転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
ついに塔の街で過ごせる最後の日がやってきた。過ごせると言っても一日ゆっくり居られるわけではなく、FSのメンバーは全員昼前には荷造りを終えて塔の街から出ていかなければならない。
既に個人の部屋からは配信機材が運び出された後で、家具も最低限のものを除いて誰かの家に送られたか処分された後なので家の中はがらんとしている
「お前たち、準備は出来たか?」
「うん。みんな大丈夫だよ」
「部屋も確認しましたし、忘れ物はなさそうです」
「まあ、何か忘れてるものあったら室長預かっといてくれよ」
「ああ心配するな。最後に部屋の中を見て回る」
「は~あぁ、なんだかあっという間だったなぁ」
「そうですね、最後のコラボからあっという間でした」
「ううん、そうじゃなくてね。私たちが配信者になってから、あっという間だったなぁって」
「そうですね……私も、まだ一年も経ってないのに、いろんな事を体験して……すごく濃い時間でした」
旅行鞄に残った荷物を押し込め、手には厳重に収納したNDS。皆深めに帽子を被り、寝子はその白髪を隠すように上着を羽織る。この日の為にメンバーは配信頻度を減らし、次の住まいにを見つけたり引っ越しの準備を行ったりと忙しい生活を続けていた。
○一は一度真夜の家を訪れ、実際に一泊してみたり、この地を離れるという事でお世話になった人々へあいさつ回りに寝子が出かけたり、ナートと一緒に住む場所を話し合う為にほうりが訪れたこともあった。
皆が次の生活の為に忙しなく動きまわっていた……いや、もしかしたら、必ずやってくる別れの瞬間を考えないよう、あえて忙しさの中に身を置いていたのかもしれない。
「いい天気になりましたね」
「塔の街から見えるこの空も見納めになるのかねぇ」
外に出て見上げた家はいつものようにただそこにあった。何も変わらない姿に、まるで明日からもここで配信者としての生活が続いていくのではないかと錯覚してしまうほどだった。
「駅まで送ろう」
「室長たちはどうするの?」
「衛星の衝突時間は日付が変わる少し前という話だ、その前には街を出るさ。駅もギリギリまでモノレールを動かしてくれるらしいからな」
室長が運転する車に揺られ、通り過ぎる景色を窓越しに見るわちる達。人のいない不思議な都市の風景を悲し気に見つめながら車を走らせれば十分もかからずモノレールの駅に到着し、少しばかり話をした後、なこそたちは改札を通っていく。
「それじゃあ私たちはもう行くね」
「みんな気を付けて。着いたら連絡してね」
「大丈夫です灯さん」
「どうせまた葦原町で会えるからね~。とりあえず一旦解散ってことで」
「あんま深刻に考えるこたーねーよな。ココがFSってわけじゃねーよ。ワタシたちがいるところがFSなんだからよ?」
「あー! ○一ちゃんが恥ずかしー事言ってるー!」
「ちょっと涙目になってるよぅ!」
「う、うるせー! ほら、さっさと行くぞ!」
どこか無理やり作ったような笑顔でいつものように笑い合う彼女ら全員を室長は一人ひとりしっかりと顔を見て、小さくうなずく。
「……必ずお前たちが同じ場所に、
「分かってるって室長」
「無理はしません。私たちが出来る範囲で、頑張るだけです」
「そうそう、心配し過ぎだって室長は。……あ、モノレール来たみたいだよ」
笑顔で手を振って駅の中に入っていくFSへ、室長と灯は寂し気に手を振り返していた。
駅の中に入っていくメンバーを見送った室長は彼女らが入っていった改札口をしばらく見つめていたが、灯が声をかけると軽く言葉を返し、家へと戻る。行きの車の中はFSメンバー全員が搭乗していたが今は室長と灯だけ。車外の風景も相まって寂しさをいっそう感じてしまう。
「懐かしいですね室長。私が初めて室長とお会いして、あの家に住むことになった時もこんな感じでした」
「……お互いまだ何を話していいのか分からず、車の中で無言だったのを覚えているよ」
「私すっごく焦ってたんですから。隣に綺麗なお姉さんがいて、何か話さなくちゃって」
「私もだよ。今でこそあの子たちで慣れたが、年頃の
そう言ってお互いくすくすと笑い声を漏らす。室長が推進室の室長となったと同時に、当時まだ未成年だった灯が推進室へとやってきた。まだ復興省の下部組織のような扱いを受けていた推進室は復興省内の面倒な人材を送る先とされ、人材の墓場などと呼ばれていたこともある。だが、その状況は室長によって大幅に改善された。
改善されたのち、室長は当時効率棄児であった灯を引き取り推進室の職員として招き入れた。元々努力家だった灯は希白病の副作用によって並々ならぬ記憶力を有し、すぐさま推進室になくてはならない存在となった。
その後も室長が新たに
「この街も……思い出ばっかりです」
初めて訪れた塔の街に心弾ませ慣れない生活を始めて、
車を走らせているとそんな思い出がどんどん込み上げてくる。皆生まれた場所は異なるけれど、この街は確かに故郷と言える場所だった。
車に揺られている間、二人の口数は少ないが室長と灯が初めて会った時の気まずい雰囲気は感じられなかった。逆にその何も口にせずとも分かり合えている空気が心地よいと感じるくらいだった。
だが、そんな時間もそれほど長くは続かない。十分程度車を走らせれば家へと帰ってくる事ができる。おそらく、この家に帰って来れるのはこれが最後になるだろう。
「室長、私みんなの部屋を確認してきますね」
「ああ。私は他の部屋を見てくるよ」
改めて家の中を見渡す室長は、この家で起こった様々な思い出をかみしめ、目を細める。ナートが眠りこけていたソファも、寝子が灯に淹れてもらったココアを飲んでいた机も、今はもうない。FSの子たちの個室は本人たちが選んだ好みの色合いの壁紙が残るだけで、家具の一切は運び出された後だ。
各部屋は配信活動の為に防音処理がされているが、それでも子供たちの騒がしさは抑えられるものではなかった。部屋の外へと漏れ出るような笑い声、叫び声、怒声。それらが聞こえるたびに灯か室長が眉間に皺を寄せながら配信コメントに凸するか、リアル部屋へと凸する事もあった。そのたびに視聴者から"親フラ"などといじられていたのも懐かしい。
「……さて、と。私も荷物をまとめるか」
子供たちの配信部屋の確認は灯に任せ、それ以外の部屋を見て回った室長は最後に自身の部屋へとやってきた。必要以上の物を置かない室長の私室は元々荷造りするほどの荷物があるわけではない。次の住居でも使うような大きな家具は既にそちらへ送った後であり、室長がまとめる荷物といえばいくつかの情報端末と、灯と子どもたちから贈られたプレゼントなど。そして、蛇谷に借りていた本だけ。
「ん? ……これは?」
荷物を鞄に収め、NDSを持ち、そうして最後に蛇谷の本を手にした時、室長は指先に僅かな違和感を感じた。本の背表紙にわずかな引っ掛かりを感じたのだ。見た目だけではまず分からない。触れたとしても紙のたわみだろうと気にも留めないその引っ掛かりを、室長は何度か指先でなぞり、そしてその引っ掛かりがただのたわみではなく、"背表紙の中に何かが隠されている"のだと気づいた。
「……まさか」
慌てて室長は本を真ん中あたりのページで大きく開き、背表紙部分を大きく変形させる。するとどうやらこの本は背表紙部分が、題名の書かれた紙と本自体の形を保つための厚紙の二種類にて構成されている事が分かった。
そして、室長が感じた違和感の原因はその二種類の紙に挟まれ隠されていた。
「蛇谷のヤツ……二枚目があるならそう言え」
指先でその違和感の正体であるチップ型の情報メモリを取り出した室長は急いで懐の携帯端末を取り出し、メモリを挿入した。
そして、一枚目のメモリには書かれていなかった、ヴィータの本当の姿を知ることとなる。
メモリの内容はヴィータが主塔の実験施設群である
「これは……まさか……」
そこにはおびただしいほどの数の実験の履歴と、詳細な内容が記載されていた。その内容は現在では……いや、人類が国を形成し、人権という概念を生み出した時より忌避されるようなおぞましい内容が記されており、そのあまりにも非道な非人道的実験内容の数々に室長は思わず顔を顰める。塔の最上層部に設置されたCLは無重力下にあり、地球上では行えないような実験が行える絶好の環境だった。その上、塔という最重要機密の塊の中に存在する実験場なので、関係者が口を滑らせなければまず外部に情報が漏れることは無い。その関係者も塔の外へと易々出ることは叶わず、塔の中で行われた実験の詳細が漏れることはなかった。
しかし、主塔が外部と切り離される33-2251号事件の発生と共に塔の体制は崩壊。この事件と効率化社会崩壊の混乱によって中央管理室、副塔に記録されていた数多くの実験内容が流出し、世間に衝撃をもたらした。
だが、ヴィータ主導の非人道的な実験の詳細は主塔と共に未だ封印されたままだ。
「ヴィータが主塔の開放を主導しているのは……つまりこれか」
もし今後、他国が主塔を開放し、CLに残る実験内容を公開などすることがあれば、ヴィータはおろかヴィータを設置した合衆国の立場さえも危うくなるだろう。それを防ぐためにヴィータは主塔の開放計画に関するリーダー的立場に収まり、主塔が開放されないように、もしくは開放されても真っ先に例の実験内容を抹消できるように立ち回るつもりでいるのだろう。
「蛇谷がのうのうと監視生活を送っているのもヴィータを危険視しての事か……」
蛇谷ほどの人間があのような監視生活を受け入れるわけがない。復興省と交渉してある程度の自由を手に入れることだって可能だろう。それをしないのはヴィータの実験内容を知っている自身にヴィータ、あるいは合衆国が危害を加えるのではないかと考えたから。
復興省が用意した蛇谷の家は蛇谷が逃げ出さないよう厳重な警戒態勢を敷いているが、蛇谷はそれを利用してヴィータからの刺客を寄せ付けないようにしているのだろう。現在はまだ管理者と接触した蛇谷の存在を国が公表していないので、暗殺の可能性は低いだろうが蛇谷は利用できるものは利用する、そんな強かな人間だ。
「これは、まずいな……わんこーろに連絡を……!」
塔へと登るわんこーろはおそらく主塔の閉鎖を解除し、主塔のみで独立しているイントラネットを副塔直下のインターネットへと復帰させるつもりだ。
つまり、今まで閉鎖されていた主塔のネットワークを全世界に張り巡らされたネットワークと繋ぐつもりをしている。もしそうなれば主塔を監視しているヴィータが感付かない訳がない。
過去に行っていた実験を抹消するため、そしてソレを見てしまった存在を消し去るため、合衆国の国力をもって潰しにかかるだろう。
「室長! 大変です!」
塔に登ることを止めさせるため、少なくとも閉鎖を解除した瞬間ヴィータが何かを仕掛けてくる可能性があるとわんこーろに伝えなければと携帯端末を操作する室長だが、その直前、灯が焦った様子で室長の元へと駆け寄ってきた。
「どうした? 何を焦っている灯」
携帯からわんこーろへと通信を試みる室長は灯のただならぬ様子に思わず端末から目を離す。これほど灯が焦燥感を露わにしているのはほとんど見たことが無い。灯は手に握りしめた携帯端末を胸元に当て、混乱を含ませた震える声で室長へと伝える。
「さ、先ほど駅より連絡があったんです……! 搭乗者予定リストに問題があるって! あの子たち……誰もモノレールに乗っていないんですっ!!」
「なに!?」
塔の街より伸びる副塔は遥か高い空の上へと繋がっている。まるで一本の蜘蛛の糸のように、人知を超えた先へと誘うように佇んでいた。多くの人々の希望と思惑をはらんだ叡智の塔はその大きな口を広げ、何者かを待ち望んでいるようだった。