転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
汚染された地上でわずかに人類が生存できる圏内を特区と言う。何かしらの理由で汚染が広がらず、かつてと同様に人が生活出来る環境が維持されている領域の事だが、そういった特区も各国での除染計画が進むごとに特別性は薄れていった。
とはいえ特区のひとつである塔の街は未だ特別視されている……というより、むしろ以前よりも特別な土地として一部では見られている。それは塔の街が文字通り軌道エレベーターである"塔"の入口である事が関係している。
かつて電子生命体ニコによって塔が閉鎖されていた時は只の巨大なモニュメントが聳え立つ観光地的な場所だった塔の街だが、電子生命体わんこーろによって主塔が開放された事でモニュメントは世界最大級、最高級のコンピューターを備えた全世界に繋がる道へと本来の役割を取り戻した。
塔は全世界の九割以上の国が協力して作り上げた世界最大級の建築物であり、それらの保安は全世界が負担している。塔ではいかなる破壊行為も認められておらず、犯せば全世界が無条件に敵となる。世界一強固で厳重な通路として機能している副塔は各国の重役が国際会議を行う際に利用し、物資の確実な輸送が実現される唯一のルートだ。
それらの重要性から塔の街はこれまで以上に重要な施設と認識されたが、かといって塔の街の様子が様変わりしたかといえば、そうではなかった。そもそも塔の重要な役割である国の重要人物や物資の移動は主塔が閉鎖される前から行われていたし、開放されたとしても現在はデブリによって穴だらけになっている主塔に有用性を見出す者はいない。唯一主塔へ強行突入した粒子科学技研も主塔に残る利権を目的にしていたというよりデブリ回収マイクロマシンの散布の為といった意味合いが強く、結局主塔が解放された事で得られる利潤
そのため塔の街は主塔が解放された後もいつも通り平穏な日常が続いていた。
『それじゃ~こちらでの七夕イベントは葦原町と同じタイミングで実行するという事でいいです室長さん~?』
画面の向こうで作業をしながら語り掛けるわんこーろの言葉に、現実世界の室長は肯定の意味を込め頷く。
「ああ、そのタイミングで公式に葦原と犬守村を繋ぐリンクを公開するつもりだ。しばらくは通行に生徒会の許可が必要となるがな」
『それは仕方ないですね~。私としては全然問題ないですけど~』
室長が画面の向こうに見る犬守村はいつもの通り平穏な様子を見せていた。わんこーろの背後には拡張された庭の畑と、その向こうに見える田んぼの姿と遠くの山々が覗く。春に芽吹いた植物たちがぐんぐんと成長し、これからやってくる夏を待ち遠しそうにしている。
それは今のところ、犬守村でしか見られない自然な姿だ。
「よしてくれわんこーろ。葦原でさえ犬守村には追い付けていない。国外の配信者ならばなおさらだ。驚きすぎて気絶状態でNDSの強制ログアウト機能が作動する事態は避けたいぞ?」
『んふふ~、褒められるとしっぽが揺れちゃいますね~。でも、追い付けていないというのは違いますよ~? もう葦原町は犬守村と同じか~……それ以上かもしれませんよ~?』
「ふ……そう言ってもらえるとV+R=Wの運営としては嬉しくあるな」
室長は画面の向こうでせっせと短冊と作っているわんこーろと今後のイベントについての打ち合わせをしていた。わんこーろは世界中の国や有名な企業、組織、機関に名が知られているが、わんこーろとの繋がりを持とうとした者たちの中で実際にわんこーろとの密接な繋がりを得られた者はほぼ存在しない。
わんこーろが配信を始めてから今までで、一対一で会話できるものなど数えるほどしか居らず、その大部分はFSやその関係者に絞られる。そんな稀有な存在に自身がなっている事に僅かな場違い感を抱きつつ、いつものように室長は話し合いをこなしていく。室長にとってわんこーろは世界的な超常的存在などで無く、FSのやんちゃな娘たちと同じ只のいたずら好きなイヌミミ少女という印象なのだ。
『んふふ~もう"運営の"室長というだけではないですよね~、見ましたよ~先日のFS公式配信~。灯さんと一緒に登場したときはテンション上がりました~』
「うっ……お前も見ていたのか」
『もちろんです~。ナートさんから"面白いものが見れるよぅ"って言われたら見ない訳にはいきませんもん~』
「ナートめ……まったく」
FSを生み出し、V+R=Wを運営する総責任者である室長は眉間に皺を寄せて脳裏に浮かんだナートの姿を振り払うように小さく頭を振った。それでも室長の顔に不快な色はなく、仕方ないとばかりに呆れて息を付くだけだった。
室長は例の事件の後、FSの公式配信にも顔を出すようになった。それまでもFSの全体コラボ配信などでは声だけ聞こえていたりと存在だけは視聴者に把握されていたものの、FSのメンバー同様にヴァーチャルな姿で配信に映るような事はなかった。しかし、例の事件によるFSの今後についての説明や大所帯になり始めたV+R=W計画参加者たちを配信を介さず裏方で直接サポートする役割として室長は葦原町にやってきたのだ。
現在では葦原の学校でネットリテラシーに関する授業と参加者たちのメンタルケアを担当しており、室長という名前だけでなく先生とも呼ばれるようになっていた。そんな室長だが、FSのメンバーのような公式とは別の個別のチャンネルは持っていなかった。そもそも参加者たちとは異なり裏方として葦原へやってきた室長は自身のチャンネルを持つつもりもなかったのだが、視聴者たちや他の参加者たちがもっと室長の姿が見たいと切望したため、生徒会長であるなこそによって無理やりな形で室長のヴァーチャル配信者としてのデビュー枠が用意され、それが先日行われたのだ。
さすがに室長個人のチャンネルを持つほど頻繁に配信する事は無いだろうと、FS公式配信チャンネルの中で室長メインの配信コーナーを作る事で落ち着いたのだが、その反響はかなりのものだった。これまでFSのメンバー全員から存在が仄めかされていながらも実態が不明だった室長という存在。ちょくちょく他配信者の配信に見切れていた姿や授業をする姿から、おそらくは優しくも厳しい母親のような存在だろうと想像されていた室長はその期待に応えるべく技術担当の白愛灯とわんこーろによってこれまで授業などで使用していた簡素な姿ではなく、特別に用意されたヴァーチャルな姿を堂々お披露目することになった。
既存の配信チャンネルという事で配信枠の名前が"初配信"と付けられていながらも同時視聴者数は数十万を記録し、既存のチャンネルなので初配信にも関わらず配信開始直後から飛び交う投げ銭。それなりの歳だと認識している室長へと向けられる可愛い、かっこいいという言葉の数々。
葦原で配信していた室長のもとへ乱入するFSメンバーとその他大勢。教室一つを貸切って行われる初配信お祝いに
その日以降、室長はいつも配信で弄られているナートにちょっとだけ優しくなった。
『室長さんも灯さんも楽しそうでした~私も突撃した方がよかったです~?』
「勘弁してくれ……灯ももう少し何とかしてくれてもよかっただろうに……」
『楽しそうで止められなかったんじゃないです~? 室長さん、とっても嬉しそうでしたよ~?』
「それは……まあ、な」
室長と共にV+R=Wの運営を行っている白愛灯は現在もFSの技術サポートを主として活動しているのだが、実は室長よりも先に葦原へと降り立っている。今では葦原で用いるモデリング技術に関する授業を受け持っており、参加者たちにはかなり好評だ。原初の葦原を形成したモデリング技術である"わんこーろ式"モデリングを独自に解析して軽量化させ国外の配信者も気軽に利用出来るようにしたり、室長には話づらい相談事をされたり、わんこーろと協力して参加配信者へ新規衣装をサプライズプレゼントしたりと、室長よりも配信者側で立ち振る舞う様子が目撃されている。それでも室長と同じく個人チャンネルは持っておらず、結局室長と灯の様子を見ることが出来るのが公式配信のみという事でFSの公式チャンネルは例の事件以降、わんこーろのチャンネルに次ぐ勢いで登録者を伸ばしている。
『灯さんも室長さんも、ようやく葦原町の一員になったって視聴者さんも喜んでましたよ~』
「……あくまで私と灯は裏方担当で配信者というわけでもないのだが……」
『面白ければそれでいいんですよ~。人様に迷惑さえかけなければですけど~』
「ふ、……そうか、そうだな。配信者とは、娯楽を提供する者たちの事だったな」
自ら配信者であると宣言せずとも娯楽を提供し、楽しさを共有するその姿はこの世界では配信者と呼ばれている。それは室長がFSを通して浸透させた概念であり、配信者の在り方を変えた考えであった。
その配信者に自身がなるとは思いもしていなかった室長だったが、それでもやはりFSの関係者。すぐさま現状に順応し、今では葦原運営に関する諸々の仕事を垂れ流しにする作業配信をしながら時々視聴者のお悩み相談をしており、意外と人気だ。
「そういえば……蛇谷のヤツもお前に礼を言っていたぞ。あのままだと一生監禁生活だったらしいからな」
『私としては蛇谷さんの為にしたというより結果的にそうなっただけなんですけどね~……まあ、葦原の攻防戦でFSの皆さんを助けて頂いた事は感謝していますけど~』
この国の失われた伝統、文化、風習の復興を目標として活動している復興省は地上の汚染除去計画の目途が立ち、ようやく本来の目標を達成するべく動き出した。集めた過去の知識を地上復興の為に公開し、他の省庁と連携しながら地上の復興事業を進めていた。その速度は他国が追いつけないほどに突出している。
とはいえ他国よりも復興が早いのは復興省の力というよりも葦原町の存在が大きいのだが、それは復興省自身が理解している為現在では葦原町という存在と連携しながら室長と共に裏方のゴタゴタを処理する係に回っている。葦原の参加配信者がのびのびと配信活動を続けていられるのも面倒な事務処理を復興省が肩代わりしてくれているから、という面もあるのだ。
そんな復興省でかつて効率主義派と呼ばれる派閥の代表的立ち位置だったのが、蛇谷と呼ばれる男性だった。かつての復興省で主流となっていた考え方に真っ向から対立した蛇谷はその後独自に主塔の管理者であったニコと接触していたことがこの国の政府に知られ、情報を引き出そうとした政府によって軟禁状態にあった。
だが、わんこーろや多くの配信者が例の事件の全容を配信をもって全世界に公開したことで蛇谷の持つ情報の貴重性は薄れてしまった。例の事件の最中蛇谷はFSの配信に写り込み、その存在感を多少なりとも主張したことで秘密裏に蛇谷をどうこうする事もできなくなり、結果として蛇谷は軟禁状態から解放され、晴れて自由の身になった。現在では人に言えない職場で人に言えない仕事をしているのだという。
『皆さん頑張っているんですね~葦原もそうですけど~現実でも室長さんがお忙しそうにしているのを見ていると本当にそう感じます~』
「確かに忙しいが、それ以上に楽しいものさ。でなければわんこーろや狐稲利、ニコの協力を得ているとはいえ未だに私と灯だけで運営なんてしていないからな」
『んふふ~……それじゃあ、たまには室長さんに少し相談でもしようかな~?』
「ほう、"なんでもできるつよつよ電子生命体"らしいお前が一体何の相談かな?」
『も、も~う! 室長さん、私の配信見てますね~!』
「当然だろう? ふふ。お前の配信を見ていない者など、この国には居ないと思うぞ?」
『う、うう~! そうやって室長さんも私にプレッシャーをかけるんですね~!!』
「事実だがな」
『うわ~ん! 聞きたくないです~!』
室長はわんこーろを手のかかるいたずら好きなイヌミミ少女と認識しているが、実は室長もそれなりにわんこーろを弄るのが好きという事実を知るのはいつも室長の隣にいる灯くらいだ。そうやって一通りわんこーろを弄りまわしてから、ようやく室長はわんこーろの相談事というのを聞くのだった。