転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#240 侵入++

 

 葦原町は現在200名の配信者と数十の企業と数えきれないほどの有志、個人によって支えられている。そのため葦原町は配信者の配信という"目"を通していつも誰かがその様子を確認出来る状態にある。

 

 それはFSが休止を発表した今でも変わることは無い。FSは葦原町で行われる実験などの許可を与える役割を担っているが、それ以外の基本的な開拓作業にはFSの許可は必要ではなく、葦原町自体が閉じられた訳でも無いので一期生二期生共にいつも通り葦原町で配信をしている者たちばかりだ。

 

 最初に異変を感じたのはそんな者たちだった。

 

「ねえ、あれなにかな?」

 

「あん? ……なんだ? 動物か……?」

 

 葦原町は広大な湖の上に浮かぶ島であり、その湖岸からは向こう側の岸が薄っすらと確認出来る。葦原町の湖岸で開拓作業を行っていた配信者の目に映るのは、そんな向こう岸で何やらうごめいている黒い影たち。

 

 遠すぎではっきりとその姿を確認することは出来ないが、その黒い影のようなものは岸から湖へと入り、こちらにやってこようとしているように見える。

 

「みなさんっ!!」

 

 そんな様子を不思議そうに見ていた配信者たちは、後方より聞こえる突然の叫び声に驚きながら何事かと振り向いた。

 

「え、寝子先輩!?」

 

「どうして寝子ちゃんが? 休止中じゃあ……」

 

「何々、またなんかのイベント?」

 

 事情を知らない配信者たちはもちろんその配信を視聴していた視聴者達も、休止中のはずのFSの寝子が現れたことに驚き困惑する。もしかしたらいつものサプライズのようなモノかと考える配信者もいたが、そんな考えは焦りをにじませる寝子の表情を見れば間違いだとすぐに分かった。

 

「みなさん! すぐに葦原町からのログアウトをお願いします! あれは外部からの不正アクセスの可能性があります!」

 

 寝子が力いっぱい声を張り上げ、湖岸にいた配信者へと呼び掛けていく。同時にFS公式アカウントも更新され、葦原町へのハッキング行為が確認されたため、参加配信者へ葦原町からのログアウトを促す文書が公開された。

 

 寝子以外にも副塔からNDSで葦原町へダイブしたFSの面々はそれぞれが葦原町各地へと散り、現在ログイン中の配信者ひとりひとりへとログアウトを促している。葦原町の向こう岸に見える黒い影はまさに不正アクセスにより葦原町へと侵入した者たちそのものだ。

 

「みんな! 避難誘導どんな感じ?」

 

「湖岸、住宅地、学校内にもログインしている方はもうおられません。私達だけのようです!」

 

「おいなこそ、アレって秋ん時の札置神社のアレか?」

 

「どう、かな……。一応合衆国からのハッキングらしいけど……」

 

「管理者が支援しているという事でしょうか……?」

 

「うへぇ……どうするの? やっちゃう?」

 

 向こう岸より見えていた黒い影はなんと湖の上を歩いてこちらへと進行してきている。アレらにとってこの空間のルールに従う必要など無い、という事だろうか。ナートはげんなりした声を出しつつ、その手にはわんこーろの所有している裁ち取り鋏の複製品を握りしめている。葦原町で開拓作業を行う際に配信者全員に配られている編集用のツールだ。

 

「わっかんないんだよね~……相手は国外の勢力な訳だし、こっちから先制攻撃したら面倒な事になりそうだよ?」

 

「ふん、先に不正侵入したのはあっちだろ?」

 

 徐々にその黒い影の全容が見えてくる。姿は黒い靄のかかった蜘蛛のような姿で、丸や楕円の本体に細長い足がいくつも生えている。その足を使ってこちらに近づいてくる姿は中々に気持ち悪い。それが湖を埋め尽くすほどに続々と侵入してくるものだから、なこそ達の心境もかなり悪い。単純に気持ち悪いものが群れている姿に嫌悪感が急上昇してくる。

 

「雑な造りですね……あれでは蜘蛛とは言えません。せめて足の数くらいは合わせて欲しいものです」

 

「寝子ちゃんがあらぬ方向からツッコミしてて草ぁ……」

 

「まあとにかくよ、ヴィータってトコがなんも言ってねーんならとりま防衛で良いんじゃね?」

 

「だね……それじゃあとりあえず葦原町のルールに従ってもらいますか。ポチっとな」

 

 なこそがウィンドウを展開し、葦原町の環境データを表示させる。葦原町はわんこーろが監修した現実に非常に酷似した環境を持つ仮想空間であり、そこらに転がっている石ころ一つにさえ膨大な情報が詰め込まれている。石の構造はもちろん、混在している成分や性質なども詳細に設定されており、内部を解析するとなれば石ころ一つで丸一日かかるほどだ。

 

 なこそが表示させた環境データによると、こちらに向かっている不正アクセスは足元の湖の性質を地面と変わらないようにハッキングで変化させ、歩行を実現しているらしかった。

 ならば話は簡単、なこそは書き換えられたデータの更新履歴を引っ張り出し、変化部分のロールバックを実施する。すると黒い蜘蛛もどきの足元はただの水へと変化し、とたん蜘蛛もどきは湖の中へと水没していく。

 

「うわ、えげつねー……」

 

「不正アクセスって溺れるの……?」

 

「まあ、ある意味溺れるかな」

 

 かつて犬守村が形作られる際、わんこーろは様々なものを創り出し、それが現在の犬守村の基礎となっていった。わんこーろが最初に作った木の3Dモデルは森となり山々を覆い、同様に土や岩、植物や動物を生み出したわんこーろだが、そんなわんこーろが特に力を入れて創造したものが"水"だ。

 

 どのような高クオリティの3Dモデルであっても水の表現というものは現実に似せるには非常に困難であり、わんこーろもかなりの苦労を重ねた。その甲斐もあって犬守村では現実のような水の流れが再現されている。しかし、その代わりこの水という3Dモデルには通常の3Dモデル以上の綿密で膨大なデータが封入されており、それはたった一滴だけでも解析するには数日も要するほどだ。

 

 そんなある意味膨大な情報の中に呑まれた不正アクセスが、一体どうなるか。

 

 通常の3Dモデルであれば仮想空間内の水はただの水として認識されるが、今回の不正アクセスは湖の上を渡るような、周囲の情報を収集して変化させて移動していた。つまり、それらは周囲に存在する膨大な情報の塊である水の中で、それらの情報を収集しようとし、あまりにも多すぎる情報量に圧倒され自身の処理能力をオーバー。勝手に自壊していくという訳だ。

 

「ひゃー全部沈んだねぇ」

 

「今頃相手の端末煙出てんじゃねーのか……?」

 

 すべての黒い影がもがきながらも湖へと沈んでいく。大した抵抗もできず溺れながら見えなくなる姿を見てなこそは何とも呆気ない様子に拍子抜けする。この程度ならばまだ秋のV/L=Fの方が難しい状況だっただろう。V/L=Fで奔走していた灯より聞いた話では犬守村には先ほど沈んでいった黒い影と同じようなものが大量に侵入してきて、そのうえ複製品の裁ち取り鋏も防がれたという。だが、それと比べれば湖に沈んでいく姿は何とも味気ない。

 

「端末死んでもまあ自業自得という訳でー……! 皆!」

 

「うお!? 揺れてんじゃねーか!?」

 

「じ、地震ですか!?」

 

「そんなの実装してないよ! これは……」

 

 余りにも呆気ない終わり方にこれが電子生命体と人との違いなのだろうか、とそんなことをなこそが考えている時、突如地面が揺れ始めた。大きく縦に揺れる衝撃にバランスを崩しながら、なこそは浜より現れた黒く大きな影を見た。

 

 ゆらりと湖より這い出てくるその姿は蜘蛛というよりもっと別の何か悍ましく、名状しがたき雰囲気を醸し出していた。

 

「溺れてないじゃんかぁ!」

 

「湖の底を歩いてきたのですか!?」

 

 葦原町へと上陸したその黒い影は湖の向こうから見た時よりも数段大きくなっている。一体だけ、という事でそれ以外の個体は溺れて破壊されたか、それとも一体化したのか、それはなこそ達に目もくれず、まっすぐ葦原学校へと向かって進んでいく。

 

「! オラぁ!!」

 

 だが、そのまま通り過ぎるのを待っているほど○一の足は竦んでいない。伊達に秋のV/L=Fを経験したわけでは無いのだ。横に大きく振りかぶった裁ち取り鋏をその細い足に叩きつけ、そのまま振り抜く。

 

 黒い影の足は鋏の一撃によって簡単に両断され、まるで積もった灰を払いのけたかのように空気中に霧散してゆく。想像していた以上に脆く、逆に力を入れすぎた○一が体勢を崩してしまったくらいだ。

 

 だが、黒い影が散った後に現れた新たな足に、○一は目を見開く。

 

「ロボだよこれ!?」

 

「本体ってわけか!」

 

 黒い影が取り払われ、現れたのは金属特有の光沢を放つ無機質な脚だった。角ばったパーツが組み合わさり構成されたそれは到底生物とは思えない姿をしており、ナートがそれを見て思わずサルベージされたロボットアニメに登場するキャラクターを脳裏に思い浮かべる程度には場違い感が漂っている。

 

「内部構造を知られないように偽装してたっぽいね。わんころちゃん対策かな」

 

「にしちゃあ脆かったぜ」

 

「それは……数で対応するつもりだったのかもね」

 

 なこそが視線を湖岸向こうへと向けると、同じような機械的フォルムの多脚戦車がいくつも空間内へと侵入してくるのが見える。丁寧に湖の中へと潜り、こちらへと進行する不正アクセス群を前に、なこそ達は裁ち取り鋏を強く握りなおす。

 

「行くよ!」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

「ひええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 犬守村と葦原町の間に密かに繋げられたリンクを介し狐稲利は葦原町の現状を心配そうに見守っていた。現在葦原町には大量の不正アクセスが集中している。合衆国をはじめとした国外からの大規模で組織的な動きを感じさせる物量のアクセス過多はもちろん、それに便乗する形で方々より有象無象の不正アクセスが実行されているらしかった。

 

 だが、それも無理はない。葦原町は配信者の為の仮想空間という側面以外に、大小様々な企業の実験場という側面もある。当然配信に映せないような機密性の高い実験のデータも保管されており、同業者なら興味を抱いても仕方がないだろう。興味が無くとも秘匿されている情報の価値を知る者たちが混乱に乗じてそれらを盗み出そうと行動するのも不思議ではない。目ざとい者は葦原町を踏み台にして、その奥にある組織や関連企業へのリンクを目指そうとしている動きさえある。

 

 有象無象の不正アクセスに関しては現実世界で室長と灯が何とか押しとどめており、無理やり葦原町に侵入した合衆国に関してはなこそ達が対応している。現実の合衆国でも採用されている多脚戦車の姿を模した不正アクセスは多種多様な防壁と強力な攻撃力を有しており、それらはNDSに用いられている技術をさらに発展させたものだ。そのため通常では手も足も出ない相手なのだが、そこはわんこーろ製の裁ち取り鋏のレプリカによって想像以上に対抗出来ていた。

 

 

 だが、それも追加の多脚戦車が葦原町に上陸するまでの話だ。戦いの前線は葦原町のある島の湖岸から市街地へと移り、次第に押され始めている。なこそ達が一体倒す時間で追加の多脚戦車が五体侵入してくる。

 裁ち取り鋏によって個々の力は上回っているが、なこそ達が不利な状況が続いている。じりじりと市街地での戦いも学校へと後退しながらの戦闘へと変わり、もうそう時間をかけずに学校内へと侵入されるだろう。

 

 現実の方でも室長と灯はハッキングの防衛に手一杯で助けに入れる暇はない。わちるは塔へ登り、わんこーろも塔の内部に居る。

 

 現在動けるのは狐稲利だけだ。だが……

 

「うー……ううー……!」

 

 両手を握りしめ、徐々に押されているなこそ達を泣きそうな目で見つめる事しか出来ない狐稲利。狐稲利は電子生命体で、犬守村に住まう者だ。犬守村は公式的には葦原町との繋がりは無い、とされている。

 

 そのためここで狐稲利が葦原町の問題に干渉すれば、それは葦原町と犬守村の繋がりを確定させる事になる。通常ならばこの二つの空間の繋がりが確定したとしても、犬守村という空間の違法性によって炎上騒動に発展する程度だろうが、問題は現在葦原町に攻め入っているのが合衆国という巨大な国家そのものというところだ。

 

 言ってしまえば、これは葦原町に参加しているこの国の政府および複数の企業と、合衆国とのネット上での戦争なのだ。そこに干渉すれば、犬守村そのものの存在さえ危ぶまれ、最悪の場合犬守村という存在を利用してこの国に何かしらの脅しを仕掛ける可能性さえある。

 

 室長も灯も、なこそ達さえ危機的状況にも関わらず狐稲利に助けを求めないのは、そういった国と国あるいは国と企業とのいざこざに犬守村という土地を巻き込みたくないという考えがあったからだ。

 

 今回の件が万事うまく終息したとしても、今後犬守村という存在が政治的に利用される可能性は高い。それはわんこーろが塔を登っていることから排除出来ない可能性だ。だが、その時点ではまだわんこーろは政府の依頼を受けて塔を登ったにすぎないと言い訳出来るが、合衆国の侵攻に対して真正面から戦う意思を見せればその後報復的処置を取られる可能性はぐんと上がる。

 

「ううー……なこそー……」

 

『ダメだよ狐稲利ちゃん! わんころちゃんにも言われてるでしょ! 狐稲利ちゃんは犬守村(わんころちゃんのかえるばしょ)を守って!』

 

 たまらずなこそに通話をかける狐稲利だが、なこその返答は予想通りのものだった。戦闘中で周囲の破壊音やFSメンバーの悲鳴が聞こえる中、なこそは断固として狐稲利の干渉を拒否した。

 

 それが狐稲利の為わんこーろの為、犬守村存続の為であることは狐稲利も痛いほど分かっている。だから狐稲利も全ての声を無視して飛び出すようなことはしなかった。

 

 だが、ただ一人待っているだけという状況は狐稲利にとってかなり苦しい状況だった。これならば母親と一緒に塔を登るか、なこそ達と一緒に戦っていた方が幾分マシと思えるほどには。

 

 

 ただひたすら飛び出そうとする衝動に耐える事しか出来ず焦燥感を抱く狐稲利は、いつの間にか自身の隣で眠り込んでいたよーり達が居なくなっている事に気が付かなかった。

 

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