転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#250 【登録済みIDを確認。旧記憶データを復元します】

 

 電子生命体にとって記憶とは情報でありデータであり、0と1の集合体に過ぎない。

 

 だが、それ故に記憶は保存され保管され、いつかの日々を残し続ける。

 

 

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 ノイズが走る。

 

 それは記憶の断片。空間に僅かに残された、かつてそこに居た者たちの残滓。

 

 ───、、──_/─

 

 ノイズが走る。

 

 

 そうして、記憶は情報として再生される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類が地球上の資源を食いつぶし、ようやく暗雲立ち込める未来へと目を向け始めた時期。

 

 残り少ない資源を費やして建造された世界で唯一の軌道エレベーターはまもなく完成を迎えようとしていた。空へと伸びる真新しい軌道エレベーターの姿はたちどころに話題となり、その巨大さと雲を突き抜けて聳え立つ姿から正式名称が発表される以前から塔と呼ばれて親しまれていた。

 

 その建造に関わった事業の規模は人類史においても有数で、かのピラミッドに匹敵するかそれ以上だと言われるほどだった。現代はピラミッドが建造された時代とは比べ物にならないほど科学は進歩し、新素材や新技術が生み出され、通信や輸送においても目覚ましい発展具合を見せた。そんな進歩した世界でも過去のピラミッド建設と同様の時間と資材と人材を要したと言われれば、そのとてつもない規模をある程度予想出来るのではないだろうか。

 

 合衆国国領内有数の山脈の頂上に設置された天文台はその日も穏やかな業務工程が進められていた。雲より上にあるこの天文台では眼下に広がる汚染雲と、破壊されたオゾン層の隙間から降り注ぐ有毒な太陽光に板挟みにされた極限地帯。上も下も人類が生きるには厳しすぎる空間であり、当然天文台のある空間も例外では無い。というより、下から登る汚染雲と紫外線両方の影響を受けるため、どちらかと言うと天文台のある場所こそが極めて危険な空間といえた。

 

「……ふう、こんなものかな」

 

 そんな天文台のとある一室で数世代前の情報出入力装置であるパソコンを操作しているのは年若い容姿の男性だった。ずれ落ちそうになる眼鏡を人差し指の先で直しながら男性は椅子の背もたれにもたれかかり、いち段落した作業を保存し、パソコンから視線を外した。

 

「お、今日はいい天気だな。塔が良く見える」

 

 パソコンから視線を外した男性は部屋の窓から外の景色を伺う。灰色の汚染雲は確かにやっかい極まりない存在だが、周囲の汚染物質を吸着させながら巨大化する性質上、汚染雲の上は比較的清浄な空気が保たれていた。そのため遠くにある建造途中である合衆国の副塔の姿さえ確認する事が出来る。

 

「此処だけ見ればとても綺麗な光景なんだけどね」

 

 汚染雲の下は吸着した汚染物質が濃縮された雨が降り注ぎ、汚染雲の上は見た目は綺麗だが、空気中の光を散乱させる不純物が汚染雲の性質によって取り除かれているのでオゾンホールの存在を除いても危険なレベルの太陽光が降り注いでいる。

 

「おーいシゲサト、なにを見てるんだい? ああ、(バベル)か。はは、いつ見てもあのデカさは人間が作ったとは思えないな」

 

「ああジョン、今でも信じられないさ。……人類が団結すればあれほどの事ができるなんてね……それより何か用かい?」

 

 三度のノックの後、部屋のドアが開かれ顔を見せたのは男性の同僚である人物だった。肉と炭酸飲料が大好きという、自称典型的合衆国国民である同僚はシゲサトと呼ばれた男性の隣で同じように窓の外を見る。

 塔が完成した暁にはこの天文台の機能も完全にそちらへと移設される予定だ。もちろん所属していた研究員も丸ごとそちらへと異動という事になる。

 只の閑職のような扱いを受けていた天文台の職員が一転、合衆国はおろか世界でも選ばれた人間しか携わることの出来ない塔へと配属されるという事実に、シゲサトの同僚はひどく興奮しているようだった。

 

「ああ! すっかり忘れていたよ! 台長がなにやらお呼びのようだぞ? 職員全員に声をかけてる」

 

「……本当かい? 何か問題が……?」

 

「さあよくわからないね。だが少なくとも悪い知らせじゃないだろう。あんな台長の機嫌が良さそうな顔、娘が10才になったと映像データを見せびらかして以来だからな」

 

「くふふ、そうかそれは良かった。じゃあ向かうとしようか」

 

「ああ!」

 

 

 

 

 

 ───、、──_/─

 

 

 

 

 

「おいおい聞いたかシゲサト! さっきの台長の話!」

 

「君の隣で聞いていただろう? 少なくとも驚きすぎて聞いていなかったって事は無いから心配しないでくれよ」

 

 天台の台長が職員全員を集めて公開した情報の内容はにわかには信じられないものだった。数日前より不規則に観測されていた地球外からの謎の信号。それは不規則故に太陽風や太陽系外から自然発生的に生まれた宇宙線として処理されていた。これまでもそのような事象はいくつか観測されており、職員は特に動揺する事も無く、台長へと報告する事も無かった。

 

 だが、事態が急変したのは今朝のことだった。不規則だった信号がコンマ一のズレも無く、完璧な間隔で送られ始めたのだ。それは明らかに合衆国の、この天文台を目標として発された信号であり、その強度も自然に生まれるものとは考えられない数値を記録していた。

 

「此処の所属になってからもしやなんて思ってたが、本当に宇宙人に会えるかもしれないとはな! ハハハ! こいつは最高だ!」

 

「おいおい、まだそうだと決まったわけじゃないだろう? それに、本当に地球外の知的生命体だったとして友好的かは分からないじゃないか」

 

「その時は相手の宇宙船に乗り込んで大立ち回りを演じてやろうじゃないか!」

 

「くふふ、どこで"大立ち回り"なんて覚えたんだい? とにかく台長のいう通り、僕たちはいつも通りの業務をこなしていればいいさ。もちろん、この事は秘密にしてね」

 

「もちろんさ!」

 

 どたどたと自身の部屋へと戻っていく同僚を尻目に重里は仕方がないとばかりに肩をすくめ、自身の仕事へと戻る。

 

 とはいえここ最近行うべき業務というものもそれほど無く、忙しいという訳でも無い。というより、暇を持て余している状況だった。塔への天文台機能移設の話が出てから台長も補佐もそちらへ掛かり切り、今では謎の宇宙人からのメッセージの解析に躍起になっているようだ。

 

 だが、重里はそれらの重要案件には関われない。彼は優秀であるが、それでもこの職に就いたのはここ最近の話であり、所属職員のリストでも新しいページに彼のデータが登録されている程度には新人である。

 

 新人の重里がもっぱら行う仕事内容は、彼に与えられたパソコンに送信されるメールへ返信する事だった。パソコンには主に全世界からメールが届く。天文台の公式ホームページよりメールフォームが設定されており、そこからメールを送る事が出来るわけだが、このメールの送り主は主に世界中の子どもたちだ。

 

 好奇心旺盛で科学に興味を持つ子どもたちが天文台職員へと質問するというもの。その質問内容と返答はホームページにて公開されており、誰でも閲覧可能だ。

 

「……くふふ、マイケルは相変わらずだね。けど、何でも試してみるのが君の良いところだ……。リー君は……なるほど、いつも鋭いところを突くね。彼の性格なら基礎研究を疎かにはしないだろう……。ん? "彼"は……くふふ、いつも面白い発想をするね……」

 

 重里のパソコンにはいつも子どもたちの疑問の声が溢れている。天文台の設備に関することや、天体に関する事、軌道エレベーターや……地球外生命体の存在についてなどなど、子供らしく遠慮が無く、不確かな状態を疑問としてダイレクトに聞く子どもたちの言葉に重里は好感を持ち、楽しみながら返事を考えていた。

 

 塔が完成する寸前という時期であるため、効率化社会も比較的正しく機能しており、倫理観も保持されている。子どもたちは正常な効率化社会の中で、効率的な自由を持ち、その中で天文台に質問を送っている。

 

 そんな中、重里は一つのメールに興味を惹かれた。それはたどたどしい合衆国の公用語で書かれており、メールアドレスを見たところ天文台に初めて送られてきたメールのようだった。

 

 そのメールを読んだ時の重里の感想は"子どもらしいが、子どもらしくない"というものだった。用いられている単語のチョイスが子供にしては渋い、にも関わらずその疑問は子どもらしくあった。

 メールの主の疑問、それは内容の最後に記されている。

 

『電子生命体が夢を見ると思うますカ?』

 

 

 

 

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 重里は何度かそのメールの主とやり取りを行った。その人物の、何も知らない幼子の様な雰囲気と好奇心の塊のような性格は重里に言い知れぬ庇護欲を抱かせた。

 謎の人物とのメールのやり取りは不思議と本人がその場にいるかのような、それこそ面と向かって会話をしているような近さを感じるものだった。

 

『シゲサトさん、は。天文台にいる?』

 

「はい。天文台で職員として働いています」

 

『それは何をする?』

 

「星を見たり、宇宙の様子を観察したりしています」

 

『なぜ星をみる?』

 

「星の動きや輝きから、地球の歴史や宇宙の歴史を知ることが出来るからです」

 

『宇宙、星は分かる』

 

「昨日も君とお話しましたよね」

 

 重里と、重里が"君"というメールの主とのやり取りはその後も続いた。まるで長年交流のある友達同士のような、尊敬する先生と教え甲斐のある生徒のように。

 

『もっと、話をしたい』

 

「ええ、私もです。君と話していると、なんだか娘のことを思い出します」

 

『娘。シゲサトさん、は娘いる?』

 

「ええ。とはいえ……生まれてから一度も会いに行っていないのですよね。名前は、私が付けたのですが……」

 

『なんて、名前?』

 

那子(なこ)と、名付けました。」

 

『いい、名前。きっと……いい子に育つ。シゲサトと同じ、いい子になる』

 

「私がいい子ですか……」

 

『生物学的に性格は遺伝する。シゲサトの性格を受け継ぐ可能性は、高い』

 

「それも完全に遺伝するという訳では無いのですよ。せいぜい半分程度ですし、育った環境はやはり重要でしょうね」

 

『……シゲサトの想いは、きっと伝わっている……はず』

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 ───、、──_/─

 

 

 

 

 

 

 重里と"君"との交流は専用のチャットルームを持つほどになっていた。天文台の個人の部屋で互いに会話する秘密の友人関係。

 

 重里は"君"との話に天文台や軌道エレベーターについての話をよくしていた。それを"君"が教えてほしいとせがんでいたのもあるが、重里としても天文台所属として得意な分野であったし、軌道エレベーターについても個人的に興味の対象であったことで、二人の会話は大いに盛り上がった。

 

「──だから、私はこの塔が現在の停滞した人類を救う手立てになると思っているんだ。……まあ、私は特に関係者というわけでもないけれどね」

 

『シゲサトさんも興味を持っている、歴史の復興の一助となるから?』

 

「そうです。塔の完成と共に地球は資源枯渇の行き止まりから離脱することが出来るはずです。そうすれば、私の故郷はかつてのように緑豊かな自然を取り戻せると考えています。私は、いつかそれを見てみたいんです」

 

 重里は個人でサルベージしたいくつかの映像データを"君"へと見せる。それは重里の故郷の、かつての姿を写した映像データだった。

 劣化した色彩の中で田園風景が延々と続き、雄大な山々がそびえ、その向こうに巨大な入道雲が顔を覗かせている。

 それ以外にも人や物を写したデータを順々に見せていく。

 "君"は興味をそそられるらしく、わざわざチャット欄に『ほうほう』『ふむふむ』などと相槌を打ち込んでいた。そんな"君"はとある映像データの一つで視線を止める。

 

『シゲサトさん……それは?』

 

「? ああ、これですか? これはキツネの人形の映像データですね。私の先生の一人で、色々と過去の生活について教えてもらった事があるんです」

 

『……お元気』

 

「確かにお歳はもう100歳を超えていたはずですが、かなりお元気な方でしたね」

 

 

 

 

 ───、、──_/─

 

 

 

 

『シゲサトさん』

 

「ん? どうしました?」

 

『今度、お話、したい』

 

「? 今もしていると思いますが……」

 

『違う。チャットじゃなく、声で、話をしたい』

 

「音声通話、という事ですか。なるほど……ちょっと待ってください。マイクがあるか調べてみますから」

 

『……本当?』

 

「嘘なんて言いませんよ」

 

 

 

 ───、、──_/─

 

 

 

「もしもし? 聞こえていますか?」

 

『聞こえ、てる……、……』

 

「おや」

 

『な、なに……?』

 

「いえ、予想していたよりも可愛らしい声でしたので、少し驚いてしまいました。ほら、研究分野といったら男性が多いじゃないですか」

 

『そう、かな……、……変じゃ、ない……?』

 

「あ、すみません。決して女性研究員を下に見た発言をしたわけでは無くてですね」

 

『違う。……、私の、声。……、……変じゃない?』

 

「? ええ、先ほども言いましたが、とても可愛らしい声だと思いますよ」

 

『……、……』

 

「どうしました?」

 

『嬉しい、と思う。よくわからない、けど、たぶん、これは嬉しい、という事なんだと、思う』

 

「……くふふ、君はちょっと変わっていますね」

 

『変わっている。かも……、……ねえシゲサトさん。それは、何?』

 

「それ、とは……?」

 

『言葉の最初に発した言葉"くふふ"……それには、何の意味がある?』

 

「あ、あー……ええとですね、これは……笑い声ですよ」

 

『笑う……、……嬉しいという感情を表現する方法……、……』

 

「まあ、そうですね。……君も笑うくらいするでしょう?」

 

『分からない……、……どうすればいい……? どうやって、笑えばいい?』

 

「え? ……うーん、そうですね……とりあえず、私の真似をしてみるのはどうですか?」

 

『真似……、……んふふ? ……んふふ~……こう?』

 

「ええ、とても可愛らしい笑い声ですよ」

 

『……んふふ~』

 

「あ、ちょっと照れていますね?」

 

『し、知らない……』

 

「くふふ」

 

『ん、んふふ~』

 

 

 

 ───、、──_/─

 

 

 

 

 

『シゲサト、最近、忙しい……、……?』

 

「ん? そうでもないですよ、どちらかと言うと全体的に暇になった、という感じですね」

 

『? どうして?』

 

「……先日、この天文台に謎の信号が宇宙から届けられましてね。必死に解読を試みていたのですが、その後ぱったり信号が途絶えてしまいまして。私は新人なのでそちらについては無関係ではありますが……いやはや、アレは何だったのでしょうか……?」

 

『……、……』

 

「……」

 

『……、シゲサト、あの……』

 

「くふふ」

 

『?』

 

「やっぱり、君だったんですね。セカンドシグナルの正体は」

 

『! なんで、分かるの?』

 

「君と話をしているとそうじゃないかと思えてくるんですよ、生活していれば当たり前に知るような常識がなかったり、かと思えば専門家ばりの知識を身に着けていたり。はじめは何も知らなかった君が、ここ最近ではかなり感情豊かになってきているのも、人の成長としては早すぎるんですよ」

 

『……、……ごめん、なさい。私、シゲサト騙してた……』

 

「何を謝っているんですか? むしろこちらがお礼を言いたいくらいですよ?」

 

『え?』

 

「人類で初めて宇宙人との会話をしたなんて、自慢できるでしょうね、くふふ」

 

『シゲサト……、……』

 

「ほらほら、そんな元気のない声を出さないでください。くふふ、想像以上に人間らしいんですね君は」

 

『シゲサトに教えてもらった、から。……、……それと、ネットでも、調べた』

 

「へえ……そういえば、あなたの深い知識はネットで調べたものなのですか?」

 

『うん……、……潜ったら、すぐ、だから』

 

「ほう……。……ん? 潜る? すみません、あの、君は今どこにおられるのですか? あ、UFOの中とかでしょうか?」

 

『? ここに居るよ?』

 

「え」

 

『私、シゲサトのパソコンの中に居るよ?』

 

「ええええ!?」

 

 

 

 ───、、──_/─

 

 

 

 

 

 

『シゲサト……ごめん……』

 

「ふむ……私も君に言っておくべきでした。君は自由にネットの中を動き回れるわけですからね、今度から塔のシステムには無断で入り込んではいけませんよ?」

 

『ごめんなさい……、……怒られる……?』

 

「さて、どうでしょう。現在の法律が君に適応できるかどうか疑問ではあります。……それに、君なら逃げようと思えばいつでも逃げられるでしょう」

 

『悪い事したら、謝らないと、ダメ』

 

「そう、ですか。……しかし、電子生命体である君の足跡をたどるとは……流石軌道エレベーターの建造指揮を執っている"ヴィータ"ですね」

 

 

 

 

 ───、、──_/─

 

 

 

 

 ノイズが走る。記憶データは途切れ途切れに再生され、わずかに音声と映像が残っている部分ならば何とか内容を読み取れる。それらはとある男性と、遥か宇宙の果てより飛来した電子生命体との交流の記録……いや、記憶だった。

 

 記憶はまだまだ続き、それは二人の活動場所が天文台から塔へと移った後も残されていた。まるで親友のように、あるいは親子のように二人は種族の垣根を越えて親しく心を通じ合わせていた。

 

 

 

 果たして、その記憶はどのような結末を迎えるのか。

 

 ───、、──_/─

 

 また、ノイズが走った。

 

 


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