転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

249 / 257
#247 葦原と副塔と管理室

 

「灯っ! そっちはどうだ!?」

 

「こっちも手一杯ですー! ヤバすぎて吐きそうですー!」

 

「あの子らの教育に悪いからそういうことは言うなよ!」

 

「ナートちゃんや○一ちゃんは手遅れかと思いますー!」

 

「同感だっ!!」

 

 塔の街の副塔管制室で複数の端末を同時に操作する室長と灯は、床に寝かせたままNDSと繋がっているFSの子らを一瞥し、再び端末へと向き直る。葦原町に降りている配信者と犬守村の者たちによって副塔へのヴィータの干渉は寸前で防げていた。だが、ヴィータの攻撃は何も仮想空間に限った話ではない。

 

「室長! 日下部局長から秘匿回線より通信! アツギの合衆国軍駐留基地で動きありとの事です!」

 

「! アツギには汚染地域で作戦行動が可能な輸送機があったな……!」

 

「既に基地周辺の観測ビーコンのデータを頂いています! 滑走路付近の汚染粉塵の異常な濃度変化を確認したとのことです!」

 

「既に飛び立った後か! 不味いな、装甲車も輸送できる大型機だぞ」

 

「……どうします?」

 

「……同盟を組んでいたとしても国内での軍事作戦は新安保の規定範囲外で違法だ。こちらも対抗処置をしても反論できる。灯、アツギと塔の街までのルート上に存在する通信設備を洗い出してくれ。GPSによる誘導ができない以上、輸送機は地上からの通信による誘導を頼りにこちらへ向かっているはずだ。通信を可能とする施設と……可能ならば通信を行っている潜伏部隊の通信を特定して妨害してくれ」

 

「軍隊の回線に割り込みですか……かなり難しいですけど、了解です!」

 

 灯はそういって追加の端末を操作し、副塔のネットワークを駆使して室長の指示通りに指を動かす。

 既にこのような現実での実力行使は何度も行われていた。大抵の輩は副塔から遠隔で塔の街への入り口であるモノレールの駅を封鎖するだけで事足りたが、組織や国といった規模の大きい相手も登場し始め、二人は葦原町で行われている戦いを助けてやれるほどの余裕は無かった。

 

 合衆国は相変わらずテロリスト掃討のための行為だと言い続けているが、現実世界での軍隊の派遣についての説明は無い。つまり、副塔の直接占拠は合衆国にとって知られたくない行為という事なのだろう。

 

 そして、これまでの歴史において、かの国のテロリストに対する処置は一貫している。

 

 副塔で端末を操作している室長と灯はもちろん、意識を葦原町へと降ろしているFSにも、無慈悲にその銃口は向けられるだろう。

 

 だからこそ室長は決して合衆国軍の副塔への突入を許すわけにはいかなかった。幸いにもこの国は今回の合衆国の動きに関してだんまりを続けていてくれている。実際は合衆国の行動に怒っているが、同盟関係かつ格上の合衆国に真っ向から批判する事はできないのだろう。せめてもの抵抗として、「現在情報収集中だ」と言って対応を保留してくれている。

 

「無茶はするなよ……お前達……!」

 

 静かに眠るFSだが、その精神は戦場にいる。彼女たちの戦いを守るために室長は現実で戦い、FSは現実の室長たちがいる副塔を守るために仮想世界で戦う。

 

 どちらかが倒れればもう片方も倒れる。それは綱渡りにも似た、失敗の許されない戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな副塔のさらにその先に存在する主塔、そのサーバー内ではまだ戦いは続いていた。

 

「どうして、人は戦うのかな……、……?」

 

 冷たい仮想の床をニコは裸足で歩く。手に持った鋏の形をした白い3Dモデルはニコが手を離すと落下し、床に叩きつけられる前に粒子となってニコの周囲へと舞い戻る。粒子は渦を巻き、ニコの周りを周回する。

 

「はあ……はあ……、んふふ……」

 

 ニコに相対するわんこーろの姿は酷いものだった。服はボロボロに破け、体のあちこちは3Dモデルの破損によって血の代わりに白い粒子が漏れ出ている。情報によって形作られた肉体を傷つけられたわけでなく、情報そのものを破損させるニコの攻撃はわんこーろを構成するデータそのものを削り取る凶悪な代物だった。けれど、投擲される刃によって床に縫い付けられようとも、わんこーろは無理やり立ち上がり抵抗を続けた。

 

 痛みという情報さえも伝達されることなく削られる不快感に膝を折るわんこーろは、ただ荒く息をして、ほんの少し微笑んだ。

 

「?……、……何が、おかしい?」

 

「んふふ~……すみません、少し、それっぽいな~、と思いまして~……」

 

「?」

 

 わんこーろの目の前に居るのは人類が築き上げた科学の結晶、地球の大気圏を突き抜けその先に広がる宇宙への入口である軌道エレベーターの主。わんこーろと同様の存在であり、人ならざる電子生命体だ。

 

 そんな、人ならざる高位の知的生命体が殊更困惑を含んだ声音で"なぜ人は争うのか"と呟くのだ。

 

 その疑問はまるで人が作り出した創作物に登場する人ならざる存在が口にしそうなセリフだった。漫画やアニメ、SF小説等々、あまりにもその通りなのでわんこーろは思わず笑みをこぼしてしまった。

 

「ニコさんは読んだこと無いです~? 人の創り出したものというのはとっても面白いものばかりですよ~」

 

「……、……? 貴方が何を言っているのか、分からない」

 

「んふふ~それじゃあ、今度持ってきてあげますよ~」

 

「……今度なんて……、……ない」

 

 ニコのまわりを周回する粒子は鋭利な刃物へとその姿を変え、わんこーろへと射出される。それをわんこーろは刃こぼれの目立つ裁ち取り鋏で弾き落としていく。いくつか軌道計算が妨害された影響で回避が間に合わず頬をかすめ、太ももに突き刺さる。

 

「っ!」

 

 刃物からの浸食が始まる前に素早く抜き取り放り投げる。足の感覚が鈍くなり、立つのも難しくなる。

 

「……んふふ~」

 

 だが、わんこーろの口元は微笑みを崩さない。

 

「……、……どうして笑っているの?」

 

「どうして、でしょうね~。自分でもよく、分からないんですよ~」

 

 わんこーろが居る仮想空間は主塔の全システムを管理する軌道エレベーターの管理中枢であり、ニコの住まう空間だ。わんこーろにとっての犬守村のような存在であるこの空間ではニコはどのような事も実現可能だ。空間の座標を指定してわんこーろの背後に一瞬で回り込む事も、裁ち取り鋏に匹敵する初期化能力を付与された刃物を埋め尽くすほど生み出す事もできる。

 

 わんこーろにとって圧倒的に不利な土地で、不利な状況で、不利な戦いを強いられている。

 

(……ニコさんの妨害が激しいですね。衛星を誘導している証拠が見つかりません……衝突が本当にブラフなのか確定できませんね。んっと、体が……んふふ、現実だったら痛みで立つこともできませんねこれ)

 

 自身に打ち込まれた刃物より浸食するウイルスの駆除と、初期化された部分の再構築を終えたわんこーろはふらつきながら立ち上がる。自身を構成する情報の中枢部分が破壊されない内は何とか戦いを継続できる。それ故にわんこーろは致命傷以外のダメージを受ける覚悟で対峙していた。

 本来ならば決死の覚悟をもって挑むはずの戦いであるはずなのに、わんこーろにはそれ以外の何かが胸の内へ満たされていくのを感じた。

 

(なぜでしょう……先ほどから、何か、不思議な感覚が……)

 

 わんこーろはボロボロな上に血で汚れた自身の頬を撫でる。まだ口元は笑みを湛えたまま。

 

(これは……、この感覚は……)

 

 状況も、体の調子も悪いにも関わらず、わんこーろはニコとの戦いにどこか不思議な高揚感を覚えた。わんこーろは戦いを楽しむような感覚は持っておらず、互いを傷つけることに忌避感さえ抱いているほどだった。だが、それとはまた別の温かさを含んだ感覚。その感覚にわんこーろは身に覚えがあった。

 

(これは……この空間は……、この子は……なぜでしょう。どこか、懐かしい……?)

 

 真っ白い空間に抱くはずのない郷愁の念はわんこーろに覚えのない懐かしい記憶の存在を密かに知らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった! 見つけた!」

 

 副塔を登り切り、主塔の入り口である中央管理室へとたどり着いたわちるはナートの言葉に従い、搬入管理所を目指していた。

 

 中央管理室は幾つもの施設が複合した巨大施設であり、地下都市が丸々ひとつ宙に浮かべられているようなものだ。将来全世界の中心として機能するように設計された中央管理室という都市は、これまで造られた地下都市と比べてもトップレベルの広さを誇っている。

 

 そんな施設を延々と歩き回るわちるは何度か休憩を繰り返し、端末に表示されたマップを頼りにして、ついに目的地である"搬入管理所"へとたどり着いた。

 

「ここにマイクロマシンのコンテナが……ええと、管理端末はどこに……あそこ、かな?」

 

 搬入管理所は巨大な倉庫のような見た目をしていた。広く高い倉庫には通路と荷物を降ろす場所がラインで分けられており、様々な荷物が整然と置かれていた。段ボールのような入れ物が積まれていたり、巨大なコンテナが並ぶ区画があったりと、その広さと物の多さに思わずわちるは顔を顰める。ここから目的の端末を探し出さなければいけないのか、と。

 

 だが、辺りを見渡せば意外にもその場所はすぐに発見することができた。少し高い場所に倉庫全体を見渡す高台のような場所があり、その高台の上に小さな部屋が造られていた。恐らくあそこだろうとアタリを付けたわちるは高台に飛び乗り、備え付けられていた簡易的な階段を登り、その上にある部屋へと入り込んだ。

 

「ええと……。もしもし、ナートさん。聞こえますか?」

 

【──、──うーい、大丈夫聞こえてるよぅ。ちょっち爆破音うるさいかもだけど、聞き取れなかったら言ってね】

 

「は、はい。あの、そちらは大丈夫なんですか……?」

 

【うん、まあまあかなぁ。狐稲利ちゃんが助けに来てくれたからまだ時間稼ぎは出来そうなんだぁ】

 

「狐稲利さんが……」

 

【まあこっちの事は気にしなくて大丈夫だから。……管理所の端末だけど、見つけた?】

 

「はい。目の前にあります。かなり大きくて……全面タッチパネルのようです……」

 

【ん~と、画面の隅っこかどっかに製造社名とシリアル番号かなんかない?】

 

「ちょっと待ってください……あ、ありました! ええと、粒子科学……え!?」

 

【ん? ちょっとわちるちゃん? おーい、もしもーし聞こえてるー?】

 

「ナートさん! これ粒子科学技研って!」

 

【あ、やっぱり? そのあたりの機器も製造してたっぽいからもしそうなら手間が省けるなーと思ったんだけど、ドンピシャだねぇ。その後ろの製造ID教えて。サポート期間のデータが技研のデータバンクに残ってるはずだから、こっちで検索してみるよ。ほうりー】

 

【はい、既に葦原にある技研のデータバンクへ繋げています。わちる様、四桁ずつお願いします】

 

「は、はい。IDナンバーは──」

 

 わちるが10桁の数値を読み上げた後、ナートは葦原町の管理者権限より空間内の情報へとアクセスを実行。葦原町内へ保管されていた粒子科学技研の過去の製品データを検索する。

 

 葦原町は企業が実験を行うための空間として機能している関係上、必要となりそうなデータはもちろん、過去に行った実験結果や内容の履歴などが多数保管されている。中にはもう実物が製造されていない機器のプラグロムまで保管されているものもあり、ナートが調べているのはそんなデータの保管されているデータバンクだ。

 

 もちろんこれらのデータを勝手に閲覧することは違法であり、葦原町の利用規約にも完全に違反している。だが、既にほうりより粒子科学技研トップ(父親)の承諾を得ており、自由な閲覧と持ち出しが許可されていた。

 

【あったあった、過去のマニュアルが見つかったからとりま操作方法教えるね。まず機器を立ち上げる為に左隅のボタンを──】

 

 ナートとの通信は後方から爆発音が絶えず聞こえる中で行われた。ナートがわちると通話していることを承知している他のメンバーがナートをかばいながら戦線を維持し、ナートが外部との通信を行っている事がバレないように、またナートへと流れ弾の一つも通らないように守っていた。通話中のナートが被弾すればナートを通じてわちるの端末まで敵の攻撃(ウイルス)の被害に遭いかねないからだ。

 

 ナートもそれを理解しているので葦原学校の校庭を蹂躙する3.0と狐稲利の戦いから逃げ、まだかろうじて形を保っている廊下を隠れながら移動していた。周りを警戒するFSや真夜、イナク、ほうりたち生き残りの配信者たち。FSの配信からこちらの位置を捕捉した2.0の迎撃を繰り返し、そんな中でナートはわちるの為に情報を送り続ける。

 

 どれだけ激しい戦いが巻き起ころうと、わちるが聞き取りやすい声量と理解しやすい言葉を選択し、絶えず話し続けた。ナートは疲れと痛みからふらふらになりながらも、これまでの配信活動で鍛えた"話す"という行為を決して止めなかった。

 

 すべてはわちるが主塔へとたどり着くために。

 

「……これで、全部終わりました」

 

【うん大丈夫そうだね。後はコンテナを追いかけてわちるちゃんも主塔へ行って】

 

【わちる様、こちらは私達にお任せください。わちる様はどうか前へお進みください】

 

 わちると通話を繋いでいたナートと、端末の操作について補足を行っていたほうりの二人は穏やかにわちるへと語りかける。

 

「ナートさん……ほうりさん。私は……」

 

【ダメだよわちるちゃん。わちるちゃんがしなくちゃいけないことは?】

 

「……塔を、登ることです」

 

【こっちの事は本当に心配しないで。……あと、わちるちゃん】

 

「……はい」

 

【がんばって】

 

「……はい!」

 

 ナートとの通話を切った直後、マイクロマシンを積載したコンテナが巨大な台車に載せられレールを伝いその先へと移動していく。端末で操作した通りコンテナは主塔の散布装置のある場所まで運ばれるのだろう。つまり、そのコンテナへ付いていけば迷うことなく主塔の入り口へと行くことができる。

 

「私は、私のやるべきことの為に……!」

 

 コンテナを追いかけるわちるは葦原の戦場で戦う仲間の為に、室長や灯の為に、そしてわんこーろの為にその足を前へと進めた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。