転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#244 葦原防衛戦

 

 葦原町は広大なV+R=Wに造られた巨大な湖の上に浮かぶ島だ。砂浜の広がる岸から奥に進むと二期生が中心となって造った建築物の並ぶ市街地が広がり、そのエリアを抜けると葦原町の中心部とも言える葦原学校が見えてくる。

 

 ただ単純に島の中心地に存在するから中心部という訳ではなく、この葦原学校には葦原町のあらゆる情報が集約され保管されている。中枢として葦原町全体のバージョンアップを行うための施設であるだけでなく企業や個人の実験内容などの機密はもちろん、重要な施設の仮想空間に繋がるリンクも多数存在している。

 

 合衆国はその隠されたリンクの一つ、副塔と繋がりがある推進室中枢とのリンクを目指して葦原町を侵攻していた。既に浜は電子戦用の戦略AIが多数待機し、砲台型の遠距離攻撃機が固定されている。前線は市街地から葦原学校にまで後退し、FSのメンバーはついに学校内に退避するまでに追い込まれていた。

 

「なこそさん! 料理部から通信! 実験棟一階からの侵入が止まりません! 既に階段前に設けたバリケードが破壊され始めてます!」

 

『実験棟一階侵入箇所3、数およそ20』『ミャンの班が行かないと無理くね?』『あっちは東側の非常口からの侵入押さえてるから無理』『教室の机と椅子で防ぐしかない』『西の下駄箱前はそれで妨害出来てる』『バリケード構築で防げそうっす』

 

「バリケード補強して! 椅子でも机でもいいから防壁付与して積み上げて!」

 

「なこ先輩植物部からです! 学校裏から敵の増援確認!」

 

『植物部後退中』『敵の数およそ55、うち砲台5』『うわこれヤバいな』『浜からの増援に気づけなかったの痛い』『まだ間に合うか?』『ギリ植物部の三班が行けそう』『けど進むのはえーぞこれ』『落とし穴でも作る?w』

 

「落とし穴作って進行妨害に徹して!」

 

『採用されて草』『湖に沈められたらしいし意外といい案かも』『トラップは効果ありだな』『情報共有しとくか』『手が空いてるならトラップエリア構築した方がよさげ』

 

 葦原学校の屋上に新たに大型のテントが設置され、入り口には「仮設生徒会室」と書かれた看板がぶら下がっている。中にはいくつものウィンドウが展開され学校内を映し出している。所謂前線基地として機能している"仮設生徒会室"は下の階より登ってくるAIから逃れるために屋上に設置され、FSが各戦地の状況を確認しながら対策を講じ、あるいは戦力を分散させたり集中させたりと指示を飛ばす為に設置されたものだ。

 ……だが、現在そこには誰も居ない。小奇麗に整えられたテントの中は使用した形跡が全くなく、本来の役目を全く果たしていなかった。

 

 しかしそれも仕方がない事だ。このような安全地帯で指示を飛ばすだけでいられるほど、彼女たちは我慢強くない。

 

 

 

 

 軍事AIの目的は葦原学校に隠された副塔へのリンクだ。リンクへ到達するには決められたルートを決められた順番で通り抜ける必要があり、そのためには葦原学校全体を掌握する必要がある。

 敵は下から順番に校舎内を攻略していく算段のようで、一期生二期生はその侵攻を食い止めるべく、校庭に穴を掘って敵を落としたり、廊下に机を積み上げて進行を妨害したりと工夫しながら抵抗していた。

 

「てか、なんでなこそ先輩がここに居んの!? 屋上の前線基地から指示してんじゃないの!?」

 

『せっかくの前線基地を作った意味()』『作戦指揮官が前線出てきちゃだめでしょ』『今更だけどねー』『まあ葦原町のアカウントで全員繋がってるからどこからでも指揮はできるけども』

 

「甘いねかかおちゃん。甘すぎだよ。バレンタインの時に私に渡した特別製のチョコケーキくらい甘いよ」

 

「なあ!? ちょ、別に特別じゃないし! みんな同じチョコケーキだったし! いつもお世話になってるからちょっと飾りつけを豪華にしただけだし!?」

 

『こんな状況でツンデレ発揮するな』『顔真っ赤なのでバレバレなんだよなぁ』『てか豪華にしたなら特別製なのは間違って無くね?w』『もっと素直になればいいのに』『俺、この戦争が終わったら素直になるんだ』『コテコテなフラグだねぇ』

 

「はいはいかかおちゃんはかわいいね」

 

『かわいい』『かわいい』『それはそう』『完全に同意』

 

「お前らうるせー!! ほら! 次来るよ!」

 

 廊下を跋扈する多脚戦車は足元に転がる机や椅子といったバリケードの残骸を踏みつぶしながらこちらへと確実に近づいてくる。金属質な表面には傷一つなく、多脚を動かすたびに機械の鈍い駆動音が響く。

 その巨体は廊下を塞ぐように存在しており、徐々にこちらを追い詰めているように見える。

 

 だが、その巨体は巨体ゆえに小回りが利かず、正面以外の方向からの攻撃に対処しにくい。

 

「今だっ!」

 

 かかおの声に呼応して飛び出した配信者たちは手に持った裁ち取り鋏を振り抜き、無防備な多脚戦車の足を切断していく。バランスを崩した戦車はそのまま廊下に倒れ込み、すかさず本体へと鋏が打ち込まれる。

 AIの心臓部を貫かれ、鋏の効果によって内部から情報が初期化されていく。多脚戦車は数度痙攣するように小刻みに震えた後、白いポリゴンへと還元された。

 

「や、やった!」

 

「安心しない! 次がくるよ! 防壁展開!」

 

『敵AI、よくよく見ると味方を誤射しないように後方のヤツらは攻撃してこないな……』『今のうちに後ろ片すか?』『さすがに危険。防衛に徹した方がいい』『だな』

 

 多脚戦車は前時代に主流であった火器を模した武装を持ち、そこからウイルスを射出する。接触した3Dモデルは即座に崩壊し、周囲に同様の被害を伝播させる。だが、葦原町の建築物は既に対策済みだ。FSが浜で打ち倒し鹵獲したAIから情報をぶっこ抜いて使用する武装のすべてを丸裸にしたためだ。

 

「うへ、やっぱり数に物を言わせる物量作戦か~。こればっかりはな~」

 

『相手は国だからな』『それも世界一の軍隊を持つ大国よ』『電子戦でも無類の強さを誇るという軍隊と渡り合ってるだけでもすげーのよ』

 

「てかキミたち私の配信にコメントしてていいの? ニュースじゃあ私テロリスト扱いだよ? 共謀罪とか何とかで警察にアカ割られて個人情報特定されるかもよ?」

 

『今更過ぎて草』『そんなのとっくに覚悟してんのよ』『お前は俺らの心配より自分の心配しろ』『ほら射線通ってるぞ』『後方より増援数40』『市街地より連絡、増援を確認数50、砲台うち10』『植物部トラップ設置完了』『料理部バリケード構築完了、一時後退』

 

 相手のスペックも完全に把握し、この空間は管理下に置いている。配信者が用いる装備は確実に相手よりも優位に立てる能力を持っている。

 

 だが、唯一にして最大の弱点はその優位な立場の人間が僅か200名しかいないという所だろう。相手は絶えず葦原町へと電子戦用のAIを投入し続けており、常時数千以上のAIが群れを成している。

 

「あとは飛び道具の有無だよね~鋏はあくまで使用者が使う複製品の簡易ツールだから、手から離れると初期化能力が使えなくなるのがね~」

 

『空間座標参照して防壁張れるけど、鋏ほど攻撃無力化できないのがねぇ…』『鋏投げるか?』『ブーメランみたいに手元に帰ってくればな~』『誤射怖くね?』『てか障害物が多すぎてムリ』『わんころちゃんのオリジナルと違って複製は手元に召喚!とか出来ねーからなー』

 

「てかさっきからなこそ先輩も視聴者もなんでそんな呑気なんだよ!? 他の人たちは!?」

 

「他のFSメンバーの事? それなら私と同じように各地に散らばってると思うよ? 屋上に居ても暇だしねぇ」

 

『本当はFS全員屋上の前線基地で指揮するはずだったのにw』『なぜかほぼ全員前線に居て草なのよ』『恐れを知らない戦士なのかな?』『それアンインストールされるやつー』『縁起クソほど悪くて草』『まあ何処にいても連絡取れるなら現地で戦いに参加した方がいいよなw』

 

 

 

 そこは正しく戦場だった。窓の向こうから銃弾が飛び込み、校舎の壁や床に弾痕を残していく。火の匂いが校舎に立ち込め、破壊された木材の焦げた匂いが砂煙と共に空気中に舞っている。配信者たちは必死に壁に隠れ、鉛玉の雨をやり過ごしながら建物のあいだを掻い潜り、バリケードを構築して侵攻を阻もうと行動していた。

 

 だが、そんな中にあってもなこそは笑みを崩さない。軽い口調のまま周囲の配信者へと音声メッセージ機能で指示を飛ばし、校庭に居る電子戦機の目を搔い潜りながら前へと進む。口調こそいつもの調子を崩さないなこそであるがその指示は的確なもので、彼女の指揮により圧倒的な物量差があるにもかかわらずまだ葦原学校への侵入は一階までで阻止されていた。

 

 相手が室内戦闘を考慮していない大型の3Dモデルを用いた電子戦AIであることも狭い学校内での攻防を有利に働かせている要因だ。合衆国もまさか仮想空間内で室内戦闘を強いられるとは予想していなかったのだろう。これまではAIの圧倒的性能差で仮想空間内に構築された建築物であろうと防衛機能であろうと、全て無効化し踏みつぶしてきたのだから。

 

 しかし目の前に存在する葦原学校はこれまでの仮想空間内に存在するどの拠点よりも強固で、攻略しづらい。障害物となり得る壁や建築物はもちろん、簡易バリケードとして利用されている机や椅子といったものまで全て対ハッキング処理が施されており、それらを破壊するどころか内部情報を閲覧する事すらままならない。それ故に敵のAIは経験したことの無い悪路を踏破しながら足元で一撃必殺の鋏を振るう配信者へ対処しなければならなかった。

 

 地の利を得た配信者と、葦原という超が付くほど特殊な空間に不慣れな相手という構図が、この拮抗状態を維持していた。

 

「うーん。思ったより何とかなりそうかなー。みんなはどうかな……もしもーし、皆そっちはどんな感じー? ○一ちゃーん」

 

【あ? なこそか。実験棟の辺りは何とかなってる。……何人か撃たれてログアウトしちまったが、連絡は来てっから無事みてーだ】

 

「おけおけ、拘束されたらNDS経由で個人情報抜かれるからねー、危なくなったらログアウト。これ徹底しといて。寝子ちゃんはどおー?」

 

【図書館付近もギリギリ抑えられています。図書館に籠城している状態ではありますが、そもそも此方に戦力を割いていないのでは?】

 

「うーん……一応貴重な本のデータも保存されてんだけどねー。本読まないのかな?」

 

【呑気だなオイ】

 

「まあ私たちの仕事は時間稼ぎだからねー。ナートちゃんはどんな感じー?」

 

【あ、うん……ええと、こっち大丈夫だよぉ?】

 

「……なーんか歯切れ悪いね、ナートちゃん」

 

【オイ何隠してんだ】

 

【ナートおねえちゃん?】

 

【うえ!? バレんの早いよぅ……。いや、実はね……わんころちゃん自分が作ったツールを小さくしたり別の形に加工したりしてたじゃん。アレってわたしもできるのかな~って思って……】

 

「作ったの?」

 

【あーうん。……片手で投げられるサイズのボールに情報をコピペしてみたら……できちゃった、テヘ】

 

【おーしナートお前ソレ量産しろ】

 

【ついでに射出装置もお願いします。遠方の砲台を破壊します】

 

「相手の手に渡った時を考慮して自壊……いや自爆するように設定しといてねー」

 

【うわあああん!? いきなり仕事押し付けすぎじゃんかぁ!?】

 

「屋上からの監視は暇だよぅ、って言ってたじゃん」

 

【だからってぇ~!】

 

「ほらほらがんばってね……。という訳でナートちゃんに兵器開発を依頼したよ」

 

『兵 器 開 発』『ナート死の商人説』『思い付きでとんでもないもん作ってて草生える』『ナートのてへぺろ正直助かった』『冬の雪合戦のデータが残ってたら流用したいところ』『ああ、そういや超遠距離狙撃とかやってたっけな、雪合戦』『これなら反攻に転じれるか?』『少なくとも学校は守り切れそうかな…?』『有象無象では葦原は攻略できないのよ!』『だが、こちらも攻略出来ないのは同じ……』『どうなるかな……』

 

 悲鳴を上げるナートを軽く流し、通話を切るなこそは遠くに見える壁のような多脚戦車と砲台の群れを見やる。現在戦況は拮抗している……だが、そのバランスはどこかの戦線が崩れれば簡単に崩壊してしまう。

 まだ能力や技術の差でこちらが有利ではあるが、そんなもの圧倒的な数には意味がない。それはなこそも十分理解している。だからこそ学校に落とし穴などのトラップやバリケードなどを構築して足止めに留め、こちらが積極的に攻勢に出ないことで離脱する配信者の数を押さえている。あちらが数千、あるいは数万もの数に対し、こちらは200名のみ。反撃に出て味方の離脱者が出る事の方が痛い。なにせ、この防衛戦はまだまだ続くのだから。

 

「……あれは?」

 

『あれ?』『どれのこと?』『あのちっさいの?』『なにあれ』

 

 そんな事を考えていたなこそは瓦礫の隙間から見える空に浮かぶ球体を見つけた。奇妙な駆動音を立てながら浮遊するその球体はバスケットボール程度の大きさで、銀色にコーティングされた表面に浮かぶモノアイがまるで生物のような印象を持たせた。

 

 そしてその球体は、ゆっくりと空中を浮遊し、なこそと目を合わせた。

 

「っ! しまっ──」

 

 モノアイが煌いた瞬間、球体より照射された赤黒い光線は対ハッキング処理の施された校舎の壁を貫通し、なこそへと迫った。

 

 


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