転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#246 信仰の神

 

「……」

 

 イナクの盾になりながら顔を向ける少女は微笑み、その八重歯を得意げにギラつかせる。その姿はイナクが初めて少女と出会った時のままだ。だが、少女の眼前より迫りくる2.0は攻撃する優先順位がイナクから少女へ変わろうとも邪魔者と判断した存在へ攻撃を止めることは無い。

 

「ばかっ! 何してんだよナナ!!」

 

「っ!」

 

 瓦礫から這い出たナートが金髪の少女に向かって叫ぶ。少女はナートの声に思わず視線を合わせるが、決してイナクの前から動こうとはしない。

 ナートをじっと見つめ、そしていつものような、いたずら好きな彼女らしい笑みを浮かべるだけ。

 

「ナナじゃと……!? ……だ、ダメなのじゃ! 早くにげるのじゃあ!」

 

 七不思議を調べていた時に出会った三人の娘、その正体をイナクは知らないが、ナートの叫びがイナクの中に渦巻いていた数々の疑問の欠片を繋ぎ合わせていく。言葉を用いる事をせず、まるで動物のように活発で自由奔放。葦原とは異なる場所へと帰っていった少女たち。それらの記憶の断片がナートの言葉によって仮定から真実へと塗り替わっていく。

 

 だから、イナクは咄嗟に目の前の少女へと逃げるように叫んだ。自身や他の配信者のように意識を仮想世界へと降ろしているだけならばまだしも、仮想世界で生きる者たちは2.0の攻撃を受ければ文字通り跡形も無く消滅してしまう。その体を構成するデータの一片までもが初期化されて殺される。

 

「……」

 

「おぬし……」

 

 それでも少女……ナナは笑っていた。イナクを、創造主と飼い主以外の存在で初めてできた友達という存在を守るために。

 

 だがその表情は決して自らの命を諦めた者の表情では無かった。むしろ、いたずらが成功した者特有の余裕のある笑みを浮かべている。創造主であるわんこーろや狐稲利を真似たのか、それは何ともなじみ深い、犬守村の配信者がする企み顔だった。

 

「のじゃあ!?」

 

 殺到する攻撃のすべては現在無傷の、最も脅威度の高いと予想される金髪の少女へと迫る。赤黒い光線の姿をした攻撃はNDSを日本の先進技術研究所と共に開発したヴィータによって極限まで攻撃力が高められ、あらゆる防壁のたぐいを容易く貫通する。軍事用に開発された2.0の攻撃は民間へと流通させる予定のNDSの防衛機能など歯牙にもかけない。

 当然、電子生命体でもない、魂を内包しただけの3Dモデルである少女が抗えるようなものでは無い。彼女は電子生命体ではなく、ただの犬守村で生まれたただの生物なのだ。

 

 だが犬守村出身という事実は時として絶大な力を持つことがある。例えば、その生物の命の危機が迫った瞬間などは。

 

「へ……!?」

 

「光が、逸れて……!?」

 

 2.0より照射された赤黒い光線は金髪の少女へと接触する寸前に、まるで鏡で屈折されたかのようにその軌道をいきなり変化させ、床や壁などあらぬ方向へと突き刺さっていく。少女の体には傷一つ付かず、それでも攻撃を照射し続ける2.0。すると屈折率が徐々に変化していき、赤黒い光線は味方であるはずの2.0を次々に撃墜していく。咄嗟に攻撃を中断し、逃走を図る2.0はそのすべてが真っ二つに切断され爆散してゆく。

 

 それらはほんの一瞬の出来事だった。時間にしても数秒程度のもので、誰もが何が起こったのか理解できないほどだった。

 

「こ、これは……のじゃ!? 止すのじゃナナ!? く、くすぐったいのじゃあ~!?」

 

「!……!」

 

 FSメンバー同様に唖然とするイナクへと金髪の少女は嬉しそうに抱き着く。野生動物のように頭をぐりぐりとイナクに擦りつけ、イナクを守った事を褒めてほしいのか、しきりに頭をぐりぐり、目をキラキラさせてイナクを見上げる。きっと尻尾が付いていたならぶんぶん振り回していた事だろう。

 

 そんな少女の後方より何者かが手を伸ばし、その手を少女の頭の上に置いた。手は最初は優しく次第に強くなっていき、最終的に少女を押さえつけるかのようなものへと変わっていく。頭に手を置かれた時点で少女は肩をビクリと震わせ、さび付いた歯車のような動きで頭を動かし、手の主を確認する。

 

「もーう、勝手に動いたら、だめだよー?」

 

「!」

 

「狐稲利ちゃん!?」

 

 そこにいたのは少女を、めっ! と可愛らしく窘める狐稲利だった。崩壊した学校の壁から見える陽光を反射する狐稲利専用の裁ち取り鋏を片手に、狐稲利は何もないはずの空間から突如現れた。

 

「いなくーご迷惑おかけしてーごめんなさいー」

 

「い、いやむしろ我が助けられて……!」

 

「狐稲利さん危ない!!」

 

 少女の頭に手を置いたまま、その状態で少女の頭を下げさせる狐稲利の姿は、お転婆な娘が迷惑をかけたと謝りにきた母親のようであった。深々と頭を下げる狐稲利と少女。その様子を隙とみたか新たな2.0が二人の後ろより迫るが、狐稲利は意に介さない。

 

 そして赤黒い光線が放たれるが、それが狐稲利へと接触する寸前、狐稲利の持つ裁ち取り鋏の刃が煌いた。

 

 ただの一度も鋏を薙ぐ事もせず、僅かに鋏を持っていた手の緩みを解消し、軽く握りなおした際のチャキリ、という音だけで、赤黒い光はそのすべてがあらぬ方向へと消えていく。そして再び音が鳴ると、光を放った2.0は全て二つ、あるいは三つに切断され爆発した。

 

「狐稲利ちゃん、どうして……犬守村は不干渉だとわんころちゃんが……」

 

「えーとねー……おかーさがねー、犬守村を守って欲しいって、言ってたのー……。この子はー犬守村の子だよー、ねー?」

 

「!……!」

 

 狐稲利の言葉に少女も勢いよく首を縦に振る。

 

 わんこーろは狐稲利に犬守村を守って欲しいと願い、それを狐稲利は了承した。だが、そこには多少認識の違いがあった。

 わんこーろは人としての記憶があるために、犬守村という空間を現実世界の土地と同じようなものと認識していた。だが、現実世界というものを経験したことの無い狐稲利にとって犬守村とは、その空間そのもの、あるいは内包する情報のすべて、という認識だった。

 

 その土地だけでなく、その空間で生まれ(いづ)る全ての存在を犬守村は内包しており、それらすべてが犬守村であるという認識。

 

 それ故に狐稲利は少女を犬守村の一部と認識し、守った。少女も狐稲利が助けてくれると信じ、イナクの前に出て盾となった。狐稲利が少女に怒っていたのはそんな無茶をした事が原因だ。

 

「い、いや狐稲利ちゃんそれはさすがに無理があるのでは……」

 

「んーん! むりじゃないよー? ねー?」

 

 若干威圧感のある笑顔を向ける狐稲利。その顔は数多の移住者からのツッコミを沈黙させてきたわんこーろのものに瓜二つ。その笑みを見てFSも理解した。これは"分かってやってる"というヤツだと。

 

 先ほどの狐稲利の認識は狐稲利が生まれた頃、かなり初期の頃の話だ。今の狐稲利はFSや他の配信者たち、そして移住者たちとの交流を経て現実世界の価値観の在り方をほぼほぼ理解しており、わんこーろが言った犬守村を守って欲しいという言葉も正しく理解している。だが、それをあえてとぼけて見せて、葦原町に干渉する理由をでっち上げた。何とも人間臭い拡大解釈方法だ。

 

 だが、その無理やりな干渉によって葦原学校は多少の時間が稼げる程度の脆い藁の家から強固な砦へと姿を変えた。

 

「それじゃーみんなー!! 犬守村(葦原町)を守るよー!!」

 

 楽し気な声で鋏の切っ先を床に突き刺した狐稲利。その切っ先より波紋のように情報が空間全体へと伝播してゆく。情報はあらゆるところに浸透し、収束し、境界の入口を生み出した。

 

 美しい朱色の鳥居が葦原の地のあちこちで出現し、そこから人ならざる存在が現れる。ヨルを先頭としたカラスの姿をしたヨイヤミが群れで空を飛び、時には弾丸のように飛翔し多脚戦車を穴だらけにする。

 

 強固な敵の拠点はやた様が食い破り、攻撃に特化したAIはくー子が薙ぎ払う。そしてそんな強力な子たちへと"化けた"存在が同様の力を振るう。

 

「あー! よーりこんなとこに居たー! 探したんだよー!」

 

「……」

 

 ぺこりと頭を浅く下げる"茶色いクセッ毛の眠たげな少女"はそのまま狐稲利から逃げるように戦場へと跳んで行った。ドロン、という特徴的な効果音と煙を発生させ、くー子と瓜二つな狐の姿に化けた少女はそのまま前線へと疾走する。

 

 

 

 

 

 先ほどまで完全に優勢であったヴィータの陣営は総崩れ、空間そのものと繋がったことで戦線など関係なく、敵の拠点ど真ん中に犬守村の陣営が出現し瞬く間に敵陣を内側から食い破っていく。

 

「狐稲利ちゃん! あれ!!」

 

「んー? おおー!! おっきいー!」

 

 だが、相手もやられるだけではない。戦場に投入されている2.0は敵の能力を学習し、それに対抗しうる戦力を有した状態で投入される。その学習は戦場に投入された後も継続され、随時更新される。

 

 犬守村というとんでもないレベルの相手を前に2.0は全力でその戦力を分析し、学習しようとしている。どうすればあれらに勝てるのか、それを全力で模索していた。

 その答えとして、2.0は個々での行動から集団、さらにはそれ以上の戦力の集中を決定した。元々2.0がボール程度の大きさとして生み出されたのは、葦原町という入り組んだ仮想空間を移動しやすくする為であり、光線による攻撃も配信者の3Dモデルを吹き飛ばせれば良い程度の低出力な威力だった。

 

 だが、今目の前に存在する"犬守村"は2.0の攻撃を容易く防ぎ、さらにはカウンターハックを仕掛けて破壊するという馬鹿げた情報処理能力を有していた。

 

 それに対抗するため、2.0は初期の小型な体を複数組み合わせ、合成させ、巨大な体を形成する。複数の目玉が繋がった様なおぞましい人型となった2.0はその腕を振り上げ、生き残りの配信者をせん滅せんと動き出した。

 

「さしずめ3.0と言ったところか……」

 

「なに冷静に言ってるのさ! 逃げるよみんな!」

 

「なんかすっごい巨大化してるんですけどー!?」

 

「やべー大きさだな校舎くらいあんぞ!」

 

「んー……だめ! みんな私のとこに来てー」

 

「でも狐稲利さん……! あの大きさでは!」

 

 葦原町に散っていたいくつもの2.0が葦原学校へと集まり始める。それらは蛇谷が3.0と呼んだ巨大な目玉の集合体のような巨人へと吸収され、さらにその大きさを増していく。狐稲利達へと伸ばされた手のひらには赤黒い幾つもの瞳が存在し、彼女たちを見つめていた。

 

 そして手を引かれて狐稲利の周囲に集まった配信者全員に狙いを定め、瞳は赤黒い光を帯びていく。

 

「ほっ!」

 

 光が収束しきる前に狐稲利が裁ち取り鋏を軽く横薙ぎに振る。空を切った鋏は遠くに見える巨大な人影の、伸ばされた手のひらを横に両断した。だが、それでも巨人は止まらない。手のひらの残った半分より照射される数百もの赤黒い閃光は網の目のように狙った範囲を隙間なく蹂躙せんと照射される。

 

「んっ!」

 

 あまりにも光の数が多すぎて極太な光の柱のような姿として迫りくるソレを見て狐稲利は鋏の切っ先で地面をコン、と軽く叩いた。

 すると太い光の線はまるで編み込まれた糸の束がほどけ崩れるように散り散りの光の線へと解かれ、配信者たちのいる空間のみを避けるようにあたりの地面へと着弾した。

 先ほどと同じように狐稲利が敵AIの攻撃に割り込んでその攻撃目標を変更させたようだ。それを見た2.0の集合体である3.0は臆する事も無く追撃を行う。

 

 いや、そもそもソレは恐怖などというものは持ち合わせていないのだろう。ただヴィータに命じられた指示を守り、その通りに進化する事しかできない存在なのだ。

 

 狐稲利は鋏を振るう。そのたびに3.0の体は切り裂かれ、数十もの球体型が爆散する。無事だった個体は再集合を繰り返し巨人の体を再構成する。

 

「! 狐稲利さんっ! 遠方よりもう一体! えっと、3.0が現れました!」

 

「くー子ー!」

 

 既に3.0は新たな個体としてヴィータによって葦原町に投入され始めていた。少なくとも狐稲利に秒もかからず破壊されていた2.0よりは抵抗できると判断されたのだろう。

 狐稲利に守られながら葦原町の空間全体の監視を行っていた寝子は空間の境界線より3.0と同型の巨人が侵入してきたのを感知。狐稲利の声に応じるようにひと鳴きしたくー子の姿はかつてわんこーろと狐稲利が鎮めた際の姿、校舎をもゆうに超える体躯に鋭利な牙と爪、そして九つの尻尾を持つ巨大な九尾の姿へと変化した。

 

「ひえーデカいのが町中に……サルベージした映像データにあった特撮? とか言うやつみたいじゃん」

 

「呑気な事言ってんじゃねーぞナート! 小さいヤツもまだいるんだからな!」

 

「みんな! 防衛線を立て直すよ! でっかいのは狐稲利ちゃんたちに任せて私たちは2.0の相手をするよ!」

 

「了解です。……貴方も手伝ってくださるのですか……?」

 

「ふむ、体を動かすのは苦手なのだがな……できるだけ私の知っている情報は渡す事にしよう。3.0についてもある程度情報はある」

 

 壁も床もボロボロになった葦原学校はまだ陥落していない。空を漂う幾つもの2.0は空を覆うヨルたちによって大半が狩られるが、そのたびに増援が送られてくる。地上に現れた3.0はその攻撃を狐稲利に逸らされ、隙を晒した瞬間くー子に切り裂かれるが、それでも完全に沈黙することはない。

 

 3.0を構成する数千数万の2.0が多重の防壁を展開しようと、新たに現れた八つの頭を持つ巨大なやた様の防壁貫通能力によって容易く食い破られる。

 

 だが、それでも新たに侵入する3.0の群れ。狐稲利の掛け声によってそれらの侵攻を抑えるのはナナをはじめとしたくー子(空狐)やた様(八咫様)ヨイヤミ(宵闇)よーり(妖狸)の犬守村の者たち。

 

 戦いは再び、超火力の少数とふざけたような数の暴力との攻防へと戻っていた。火の粉と瓦礫が飛び散り、叫び声と金属の唸り声が聞こえる。戦争の匂いが充満し、理不尽の塊が砂煙の向こうから這い寄って来る。

 

 そしてその光景は残った配信者の配信を通し、数十万、数千万、あるいは数億……それ以上の人々へと届けられた。葦原は確実に崩壊へと進んでいる。だが、それを良しとしない者は仮想現実の中と外に、確かに存在する。

 

 

 "この世界のインターネットはかつてよりもかなり複雑でその網の目は非常に綿密なものになっている。ただの一言が一気に全世界へと配信され、嘘偽りない真実の姿が画面の向こうに届けられる"

 

 

 ヴィータは配信を通じて配信者の居場所を特定している。だが、そんな事は些事でしかない。配信者は、その名の通り配信を行う者のことだ。

 

 見せたいもの、訴えたい事、共有すべき在り方。それらを己の手で発信する存在の事を、人は配信者と呼ぶ。

 

 彼ら彼女らは戦いの最中(さなか)でありながら、正しく配信者だった。

 

 

 

 

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