転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#251 【ロックされている記憶データです。閲覧しますか?】

 

 重里と"君"は建設途中の軌道エレベーター、その最上層部に位置する主塔へと足を運んでいた。天文台に所属していた頃はもっぱらラフな格好で仕事をしていた重里は、慣れないスーツで首元が締め付けられる息苦しさに顔を顰めるしかない。

 

『シゲサト、緊張してる?』

 

「かなりね。副塔の天文台機能の移設と同時に副塔へ異動するだろうとは思っていたけど……まさかそれをすっ飛ばして主塔へと異動することになるなんてね……」

 

『ジョン、すごい羨ましそうだった』

 

「人の気も知らないで呑気だよなあ……。君はどう? 緊張は?」

 

『シゲサト、電子生命体は緊張なんてしないよ?』

 

「……本当に?」

 

『……、……ちょっぴり、だけ』

 

「くふふ」

 

『笑わないでー』

 

 主塔の入り口である中央管理室は様々な業種の人間が行き交っている。まだ塔が完成していないという事から建築関係の技術者や作業者の姿が見え、彼らは進出路のある施設へと向かっていく。大型の装置などが搬入され、それを運搬する小型車両も伺える。

 

 また、ちらほらと研究者らしき人物の姿も見える。彼らは主塔への入口を辿り、その奥にある部屋を目指しているらしい。二人の行く先と同じだ。

 

「セントラルラインはこの昇降機の先かな」

 

『そこで待ってるんだよね? ヴィータのひと』

 

「ああ、そのはずだよ」

 

 二人がなぜ主塔へと招かれたのか、それは電子生命体である"君"が軌道エレベーターのデータバンクへと興味本位で入り込んだのが原因だった。

 人類の先端技術を詰め込んで建造された軌道エレベーターはその管理システムにおいても世界最高峰であり、防衛プログロムにおいては突破は不可能、国単位でのハッキングだったとしてもデータバンクへと侵入するまでには数年程度かかると言われていた。

 

 そんな防壁と防衛プログラムの多重構造を、"君"はほんの数分程度で突破し、その内部を覗き見てしまった。

 

 "君"からすれば、何やら薄い紙っぺらで覆い隠されているものが気になって、その紙を払いのけた程度のものだったのだが、人類側からすれば本来突破できるはずの無いシステムを突破されたのだからたまったものではない。塔のシステム構築を行っていたヴィータは侵入者の足取りをなんとしてでも掴もうと躍起になった。"君"自身が悪い事をしているという認識が無かったため、データバンクへと入り込んだ履歴はそのまま消去されずに残っており追跡は容易だったようだ。

 

 そうして"君"の足跡を追いかけた先に到達したのが、天文台の重里のパソコンだった。

 

 ヴィータは当初データバンクに侵入したのはこのパソコンの管理者である重里であると考えていた。だが、周辺を調べる内に利用されていたパソコンのスペックや、パソコンが使用されていない時間帯に同様の侵入の痕跡が見られたことから考えを改めた。

 そうして重里の周辺を根気強く調べ上げた。重里本人の交流関係やこれまでの職歴はもちろん、所属している天文台に関しても可能な限り調べ倒した。

 

 そうして短くない時間を要し、安くない資金を投入し、ヴィータは真相にたどり着いた。重里が所属する天文台で謎の信号がキャッチされた事。それから謎の侵入者の痕跡が発見され始めた事。侵入者は人とは思えないほどの情報処理能力を有し、それでいて何か目標があって行動しているようには見えない事。いくつかの要因が重なり、それらが謎の侵入者の存在を"そうである"と断定させるに至った。

 

 はじめはヴィータの内部でも信じる者はほとんど居なかった。塔のデータバンクを覗き見た犯人が、まさか宇宙からの来訪者でありネットの中で活動する電子生命体などと言われて、はいそうですかと素直に信じられる方がどうかしている。

 だが、その認識は重里と例の存在が交流しているチャットログや音声データを手に入れたことで徐々に信憑性が上がっていった。

 

 そうしてヴィータ内部で電子生命体の存在が認知されたころ、ヴィータはこの存在を現在行き詰っている塔の管理システムに利用できないかと考え始めた。

 

 軌道エレベーター、通称"塔"は幾つもの国を繋ぎ、幾つもの企業が協力し、現実世界の超巨大なプラットフォームとして機能させる予定だった。その為、それらすべての情報、組織をまとめ上げ、円滑に管理する必要があった。だがそんな塔の機能すべてを一括管理することなど到底人間には不可能。

 

 そこでヴィータは高性能のAIを開発し、それに塔の全体管理を任せようと考えていた。だが、このAI開発は想像以上に困難を極め、塔の完成間近となっても満足のいくAIを生み出せずにいた。

 

 そんな時に現れたのが例の電子生命体だ。現在開発中の管理者AIなどとは比べ物にならないほどの高スペックで、さらには人と交流できるほどの自我を持ち合わせている。少なくとも対等に会話出来る程度の、人間に都合のいい倫理観を持ち合わせており、人類に友好的である。

 

 管理者AIはこのままいけば開発に数年はかかると想定された。だが、既に塔を建造するだけで人類は資源に余裕は無い。時間も、資源も、資金も無い現状で交渉の余地がある電子生命体の登場はまさに渡りに船だった。

 

 そう判断したヴィータの行動は早かった。まずは電子生命体の行った不正アクセスなどの容疑をちらつかせ、半強制的に重里を主塔へと迎える手筈を整えた。もちろん電子生命体の存在についても認知していると知らせ、同行させるように指示。主塔への異動命令がヴィータから合衆国政府へ、合衆国政府から天文台へと送られ、そして現在に至る、という訳だ。

 

 だが、二人はそのような裏の事情などもちろん知らされておらず、ただ不正アクセスの件で興味を持った自分たちを主塔へ異動させる事にしたらしい、程度にしか認識していなかった。

 

 

 

 二人が移動しているのはセントラルラインを入口から頂上まで移動できる昇降機だ。セントラルラインを移動する手段は二つあり、一つが昇降機を利用する方法。もう一つは入口から頂上までを貫いている通路を利用する方法だ。

 セントラルラインの建造場所は地球の重力から脱しているので上下が存在しない。そのため昇降機の隣に通路がある。だが、その通路は現在実験室への機材搬入作業が進められており、普通に通行するのは難しい。そのため二人はガラス張りの昇降機を利用し、セントラルラインの様子を眺めながら上へと登っていた。

 

「しかし、これは凄いな。これほどの研究施設が一か所に集まっているなんて、現在ではありえない光景だよ」

 

 そう言って重里が覗き見る携帯端末からは聞き馴染みのある音声が聞こえる。どこか不貞腐れたような声音で声の主は重里へと語りかける。

 

『きょろきょろしてたら迷っちゃうよ?』

 

「大丈夫だよ、昇降機を降りればすぐなはずだから。それに迷ったら優秀なナビゲーターに案内してもらえば良いし」

 

『むう……、……違う道案内してやろーかな……』

 

「ちょ!? なんだか口が悪くないか!?」

 

『日頃のべんきょーの賜物だよ』

 

「なんという棒読み……っと、どうやら着いたみたいだ。」

 

『まずはヴィータの人に挨拶にいくんだよね?』

 

「ええ。おられる場所は……」

 

 昇降機から降り、携帯端末からあらかじめ貰っていたマップを表示させる重里はセントラルラインの最上層に位置する実験室を指差し、そこに表示されている部屋番号を口にする。

 

「CL-590ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重里が入室したCL-590は想像以上に無機質で薄暗い部屋だった。部屋の奥には何かしらの実験設備が置かれているようだが、照明が落ちているので伺い知ることはできない。機械の駆動音がゴウン、ゴウンと静かに唸り、端末の画面やランプが怪しく光っていた。

 

【やあ、よく来たね】

 

「!? あ、あの……」

 

【ああすまない。姿を現さず音声だけで失礼するよ。私がヴィータの責任者の一人だ。気軽にオクルスと呼んでくれ】

 

「は、はい……」

 

【ふうむ、まだ緊張しているようだね? 詳しい説明もせずに此処に呼び出したのだから仕方ないとはいえ、もう少しリラックスしてもらって構わないのだよ?】

 

 部屋全体から響くように聞こえてきた声は自身をオクルスと名乗った。まるで機械音声のような、部屋と同様に無機質で抑揚のない声音であるが、重里を心配している様子で、しきりに話しかけて安心させようとしているように思えた。

 

『そうだよシゲサト、リラックスリラックス~』

 

【おお! そういえばもう一人居るのだったね。初めまして、先ほども自己紹介したが、私がヴィータの代表、この塔における責任者をさせてもらっているオクルスだ。よろしく頼むよ】

 

『うん! よろしくお願いしますー!』

 

【うむ、元気があってよろしい。さて、それでは此処に君たちを呼んだ理由について、詳細な話をしていこうか】

 

 オクルスは二人を主塔へと招き入れた理由を語っていく。現在主塔の全体管理を行うはずの管理者AIの開発が難航している事から、その管理を任せたいという話がされたのだが、その話に二人は驚くばかりだ。

 電子生命体とその友人という立ち位置であり、主塔での実験や今後の技術発展の手助けを求められると思っていたが、実際はそれ以上に重要な、それこそ塔そのものの管理を願われたのだから。

 

 この世界で初の軌道エレベーターの管理を行うという事は大変名誉であり、この世界の最先端に君臨するといってもいい。とオクルスは言ったが、同時に多くの制約が課されることも説明した。

 塔の管理者となるなら基本的に塔のサーバーが置かれているCL-589に留まって欲しい。一歩も外に出るな、という訳ではなくあくまでCL-589を拠点として欲しいとの事。

 

 重里に関しても技術的に協力して欲しい分野もあり、何より管理者となる電子生命体の手助けをして欲しいと説明され、同時に塔の外へ出ることが難しくなると説明された。

 

【どうかな? 私達も可能な限りのサポートを行う。重里君に関しても、外には出られないが不自由な暮らしはさせないと約束する。引き受けてくれないだろうか?】

 

「なるほど……私は、別に構いませんが──」

 

『大丈夫! かんり、頑張る!』

 

「──とのことなので、喜んでお受けします」

 

 重里が端末をちらりと覗き見ると"君"も中々乗り気な返事が返ってきた。"君"に関しては基本的に重里のパソコンを拠点として方々のネットワークへ遊びに出かけているのが常だったので、その場所が塔のサーバーに変わっただけだ。傍には重里も居るので天文台に居た時とほとんど何も変わらない。

 重里に関しても副塔に異動する事になれば機密保持の観点から塔外へと出られなくなるとは聞いていたのである程度の覚悟は出来ていた。そもそも生活するうえで現状塔の関連施設が最も住みやすい。地下住みの人間は特区や塔の街に憧れを抱くが、塔内はそれ以上の待遇が約束されているのだ。

 

【そうか、それは良かった。それじゃあ早速だが、君たちの住まう部屋へ案内しよう。この部屋の下、CL-589が君たちの生活する場所になる予定だ。最低限の家具はそろっているが、自由に弄ってもらって構わない。快適に過ごしてもらえるよう、こちらからも要望を聞かせてもらうよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほお……! 凄いですね、これはサーバールームというより、上位層の居住スペースと言っても良いくらいだな」

 

『うんー。こっちも快適かもー』

 

 オクルスが二人の為に用意したCL-589へとやってきた二人はその部屋の様子に思わず声を漏らす。部屋の奥には巨大なサーバーが設置されている。過去に存在していたスパコン程度の大きさの筐体でありながら内部は最先端の技術を用いて造られたそれは一つで過去のサーバールーム一つ分程度の処理能力を有する。それが部屋の奥にずらりと並んでいる。手前の空間は打って変わって人が住むように整備された空間となっていた。まるで高級ホテルのようにリビング、寝室、シャワールーム等々が存在し、最新の情報端末やテレビ、小さいながらもワインセラーなども完備されている。二つの空間はガラスの壁によって分けられており、重里の居住スペースは人が住みやすい快適な温度に、サーバールームは冷却の為に肌寒く感じる温度が維持されているようだ。

 

『シゲサトも快適ー?』

 

「……ここまでの待遇は初めてで、慣れるまで時間がかかりそうだよ」

 

『んふふ~早く慣れないとだねー"シゲサト博士"~』

 

「止してくれ……"君"にまでそのように呼ばれるのはむず痒いよ。それに"君"だって中々仰々しい名称が付いたじゃないか。"開発者コード:01"なんて」

 

 オクルスは大体のヴィータの内情と塔の管理者AI開発の遅延状況を二人に説明しており、人ではない電子生命体が人類の叡智たる塔の全体管理を行う事による反発があるだろう事も説明していた。その上で"君"はあくまでヴィータが開発したAIである、と世間には説明するつもりなのだという。管理者が本物の地球外生命体である電子生命体だという事実は、ヴィータの上層部しか知らない秘密とされるらしい。

 

 そのため二人には相応の役職と名称が与えられた。重里は塔の管理者AIの技術者として重里博士と呼ばれる事になり、"君"はそんな重里博士によって生み出されたAIという設定から開発者コード:01という名称を与えられた。

 

 余談だが、この本来の姿を隠すという事に関しては二人とも既に了承済みの事柄なので特に思う事はなかった。とはいえ改めて物珍しい役職を受け賜わった重里は内心苦笑するばかりで、"君"も自身の名称については少し不満なところがあるようだ。

 

『ん~……あまり可愛くない~』

 

「可愛さの問題かい? それじゃあ何か愛称などを付けたらどうかな?」

 

『愛称~?』

 

「他人に呼ばれるときは仕方ないけど、私達二人の時はその名前で呼べばいいんじゃないかな。そうだな……"君"は開発者コード:01、だから……コード、一番……コード、ゼロイチ……コード、ワン……わん、こーど……。うん、君の名前は──」

 

 しばらく考えていた重里はこれと思う名前を思いつき、"君"の居る端末へと声を掛ける。可愛らしく呼びやすい、彼女の緩やかな声音にピッタリなその名称を重里は"君"へと提案した。

 

 

 

 

「"わんこーろ"というのはどうだい?」

 

 


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