転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「えへへ……あはは……アハ……みんなー……30時間耐久配信に来てくれてありがとねー……この配信が終わったら、私、……寝るんだ……」
『お疲れ!ホントお疲れ!』『微妙にフラグっぽいのやめて?』『長く苦しい戦いだった』『さすがに死にゲーの耐久はきつかったか』『絶対無理だと思ってたからすげーぞ、本当にお疲れだよ』『はよ休んでくれ!』
その日、V+R=W参加配信者の一人がこれまでに無いほどの長時間配信を終え、久しぶりの睡眠を取るために葦原町から
葦原学校の実習棟に存在しているとある小さな部屋。本来は授業やイベントなどで使用する物品を置くための準備室として機能するはずだった部屋の一つだ。けれどそもそも仮想空間ではあらゆるものをデータ化して圧縮、収納出来るためそのような準備室など必要なく、この配信者のように自身の部室として好き勝手に使っている者も多い。これに関して生徒会は実害がないので見て見ぬふりしていたりするが、そんな所で配信している配信者もなかなかに肝が座っていると言えるだろう。
ともかく、この配信者のように葦原に来てまでゲーム配信をしている程度には葦原という存在は配信者の中では大きな存在となっている。只の配信でも葦原で行うのとそうでないのでは視聴者数やチャンネル登録者数の伸びが全く違うのだとか。
そのためV+R=Wに参加していない配信者は次回の葦原町開拓参加者の応募がいつ行われるのかとヤキモキ期待しながら待っている。
とはいえいい事ばかりではない。葦原町へ行くにはNDSが必要不可欠であり、NDSによる精神の降下は精神的な負担も小さくない。NDSは現実から仮想空間へと意識を降下させる装置であり、降下中の肉体は眠っている状態とほぼ変わらない。だが、精神が覚醒しているという事は精神的な疲労は蓄積する一方で、仮想現実で長時間活動すればその負荷は肉体へと反映される。
体は眠っている状態にもかかわらず精神は覚醒状態なので疲労が溜まり解消されないのは当たり前といえば当たり前だろう。葦原開拓に参加している配信者の中で知らず知らず体調を崩す者もぽつぽつ出始め、運営が生徒会を通して注意喚起を行っているほどだ。
とはいえNDSによるネットダイブは現実の精神をそのまま100%ネットへと送り込んでいるわけではない。NDSにはいくつもの精神的負荷を抑制するための枷や防壁が組み込まれており、それは
長時間耐久配信を行っていた配信者はそういったNDSの保護機能が発動しない限界ギリギリで配信を行っていたのだが、実はここ最近の葦原町ではこういった限界的な耐久配信を行う配信者が急増していた。
その理由は配信活動に復帰した直後のFSとその公式が発表した公式イベントと、その参加条件にあった。
毎年塔の街で行われている大規模リアルイベントであるV/L=F、その仮想現実側でのメインイベントとして公開された修学旅行という名のイベント。
名目は伝統的建築物と文化的行事を体験する事でさらなる葦原町の発展と開拓を促進する、といったもので、実際の内容は葦原町を構築する上で手本となった空間、犬守村へと一泊二日出来るイベントとなっている。一年前に行われ好評だったFSの大型コラボである犬守村への帰省配信のように、葦原町の開拓参加者たちを犬守村へと招待するという内容だ。
これまで限られた人間が限られたエリアしか立ち入ることを許されなかった犬守村という空間に行く事が出来る為、わんこーろに憧れて配信者になった者や犬守村が創られていく工程を見てきた者たちにとってはぜひとも参加したいイベントだろう。
わんこーろへの憧れを抱く配信者はもちろんの事、モデリング技術に興味のある配信者やこの国の過去の姿に興味のある歴史好きな配信者も参加したいと意欲を露わにしている。
そんな修学旅行イベントだが、参加するにはいくつかの条件が存在している。前提としてイベントは犬守村で行われる為、葦原町の開拓に参加しているNDS所持済みの配信者が対象である。
この条件に関しては開拓に参加している配信者ならばそこまで厳しいものではなく、犬守村へと行くのならば最低限必要な条件と言えるだろう。条件は緩いので"交換留学"によって葦原町に来ている国外の配信者も対象となっている。
だが、次の条件が非常に厳しい。それは"NDSを用いた総配信時間"と"NDSを用いた一度の最長配信時間"が一定のラインを超えていなければいけない、というものだ。
この条件に関しては過去にFSが犬守村へと帰省した際にも設けられた条件でもある。NDSは精神を仮想空間へと降下させる特殊な技術が用いられており、肉体から脱した精神のみの状態で活動するという特殊な環境はNDS利用者に"酔い"の症状をもたらし、健康に害をもたらす可能性がある。これはNDSの防護機能で防げる類のものではなく、ネットへ精神を降下させるという状況に慣れていない結果引き起こされる症状である。
そのためV+R=W運営公式は修学旅行イベントへ参加希望の配信者を酔いの症状が無くなる程度NDSの利用に慣れた配信者に限定することにしたのだ。NDSの開発、量産を行っている先進技術研究所や世界で最も早くNDSを利用したFSのメンバーから得られた情報を元に、酔いに十分慣れるのに必要な合計時間や連続運転の時間が算出され、それらがイベントに参加できる配信者の条件とされた。
それらの条件が公表された当時、葦原町は阿鼻叫喚の嵐となった。条件はすべての開拓参加配信者に一律で適応され、故に一期生や二期生などの早期に葦原町へ降り立った配信者たちは何をせずとも条件をクリアした状態の者が多かったのに対し、それ以降の参加配信者たちは条件をクリア出来ていない者たちが一定数存在していたのだ。
不公平だと零す者もいたが、イベントの進行や配信中のハプニングを防ぐには仕方がない処置であり、かねがね納得される形で落ち着いた。
それはそれとして条件をクリアしていない配信者は期限までに必死に配信時間を延ばそうと躍起になっていった。イベントに参加できる条件は総配信時間と一回の配信における時間の長さであり、そこにチャンネル登録者数や同時視聴者数といったものは必要とされておらず、あくまで配信者が自身の努力でどうにか出来る条件だった。
そのため最近合流した葦原開拓参加配信者は修学旅行に参加するべく配信頻度を増やしたり、長時間配信の条件をクリアするために耐久配信をしたりと、かなりハードな配信スケジュールを慣行していた。
あまり無茶な配信をしないようにと生徒会もやんわりと注意喚起しているものの、そもそもの原因となったイベント参加条件を公表したのがFSとつながりの深いV+R=W運営なので耐久配信を禁止するわけにもいかず、日々耐久配信でボロボロになっていく配信者たちを見て、少しかわいそうに思いながらもやはり何かしらの耐久配信は配信者の華だよね! などと呟きながらイベントが開始される日を待っていた。
さて、そんなボロボロ状態でイベント参加を渇望している配信者の中には意外と一期生や二期生の面々も含まれていた。企業からの長期的な案件によって葦原に居ても配信が出来なかったり、歌の上手い配信者がレコーディング作業に忙殺されたりと有名な配信者も葦原での配信が出来ない状況に陥っているようだった。
そんな有名配信者の一人であり、個人勢ながらも例の事件も経験した葦原開拓古参の
「おお~……ほら、みてみて土ども~……これで合計690個目のハート形チョコレートの完成だよ~……あははは、これで来年のバレンタインは葦原の上空からチョコを降り注ぐ計画が実行できるねぇ~……アハハ」
『来年……w』『賞味期限終わってて草』『もういい、休めチョコガキ……!』『てかそんな計画立てたっけ?』『既に葦原で10時間ぶっ通しでチョコ作ってるからな……記憶もチョコと一緒に溶けちまってらw』『今年のバレンタインで体調崩して葦原に居られなかったのが相当悔しかったんやろなぁw』『体調崩してその後も体力戻んなかったから短時間配信が主になって……』『その結果修学旅行のバスに乗り遅れそうになってるの草~』『また体調崩してもしらないよ?』
「うるせぇえええええ!! 私だってな! 私だってわんころちゃんの家に行きたいんだよっ!! んでもって和菓子の作り方教えてもらうんだかんな!!」
『うるさ』『いきなり大声出すなチョコガキ』『お前ごときがわんころちゃんにお近づきになれるとでも?』『わちるさんに"埋められ"るぞ?』『お前はなこちゃんにボドゲ沼に沈められるのがお似合いだ』『そもそも修学旅行は全体行動の時間が大半だから一対一でわんころちゃんと話せる時間はほぼ無いと思うぞ?』
「う……」
『う?』『なに?鵜がどうしたの?』『ついに人の言葉も話せなくなったか……』『チョコからカカオ豆に退化したのかなぁw?』
「うわーん!!」
『!?!?!?』『ちょ、なに泣いてんだよチョコガキ!?』『おちつけって!泣くんじゃない!悪かった!』『俺らが悪かったから泣くなって!』
「うるせーわ!! なんだよお前ら! ちょっとくらいは応援してくれてもいいだろうがー!」
『ごめんて……』『悪い、言い過ぎた……』『がんばれかかおちゃん!』『かかお!お前なら出来る!なこちゃんと一緒に修学旅行に行くぞ!』
「……。いやー……なこそとは別行動で……」
『話の腰を折るんじゃねーチョコガキ!!』『そこはうん、って言っておく所だろ!?』『だからお前はチョコガキなんだぞ!?』
「だからってなんだよ!? とにかく! 一回の最長配信時間はとっくにクリアしてるし! あと240個程度作れば総配信時間の条件もクリア! 晴れて私も修学旅行に行ける!」
『その前に体調崩すに一票』『チョコガキは調子に乗るとすぐに分からされるからな~w』『これは思わぬ乱入者にめちゃくちゃにされるフラグだな!』
「お前らぁ! 修学旅行中の配信しねーぞ!?」
『申し訳ありませんでした』『私たちが全て悪かったです』『もう二度と生意気な口を聞きませんです』『なのでどうか配信をわたくしめに……』
「お、おう……分かればいいんだよ。……まったく、それに……乱入者なんて来るわけないだろ? みんな自分の配信で忙しいんだから──」
「かかおー!!」
「かかおさん」
「うわあ!? い、
『早速フラグ回収してんじゃねーか』『狐稲利ちゃんおつー!』『ニコちゃんもおひさー』『おいおいサプライズのコラボか?やるじゃんかかお!』『チョコガキも驚いてね?』『草』『これは計画的なコラボじゃないですねぇ……』『本当に乱入されてて草』
当然ながら何も知らないかかおは突然耐久配信に乱入してきた二人の電子生命体に驚きながら後ずさる。大体こうやっていきなりやってくる人物というのは何かしらのめんどくさい物事を抱えていて、それに巻き込まれるのがかかおの日常だった。主にボドゲ狂いのなこその事であるが。
「うんとねーかかおーにお願いがあるのー」
「お、お願い……私に?」
「かかおさんじゃないと、……お願い出来ない内容」
お願いと聞いてかかおはちょっとだけ警戒を緩める。少なくともなこそのように問答無用で確保されることが無いだけで二人は信頼していい部類だとかかおは判断した。
それはともかくとして、現在全世界レベルで名の通った二人にお願いされているという事実に別種の汗が流れる。ちらりとNDSの配信設定画面を確認すると先ほどまで耐久配信でかかおを煽り散らかしていた
あまりのエグさにか細い悲鳴がかかおより零れるが、何とかいつもの調子で狐稲利とニコに対応する。
「わ、わかった! 私に任せろって! それで、お願いって何?」
「うんー! あのねーケーキの作り方をー教えてほしーの!」
「お母さまの、……誕生日ケーキを、つくりたい」
「ほほう……。……へ? 誕生日!? わんこーろさんの!?!?!?」
『!?!?』『おいおいおい』『初出情報がさらっとww』『え?まじでこれ!?』『わんころちゃんから何もアナウンスないんですけど!?』『さ、さぷらいず……』『他人のならまだしも自分の誕生日をサプライズとは……?』
「うんー! 私たちがさぷらいずーするのー! だからみんなもおかーさに話しちゃだめだよー?」
『おーけー!!』『わかりました!』『決して漏らさないと誓います』
「土どもぉ!? 私と態度が全然違うじゃねーかよくそが!!」
『うるさ』『そういうとこだぞ』『そんなことよりわんころちゃんの誕プレ考えないと』『何にするかな……』『てか何なら喜んでくれるんだろ?』『てかチョコガキも考えろよ。もしかしたらわんころちゃんと一対一で話せるチャンスになるかもしれねーぞ?』
「うがー!! そんなの分かってるわっ!! 狐稲利ちゃん、ニコちゃん! 私が特性の誕生日ケーキの作り方を教えてやんよ!!」
「わーい!」
「ありがとう、ございます」
袖をまくり上げたかかおと続く狐稲利とニコ。三人のケーキ制作配信はひっそりと、それでいて多くの視聴者に見守られながら行われていった。狐稲利とニコがあらかじめ母親のスケジュールを把握し、