。
コラボが終了した後も休止するまでの僅かな日数、FSは各々がいつも通りの配信を行っていく。ナートは深夜配信で口の悪さを露呈するし、寝子は朝活配信を欠かさず続けている。○一は新調したカメラで葦原町のルール違反者を風紀委員の名のもとに処していくし、なこそはボドゲで視聴者をボコっている。
もちろんわちるもいつも通りの配信をしている。葦原町で作業をしながら片手間に犬守写真機のガチャを回しまくり、料理部のヘルプに入りながらわんこーろの配信を視聴し、犬守村で生徒会の仕事を片づけながらわんこーろの尻尾にダイブする。
そしていつも通りの限られた日常が過ぎ去り、塔の街で過ごす最後の日がやってきた。