転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「はいどーぞ狐稲利ちゃん、ニコちゃん。葦原で採れた茶葉から作ったお茶だよー。あ、もうすぐ葦原じゃなくなるんだけどね」
「ありがとうなこそ」
「ありがとーなこそー! ……んー? 葦原じゃ、なくなるのー?」
小さな両手でマグカップを受け取ったニコはふうふうと息を吹きかけながらちょびちょびと中身を飲み込んでいく。時折はひゅ、という鳴き声と共に舌を火傷したニコの様子をなこそたちが微笑ましそうに見つめていた。
わんこーろによって再構成されたニコの体はかなり小さな姿で、知識はネットから得ているものの記憶が失われているので言動もどこか幼い。庇護欲を駆られる姿に思わず笑みが出てしまうのは仕方がないだろう。
そんなほんわかとした空気の中で狐稲利はなこその言葉に思わず首をかしげる。葦原では無くなる、とはどういうことなのか。そんな疑問に〇一と寝子が答える。
「開拓済みの土地も広がってきたからな、どこもかしこも葦原じゃあ不便だって話になったんだよ。予定じゃ現実に存在していた土地に似せた名前をつけるつもりだ」
「暫定的に大まかな土地をかつての県名にして各地に拠点を作ろうかと考えています」
葦原町という名前はこの国のV+R=Wにおける拠点の一つに付けられた名前に過ぎない。あまりに広範囲を葦原町として設定しても参加者や視聴者混乱するだけという判断だ。システム的な理由としては、V+R=Wそのもののアップデートを犬守村方式で行っているので区分けした方が都合がいいというのもある。
「ホントは県名だけじゃなくてもっと細かく区分したいんだけど、市町村名はまだ完全にサルベージできてないからねぇ……過去に何度か行われてたらしい市町村合併のデータ履歴があやふやなんだよね」
なこそは手を止めて背もたれにもたれかかり、疲れたように肩をすくめる。この国でかつて行われた大規模な市町村合併はまだネット関係が一般に普及する前の話であり、記録関係は全て紙で保存されていた。それらが完全な形で残っている場合はかなり珍しく、いつ何処で行われたのかがあやふやな場合も多い。
虫食いだらけの情報からまるで推理小説のようにかつて存在していたり合併して名前が変わっている地名を特定していく作業は技術的な難しさよりも、ただただめんどくさいのだ。
「近々設置する予定の第二拠点の名前も募集してるんだけど……なんでかみーんな"葦原第二学校"がいい、って言うんだよねー」
「馴染みのある名前にあやかりたいという心理なのかもしれませんね。こちらとしては分かりやすくていいのですが」
拠点とはいわば犬守村における"中枢"と言える。そこを中心として各地の環境データをアップデートし、バグやウイルスが蔓延してもその中枢が管理する地区だけに被害が抑え込める。そういった性能だけでなく、その地区の象徴ともなる存在なので参加者や視聴者にも好まれる建物や環境であるのが望ましい。
なのでV+R=W運営は拠点の姿や名前について広く公募していたのだが、その大半が葦原第二、あるいは葦原分校といった名前に偏っていた。それでいいなら別に……と生徒会も考えているものの、犬守村のような神社だったり滝だったり、ひまわり畑や大樹といったバラエティー豊かな中枢の姿も魅力的だと思うのは仕方がないだろう。
「元々観光地だった場所は残っていたデータが多かったから早々に拠点が建つと思うよ。今予定されているのはキョウトと……ナラ、あとはオオサカあたりかな?」
「へえー! 私も遊びにいきたいー、ねーお姉ちゃんー」
「そう、だね……私も、見てみたい……みんなが創った、場所」
葦原町から離れたV+R=W各地の開拓も順調に進み、サルベージ出来る情報の多い観光地などは早々に実装され、今なお細部の再現の為にアップデートが繰り返されているほどだ。現実世界の効率社会時代にひっそりと生きていた職人たちもV+R=W参加者の依頼により表舞台に顔を表し始め、各種産業の従事者や伝統工芸関係の人間も葦原町に協力するようになっていた。彼ら彼女らは仮想現実という世界に自身の技術の提供場所を見つけ、やがてそれらの集約された技術は現実世界へと逆輸入されるだろう。
「きっと珍しいものがいっぱいだと思うよー。確か犬守村にはお寺とかなかったはずだから、観光地は楽しめるんじゃないかな」
「おおー!」
思わず狐稲利がなこその言葉に喜び、声を上げる。わんこーろの作り出した犬守村は神社が立ち並び、村の成り立ちそのものが神道などを参考にして作られている節がある。世界創造というわんこーろの配信における基本設定とこの国独自の信仰はなかなかに相性がよく、だからこそ犬守村の空間には仏教関係の建築物が生まれる余地がなかったわけだが……、仏教とそれによる建築物はまぎれもなくこの国の文化の一部であり、復興すべき対象である事に変わりはない。
技術を持つ者たちの中に含まれていた、歴史学者や宗教学者の手を借りて葦原町には犬守村になかったお寺がいくつも建立されている。それらは参加者や視聴者にとって珍しくて新鮮な施設として写った。それは神社の姿ばかりを知っている狐稲利も同様のようだ。
……といっても狐稲利自身は頻繁に葦原町へやってきているので、感情表現がまだ苦手な
「……って、そういやなんか頼み事があったんじゃねーのかよ?」
「お二人で私たちに頼み事とは珍しいですね。正直、お二人が無理な事を私たちが叶えられるとは思えませんが……」
狐稲利とニコの微笑ましい様子をしばらく見ていたFS一同の中でツッコミ役の〇一が当初の目的を聞きにいく。追随するように寝子が頼みごと、という言葉に不安な言葉を漏らすした。
電子生命体である彼女たちに実現できないものなど実質存在しない。あえて言うならば現実世界に関係する物事だろうが、それさえも仮想世界に
そんな文字通り超常的な存在である彼女たちが実現できず、他者に願うほどの物事など……果たしてそれは人間に叶えられるものなのだろうか。
「んーとね……えと、わちるは居ないー?」
「ありゃ? わちるんに用だった?」
どんな無理難題を願われるのか戦々恐々としていたFSの面々をぐるりと見渡し、狐稲利は目的の人物が居ない事に気付く。いつもならば一目散に狐稲利へとへばりついてくるだろう人物の不在に狐稲利は困惑した様子だ。
「わちるならー用意してるかなってー」
「私たちは、……あまり慣れていないので」
狐稲利とニコの言葉にFSはやはり疑問符を浮かべるしかない。一体何を用意しているのか、それは狐稲利達には用意できないものなのか。にもかかわらずわちるならば可能だというのか。
「用意……? まあ、わちるちゃんならもうすぐ帰ってくると思うよ。今日も"底"まで潜るって言ってたし」
二人がわちるに何を期待しているのかは不明だが、それだけわちるが二人に信頼されている証なのだろう。そう考えなこそは二人にお茶とお菓子を振舞いながら、今日もいつもの"仕事"へと出かけて行ったわちるが帰ってくるのを待つことにした。
この世界はかつて存在していた効率化社会の影響によってあらゆる娯楽が投棄され、失われてしまった。末期には娯楽と言えないようなものまで捨てられ、普通の生活さえも危ぶまれるほどの自滅の道を人類は辿っていった。
そんな効率化社会が終わりを迎えた後、ネットに残されたのは数多くの娯楽だった残骸たち。FSをはじめとした多くのサルベージャーによって貴重な情報は現代に蘇っていき、そうして一度断ち切られた伝統、文化、風習は再び今の世に繋ぎ直され、一つの歴史として紡ぎなおされた。
しかし、すべてがサルベージされたわけではない。ネットの奥底に眠る残骸の量はあまりにも膨大で広大だ。それこそ、わんこーろでさえもその全容を把握できていないほどに。
だがその果てしなさに手をこまねいている暇などない。情報というものは日々更新され、新しいものが上から蓄積していく。そうすると下にある情報は劣化し、失われていく。皮肉な事に人類がネットでもって過去の文化的生活を取り戻そうと活動すればするほど、求めるデータは電子の海に溶けて消えてしまうのだ。
早急に行動し、迅速に失われる情報たちを回収する。それはわんこーろによって塔が解放され、新たな未来が切り開かれた現代においても変わらず人類の課題として横たわっていた。
その日FSのメンバーで最も配信歴の短い、所謂新人である配信者
本来精神をネットへ降下させた状態で廃棄されたネット空間へ入り込むのはかなりの危険性が伴うのだが、わちるだけは奥底へと単独で突入する事を許されていた。その理由は、彼女の姿と彼女の相棒の存在にある。
「ふう……今日はこのくらいかな」
崩壊したビルの上でわちるは沈んでいく夕焼けを見つめながらつぶやいた。墓標のように聳え立つビルはかつてこの仮想空間がどれほど発展し、膨大な
この空間は何時までも黄昏時で時間が止まり、そして空間の崩壊と共に突然消滅するのだろう。
「帰ろっか、ヨル」
空に向かってそう口にするとわちるの影に波紋が立ち、飛び出すように一羽の巨大なカラスが出現してわちるの肩に無理やり留まった。
「ん~……、っと。まずは葦原町に戻ろっか」
わちるが腕を上げ、指先を差し出すと肩に留まったカラス状態のヨルは促されるようにその指先へと飛び移り、得意げにひと鳴きする。ヨルの乗る指先をゆっくりと自身の胸元に近づけるとヨルはわちる体に擦り寄るように触れ、そのまま光る粒子となってわちるの体へと取り込まれていく。
途端、腰あたりから黒いカラスの羽が伸び開き、それを数度羽ばたかせたわちるは満足そうに頷いて空高く空間の外へと飛び立っていった。
例の事件以降、幾つもの荒廃したネット空間を渡り歩き、残されたデータの回収を行っているわちるの体は只のヴァーチャルな姿とは異なる形に改良されていた。ヨルは元々わんこーろの創造した犬守村を守る防壁プログラムの一部であり、外部からの攻撃を守ったり、ウイルスのたぐいの侵入を防ぐ仕事に関しては電子生命体に次ぐ高い能力を有している。
そんなヨルを一時的に取り込むことでわちるはヨルの高い情報処理能力を借りる事が出来る。高度な防壁プログラムを即座に構築したり、あらゆるデータを初期化できる裁ち取り鋏を扱えたり、さらには雑多な情報が浮かぶネット空間を飛び回れる翼を得たりと、能力的にはかなりわんこーろたち電子生命体に近しい力を持つことが出来る。
だが、それはわちるがヨルを、ヨルがわちるを絶対的に信頼しているからこそ出来る芸当だ。精神だけをネットに降下しているという事は、ヨル視点では魂という弱点を晒したまま生活しているように見える。ヨルからすればNDSの防衛機能などなんの意味も無いのだから。
情報とエネルギーの塊であるヨルがそんな繊細な存在に限りなく近づきながらも、限りなく交じり合わない距離を保ち、わちるも同じくヨルを信頼しながらもヨルと自身の境界を維持しなければならない。
人と人でも難しい他者との距離感を、わちるとヨルはやってのけているのだ。
「もうすぐ七夕だね。当日はヨルもわんこーろさんのところに行く? よーりちゃんも会いたがってたよ?」
自身の中に居るヨルがかわちるの言葉を肯定しているらしく、ヨルの嬉しそうな感情が溢れてくる。羽ばたく黒い羽根を優しく撫でさすり、わちるはネットの底から上を目指し、明るい光へと手を伸ばす。
即座に葦原町とのリンクが形成され、わちるの精神は葦原町へ。リンクを繋いだ生徒会室へと転送される。
「ただいま帰りましたー! いやあ、今日もなかなかの収穫でしたよ!」
たん、と足を付いたその場所はちょうど生徒会室だった。手に持った裁ち取り鋏を拡張領域へと収納し、黒い翼を内側へ収納すれば押し出されるようにわちるの胸元からヨルが飛び出してくる。部屋の中を一回り飛んだヨルはわちるの肩に留まり、懐かしい故郷の匂いのする
「わちるーかえってきたー!」
「ご無沙汰、……してます」
「わ、狐稲利ちゃんにニコちゃん! どうしたの? 二人一緒に生徒会室にいるの珍しいね」
葦原町に帰ってきたわちるは目の前に居た狐稲利とニコの姿に飛び上がるほどの喜び、駆け寄って狐稲利の手を取った。応じるように狐稲利もにっこりと微笑み、握られた手を引き寄せわちるの頬に自身の頬を摺り寄せる。
狐稲利のほっぺたとわちるの頬っぺたがぴったりとくっつき、柔らかな肌がすりすりとこそばゆい感覚を生み出す。
犬守村で野生動物に囲まれて暮らしている狐稲利にとってそれは愛情表現の一つでしかないが、初めてされた時のわちるは酷く顔を真っ赤にしておろおろしていた。今では慣れたものでわちるも狐稲利に倣って頬を摺り寄せてやる。もちろん隣でうらやましそうにしているニコを一緒に抱き寄せる事も忘れない。
「んー……わちるこんにちはー」
「こんにちは、です」
「はい、こんにちは。ふふ、今日も二人とも元気ですねー」
例の事件以降、最も生活環境が変化したのはわちるだろう。主塔でわんこーろとの最後の会話は配信によって全世界に伝わっており、人ならざる存在と親交を結び、人でありながらその命をかけて人類を救おうとしたもう一人の有名人としてわちるの名前は全世界の人間が知るところである。
人ではない超常的存在であるわんこーろと異なり只の人であるわちるの奮闘はある意味わんこーろ以上の共感を呼んだ。電子生命体という手の届かない存在よりも同じ人であるわちるの想いはわんこーろとは別ベクトルで衝撃的に映った事だろう。
例の事件直後のFSメンバー全員の配信禁止期間が明けた翌日よりわちるには膨大な問い合わせが殺到した。それはわちるの存在どころかヴァーチャル配信者という概念さえも知らないような者たちだったり、宇宙開発関係の企業だったり、歴史関係の研究者だったりと様々だった。
ほとんどはわんこーろと接点を持っているだろうわちるとコンタクトを取りたいという思惑が見え隠れしていたが、わちる本人に興味を持ったという者たちも大勢存在していた。
やれ例の事件の内容をドラマにさせてほしいやら映画にさせてもらいたいやら、さらにはわんこーろとの出会いまでを本にしませんか? なんていう話さえあったほどだ。
例の事件によって注目された結果、生活環境が変化したというのはもちろんだが地上の除染計画の目途が立ったというのもわちるの周辺が慌しくなった理由としては大きい。わちるは効率化社会のあいだも昔の生活を続けていた"特別保護家庭"で育った稀有な少女であり、彼女の生活していた祖母の家は今では環研が管理し過去を知る重要な資料として丸ごと地下に補完されている。わちる本人も過去の生活の中で生きてきた人間であり、つまりは過去を知る生き証人なのだ。
そんなわちるへ環研で祖母の家を管理している職員から連絡があった。
"おばあさんの家を、地上へと移設しませんか?"と。
まだまだ地上の除染が完了していない為、実際に計画に移されるのは当分先の話だろうが話を聞けばかつて祖母の家があった場所へと移設し直してくれるという。
了承の返事を送ったわちるはそれらの手続きや移設計画の打ち合わせなどで大変忙しい日々を送る事になった。それに関連して他の特別保護家庭の人間と交流を持つようになったり、"九炉輪菜わちる"名義で復興関係の事業に参加したりと自身が行える出来る限りの協力をするようになった。それもかつて目を逸らしていた祖母との思い出を、FSの家族やわんこーろたちを通して向き合えるようになったからだ。
とにかく、そういった理由で現実で忙しい日々を送っていたわちるだったがここ最近はその忙しさも収まり始めている。諸々現実で必要な手続きなどは既に復興省や室長へと任せられるように整えられているし、わちるが"したい事"がヴァーチャル配信者である事を皆理解してくれている。とはいえまだまだ忙しい事に変わりはなく、心の癒しであるわんこーろとの触れ合いが減っていることに少しばかり不満がたまっていたりもする。それでも全体的な忙しさは収まり始めているのだ。
葦原町で開拓されていく世界を眺めながら生徒会で仕事をして、V+R=Wの参加者と仲良くなって、時折新人たちの為に学校で授業を受け持つ。週末には葦原に遊びに来た狐稲利と葦原の開拓や犬守村に関する雑談をしてニコに一般常識を教える。その後ネットの奥底へと潜ってデータのサルベージ作業を行い葦原町へと帰ってくる。それが最近のわちるの生活だ。
「なんでもわちるんに相談事があるらしいよぅ?」
「私に? えと、私のお力になれるような事でしょうか……?」
ナートより聞かされた思わぬ内容にわちるも他のFSメンバー同様不安げに狐稲利へ視線を向ける。情報処理技術だけで見れば室長の仕事を手伝っていたなこその方が上であるし、単純な記憶力ならば寝子に遠く及ばない。NDSを利用した情報サルベージの仕事は誰よりも安定しているが、それもヨルの補助あってこそだ。
狐稲利にここまで頼られた事もなかったわちるは戸惑い半分、驚き半分といったところ。
「うんとねー。おかーさのことー」
「わんこーろさんの?」
だが、次に発された狐稲利の言葉にわちるは伏せていた顔を上げる。
「私は生まれたばかりで、コイナリも、どうすればいいか分からないから、……それならわちるさんに相談したらどうか、と」
次いで口を開いたニコの言葉に今度こそわちるは目を輝かせ始める。どうやら二人はわんこーろに関する何かを知りたいらしい。
狐稲利はもちろん、ニコにしても生まれて数年とは思えないほどに賢い子たちだ。人の気持ちに敏感で、だからこそ思いやる気持ちを持っている。
簡単に言うなら空気を読む能力が高いのだ。わんこーろ本人に聞くわけでなくわんこーろに近しい存在に相談するというのは、つまりはわんこーろに気を使っての事なのだろう。
娘である自分たちを除いた中で最もわんこーろに近い存在は誰かと考えた時、二人はわちるを思い浮かべたという事だ。
「なるほど……うんうん! 任せてください! ネットや勉強の事なら手も足も出ませんけど、わんこーろさんの事なら私が一番よく知ってますから!!」
「わんこーろの娘にマウント取っても意味ねーじゃねーか」
「けどまあ実際わんころちゃんと一番付き合いが長いのはわちるちゃんだからねえ」
狐稲利とニコに対して得意げな様子のわちるだが、それは決して二人との仲が悪いとかそういう事ではなく、どちらかというと娘である二人に認められたという嬉しさによるものだ。確かにわちるとわんこーろが初めて言葉を交わしたのはわんこーろが犬守村を作ろうと考える前の話で、狐稲利やニコと比べれば知り合ったのはわちるの方が先。その後に生まれた狐稲利や最近やってきたニコの存在をわちるはまるで妹のように見ていたところがある。
つまりは妹二人に頼りにされて浮かれているお姉ちゃん、というわけだ。
「それでそれで! 一体わんこーろさんの何が聞きたいんですか? 身長ですか? 好物ですか? 撫でると気持ちよくなって力が抜けるポイントですか!?」
「ドン引きです」
「頼むからストーカー容疑で捕まらないでくれよ」
「わんころちゃんが訴えたら勝てるんじゃないかなあ?」
FSメンバーの言葉など耳にも入らない。もしも耳に入っていたのならば"その程度知っていて当然ですよ?"などと口にするかもしれないので誰もツッコミし直さない。
「さあさあ! 私になんでも聞いてくださいな!」
「それじゃあ、……わちるさん、今度の七夕の日、何を準備されていますか……?」
「へ……?」
ピシリ、と何かにヒビが入る音が聞こえた気がした。
思わずなこそが葦原の防衛システムをチラ見するが、正常。どうやら幻聴らしい。
「た、七夕の日って……あ! 犬守村でするイベントの事? それならちゃんと──」
「んーん、そっちじゃなくてー」
「え」
「お母さまへの、プレゼントについてです」
「え」
「わちるー、あのねー、七夕の日はー誕生日なのー」
わちるが若干ふらついた。貧血気味なのかな? と呑気にナートがあくびをする。
「……あの、その、大変失礼な事をお聞きするのですが……た、誕生日とは一体誰の……」
「なんで敬語になってんだよ」
「マウントが一瞬のうちに崩壊してて草ぁ」
「これは無意識に狐稲利さんとニコさんがマウントを取っていたのでは……?」
「二度とマウント取るなよぅ? ってゆー圧を二人から感じるよぅ」
当然狐稲利もニコも他意は無い。知りたいことを知りに来たという、純粋な子どもの眼差しをわちるに向けるだけ。その視線はわちるの得意げな様子を粉々に打ち崩す程度には眩しかった。あれ? 二人は空気読むのが上手いはずでは……?
「もちろんーおかーさだよー? 七夕の日は、おかーさの誕生日なのー!」
突如崩れ落ちるわちる。最推しの誕生日という超特大イベントを知らなかったというショックによってビターン!と綺麗に床へ倒れ突っ伏す情けない姿。
狐稲利とニコが慌てて駆け寄るが、まるで精神が抜け落ちたかのような姿に狐稲利の悲鳴が響く。なお、仮想空間内なので既に精神は体から抜けている。
FSはそんなわちるを見て、深く深くため息を吐き……大いに呆れるのだった。