転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#245 科学の神

 

 戦争行為における主戦場が現実世界からネットワーク上へと移るきっかけとなったのは、軌道エレベーター構想が生み出されるより前に行われた第三次世界大戦が原因とされている。

 現実での戦争の理由となれば、土地、資源、宗教、あるいはそれらによって蓄積した人々の憎悪そのものであることが多い。だが、第三次大戦を経て土地は枯れ果て、資源は消失し、宗教的重要施設は全て消失した。

 

 奪う価値すらなくなった現実世界で、戦力を保有する意義を見失った大国は次に奪う対象として、仮想世界の土地を標的にした。表面上は自国の保有する仮想空間の防衛の為とし、その裏で着々と仮想空間内での戦争の準備を進めていたのだ。

 

 そうやってネットワーク上の戦力強化は意外なところで活躍する。塔が閉鎖された事による混乱によって国家間の戦闘行為、国内での紛争が勃発。それらの主戦場はネットワーク上で行われ、そこへ投入された電子戦AIは目覚ましい戦果を上げる事になる。

 

 この電子戦AIを活用した戦闘の恐ろしいところは、大国らしい物量で押しつぶす事が可能なほど数が揃えられるところだ。もちろん簡単に破壊されない程度の攻撃力と耐久力は有しているが、それらは数によって運用される事を想定してデザインされている。

 

 ただの一機でも動かすには並大抵の技術者では不可能であるし、数を同時に動かせるだけのマシンパワーも必要となってくる。まあ、それが実現できるから大国と呼ばれているわけだが。

 

 そして、もう一つ恐ろしいのは戦闘状況がリアルタイムで解析され、敵対者のスペックを把握、それに有効打を与えられる電子戦機を即座に開発、実践へ投入できる分析能力だ。

 

 といっても葦原を即座に攻略するほどのAIの開発をゼロから始めるのは不可能に近い、そこは大国らしい物量での入念な下調べがあった。わんこーろ由来の3Dモデルはこれまで何度も犬守村の外へと持ち出されている。わんこーろ自身が制作した3Dモデルを無償配布していた事もあれば、秋に犬守村へ何度かあった不正アクセスなど。

 合衆国はそれらの断片的な情報を集め、国が再現不可能な部分については丸々コピーし、そして今回の侵攻によって十分な情報を集め、葦原に対抗できるAIの開発を完了させたのだ。

 

 後は実際に葦原へ侵攻し、現地のデータを手に入れた後にそれを投入する。

 

 

 時間稼ぎを考えていたのは何も葦原町の配信者たちだけではない。合衆国もまた、葦原に対抗できる電子戦機の開発の為に物量によって時間を稼いでいたというわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……、私、寝て……?」

 

 廊下の壁を大きく破壊され、瓦礫と共に廊下だった場所に倒れ込んでいたなこそは痛む頭を抑え、ぼやける視界で辺りを確認する。

 正体不明の攻撃によって崩壊した壁と共に吹き飛ばされたなこそはそのまま反対の壁に体を打ち付け、その衝撃で気を失っていた。

 

 なこそは先ほどの攻撃の直撃を受けたわけでは無い。もしも直撃していればなこその3Dモデルは速やかに崩壊し、NDSの強制浮上命令が働き現実へと強制帰還しているはずだ。なこそが負傷し気絶した原因は敵の攻撃によって破壊された瓦礫の崩壊に巻き込まれたためである。

 

 なこその体は無数の瓦礫による痛々しい打撲の痕が残り、体中を激しい痛みが走っていることだろう。

 五感のすべてを忠実に再現してしまった葦原町だからこそ、その痛みは現実と同様になこその体を苛む。開拓中の事故による負傷ならばすぐさまログアウトするべきレベルのダメージだが、なこそは仮想世界から現実へと逃げるつもりは無かった。

 

「……繋がらない、……さっきの攻撃で……?」

 

 ゆっくりと立ち上がり状況の把握を図ろうとするなこそだが、誰とも連絡が取れない。そのうえ先ほどまで動いていた配信が停止している。

 葦原町のアカウントを経由した通信に関しては再接続できたが、配信に関しては何度繋ぎなおそうと試みても、一向に再接続される気配はない。配信に利用しているアカウントがダメにされたか、それとも配信サイト自体がやられたか、今のなこそにはそれを知る術は無い。

 

 とにかく、先ほどまでなこその心を安定させていた視聴者たちの言葉が、見えなくなってしまった事実になこそは不安から息を詰まらせ、冷や汗を浮かべる。

 

「くっ……みんな! 屋内に避難をっ! 窓際から離れて!」

 

 痛む体を無理やり動かし張り上げた怒声のような叫び声は、各地で次々に打ち放たれる光線で壁が倒壊する音によって掻き消える。通話とメッセージ機能によって葦原町に降りている配信者全員に呼びかけるが、その半数以上が言葉を返さない。あるいは、返せる状況に無いのか。

 

【なこそスマン! こっち抜かれた! ワタシと真夜……あと二、三人残して全員浮上(ログアウト)した!】

 

【なこそお姉ちゃん寝子です。図書館と周辺区画はこれ以上防衛不可能です。撤退行動に移ります】

 

【ゴメン屋上取られた! あの丸っこいのすばしっこすぎ!】

 

 合衆国の新型と思われるAIの登場によって拮抗状態は簡単に崩壊した。葦原学校の一階に押しとどめていた敵の群れはたやすくバリケードを破壊し、現在二階にまで進行中。会敵した配信者とその視聴者の話によれば、どうやら相手は見た目通り機動性に優れ、さらには裁ち取り鋏さえ防壁によって阻まれたらしい。

 

 それだけでなく既存の多脚戦車型のAIにおいても裁ち取り鋏による攻撃に対し防壁を展開するようになったとの報告がされた。新型の戦闘情報を元に敵AIの情報が更新されている。

 

「無理に反撃しちゃダメ! 隠れて! 退避を!」

 

 こちらの優位性が無くなった事に配信者の間に動揺が走り、これまでのような連携が維持出来なくなっていた。というより新型の投入と不意打ち気味の攻撃によって半数以上の配信者がログアウトしたことで人が少なく連携も何もあったものではない状態となったと言った方が正確かもしれない。

 

「ちっ、完全に上位互換の登場だね……!」

 

 新型の球体AIは小さく、建物の中も自由に動き回れる。浮遊しているので足元の障害物やバリケードなど無意味。貫通力の高い光線によって校舎外から狙撃する事すら可能。そんな存在が次々に量産され葦原へと投入され始めている。

 

 合衆国にとって最初の多脚戦車型など、この葦原の空間データを手に入れるまでのその場しのぎだったのだろう。そんな相手に拮抗しているなどと油断していたことに、なこそは過去の自身をひっぱたいてやりたいと思った。

 

「……これは、もう……っ!」

 

 文字通りガラガラと崩れていく学校の姿に、なこその目じりに涙が溜まる。穴あきだらけになった廊下を負傷した体で走り、残った配信者達と合流しようと急ぐなこその前に、数十体もの新型AIが現れる。そのすべてが赤いモノアイをなこそに向け、無機質な光が殺到する。

 

「──きゃ!?」

 

 何のリアクションもとれぬまま、数十もの光線によって貫かれると思われたなこその体は、その腕を強く引っ張られる事で射線より離脱、廊下の曲がり角へと退避した。

 

「やれやれ、わちる君といいキミといい、推進室には臆する事を知らない者たちばかりだな」

 

「な!? 貴方は……!」

 

 なこその手を引っ張った人物、それは本来葦原町には居ないはずの人物だった。わざとらしく不快な声音を漏らすその男性は、まるで蛇のように捉えどころのない嫌らしい笑みを浮かべ、呆れたように声を漏らす。

 

「くくく……中々面白いことになっているなぁ、草薙よ」

 

 その人物、蛇谷は戦火燻る葦原の空を見上げ、不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合衆国のテロリスト云々の声明は軟禁状態にある蛇谷の耳にも届いていた。推進室の上層部が、事が塔に関するものであるため一応という形で蛇谷にも話を聞いておくべきという話になったらしく、蛇谷はこのテロリストと塔の管理者との関係について質問責めにされた。

 だが、蛇谷としてもそのような話は聞いたことも無く、故に無難な返答を繰り返すだけだった。それ以上の有益な情報を得られないと判断した推進室の人間が帰った後、蛇谷はすぐさま行動を開始した。

 

 まず胸元にしまっていた拳銃を取り出し、弾倉を確認し安全装置を外す。本体へ弾丸を送り込み、引き金に指を合わせ、銃口をこめかみに押し付ける。

 

 そんな様子を隣の部屋でカメラごしに監視していた者たちが慌てて蛇谷の軟禁部屋へと突入しようとするが、そんなドタバタと忙しなくこちらにやってくる足音を確認した後、蛇谷はニタリと気持ち悪い笑みを作り、引き金を引いた。

 

 そして射出された弾丸は蛇谷の狙い通り、この部屋唯一の出入り口を制御する端末へと着弾した。

 

 破壊音と共に火花を上げる端末はその機能を完全に失う。部屋の外にもある制御端末は部屋内で異常事態が発生したと判断し、ドアのロックを固定化、数時間は完全に解除できないようになる。

 

「さて、それではゆっくり初期設定から始めるとするか」

 

 扉を開けようと四苦八苦している人間の声を聴きながら蛇谷は床板を引っぺがし、隠していたNDSを立ち上げヘッドセットを装着し、ソファへ横になる。

 

 この部屋は蛇谷の脱走を防ぐために強固なつくりとなっており、力尽くで扉や窓ガラスを破壊することは不可能。そしてそれは内部からだけでなく外部からも同様だった。蛇谷を監視する職員が何とか扉をこじ開けようと、あるいは窓ガラスを叩き割ろうと努力しているのを尻目に蛇谷は目を閉じ、葦原町へとダイブしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、そんな感じでね。NDSは元々所有していたものを使っているのさ、これでもNDSの開発に携わっていたからねぇ」

 

「……助けて頂いたのは感謝しますけど……、私はまだわちるちゃんの事、許したわけじゃないですからね」

 

「くくく、これは手厳しい」

 

 蛇谷は背中になこそを背負いながら荒れた廊下を疾走していく。後方より追いかける新型がこちらに照準を合わせ攻撃を放ってくるが、それを間一髪で避け、上の階を目指す。

 

「……酷い」

 

 ちらりと廊下の窓から見える校庭の様子は酷いの一言に集約される。巨大な多脚戦車が蔓延り、辺りを荒らしまわっている。配信者たちが思い思いに創った建造物はそれらによって破壊されていく。

 

「酷い、か……それはそうだろう。多脚戦車の名前は市街地戦用の【A-1.0】というものだ。仮想空間内に街並みを生み出している管理者は多い。そいつらの心を折るという意味でも巨大な戦車で都市を破壊しながら侵攻するというのは理にかなっていると思わないかい?」

 

「悪趣味! 最悪だよ!」

 

「私が作ったわけじゃないさ、すべては合衆国……いや、ヴィータによるものさ……。まあ、基本コンセプトは少し口添えをしたがねえ」

 

「やっぱ最悪じゃん……!」

 

「くくく……。さて、そうしてA-1.0より収集した情報を基に攻略の為の、その空間に対応した攻撃機が生み出される。それがあいつら【B-2.0】だ。私が知っているものであれほど強力なB-2.0が生成された事は無いがね」

 

「……あれも貴方が開発に関わったの……?」

 

「まあ、少しはね」

 

「どうすれば壊せるの?」

 

「えらく直接的な表現だねぇ」

 

「壊せるの、壊せないのどっち? それともあなた程度じゃ知らされてないの?」

 

「君も草薙のようになってきたねぇ、まるで彼女の娘だ。……B-2.0はいくつかのグループで行動し、情報の共有を行っている。一つか二つ、無力化して内部に侵入できれば繋がっているグループの機体を破壊できる。……まあ、その場しのぎにはなるだろう」

 

「……そんな事が可能なの? あのでっかいのは鹵獲して情報抜いたけど、他のとは独立してるみたいだったよ?」

 

「君も中々えげつない事してるねぇ……。2.0は1.0より収集した情報を元に素早く作戦を遂行する事を念頭に構築されている。鹵獲はおろか、情報を抜き取られる暇も与えず侵攻出来ると考えているのだよ」

 

 後方から追いかけてくる2.0は絶えず攻撃を仕掛けるが、蛇谷はなこそを背負いながらも巧みにそれらを回避する。まるで攻撃してくる場所が初めからわかっているかのような動きのまま階段を一段飛ばしで駆け上がり、2.0の視界から逃れる事に成功した。

 

 そうしてまだ無傷な教室の一つへと退避する。

 

「みんな! そっちは大丈夫!?」

 

「なこそか!? ワタシらは無事だけど、あの丸いのどうにも出来ねーぞ」

 

「何とか無事な皆さんを集めてここに避難できましたけど……ここも時間の問題でしょう」

 

「ごめんなこちゃん……こっちの攻撃手段が全然効かなくて……」

 

 教室は窓や出入り口に机や椅子でバリケードが構築され、教室の中もできるだけ壁になりそうな物を立てかけ、外から見えないようにしてある。その中にいた配信者はおよそ十数名程度。イナクプロジェクトの面々や無名火かかお、真夜といった配信者も生き残っており、他の配信者を慰めたり今後について話し合いをしているようだった。

 

「こんにちはなこちゃん。……本当はもうちょっと居たんだけど、最後まで付き合ってもらうのは……ね」

 

「ありがと真夜。気にしないで、多分私も同じことをしたと思う。逃げられる人は逃げた方がいいから」

 

 現実でのニュースでは相変わらず葦原町への侵攻は正しい行いなのだとのたまうヴィータの公式声明が垂れ流され、名指しされてはいないがその行動に抵抗する者はテロリストであると暗に告げられていた。

 ニュースの通りならば葦原町でFSに手を貸すことはテロリストとして処罰対象となるのと同義だ。ログインした直後はそこまで考えていなかっただろう者たちも、FSの不利を悟ると手のひらを返したように逃げ出していく。

 だが、それを誰も責められはしない。誰だって自分が一番大切で、そうでなければいけない。

 

「逃げた者たちとて明日からの生活があるからねぇ、仕方がないことだ」

 

「そんなの分かってるっての!」

 

「こんだけ残ってくれただけでもすごいけどねぇ~」

 

「それで、どうするのですかなこそお姉ちゃん」

 

「……まあ、まだできることはあるよ」

 

 まるで他人事のように語る蛇谷を○一が睨みつけるが蛇谷はどこ吹く風。この程度の睨みなど派閥争いに邁進していた復興省時代にごまんと体験していた。効率派の代表として活動していただけでなく、その佇まいや皮肉の効いた口調で恨みを買う事も多かったのだろう。

 そんな蛇谷になこそはあまり良い印象を抱いていない。なこそが推進室所属配信者となった時より室長と会話をしている蛇谷の姿をちょくちょく見ており、その時より気持ち悪い笑みと皮肉口調は健在で、あまり近寄りたくない大人という印象だった。それが最悪へと変わったのはわちるが初めて犬守村へとダイブした要因を彼が作ったのだと知ってからだ。

 

 彼は彼なりに守るべきものがあり、そのために動いているらしいがそれでも当時まだFSの一員になりたてで新人も新人のわちるを危険な方向へと誘導した事になこその印象はマイナスへ傾いたままだ。

 ジロリと視線を蛇谷へと合わせれば、本人はただ肩をすくめるだけ。彼を信用してもいいのか一瞬迷うなこそだが、彼が逃げずにこの葦原町に居続けている事が、ほんの僅かの信用を彼に抱かせていた。

 

 どちらにしろ信じるしかない。ログアウトした配信者の配信を見ていた視聴者が合流し、その様子を見守る視聴者の数は既に100万に登ろうかとしていた。

 

「あの新型、攻略するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇谷より得た情報を基になこそは2.0に対する反撃を敢行する。目的は敵勢力を押し返す反撃では無く、あくまで現在の勢いを漸減させる事にある。元々数では圧倒的不利で、それ以外の面でも優位性を保てなくなった今、優先すべきは時間を稼ぐこと。

 

 九炉輪菜わちるが、主塔へ到りマイクロマシンの散布を完了させるまでの時間を稼ぐ事。

 

「いい? 絶対に無茶しないこと。危ないと感じたらすぐログアウトして。……ここからはもう、責任持てそうに無いから」

 

「今更だぜ? 覚悟はできてるっての」

 

「わちるお姉ちゃんが頑張ってるんです。最後まであきらめません」

 

「まあ? ここで一人逃げるのもカッコ悪いしねぇ」

 

「のじゃ! のじゃ! 我らの葦原の地を荒らすものは何人も許さん! のじゃ!」

 

「イナク様あくまで防衛ですので、そこをお忘れないようお願いしますね?」

 

 FSの面々に続くように残っていた配信者達が決意を秘めた眼差しをなこそに向け、力強く頷いていく。同様に視聴者達のコメントも活気づき、応援のメッセージが書き込まれていく。

 葦原町に残り抵抗している配信者はもちろん、コメントで配信者を応援している視聴者も、この事件が終わった後どのような処遇が待っているか理解しているし、覚悟もしていた。

 それでも彼ら彼女らはこの選択をした。それが自身にとって正しいと思える選択だと判断したから。

 

 

「……うん、分かった。それじゃあ行くよ」

 

 なこそを先頭に教室から脱した一団はまず二階の突き当りに存在する教室を目指す。

 

 学校内にはいくつもの別管理空間へと繋がるリンクが隠されているが、その中の副塔へと繋がるリンクへ到達するにはかなりの手順を踏まなければならない。廊下と階段、教室を決められた順番に周った上で教室の滞在時間や廊下を歩くスピード等々、いくつもの条件を満たした状態でなければリンクの繋がる扉へと行きつく事はできない。二階の突き当りに存在する教室の扉は、そんな手順を攻略した後にリンクが繋がる扉の一つだ。

 

「そこら中ウロウロしてるヤツ、その中で孤立したヤツを狙うよ!」

 

「おうっ!」

 

「了解です!」

 

「ねえねえなこちゃん、どうやって捕まえるの!?」

 

「その場の勢い!」

 

「ええー……」

 

「固いけど、防壁貫通させて裁ち取り鋏を接触させれば何とかなる! はず」

 

「行き当たりばったりすぎるよぅ~」

 

「他に方法がねーし、しゃーなしだな」

 

「失敗したらすぐ逃げるのじゃ!」

 

「ナートお姉様、こういう時はパッションですよ!」

 

「うえぇ、ほうりがなんか毒されてるよぅ……」

 

「ほぼ姉の影響だろが」

 

「皆さん静かに! 目の前に標的が──!」

 

 現在2.0は学校中を動き回り、隠されたリンクを捜索している。蛇谷から聞いた2.0の特性によるとこのような捜索には最低限の数であたり、それ以外は反攻勢力の鎮圧の為にまとまった数で周囲を巡回するというプログラムが組まれているらしいのだが、目の前に現れた2.0はそんな予想に反する動きを始める。

 

「!? ちょ、こっち来たよ!?」

 

「捜索中のヤツじゃなかったのか!?」

 

「作戦変更! 目の前のヤツは破壊するよ!」

 

「了解……、ってオイ!?」

 

 予想外の動きをしてこちらに突進してくる2.0の様子を見てなこそは即座に当初の計画を破棄し、目標を破壊しようとする。だがその瞬間、廊下の床、天井、壁というあらゆるところから例の2.0の攻撃が打ち込まれる。

 太く赤い光線のような攻撃が廊下のあらゆる場所を穴だらけにして打ち崩し、足の踏み場もないほどに破壊していく。

 

「崩れるぞ!」

 

「ちょっとまってよここ二階……!」

 

 廊下の崩壊に巻き込まれながらなこそ達は一階へと落下していく。建築物が崩れていく地鳴りのような音と、崩壊する瓦礫と舞い上がる埃が視界を完全に奪う。2.0と共にもみくちゃにされながらの落下は同士討ちを防ぐために追撃を加えられる事は無かったが、大多数の配信者が落下と瓦礫による衝撃とダメージによって動くこともままならない状態となっていた。そしていくらかの配信者は倒壊の衝撃で緊急浮上命令が発動、配信者たちはさらにその数を減らす。

 

「あ、う……貴方……」

 

「ふうむ……これも責任というものかね、草薙……」

 

「なんで……」

 

「私の事はいい……それよりも」

 

 だが、それでも瓦礫の直撃を免れた数名は意識を保ち、強制浮上が発動しない程度のダメージに抑えられていた。本来強制浮上させられるほどのダメージを負っていたはずのなこそも、蛇谷が咄嗟に体を盾にして彼女を守っていた為まだ葦原に留まっていた。

 

(……アレは探索してたんじゃなかったんだ……釣られた……!)

 

 この惨状を伝えるため、ヴィータの強行を発信するため、そういった理由から配信者はまだ配信を続けていた。それはFSが望んだ事であり、推進室の考えた通りの状況でもあった。

 

 今の世代の若者が情報を収集する主なツールはテレビよりもSNSや動画配信サイトというのが一般的だ。中でもヴァーチャル配信者をはじめとした流行の最先端をゆく創作者たちの活動場所が後者であるため、若者の視聴者もそちらへと傾く傾向にあった。

 

 だからこそ室長はこの葦原を守ろうとする配信者たちの姿を知ってもらおうと配信開始の許可を出し、共感した一期生と二期生もログインと同時に配信を始めていた。

 

 そしてその効果は絶大なものとなった。ヴァーチャル配信者の元々の視聴者や葦原町をきっかけに界隈を知った新規視聴者はもちろん、それ以外の人々へと彼女たちの配信は大きく拡散していく。そして拡散された場所でさらなる拡散が繰り返される。

 まるで水面に落ちたたった一粒の雫が大きな波紋となり、何度も反射を繰り返して遠くまでその振動を伝えていくかのように。

 

 

 なぜ科学の発展したこの世界でもまだテレビやニュースというものが生き残っているのか、それは情報の正確性がSNSや配信サイトと比べ段違いに高いからに他ならない。

 そんな媒体であるテレビを用い、全世界規模で彼女らがテロリスト判定を下されれば圧倒的な拡散力によりたちまち彼女たちの立ち位置は確定されてしまう。後にどれほど弁明したとしても、その弁明を聞いてくれる者がニュースを聞いていた者と同数である事は無い。

 

 人はいつの日もセンセーショナルで刺激的な話題を欲している。その驚きこそが人々が求める刺激であり、"弁明"などという、刺激的な話題に水を差すような情報など必要としていないのだ。

 

 

 だが、そんな絶対的信頼性を獲得しているニュース番組に、唯一対抗できる方法がある。

 

 過去より連綿と続く信頼から情報の正確性を保証されているのがニュースならば、それ以上の正確性を示してやればいいのだ。まったく同じタイミングで、全く正反対の情報が、同等の正確性を有したまま流布されたのならば、後はどちらが信じるに値する情報なのかという勝負になる。その点で言えばリアルタイムで情報を発信できる生配信という手法はかなりの効果を発揮するだろう。

 室長もなこそ達もだからこそ配信を敢行し、今現在まで視聴者に葦原町の状態を画面の向こうへと送り続けているのだから。

 

 しかしそんな配信が仇となった。葦原町の配信者全員が配信を行っているという事は、もちろんその位置情報は配信を通してヴィータに筒抜けだ。位置もそうだが、配信者たちがどのような戦力を有し、どのような戦法を取るのかまで全世界に公開してしまっている。

 

 そのデメリットが分からないなこそではないが、元々葦原の防衛戦はFSのみで行う予定であったし、そもそもこれほど時間が稼げるとは思っていなかった。勝つことはできない、それでも時間を稼ぐ程度ならとヴィータ及び合衆国に食らいついたが、想像以上に牙を深く食い込ませることに成功したらしい。

 

 だから、この結末はなこそが考えた中でも最良と言えた。本来ならば数に圧倒され、2.0の登場を待たず葦原は占拠されていたはずだ。だから、瓦礫に埋もれ数えきれないほどの2.0に包囲されていたとしても、それはなこそには満足のいく結果であった。

 

(わちるちゃん……今どのあたりかな……)

 

 NDSを通して伝わる痛みが思考を妨害する。その痛みも脳が受け取った痛覚信号による錯覚だと分かってはいても本当に体が傷つけられたかのような感覚に陥るのは仕方がないだろう。そのように、極めて現実に近しい空間として構築したのだから。

 

「……この辺りで、いいかな……」

 

 なこそはNDSの基本UIを呼び出し緊急浮上命令を送ろうとする。視界に出現したウィンドウには大きく赤文字が点滅し、視線を動かすだけで浮上命令を即座に送れる状態となる。だが、そんななこその隣で痛む体を無理やり起こす誰かが居る。

 

「ま、まだやれるのじゃ……!」

 

「イナクさん!?」

 

「いけません! 動いては標的に──!」

 

 全員を無力化したと判断した2.0はとどめを刺すための最低限の数を残してリンクの捜索に散ろうとするが立ち上がったイナクを見て戦闘意思があると判断。即座に対処しようと攻撃態勢へと移行する。

 

 散ろうとしていた2.0が集まり、そのモノアイは全てイナクへと向けられている。痛みに顔を顰め、3Dモデルもボロボロで痛々しい姿であるにも関わらず、イナクの瞳は周囲の2.0を睨みつけるように力強い。だが、赤黒く光る2.0のモノアイはイナクを嘲笑うかのようにチカチカと点滅している。

 

「少しでも時間を稼ぐのじゃあ! ──!?」

 

 立ち上がったイナクは自身の死を覚悟した。仮想空間であるから死ぬことなど無いだろう。だが、死ぬほど痛いかもしれない。もしかしたら痛みなど無く、強制浮上させられて次の瞬間にはNDSを起動したベッドの上に居るかもしれない。

 それでも、その時のイナクは文字通り必死だった。ただその場で震える足で立ち尽くすだけで精一杯であっても。

 

 そんなイナクと2.0の間に突如として割り込む影をイナクは見た。自身を射線から遮るように立ちふさがったその人物は、イナクよりも大きな背で彼女を隠し、手を広げて抵抗の意思を見せる。

 

「え!?」

 

「な、誰だ!?」

 

 その人物は金の髪を揺らし、目の前の2.0に威嚇するかのように唸り声を上げ、睨みつける。荒い呼吸が空気に溶け、少女は肩を上下させる。

 

「の、じゃ……? おぬしは……」

 

 イナクはその姿に見覚えがあった。葦原学校の七不思議を調べていた時に出会った不思議な三人娘、その一人だ。イナクに懐いていたその金髪の少女が、自身の目の前にいて、守ってくれていた。

 

 


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