転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
人類の英知を結集して建造された軌道エレベーター"塔"は、かつて別の名称が用いられていた。塔は神話に登場する天まで届くと言われている巨塔と同じ名前を冠し、人類の技術を誇示する建造物となるはずだった。
だが、神話ではその巨塔は完成する寸前で神により破壊された。縁起が悪いとの声が多数寄せられ、軌道エレベーターの正式名称は使われる事がなくなり、見た目から"塔"と呼ばれるようになったのだ。
だが、名前を変えてもその運命までは変えられなかった。塔は名前の由来となった巨塔と同じく完成目前で閉鎖され、その制御は人類の手から離れる事になる。
それから数十年の月日が経ち、再び主塔へと人類が足を踏み入れるチャンスが訪れる。そのチャンスを手に入れた人間が、まだ幼さの残る少女であるなど誰も予想していなかっただろう。
「わあ……。すごい……」
わちるは眼下に広がる光景にただ圧倒され、眺めながら感嘆の声を漏らす。現在わちるは副塔の昇降機より中央管理室へと向かっている最中だ。搭乗している昇降機はカーボンナノチューブと鋼鉄の複合素材が用いられたケーブルによって副塔と管理室とを繋げており、それを補助するように空気の層による衝撃吸収と安定化装置が組み込まれている。簡単に説明するならば、通常の昇降機の機能に加えて工業用のエアシリンダのように空気の圧力を変化させることで昇降させている装置なのだ。
そんな昇降機は強化ガラスが前面に張られ、同じく昇降機の装置そのものも透明な素材を用いている為、塔の外の光景をこれでもかと堪能することが出来る。地球全土を汚染雲によって覆われ、夜空を満足に見られない現代の人間にとって昇降機より見える宇宙と、暗い宇宙に浮かぶ地球の姿は圧巻の一言だろう。
わちるは宇宙より地球の姿を見たことがなかった為、あまりのスケールの大きさにただただ驚きながらその光景を穴が開くほど眺め続けている。
しかし、昇降機より見える地球の姿はかつてよりも悲惨な様相を見せていた。灰色の雲によって地球のほとんどが覆われ、わずかに見える大地は赤褐色に爛れ、海もどす黒いタールのようにうごめいている。
かつて青い水の星と言われていた姿は何処にもない。そこにあるのは死を待つだけの朽ちかけの星でしかなかった。
しかし、それでもわちるにとっては肉眼で見た初めての地球の姿。宇宙はおろか地上でさえほとんど見ることの無い現代人にとってこの場所へ来れるのはまさに奇跡と言っていい。
その後しばらくわちるの目は地球の姿を映し続け、見惚れている間に昇降機は中央管理室へと到着した。
中央管理室は"室"とは名ばかりの超巨大なコロニーとして建築された。此処で生活する事を前提とした収容人数は5万人以上、生活に必要な衣食住のすべてが完備され、塔の職員達は不自由なくこの都市で暮らしていた。
塔の内部で働いている人間は基本的に地上へと帰ることは機密保持の観点から難しく、故に塔に暮らす職員が不満を持たぬよう、十分すぎる暮らしが与えられていたのだ。
だが、そんな中央管理室も今ではがらんどうのように寂れた姿を晒していた。塔は本来ならば地球と宇宙とを繋ぐ重要な港として機能し、中央管理室はすべての人類の交差点としてありとあらゆる人種、物、文化が交差する重要拠点として賑わっていた事だろう。
塔が完成していたならば、世界に蔓延していた効率化社会という風潮は終息宣言が出され、全世界的に復興事業が活発化していただろう。まだ効率化社会の歪みが顕在化する前に効率化社会は終わり、傷が浅いうちに文化のサルベージがされる事で過去の全てを取り戻す事ができただろう。
だが、主塔が閉鎖されそんな理想は崩れ去った。世界全土の長期間に続く混乱によって効率化社会の全世界一斉撤廃の宣言を出すことができず、歪で極端な効率化社会が形成されてしまう。
中央管理室は世界の中心として活躍するどころか、人類が袋小路へと迷い込んだ象徴とされ、塔の管理維持を行う人間以外は立ち寄る者も居なくなった。
「こんなにきれいなのに……誰も居ない……」
『復興省では人類の英知を結集して造られたゴーストタウンなどと呼ばれているよ』
「ひゃあ!? し、室長……?」
『なんだ? 私がお前に通話することが何か不思議か?』
「あ、いえ……そのぉ……」
『……はあ、大体の話はなこそより聞いた。お前は本当に、本当にいつも無茶ばかりするな』
「あ、あはは……すみません」
『……わちるお前、目の前に私が居ないからって適当に謝っていないか?』
「そ、そんな事、ないですよ?」
元々中央管理室へ到着したらナートがマイクロマシンを積載したコンテナを主塔へと送るための設定を行う手筈になっていたので、わちるはナートからの通話だと思ったら突然室長の声が聞こえて思わず悲鳴を上げてしまった。
少し不機嫌そうな室長だが、わちるを怒るために通話を繋げた訳ではないようだ。多少眉間に皺が寄ってそうな声を出してはいるが、だからと言って今のわちるを物理的に止められる
『まったく……。こちらは少し面倒な事になっている。主塔とのネットワークが復旧した影響で不正アクセスが止まらん』
「え!? だ、大丈夫なんですか!?」
『私と灯はな。だがなこそたちは少々面倒な事になっている。葦原町もやっかいな相手に目をつけられた』
室長は手早く現実世界と葦原町の状況。なこそ達にも話したヴィータについての情報をわちるに共有する。わちるはその話に驚きつつも決して取り乱したりはしなかった。このような状況はこれまで何度も経験済みだ。犬守村へ初めて降り立った時や秋のV/L=Fでの騒動など、普通では経験しないであろう危険な場面に何度も遭遇し、そして切り抜けてきた。
「なら、私は私のやるべきことをやらなきゃダメ、ですね……」
『……お前達が覚悟を決めているなら、もう私は止めろとは言えんな……。ナートに繋ぐ、少々驚くかもしれんが落ち着いて聞いてやれ』
「え? はい」
途端わちるの携帯端末より聞こえてきたのは、連続して何かが破裂するような音をはじめとした破壊音の数々だった。時折空気を裂くような甲高い風切り音が聞こえたかと思うと圧のある爆発音が聞こえてくる。
教育データのバンクに保存されているデータでも聞いたことの無い音に、わちるは驚き思わず端末を確認するが、その音は確実にわちるの端末から発されている。つまり、葦原町で聞こえている音だ。
わちるには連続した破裂音が銃声であり、爆発音が弾着時のものとは分からなかった。戦争というものを経験せず育ち、教育データにも含まれていないそれらの惨状をわちるが知るはずもない。○一やナートがプレイしているFPSなどのゲームで知識としては知っているが、ゲームと同じ状況が実際に起こっているなどとわちるは思いもしていない。
『もしもしー。どしたの室長? こっちクソ忙しいんだけどぉー?』
しばらくすると戦場の音を背景にナートの声が聞こえてきた。想像よりも気だるげなナートの声はまるでFPSゲームをしている時のようなもので、焦っている様子など微塵も感じられない。ひたすらめんどくさい状況に辟易としているように聞こえてくる。
「あ、あのナートさん」
『んぁ? わちるん!? 今どこ!? ……って、そっか着いたんだね管理室に。だから私に連絡してきたんだね?』
「はい。今、管理室の……えっと、メインエントランス、という場所にいます。マイクロマシンは此処にあるんですか?」
『おーけーおーけー。技研のコンテナだよね。ええと──』
マイクロマシンの場所を口にしようとした瞬間、ナートの声を消し去るほどの爆音がナートの後方より響く。同時に複数方向から射撃音が響き、急いで場所を移動する音と、○一の怒声と寝子の珍しい叫び声が聞こえる。
『ナート!! そこ射線通ってんぞ!!』
『皆さん! 頭を低く! 流れ弾が飛んできますよ!』
『──あ、ごめんわちるちゃん、話の途中だったね。管理室のマップを共有するからそれでとりあえずコンテナの保管庫まで行ってくれる? まずは管理室から主塔までコンテナを移動させなきゃだから』
「ナートさん!? 本当にそっちは大丈夫なんですか!?」
『ああ大丈夫大丈夫、こんなこともあろうかと市街地の壁や塀に対ハッキング用の防壁プログラムを組み込んどいて正解だったよねぇ。弾が貫通しないし』
『ナートお前なに独り言を──って、わちるか? マジか、良かったそっちは無事なんだな?』
「は、はい○一さん。そちらは一体どうなって……」
『あー、まあ、問題ねえよ。お前は予定通り塔のぼれ』
ナートとの通話に入り込んできた○一は聞こえるわちるの声に安堵し、多少言いよどみながらもわちるを心配させるような事はあえて言わないようにしているようだった。後方より聞こえる戦闘音も激しさを増し、なこそや寝子の声も聞こえてくる。
『寝子ちゃーん遠方の砲台型が攻撃準備ー』
『確認しました。砲身の角度から着弾地点を算出します……着弾地点確定しました。発射確認、5秒後着弾』
『りょーかい。いやー雪合戦の時の経験が生きたね~、弾道に防壁を割り込み展開開始ー……おっけ、建物への被害軽微。まだ余裕あるね。楽勝だから心配しなくていいよ~わちるちゃん』
『距離が遠すぎて反撃できませんけどね。……わちるお姉ちゃん聞こえていますか? こっちの事は心配しないでください。お姉ちゃんはお姉ちゃんにしか出来ないことを、お願いします』
「みなさん……」
通話の後方より聞こえる音によって彼女らの置かれている状況が並々ならぬ状況であると簡単に察する事が出来る。だが、全員がその状況を詳細に話そうとしない。ただ一人で塔を登っているわちるを心配させまいとそのように振舞っているのだろう事はわちるも分かっていた。
だから、わちるもそれ以上言う事はない。
「っ、ナートさん。ナビお願いします!」
『おっけー。とりまわんころちゃんからもらったマップ共有したから見てー』
通話を繋げたまま携帯端末から中央管理室のマップを表示させたわちるは画面上で見るその広さに思わず呻く。管理室が塔の職員のための生活区画とされている事は知らされていたが、その大きさは予想以上だった。
中央管理室は巨大な立方体の姿をしているが、その周りに小さな立方体がいくつもくっつき、さながら鉱物の一種である黄鉄鉱のような姿をしている。副塔と主塔とを繋ぐ重要な区画は中心の立方体に集約され、それ以外の中規模、小規模の立方体は商業施設などが後から増設された結果だ。
強烈な太陽光による劣化を防ぐために外装は金色に塗装され、遠くから見れば本当に巨大な黄鉄鉱の結晶のように見えるだろう。
だが、今現在その内部で生活している者は皆無で、今回の非常事態によって僅かに存在するはずの警備の人間さえも見当たらない。
かつて黄鉄鉱という鉱物はその色から本物の金と間違われていた歴史がある。"愚者の黄金"などと呼ばれ、見た目は黄金にも関わらず中身が伴っていないその姿は、今の中央管理室に似たところがあるかもしれない。
人類にとって最重要拠点となるべく生み出された管理室という巨大なコロニーは、見た目だけならその技術力に圧倒される存在感を有するが、中身は誰一人として活動していない。
それは金属と、ゴムと、合成樹脂のかたまりでしかないのだ。
さながら、この中央管理室という都市そのものが愚かな人類が生み出した、見た目だけの黄金なのかもしれない。
中央管理室を移動するわちるは広大で入り組んだ都市構造に迷いそうになるが、ナートのナビによって比較的スムーズに目的地まで進むことが出来ていた。だが、ナート側の通信に爆発音が増え、どうにも騒がしい。
ナートは大丈夫だからと前置きしたうえで、ほんの少しだけ通信を切る事をわちるへ伝え、わちるはそれを了承した。
『マップにルートを追記してあるから、とりまそこまで行ってもらえる? "搬入管理所"って名前になってるはずだから』
「……はい、マップを確認しました。搬入管理所ですね」
『そーそー。どうも中央管理室に搬入された物資はそこで一括管理されてるっぽいんだよね。そこに着いたらまた連絡してもらえる? あ、心配しないでねマイクロマシンの搬入作業自体は他の施設と同じっぽいからわたしがナビしてあげられるから』
「ありがとうございます。それじゃあ、移動しますね」
『気を付けてね』
「はい。ナートさんも」
人の気配も感じない廃墟のような空間で一人歩くわちる。だがその廃墟は衛星の直撃で数時間後には消滅しているかもしれない。ナートは副塔にいながら本物さながらの戦場で合衆国の軍事AIと攻防戦を繰り広げ、すぐ傍を殺傷武器を模したウイルスが着弾する戦禍の中に居る。
どちらも場合によっては命の危険と隣り合わせという状態、それでもナートの声は遠方で活動するわちるを心配する先輩のもので、わちるもそんな先輩を気に掛ける後輩のようだった。互いに信頼しているからこそ、過度に相手を心配することは無いのかもしれない。だが、それでもわちるに不安が無いのかと言われれば、もちろんそんなことは無い。特にわちるが気を揉んでいる相手との連絡が取れていない。
「あの……室長さん、わんこーろさんと連絡は取れていますか……?」
『すまない。主塔のサーバーへ入った所までは確認しているのだが……通話が繋がらなくなっている』
「そう、ですか……。……ううん、わんこーろさんなら、心配ありません。絶対に……」
『……ああ、そうだな。秋のV/L=Fでも打ち勝ったわんこーろだ。万が一も無い──っ!?』
「室長さん? どうかしましたか?」
『いや、何でもない。……とにかく、わちるは塔を登れ。それがお前たちのするべき事、なんだろう?』
「はいっ!」
その後室長は通話を繋げたまま、自身の端末より聞こえる音声のみミュート状態に設定し、先ほど端末より流れたテレビニュースの内容に目を向ける。
無表情なキャスターがこの時ばかりは焦りを顔に滲ませ、いつもより幾分か感情の籠った声音でニュースの内容を読み上げる。
【──繰り返します。現在軌道エレベーター、通称"塔"において所属不明の団体の不法侵入を確認したと合衆国が発表しました。合衆国はこの団体を塔への衛星衝突の混乱に乗じた破壊活動を行うテロリストであると断定し、治安維持部隊を動かす可能性も含め、速やかに対処すると発表しました。つい先ほど行われた、多数の企業が参加するV+R=Wプロジェクトへの強制介入も、破壊活動を阻止するためのやむを得ない処置との事です】
その後も流れ続けるニュースに室長は思わず拳に力が入る。葦原町から配信者を退避させ、FSは誰も配信をしていない現在、何も知らない一般人が塔の現状を知る手段はテレビのニュース番組くらいだろう。知りたいのに知れない、そんな不安感を解消するためならばヴィータからの干渉によって偏向された報道であってもたやすく信じてしまう。それが人というものだ。
やっかいなのはニュースの内容が完全な嘘という訳ではないところだろう。副塔へ不法に侵入した事は事実であるし、わちるなど中央管理室から主塔へと到達しようとしている。故に完全なフェイクニュースとして非難することも出来ない。こちらが悪と断定されれば、その後に続くV+R=Wへの強制介入の報道さえ正当化されてしまうだろう。
「……メディアを味方につけたか……ふん、それならこちらも同じ土俵で戦ってやるだけだ。灯!」
真実である部分もあれば嘘の部分もある。それは室長たちの行動もだが、対するヴィータとて同じだ。つまり先手は取られたが、互角の
「はい室長! 配信の準備ですね!」
「ああ……私達が完全に正しいという訳では無いだろう。だが、それは相手が完全に正しいという証明にはならない。……正しさの所在は視聴者に委ねる事になりそうだな」
そしてFS運営公式アカウントよりFS全員の配信開始を知らせる告知が出された。配信時間は告知直後、配信場所は葦原町。簡素な内容と各配信者へのリンクが貼り付けられたそのSNSのつぶやきは直後に報道されたニュース内容も相まって凄まじい拡散のされ方となり、配信開始直前には既に数十万もの待機者が現れるほどだった。
室長はニュース内容に真っ向から反論するつもりは無かった。こちらも深く追及されると痛いところがある。
だから見せることにしたのだ。葦原町という、彼女たち、あるいはこの国の人々にとっての故郷のために戦っている少女たちの姿を。
「準備はいいか? 配信開始の挨拶は忘れるなよ?」
『りょーかーい。あ、新作のボドゲの宣伝していい?』
『ええー! ずるいそれなら私も何か告知するぅ!』
『休止明けの大型コラボの話でもしますか?』
『オイオイそれサプライズでまだ言わねーんじゃなかったのか? どうよ室長』
思ったよりも緊迫感の無い四名の様子に室長は思わず肩の力が抜ける。最初は緊張感を和らげようとあえてそのような声音なのかと考えていた室長だが、恐らくマジで言っているのだろうと理解すると先ほどまでシリアスな雰囲気だった自身がまるでバカみたいじゃないか、と室長は頭をガシガシと搔き、端末に吠えた。
「ええい! 構わん! 全部やってしまえ!」
『わーい! ありがと室長』
かくして葦原町の防衛戦(実況配信あり)は唐突に始まった。