転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#257 生徒会役員たちのその後

 

 環境汚染の悪化によって荒廃した地上は塔の開放と共に急速に復興作業が進められていった。百数十年という月日によって地上の建築物はもちろん、伝統、文化、風習のすべてにおいても記録ごと失われてかけていたが、今から数年ほど前より始まったヴァーチャル配信者による文化の復興と周知によってそれらはかろうじて人々の記憶の片隅に残り続けていた。

 

 そして、そんなかろうじて残されていた古き良き記憶が鮮明な光景として若者たちの目の前に現れた。それこそがネット上にかつての地上世界を再現するという計画の下実行された、ヴァーチャル・リアル・ワールド構想。通称V+R=Wと呼ばれる仮想世界の創造だった。

 

 NDSを用いてネットワークに精神を降下(ダイブ)させ、広大なネット空間にかつての地上世界を作り上げる。後々現実世界の地上が人の住める環境となった時、ネット世界で再現した世界を参考として復興するという計画だ。

 

 現在において現実世界の復興は目覚ましくはあるが、それでも全ての人々が再び地上の生活を送れるほどには完全ではなく時間が必要だ。マイクロマシンの活躍によって徐々に汚染濃度は低下しているが、人類が地上へ戻れるのはまだまだ先になるだろう。

 

 

 いつか地上に美しい風景を再現させるため、今日もV+R=Wでは様々な配信者たちが思い思いの生活を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 

 この国におけるV+R=Wの開拓の始まり、葦原町の中心に位置する葦原第一学校はV+R=Wで一番最初に作られた建築物だ。巨大な教室棟と実験棟が渡り廊下で繋がっており、その周辺には様々な教育関係の施設が集まっている。

 部活動の為の部室やグラウンド。長時間配信を行う配信者の為の学生寮。ネットで収集された情報が本として保存される図書館。過去の食事を体験出来る食堂などなど、これらは葦原第一学校の建造と同時期に造られた建物だが、その後V+R=W参加者たちによって増改築が進められ今では校舎裏に広大な畑と田んぼが存在していたり、片隅では鶏などの家畜も育てられ始めている。

 

 また、外見だけでなく葦原に関するルールの改定や参加者たちの教育に関して幾らか改良が行われた。

 

 NDSを用いた配信に関するネットリテラシーの教育やV+R=Wにおける行動規則、ルールに関する授業はもちろん、それに加えて参加配信者の中に一定数存在する義務教育終了前の子たちを集めた義務教育も実施されている。

 

 それらの内容はきちんと政府から許可をもらい、V+R=W内で義務教育を終えればそのまま現実でも終えた扱いになるので予想以上に出席する配信者は多い。

 

 この世界の義務教育はリモートでの授業が一般的であり、教室で一緒に授業を受けるという感覚が新鮮で楽しく思えるのだろう。人見知りな子も要るが、そもそも配信活動を行っているので他者とのコミュニケーションについては覚悟しているらしい。

 

 視聴者に背中を押され意を決して話しかけた結果、友達になるという光景が繰り広げられる事もしばしば。その日もとある幼い配信者が視聴者に応援されながら友達を作ろうと頑張っていた。

 

「あ、あの……!」

 

「ん、……?」

 

 とある幼い配信者である彼女はその日の授業が終わるチャイムを聞き、すぐに席を立った。先ほどまで授業をしていた(アカリ)先生の周りには自身と同年代の配信者が集まっては先ほどの授業の質問をしたり、この後一緒に遊びに行かないかと楽し気に話をしていたが、彼女はただ一人、後ろの席で本を呼んでいる少女へと声をかけた。

 

「何か、用、……?」

 

「え、ええと……み、みんな~!」

 

『なぜこっちをみるかなぁ!?』『視聴者に助け求めるの早くなーい?』『キリちゃんが友達になりたいって言ったんだよね?』『とにかく固まってないで何か話そ?』『押せ!押せ!』『相手混乱してるぞw』

 

 少女がちらりと自身の配信画面を見やると視聴者からの暖かい? 声援が見える。緊張と焦りから若干口元が震えているキリと呼ばれた配信者の少女は、本を閉じ視線を合わせて首をかしげる少女に何から話すべきか迷い、ようやく口から出た言葉は……。

 

「な、名前……聞いて良いです?」

 

「ん、……?」

 

『ん?』『授業の最初にクラス全員の自己紹介あったよね……?』『まさか……覚えて無い!?』『そんなまさかw仲良くなりたい人の自己紹介忘れてるとかww』『自己紹介無くても有名人なんですけども……w』『キリちゃんさあ……』

 

「あ、ああー!? ご、ごめんなさいぃ! ち、違うんです出来心と言いますか……!?」

 

「大丈夫? 落ち着いて、……」

 

 アワアワと両手を振って慌てるキリは目をぐるぐるさせて目の前にいる有名人……白く美しい髪と格子状の模様を伴った瞳が印象的な少女へと何やら弁解するように口を動かすが、なかなか言葉が出てこない。さすがに視聴者も配信事故を感じ始めた頃、突然少女がキリの手を優しく握った。

 

「あ……あう、!?」

 

「こうすると、落ち着くって……お母さまが言っていた、から、……」

 

 少女は特徴的な瞳でキリをじっと見つめる。そんなまっすぐな視線に思わずキリは視線を逸らすのだが、少女に手を引っ張られて無理やり視線を合わされてしまう。

 

「自己紹介。……私、ニコ……犬守ニコ、よろしくね……、……?」

 

「あ、あうあうあう~……」

 

『あ、気絶した……』『リアルガチ恋距離とは恐れ入った』『やっぱ犬守村の住人は人たらしの才能があるなぁ』『ニコちゃんごめんキリちゃん運んでくれる?』

 

「ん……、……保健室でいい?」

 

 今日も葦原町はいつもの通り、穏やかな日々が流れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葦原町の中心に存在する葦原の原点、葦原第一学校の生徒会室は所属する生徒会役員たちによってイイ感じに魔改造が施されていた。かつては生徒会に所属する配信者たちが話し合いをするための一室と、軽食などが用意できる給湯室と休憩室があるだけのシンプルで狭い空間だった。

 

 だが、学校内のあらゆる許可を出す生徒会がその権限を行使しまくった結果、話し合いの部屋には床から一段上げた場所に畳が敷かれ炬燵が設置。その部屋の奥にある給湯室は大型の冷蔵庫が置かれ、休憩室は生徒会所属配信者の私物やらで溢れかえっていた。

 

「ねーねーなこちゃん。私たちもやろーよー七夕」

 

 炬燵に入りながらミカンの皮を剥く生徒会役員の一人、ナーナ・ナートは浮かんだディスプレイに表示されているわんこーろの七夕準備配信に視線を向けながらつぶやいた。

 ナートの瞳はキラキラと輝いており、未体験なイベントの存在に興味津々といった具合だ。そんなナートの様子に反応を示したのはなこそではなく、なこその隣で積まれた書類の整理をしている寝子だった。

 

「ナートお姉ちゃんは七夕の事をご存じなので?」

 

「んーん。よくわかんないけどおもしろそーじゃん?」

 

「ナートちゃんさぁ、教育用のデータくらい確認しようよ」

 

「う……あのあたりのは見てて眠たくなってくるんだよぅ……」

 

 殊更大きな机の上で端末を操作しながら寝子の確認が終わった書類に目を通すなこそは、みかんを一かけら口に放り込みながらそんなことを言うナートにため息をつく。

 

 現在葦原町の生徒会は多忙な日々が続いている。世界各国がV+R=W構想の賛同を示し、それぞれの国がV+R=W内での独自の拠点を形成し開拓を行い始めた訳だが、それにはいくつもの障害が立ちふさがっていた。そもそもとして海外ではまだNDSを用いた配信が一般的ではなく、故にNDSの利用を前提としたV+R=Wへの参加はハードルが高い。もちろんネット内で精神をダイブさせての作業などほとんどの配信者はしたことが無いし、V+R=W開拓に関するノウハウなど皆無だ。

 

 そんな海外の配信者たちにとって葦原町の開拓参加者であるこの国の配信者たちは誰もかれもが第一人者であり先達。当然NDSやV+R=Wに関する技術支援を求められた。つまり、技術や知識、開拓の最前線に居るもの達との繋がりを求めた海外勢によるコラボの打診が激増したのだ。

 

 葦原町の開拓参加者である配信者たちは個人でコラボを受けるか受けないかを決められるが、当事者が求めれば生徒会が仲介役となる事もある。今回激増したコラボ打診に関しては数多くの参加者が生徒会の仲介を求めた。相手方が海外勢というあまり馴染みのない配信者たちであったことと、コラボ相手が誰もかれもが国を代表するような者たちばかりだったというのもあるだろう。

 

 葦原町に集められた参加者は基本的にFSの運営である室長によって"楽しむ事を追及した配信者らしい配信者"ばかりであるが、他国では国の復興や威信をかけて高い教養を備えたエリートが配信者として選抜されている場合もある。

 

 国の違いや考え方の違いに委縮するこの国の配信者たちが生徒会を頼るのは仕方のない事なのだろう。

 

 そのため生徒会であるFSのメンバーは例の騒動による謹慎が解けた直後から配信者同士の仲介などで多忙な日々を送っているのだ。

 

「まったくよぉ、配信者なんて海外だろうと何だろうと同じだろーに」

 

「〇一お姉ちゃんみたいに考えられる人はそこまで多くないと思いますよ? それでも、本当に嫌ならコラボだって拒否できます。前向きに考えているだけで勇気ある行動ですよ」

 

 ネットの網が綿密に世界を覆った現代において既に言語の壁は取り払われたといってもいい。翻訳や通訳システムの性能向上は目覚ましく、同じ言葉を使っているように会話を楽しむ事が出来る。配信者のコメント欄など、既に自動翻訳機能が実装されているくらいだ。

 

 ヴァーチャル配信者という姿を手に入れた者たちは言葉だけでなく自身や他者の姿かたちさえも気にする事が無くなった。住んでいる場所や民族、国家、格差や差別。あらゆるしがらみを横に置き、ただの人としての交流が実現しようとしていた。

 

 さらにそれらの流れを加速させたのが、例の事件より世界的認知度を獲得したヴァーチャル配信者であり電子生命体であるわんこーろの存在だった。あらゆる国家が例の事件を経てわんこーろを正式にネットの世界に住む人ならざる知的生命体であり、地球外生命体であることを認識した。

 

 それは例え地球の外の、人でない存在であったとしても交流し仲良くなれるのだという証だった。

 

「そういえばわんころちゃんも帰ってきた直後は忙しそうだったよね。珍しい配信者としては頭一つ飛びぬけて……どころか体ごと空に吹っ飛んでるくらいだし仕方ないけど」

 

「塔の騒動とわんころちゃんが帰ってくるまででチャンネル登録者数の伸び凄かったよねぇ……私登録者数が十億超えるの初めて見たよぅ」

 

 一般人が知っているわんこーろという存在は人類の未来を守り、人々を救った文字通りの救世主。リアル地球外生命体でありネットの中に住む電子生命体。でありながらヴァーチャル配信者として活動している為、会話するのはそれほど難しくない。そのうえ人に対して非常に友好的。

 

 そうなれば同業者とも言えるヴァーチャル配信者やその界隈の注目度は言わずもがな。それ以外の界隈においても注目されないはずもなく、わんこーろは全世界のあらゆる人々の知るところとなった。

 同じようにネット上で活動している者たちはもちろん、地上の環境に関して研究している者、建物や動植物、歴史学者や宇宙関係の人間にも注目されているという。それがわんこーろの爆増したチャンネル登録者数に反映され、結果としてわんこーろの精神をプレッシャーで潰しにかかっているわけだが、FSにとってはその辺りは他人事なので微笑ましくわんこーろがあたふたしているのを鑑賞している。

 

 わんこーろのメンタルケアは"娘二人"と親友が担当しているので万事問題ないという認識なのだ。

 

「それにしても……思ったより受け入れられるのが早かったよな、ニコ」

 

「おおよその経緯や過去は既にわんこーろさんから伝わっていますから、彼女も被害者ですし」

 

 現在、犬守ニコと名乗っている少女、真っ白な髪と格子状の瞳が特徴的なその少女は一見してヴァーチャル配信者の一人のように見えるのだが、その正体はわんこーろと同じ、あるいは狐稲利と同じ存在である。すなわち人ならざる電子生命体だ。

 

 わんこーろは例の事件によって塔に残されていた記憶から自身の始まりとニコの出生の秘密を知った。そして父親とも言える人の死と、それを画策したヴィータの所業についても。

 

 これらの記憶について当初わんこーろは不特定多数に周知させるつもりはなかった。既に終わった事であり今更公開したとして何の意味もないと考えていたのだ。

 だが、その考えはニコが犬守村で再構成できると分かったところで大きく転換される事になる。わんこーろは崩壊する主塔から脱出する際、マイクロマシンに自身の構成データを分散させて乗り込み、地上へと帰還したわけだがそのマイクロマシンの空き領域にニコの構成データもしまい込んでいたのだ。

 

 主塔でのわんこーろとニコの激突によってニコの構成データは大きく崩れ、既に消えかかっていたため回収できた情報はそれほど多くはなく、犬守村の地でわんこーろが再構成したニコはかつての記憶を失っていた。

 過去の記憶を忘れてしまったというより、完全に失ってしまったという状態であり、ニコ本人も過去の自身のことは情報として知ってはいても当事者としての記憶は無いようだった。

 

 それでもわんこーろはニコに生きていてほしかった。自身の知らぬ過去に生み出された存在とはいえ、確かにニコはわんこーろより生み出されたわんこーろの娘である事に違いは無い。わんこーろが守るべき家族であると認識するのに僅かも時間はかからなかった。

 

 とはいえニコの存在は配信を通して全世界の人間に知られており、世界を救ったわんこーろと対峙した事で悪感情を向けられる立場に居る事は避けられない。それを解消するためにわんこーろは自身の過去とニコについての記録を全て公開する決断をしたのだ。自身の構成情報から人類が生み出した存在であるニコは人類の為に生み出され、育ての親とも言える人を亡くした。その結果塔を封鎖し、自身の考える人類を救う手立てを実行しようとした。

 

 それらの経緯を全て公開。かつての記憶を失い、わんこーろによって再構成された全く新しい存在であるという事。保護者としてわんこーろが責任を持つ事でニコは徐々に世間へと認められるようになっていった。今ではわんこーろや狐稲利たちと同じ犬守村で暮らす住人であり、時折葦原町で配信者たちと共に一般常識についての授業を受ける有名人の一人だ。

 

「そういやニコ、お前んトコの同好会に所属したんだってな。粒子科学研究会だっけか?」

 

「うん、マイクロマシンの開発研究で協力してもらってるんだぁ」

 

 ナートとほうりが立ち上げたマイクロマシンに関する研究同好会はこの二人しか所属しておらず、それは例の事件後も変わる事はなかった。葦原町の中でもマイクロマシンに興味のある配信者はいくらか居たが、そういった配信者は知識だけだったり、趣味としての開発が主であり、ナートとほうりがやり遂げた世界の環境さえも変えうるマイクロマシンの開発など到底不可能だと考えしり込みして同好会の戸を叩く事はなかった。挙句の果てにはエンジョイ勢による新たなマイクロマシンに関する部活が立ち上がる始末。

 

 そんな中でニコの加入はまさに願ってもない事だった。何かしらの開発というのは視点が多ければ多いほど多角的な情報が得られやすい。人数が多ければ多いほど多様な考えが提案され、それらを発展させやすい。ニコの参入を機に名無しの同好会だったナートとほうりの同好会は粒子科学同好会と名乗り、さらなるマイクロマシンの開発と発展を目指して邁進していた。

 

 なお、ナートとほうりに加え、電子生命体でかつて塔の管理をしていたニコが参加したことでさらに近寄りがたい同好会となった事にナートは気付いていない。

 

 

「ニコちゃんが来てくれて色々と作業が短縮できたよぅ、おかげで地上の除染が半年は短縮出来そうってあの人、喜んでたなぁ」

 

「ナートお姉ちゃん、あの人ではなくお父さんでしょう?」

 

 寝子が揶揄うように注意するとナートは痛いところを付かれたと言わんばかりに苦い顔をする。

 

「うう……いまさら恥ずかしくて言えないってばぁ……」

 

「いつまでも先延ばしにしてっとホントに言えなくなっちまうぞ?」

 

「それは、分かってんるんだけどぉ……」

 

「まあまあ、〇一ちゃんも寝子ちゃんもあまり責めないであげてよ。少なくとも同好会の名前を粒子科学研究会(コレ)にしたとこで相手方には伝わってると思うよ」

 

 ナートに助け舟を出したように見せかけてなこそが追撃をかけ、たまらずナートも叫ぶ。

 

「な、名前はほうりちゃんが提案したんだよぅ!」

 

「でもナートちゃんも了承したんでしょ?」

 

「それは……まあ、うん……」

 

「はあ……、ほうりちゃんも大変だろうね~粒子科学技研から直々に案件を貰ってる唯一の配信者がこれじゃーね」

 

「ううう~……私には荷が重いって言ってたのに~……ほうりも無理やり私に案件投げるしぃ」

 

「まあまあ、それだけナートお姉ちゃんを信頼している証拠ですよ。ほうりさんも、お父さんも」

 

「それは……分かってる、けど……」

 

 どこか納得いっていない様子のナートだが、それでも(ほうり)や父親を嫌っているわけではない。あくまで気恥ずかしいからという理由だ。

 

 ナートは例の事件に目立って貢献した一人としてFSの中でも名が知れた配信者として世界中に認知されている。地球上で除染マイクロマシンを稼働させる起点となった太陽光減衰マイクロマシンの根幹部分を開発し、さらに例の事件の際、主塔の散布装置の起動オペレーションを担当した事で配信者としてだけでなく技術開発関係の人間から案件の依頼が殺到するようになった。

 

 さすがに専門過ぎる内容のため生徒会が仲介してもその全容を完全に把握することは難しく、なこそも提出された計画書のほとんどが理解不可能で頭を抱えていた。

 用いられている技術や素材は世界的に見ても最先端であり、前例が無い技術や方法が用いられている事も多い。それでもナートとほうりの二人はそれらの技術について早々に理解を示し、それらの有用性を実証する成果を依頼主にもたらしている。その中にはこれまで一度も配信者へ案件を依頼したことのなかった粒子科学技研も含まれていた。

 

 これまでの実績や背後関係などが分かり切っているからこそ二人へ依頼を投げた、という技研の担当者からの説明だったがナートとほうりは自分たちに甘々なあの両親が何かしらの働きかけをしたのではないかと訝しんでいた。過去にほうりの為にヴァーチャル配信者グループを立ち上げるなどという無茶をしでかしている前例があるのでそちらの線が濃厚だと二人は呆れながらも依頼を熟している。

 

 時々、実際に顔を合わせて依頼内容を説明したいなどと言って休日を合わせて姉妹と両親が一緒に出かけたり食事に行ったりしているくらいには、不器用で仲が良い家族だ。

 

「わ、私のことはもーいーじゃん! それよりもまーるちゃんはどうなのさ!? 真夜さんとはどうなってるのさっ!」

 

「はあ!? な、なんでここで真夜のヤツが出てくるんだよ! あとまーるちゃん言うな!」

 

 思わぬナートの反撃にしどろもどろになりながら声を上げる〇一を見て、なこそは呆れたように手に持った資料に目を向けながら口を開く。

 

「なーに焦ってんのさー。もう二人で住んでるのは視聴者もとっくに知ってるじゃん」

 

「い、一緒に住んでなんていねーよ!! ……ちっとばかし泊まりに行ってるだけだ……!」

 

「うわぁ……反論になってないよぅ」

 

「うるせーぞナート!」

 

 例の事件において〇一はそこまで目立って視聴者の前に出るような事はなかったが、その功績はかなりのものだ。それこそ〇一がいなければFSの面々は塔へと入り込むことさえできなかっただろう。

 

 現在の〇一は葦原町を中心に活動を続け、多くの後輩に慕われている。かつての〇一は荒っぽい口調や思ったことをすぐに口に出してしまう性格のせいでFSの中でもちょくちょく炎上する配信者という認識をされていた。

 

 だが、例の事件を経て〇一は葦原の中でも頼りがいのある人物だと思われるようになり、多くのV+R=W参加者との繋がりを持つようになった。その中には海外の有名配信者や企業、個人なども含まれており、人脈だけならば配信者の中で随一だろう。テレビに映る海外の有名人が実は〇一の友達なんて事は珍しくない。

 

「ったく……真夜のトコには行かねーよ。この家を出るつもりもねーって」

 

「へー、でもそれじゃあ真夜さん寂しいんじゃないの~?」

 

「ニヤニヤしながら言ってんじゃねーぞなこそ……はあ、大丈夫だよ。真夜のヤツ、こっちで暮らすんだとよ」

 

「こっちって……塔の街にですか!?」

 

「ほえー、塔の街への移住ってかなり審査が厳しいんじゃなかったっけ?」

 

「環研のお偉いさんが後見人になってくれたとか言ってたっけな……アイツ環研から案件貰ってたし」

 

 〇一の幼馴染である真夜は現在も個人勢の配信者として精力的に活動している。個人ながらに……あるいは個人だからこそいくつもの配信者グループや個人勢とのつながりが多く、大規模コラボなどでは司会として呼ばれており、最近では葦原町で行われる大小様々なイベントの司会や責任者を任されており、それらの豊富な経験から葦原学校で司会や進行に関する授業の先生を任されるまでになっている。

 

 なお、背中にあった大きな痣は〇一が知らぬ間に病院にかかり綺麗さっぱり無くなっており、ヴァーチャルな姿にもそれが反映され、いきなり無くなった傷の存在について視聴者の間で様々な憶測が飛び交ったが、本人はそれらに関して静かに微笑むだけだったという。

 

「そーいや、真夜がガキどもを塔の街に遊びに来させたいって言ってたっけな」

 

「真夜さんも〇一ちゃんも子どもたちから人気だもんねぇ」

 

 例の事件の後しばらくしてからテレビで一時話題になったニュースがあった。それは複数の孤児院に多額の寄付金が送られてきたというもので、送り主は匿名で誰か分からず、テレビでもネットでも話題となっていた。

 

 配信者界隈でもそれらの話題に触れる者はそれなりに存在し、視聴者が雑談のネタとして配信者に投げる話題の一つでもあった。〇一はそんな視聴者から投げられた話題に当たり障りのない言葉を返したつもりだったのだが、その言葉の中に実際に寄付をした人物でないと分からない情報が含まれており、結果として寄付をした人物というのが〇一であると判明したのだ。

 

 例の事件によって〇一の存在は世界中の人々に知られており、そんな〇一の行動は多くの称賛をもって受け入れられた。しかし〇一は幼少期の思い出から不特定多数に無条件で肯定される事に苦手意識があった。そのため〇一本人は育った孤児院に恩返ししたかったから、という言葉だけを残してその話題を口にする事は無くなった。ちょくちょく炎上する〇一を快く思っていない人間も多少存在し、そんな者たちからはただの偽善だと言われもしたが、そんな言葉さえ〇一は気にすることはなかった。

 

 今では配信活動をしながら自身の育った孤児院へ里帰りして弟や妹たちとの交流を楽しみの一つとしているという。

 

「そういや寝子んトコのガキたちも街に来るんだったか?」

 

 手にした資料を手早く処理して隣のなこそへと手渡していく寝子は〇一の言葉に頷く。既に地上の除染計画が本格化し、塔の街や特区の周辺は除染作業によって徐々に人の住める土地へと変わりはじめ、地上へ赴くという行為は特別では無くなり始めていた。

 

 だが、それでも地下住みの人間が地上へ行くというのは今でも特別な意味を持ち、青い空は幼い子たちにとって憧れでありつづけた。

 

「はい。NDSで没入できる仮想空間を利用した臨床試験のために、数人の希白病の子たちを連れてくる予定です」

 

「寝子ちゃんずっと希望してたもんね。自分と同じ子たちに何かしてあげたいって」

 

「室長や灯さんにも協力していただいて……本当に感謝です」

 

 例の事件の後、寝子の周辺は他のFSのメンバーよりも一際騒がしくなった。希白病の患者を人為的に作り出し、人体実験を行っていたと思われる主塔の研究施設は衛星の衝突によって宇宙に散ったが、違法な施設と実験に関する調査は行われる事になり、実際に施設内に入ったわちると施設で生まれたとされる寝子は国際的な調査チームと警察関係者、さらにはマスコミから話を聞かせてほしいという話がいくつも送られてきた。

 

 ほとんどはFSの責任者である室長が保護者として拒否したが、最低限必要な公的機関への事情聴取は必要という判断と寝子自身が語る事にためらいがなかったため、寝子は数日間、国内外問わず様々な国や組織、企業などと話し合いを続けた。

 

 まだ幼い寝子の付き添いとして室長も出席した話し合いだったが、寝子は室長の心配をよそに自身が記憶している"すべて"を話しはじめた。希白病の副作用である完全記憶能力を高い状態で維持している寝子は生まれた瞬間から今までのすべての記憶を鮮明に思い出す事が出来る。

 

 話し合いは各国の調査チームや専門家が驚き目を丸くしている中、数時間延々としゃべり続ける寝子の独壇場になった。話し合いに参加している人間の中には多少自国の都合の良いように寝子の思考を誘導しようとする動きがあったが、寝子はそれを完全に無視して自身の脳裏に焼き付いた記憶のみを口にし続けた。

 

 ヴァーチャル配信者界隈でトップをひた走るグループであるFSの一員、白臼寝子は当然のように数時間ぶっ通しで話し続けていられるほどの頑強な喉とスタミナを備えていた。かつての病弱な少女はグループメンバーであるお姉ちゃん方の無茶ぶりと視聴者のからかいに鍛え上げられ、今や余裕ぶった大人に正論をブッパ出来る程度には肝が座るようになっていた。

 

 その後も寝子のもとには希白病に関連して様々な医療関係の機関や企業が接触し、寝子は幼いながらも(したた)かに振る舞い独自に対等な関係性を構築していった。今回の希白病の子どもたちを塔の街へ招待するという企画も寝子が提案し、同機関や企業が賛同した結果実現したものだ。

 

「次はもっと、いろんな子たちを招待したいですね。……もう地上は特別な場所などではない、と思ってもらいたいですから」

 

 そう言って寝子は資料に目を落としながらも小さく笑みを浮かべた。

 

「うんうん、みんな成長したねー」

 

「なに満足そうな顔してんだなこそ」

 

「なこそお姉ちゃんは相変わらずですね」

 

「それはどういう意味かな寝子ちゃん?」

 

 机の上の紙束に目を通しながらも隣の寝子を見るなこその視線。それに対して寝子は曖昧に笑んで視線を外した。なこそは何処か馬鹿にされたような雰囲気を感じ取ったが、深くは追及しなかった。

 

 実際は変わらずに接してくれるなこその存在に安心感を抱いているという意味の笑みだったのだが、それになこそが気付くことは無かった。

 

「まあ何にも変わってないってのはその通りだけどねー」

 

 例の事件の後、なこその生活だけはほとんど何も変わらなかった。なこその希望で彼女の父に関する情報が公開されることは無く、初代わんこーろとわちるの父との関係性が世間に周知される事がなかったためだ。

 

 なこそはFSメンバーたちの様変わりした日常の中で唯一変わらない存在として在り続け、本人もそのように振舞った。かつてFSの運営と配信者との橋渡し的な立ち位置にいたなこそだが、運営である室長たちとの距離が縮まった事で橋渡しなど必要無くなり、なこそは本来の配信者らしい配信者としてメンバーたちと日々を過ごしていた。

 

 もちろん、なこそ自身が何も変わらずとも塔を開放するために立ち回ったFSリーダーとして大きな注目を集めた事に変わりなく、忙しい日々に頭を抱える事も多い。

 

 それでもなこそは再び揃った葦原学校生徒会の面々を想い、ただひたすらに日常的な配信活動に感謝しながら首にかけた父の想い(コイン)に触れるのだった。

 

 

 FSのメンバーはそれぞれが例の事件を経て配信者としても、一人の人としても成長していった。けれど互いの仲は相変わらずで、生徒会室に集まっているなこそはナートや〇一をからかい、寝子は真面目ながらも姉たちの存在を心地よく感じ、〇一はツッコミを入れて、ナートは不憫。それが日常だった。

 

「ん? 誰か来た……?」

 

「? 今日は何の予定も無かったよな?」

 

「どうぞ、開いていますよ」

 

 そんなにぎやかな部屋に小さなノック音が響き、寝子の声の後にドアが開かれた。

 

「みんなーこんにちはー!」

 

「こんにちは、……です」

 

「あれ? 狐稲利ちゃんとニコちゃん? どしたの?」

 

「授業が終わったら村に戻るって言ってなかったか? 明日は休みなんだろ?」

 

 部屋に入ってきたのはわんこーろの娘である狐稲利とニコだった。一度崩壊した体をわんこーろの構成データを参考にして再構成されたニコの体はわんこーろなみに小さく、よく狐稲利に抱っこされたまま移動する姿が目撃されている。

 ニコ本人は特に思う所も無いようでされるがままにされており、そんな姿を見た配信者や視聴者は、狐稲利がニコへと呼びかける時の"ニコおねーちゃん"という言葉に頭がバグる感覚を覚えるらしい。

 

 実際に生まれたのはニコの方が早く、その後に狐稲利が生まれたので狐稲利がお姉ちゃんと呼ぶことに不思議は無いのだが……。母親は幼い姿のイヌミミ少女で、長女は母親と同じくらいに幼く、一番若い狐稲利が一番見た目は年長者に見えるものだから混乱する視聴者が居ても仕方がないだろう。なおわんこーろのチャンネル視聴者である移住者的には見慣れた光景である。

 

「あのねー実はねー」

 

「お願いがあって、……来ました、です」

 

 

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