転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#238 開かれた塔

 

≪本副塔への問題発生。発生内容:最重要No371。内部区画の隔壁を作動させます。ご注意ください≫

 

 先ほどから何度も何度も同じ音声が繰り返し警報と共に流されている。それを聞いた室長は天井を見上げ、瞳を歪める。もしかすると、と考えていた予想がその通りになり室長は焦りを感じているようだった。

 

「わんこーろが主塔の道を開いたか! くそっ! 最悪の事態だな……!」

 

 室長は頭の中にある副塔の緊急時に動作する防衛システムについて思い出す。副塔はあらゆる外的要因に対処するように出来ており、それらの中にNo371に関する記述も確かに存在していた。

 最重要の項目の中でも300台の緊急内容は人的要因による被害の対処、すなわちテロに関する対処を主とした緊急システムを起動する項目であり、371は情報関連の被害に対するものだった。

 

 すなわち、副塔のネットワークが何者かにハッキングを受けているという緊急事態を知らせているのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ室長! これはわんこーろちゃんがやったんじゃ──」

 

 なこそは室長の叫びに思わず反射的に反論する。先ほどの室長の言葉だけ聞けば、まるでこの警報の原因がわんこーろであると断定しているように見えてしまうだろう。

 

「分かっている! ……お前達、ついてきなさい」

 

「いや、でも……!」

 

 大きく息を吐き冷静さを取り戻そうとする室長は目を閉じ何度か小さく頷き、そうしてしっかり目を開き次の方針を決定した。未だなこそたちは突然の事に右往左往しているが、室長は一喝して副塔の奥へと進んでいこうとする。

 

「いいから走れっ! 時間差でこの辺りも隔壁で封鎖される。その前に管制室にたどり着かないといかん!」

 

 

 管制室にたどり着くまでにいくつかの部屋が緊急時により開錠不可能となっていたが、幸い管制室までの道のりは閉鎖される前だった。

 権限を持つ室長が管制室の扉を開け、室内の端末を灯と共に操作していく。まだ警報は鳴り続いており、それでも端末は起動する事ができた。すぐさま灯が副塔のセキュリティシステムから異常の原因を特定しようとする。

 

「灯、現在の副塔の被害状況は分かるか?」

 

「ちょっと待ってください……複数のルートから副塔へのハッキングを確認。すぐさま逆探知を実行します」

 

「……相手はヴィータ、か……?」

 

 室長は既に蛇谷から与えられた新たなヴィータに関する情報を灯と共有しており、ヴィータという名前に灯も険しい顔をしながらも首を振る。

 

「まだ分からないですけど……相手はどうやら副塔のシステムにある程度精通しているようです……副塔の中枢管理空間に繋がる外周部の補助管理空間へパスワードの入力を省略して侵入されました」

 

「!? 解析されたわけでは無いのか」

 

「パスワードを総当たりで入力された形跡もありません。おそらく初めから知っていたのかと……」

 

「……嫌な気配がするな……」

 

「ちょっと室長! 私達にも説明してよ!」

 

 二人のやり取りを見ていたなこそは自身たちを置いて進行していく事態に焦りを覚えている様子だった。もしかしたら、自分たちはとんでもない事をしているのではないか? そんな思いが胸中に駆け巡るが、室長はなこそを一瞥しただけで端末へと視線を戻す。

 

「説明か……私と灯には何も説明せずに行動していたのはお前達の方ではないのか?」

 

「そ、それは……」

 

 なこそは「それとこれとは話が別だよ!」と反論するが寝子やナートはばつが悪そうに顔を伏せており、○一も居心地が悪く感じている様子だった。室長は頭を掻き再び語りかける。

 

「……すまない。苛立って当たった。……適当な場所に座りなさい、説明しよう。なこそは手伝ってくれ」

 

「うん……」

 

 そうして室長は副塔に備わっている防衛機能をアクティブ状態に設定しながら自身の知りうるヴィータに関する情報をなこそ達に語っていく。

 

 塔はこの地球上に唯一存在する軌道エレベーターであり、それ故に地球上で最も厳重なセキュリティを備えた施設だ。それは各国に存在する副塔も同様で、基本的に個人だろうと組織だろうと副塔へのハッキングなどまず割に合わないと実行することは無い。副塔はその心臓部である中枢管理空間へ到達するまでにいくつもの副管理空間と補助管理空間を経由しなければならず、またそれらの空間自体にいくつもの防壁が張り巡らされ、パスワードを要求される。

 

 それだけでなく副塔は各国の別の副塔とリンクしており、一つの副塔を支配下に置くならばリンクの繋がっている別の副塔へ同時多発的にハッキングを敢行しなければならない。この国の副塔ならば同盟国である数か所の副塔とリンクが繋がっており、それらにも攻撃を仕掛けなければならず難易度はもはや成功不可能といえるだろう。

 そのため室長は現状をそれほど危機的状況とは思っておらず、なこそ達にヴィータについての情報を話す程度の余裕はあった。もちろん総合的に見て単独塔を登り始めたわちるのことやわんこーろの事、衛星の衝突による被害予想からここに留まっている自分たちなど、決して安心できる状況という訳ではないがこのハッキングはヴィータによる嫌がらせ程度のものだろうと室長は楽観視していた。

 

 だが、灯の言葉によりそれはあまりにも楽観視し過ぎたものだと判明する。

 

「出ました! ハッキングは……塔!? 塔の街からですっ!」

 

「何!? この街からか……!?」

 

「い、いえ違います! 別の、他国の塔の街……! それも八か所の塔の街より此処へハッキングが実行されています!」

 

「!?」

 

 思わず灯の操作する端末を覗き込む室長はその内容に息をのむ。この国の塔の街にハッキングを仕掛けているのは連邦の二か所の塔の街、共和国の二か所の塔の街、連合の一か所の塔の街、そして合衆国の三か所の塔の街。

 

 前述した通り副塔は強固なセキュリティを有しているが、同格の相手となれば話は別だ。副塔という巨大なコンピューターとも言える存在によって情報処理能力は並大抵ではなく、その上副塔という同種の存在である為構築している防衛機能や管理空間の防壁システムについても既に知られている。

 

 副塔はそのすべてが建造された時期によってスペックに多少の差はあるがほとんど同等の力を持っている。つまり、現在この国の塔の街は1対8の極めて不利な状況におかれていた。

 

「やむを得ん、すぐに第460遮断防壁群(シロマル)の展開準備! 侵入者の経路を遮断する!」

 

「はい!」

 

 こちらの不利を察知した室長の判断は早かった。対抗策として選んだのは第460遮断防壁群(シロマル)と呼ばれるシステムの展開だった。かつてわんこーろとの初接触の際、ヨイヤミによる妨害が理由で実行できなかった第458遮断防壁群(シゴバチ)のシステムを発展させたそれは一度展開することができれば被害にあっている管理空間そのものをネットから遮断し隔離する事が出来る。シゴバチと異なるのは遮断するネットワークを選択出来るというところだ。多少起動までに時間はかかるが、一度展開すれば無類の強さを誇る。こちらも反撃できなくなるというデメリットもあるが、室長たちの目的は防衛であるためこれはデメリットになり得ない。

 

「室長ー! 塔の街以外からも続々侵入されてるよ!」

 

「くそっ! 灯!」

 

「シゴバチ防壁展開まであと5秒!」

 

「室長! 副管理空間貫通された! 中枢に入られるよ!」

 

「あと3秒!」

 

「中枢への最終防壁が突破! 入られる!」

 

「あと1! ……防壁展開しました! 侵入者の繋げたすべてのリンクを切断!」

 

 灯の言葉により先ほどまでなり続いていた警報は解除される。いち段落した事に灯は大きく息を吐き出し、防衛を手伝っていたなこそも机の上に突っ伏した。

 

「ふう……ひとまず安心、か……。灯、中枢管理への被害は?」

 

「ほとんどありません。破壊も改ざんの痕跡も無いですね」

 

「よくやってくれた。一応マルウェアのチェックを。なこそも助かった」

 

「いやーこんなのわんころちゃんの所に初めて行ったとき以来だねー」

 

 なこそはかつてわんこーろとの初接触の際のヨイヤミとの攻防を思い出していた。あの時は遮断防壁を展開する時間さえ与えてはもらえなかった事を考えると、今回はまだマシだったなと乾いた笑い声を漏らし、脱力する。

 

 遮断防壁は構造を知っていても突破するのは難しい、多数の防壁が重なり構築されている遮断防壁はその物量によって相手の侵攻を無理やり妨害、停止させる。相手が八基の副塔であろうとも、時間稼ぎにはなるだろう。

 

「……さて、こちらはヴィータについては説明した通りだ。現在の状況も、おそらくヴィータの呼びかけで攻撃を仕掛けたのだろうな。次は……お前達がしようとしている事について、説明してもらおうか?」

 

「……申し訳、ありません……」

 

「謝ってほしいわけじゃないさ寝子……くくく、お前たちが無鉄砲な事をするのは今に始まったことじゃないしな」

 

 室長は優し気な目で微笑みながらそんな事を言う。頬杖をついて仕方のない娘をやんわり叱っているような、そんな雰囲気があった。なこそたちは互いに視線を合わせ、そして真剣な声音でこれまでの経緯を話し始めた。ナートの考え、寝子の決意、自分たちにしか出来ない事。それを室長は怒るわけでもなく、呆れるわけでもなく、同じように真剣な顔で聞いていた。

 

「そうか……」

 

「怒らないの……?」

 

「怒ってほしいのかナート? 私に何の相談もしなかったという点において丸一日正座させてもいいんだが?」

 

「ひえ」

 

「……まあ、お前たちが私と灯の事を思って黙っていたというのは分かった。おそらく反対されるだろうという予想も、おそらく正しい。だが、それでも相談はしてほしかった……少し、残念だ」

 

「ごめん、なさい……」

 

「お? なこそが謝るとは珍しいな。これは良いものを見た」

 

「茶化さないでよ……」

 

「まあとにかく、今やるべきは塔を登っているわちると連絡を取る事だ。携帯端末は持っていたな?」

 

「なあ室長……お願いだ、アイツに塔を登らせてやってはくれねーか?」

 

「○一」

 

「室長が言いてー事は分かってっけどよ……でも、アイツは……わんこーろの傍に居たいってそれで……」

 

「……心配するな、もとより帰ってこいとは言うつもりはないさ。というより、言ったところで素直に従うとは思えんしな。ナート」

 

「な、なに?」

 

「わちるが中央管理室に着いたらナビゲートしてやれ。マイクロマシンの搬入操作はお前しか分からんだろう?」

 

「わ、分かった!」

 

「室長……」

 

「既に主塔は開かれている。こうなれば一蓮托生だ。最後まで付き合うさ」

 

「ありがとう室長……ん、あれ?」

 

 全員が覚悟を決め、わんこーろとわちるの往く道を照らそうと奮起する中、なこその持つ携帯端末よりメッセージが届いた。この状況で届いたメッセージに思わずなこそは視線を携帯端末に向ける。同じように鳴り響いた通知音に室長や他のFSメンバーも端末に注目する。送り主はなこその友人、無名火かかおだった。

 

【ねえなこそ先輩、葦原町これどうなってんの?】

 

「えっ……?」

 

「! 灯っ! 推進室の端末を! くそ、副塔のネットを切断したせいで気付くのが遅れた!」

 

「現在葦原町に侵入者あり! 合衆国からのようです!」

 

「ヴィータか! しつこいな、なぜ葦原町に攻撃を? ……ああくそ、そうか葦原町には推進室の管理中枢へのリンクもある。そこから遮断防壁を迂回して副塔へ侵入するつもりか!」

 

「既に葦原町に入り込まれています! これは……どうすれば……」

 

「……室長」

 

「なこそ?」

 

「私達が行くよ。葦原町は私たちの場所だもん」

 

 手に持ったNDSを掲げ、なこそは自らのやるべき事を理解しているように、力強く頷く。それに続き寝子、ナート、○一も同じくNDSを手に取り、ダイブする準備を始める。

 葦原町はFSが休止状態という事もあっていつもよりログインしている配信者は少ないが、それでもかなりの人数が活動している。彼ら彼女らの避難や状況説明のための人間が必要だろう。そして、不正アクセスを行い侵入してきた合衆国に対しての抵抗戦力としても、FSがダイブする有用性は室長も理解できる。

 

 本来ならばここで反対すべきなのだろう。危ないことはするなと。だが、それも今更だ。彼女たちはこれまで幾度も危険な状況に置かれ、その中でも懸命に前へと進み、事態を好転させてきた。

 

「……無茶はするなよ」

 

 NDSの正常起動を確認し、わちるを除いたFSは再び葦原の地へと赴いた。自分たちが創り出したかつての風景、そして未来への目標たる場所を守るために。

 

 


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