転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
これまで犬守村と葦原町は様々な季節行事を行ってきた。夏には帰省イベントをしたし、秋には札置神社での紅葉狩り。冬には雪まつりや年末年始のあれこれをやってみたり、春には春告祭という二つの仮想空間を跨いだ大規模イベントを実行した。
それ以外にも葦原町では参加配信者たちが独自にサルベージしたイベントなどが小規模で行われたりと季節ものの行事は珍しさや新鮮さから配信者や視聴者の中でもかなり好評なイベントだった。
だが、その中でも一度も行われていない行事が存在する。それが七夕と呼ばれるイベントだ。
わんこーろが犬守村を創り始めた頃には既に七夕も終わり夏本番といった時期であった。その後に創られた葦原町も当然時期的に七夕イベントを開催する事はできず、視聴者は犬守村でも葦原町でも七夕というものを見た事はない。
ただ笹に願い事を書いた短冊なるものを飾るだけ、というイメージでしかなく、わんこーろも犬守村でこじんまりとしたイベントとして行うと言っていたので葦原の配信者たちもそこまで期待しているようではなかった。
だが、そんな予想を裏切るように葦原の七夕イベントは文字通り"規模の大きい"イベントとしてラストスパートを迎えようとしていた。
その日の葦原町は七夕イベント当日であるにもかかわらず、いつもよりも静かだった。校舎の外から聞こえてくる音はわずかに湖水が岸に打ち付ける波の音と、早くも鳴き始めた虫たちの声ばかり。
あとは、学校のあちこちで見られる笹とそこに括り付けられている短冊の姿。だが周囲に人はおらず静かに短冊が揺れ動くだけ。
そんな中でイナクは部室で残りの原稿にペンを走らせていた。焦りながらもどこか楽しそうに原稿に向かい合うイナクだが、今日は配信を行っていなかった。七夕イベント当日というのもあり、ほとんどの視聴者はイベントに参加している配信者の配信枠を見に行くだろうと考えて一人コミケの原稿を進めようとしていたのだ。
……それに加えて、イナクが配信をしていなかったのは配信に乗せられないようなモノを描いているからというのが大きいのだが……。
とにかくそんなイベントの不参加を決め込んで原稿を進めようとしていたイナクへと忍び寄る三つの影があった。
「ぬわぁ!? な、なんじゃお主ら!」
「……!」
「……っ」
「……。」
いきなり机の下からにょっきりと生えるように飛び出した三人娘に思わずイナクがのけぞる様に上体を逸らして悲鳴を上げる。それに構わず三人娘……活発な金髪の少女の姿をしたナナがイナクに覆いかぶさり、両脇を黒髪を揺らす真面目そうな少女の姿をしたヨルと、眠たげに眼をこする少女の姿をしたよーりが固める。がっちりと両腕を掴まれたイナクはそのまま耳元で何かを囁くヨルとよーりの言葉に混乱しながらも言葉を返す。
「何? 犬守村のたんじょ……七夕イベントとな? ……うーむ、すまぬがコミケの原稿がの……わしのプレゼント用の絵を預けるのでな、お主ら渡しておいてくれんか?」
「? ……!」
「こ、こら引っ張るでない! わかった、わかったのじゃ! じゃから引っ張るでない!」
無理やり机から立ち上がらされたイナクはそのままヨルとよーりに引っ張られるようにして部室から出ていく。背負ったナナがどこか満足そうにしているのを感じながらも、イナクは仕方ないと三人娘と共に犬守村へと向かうのだった。
「ふうむ、これはこれは……」
「思ったよりも盛況なのです」
現実の時間とリンクしている葦原町は現在沈んだ太陽の光が僅かに空へ映し出されただけの薄暗い空気に包まれていた。あと少しすれば残された日の残光も失われ、完全な夜の姿が空を覆いつくすだろう。
いつもならばその後にやってくるのは完全な闇夜ではない。
葦原町の拠点である葦原学校は夜遅い時間から活動する配信者の為にいつも電気が付けられており非常に明るい。さすがに街灯のない路地裏などは薄暗いが、学校はもちろん周囲の民家も明るく、昼と変わらず活動する事が出来る。
だが現在の葦原町はそれらの人工的な光のほとんどが消されている。
明かりの無い校舎を慌てたように駆けていく配信者たち。彼ら彼女らは皆階段を上り、完全に太陽が沈み切る前に上の階を目指す。明かりが消えていつもとは違う非日常的な学校の雰囲気はどこかワクワクとした気持ちを沸き立たせ、夏めいてきたぬるい空気も相まってそれは経験したことが無いはずの懐かしい匂いを運んでくる。
そしてついに日の残光さえも空に溶け消え辺りは暗闇だけが満ちる時間がやってきた。
いや、日の光が消えた後に訪れたのは暗闇ではなく、日に隠れていた淡い光たちだった。
「わあ……! すご!」
「星ってこんなにあんのかよ! すっげーなオイ」
「リスナーも見えてるー? こんな光景なかなか見れないよっ!」
夜の暗さに目が慣れてきた参加者たちは徐々に姿を現し始めた星たちに思わず唖然とし、遥か遠くまで広がる星空を見上げつづける。葦原町はまだまだ開発前の空白地帯が大多数であり、夜に明かりをつけるような建築物はV+R=W全体を見るとまだ数パーセントも存在しない。その数パーセントさえも明かりを消し去れば、空に映し出されるのは遥か原初の地球でしか見られない満点の星空。
黒い空を埋め尽くさんばかりに煌めく星々は寄り集まって長い永い光の道を作り出す。かつて現実の空を自由に見上げる事が出来ていた人々は、そんな星々の道を天の川と名付けて長らく伝えてきた。まさに名の通りの光景に誰もかれもが目を離せない。
犬守村ですら札置や火遊治の温泉街などで明かりが灯され、ここまでの星空を堪能することは出来ないだろう。
まるで落ちてきそうなほどに近くまで、あるいは宇宙の果てしなさを感じる事が出来るほどに遠くまで。光の点でしか認識できないはずの星々が立体的に見え、まるで自分自身が星の海に投げ出されたかのような広大さを実感出来る。
「天文部として星作り」
「頑張ってきた甲斐が」
「あった、というもの」
「です」
「だね」
参加者たちが屋上で歓声を上げている中、無表情ながらもどこか自慢げに後方腕組する姉妹の姿があった。最近天文部の部長となった津々百合
同じような笑みを浮かべ、同じような服装で、同じように視線を合わせて頷き合う姉妹は自らが作り出した星空に見惚れる配信者たちを見て、満足そうに互いに言葉を交わす。
「わんこーろさんに」
「古い過去の記憶を」
「教えてもらったのも」
「おおきいですからね」
同じ音程に同じ声色。どちらがしゃべっているのか分からなくなるほどにそっくりな二人はそれぞれの配信の視聴者しか見分けがつかない程に似通っている。その方が面白くて話題性があるのでは? という二人の考えを基にして生み出されたそっくりなヴァーチャル配信者としての姿。
「それではでは」
「すこしばかり」
「天文部として」
「サービスをば」
二人が手を空へと伸ばし、何かの合図をするように振ると途端に空から幾つもの光の線が現れては消えていく。
「うお!? 流れ星だ!」
「すご……! 流れ星初めて見たんだけど!」
見上げる配信者たちが一際大きな歓声を上げている最中も次々に夜空へ星が流れていく。季節としては若干早いのだが、それらの流れ星は津々百合姉妹がペルセウス座流星群として設計したものであり、わんこーろたちと協力して生み出した、このイベントのためのサプライズだった。
葦原町と犬守村の両方で行われる七夕イベント。その葦原町側で行われたイベント内容とは、天文部全面協力による天体観測だった。屋上に設けられた観覧席や寝転んで空を観察出来るようにと敷かれたマットの上で配信者たちが思い思いに珍しい星空に感嘆の声を漏らす。
葦原の開拓参加配信者は出自や身分を考慮して選出されているわけでは無いので割合としては地下住みの者が多い。そんな者たちにとって地上どころか晴れ渡った夜空の光景を見上げるなど初めての体験だったろう。
さらには特区などに住んでいる配信者でさえその光景に思わず驚きを隠せないほどに興奮している様子が見て取れる。例え特区に住んでいても空が汚染雲によって覆い隠されている事も多く、夜空をじっくり観察出来るタイミングなどそうそう無いのだろう。
誰もかれもが初めての光景、その中に居る事を驚きと共に嬉しく思っているようだった。
「大盛り上がり」
「よかったです」
そんな光景に津々百合姉妹はほっと胸をなでおろし、互いの手をどちらともなく握る。今回の天体観測はいわば天文部の活動内容を発表する重要なイベントだった。天文部は幾らかの宇宙関係の企業や政府の事業に案件として加わっており、今回の七夕イベントはそれらの企業や政府関係者に対する報告書代わりでもあったのだ。
とはいえそういったビジネス的な理由を抜きにして姉妹は自身が手掛けた夜空の完成度が、かの犬守村の神様の創った夜空と同じくらいのクオリティだと認められている事が嬉しくて仕方がないといった様子だ。
あまり感情の起伏が乏しい姉妹だが、今回ばかりはどちらも優し気に微笑み、互いの健闘を称え合うのだった。
「………トト」
「……おねえ」
「やっぱり私たちも」
「行きたかったです」
「ね」
「ね」
ね、と互いに確認するように視線を合わせ、同じ方向へと顔を向ける姉妹。その視線は自分たちが生み出した星空を見つめているが、実際には遥か遠い犬守の地へと向けられているのだろう。
津々百合の姉妹も有名な配信者となるべく、彼女たちだけの立ち位置を模索して現在の二人で一人な配信者としての形を作り出した。自分たちだけしか表現する事の出来ないものを保持しているという点では、わんこーろという唯一無二な存在は憧れであり目標でもある。それは大多数の配信者にとっても同じことではあるが、イナクプロジェクトという有名な配信者グループに所属している者たちはよりその感情が大きかった。感情の表現が苦手な姉妹であっても、その想いは確かにある。
そういった二人の努力により津々百合姉妹の名前はイナクプロジェクトと共に浸透し、現在では各々にファンが付くほどになった。最近では姉妹としてでなく津々百合百々、津々百合十々という配信者として個別に活動することも多くなった。
それでも二人はこれまで過ごした一緒の時間を大切にし、そうしてこの空を生み出した。
「でも、しかたありません」
「葦原町の七夕イベントは」
「私たちが、」
「主役なので」
二人は互いに手を取り合い、手を空へと向けて振る。次はどのような星模様が見られるのだろうか。葦原の七夕イベントは静かながらも興奮と熱狂に包まれていた。
所変わって犬守村の犬守山。わんこーろが住処としている犬守神社の存在するその山は入口から神社までの参道に笹が並べられ、それらには既に幾つもの短冊が結ばれていた。参道の両脇に等間隔で並ぶ笹は参道の石畳を通り抜ける生ぬるい風によって緩やかに揺れ動き、色とりどりの短冊が揺られてたなびいていく。
暗がりでありながらも星の光に照らされたそんな光景は鮮やかに配信画面に映り、移住者たちも思わず歓声を書き込んでいく。
だがそんな様子とは一線を画す、よくわからない光景を指さし、わんこーろは引き気味ながらも緩やかな声音を吐き出す。
「……うわぁ……みなさん見てください~向こうの笹、赤い短冊でいっぱいですよ~……」
『引かないでわんころちゃん!?』『わんころちゃんが解禁した投げ銭で作られたヤツだぞ』『俺たちはドン引きだけどせめてわんころちゃんだけは引かないであげて……』『確かに真っ赤……というか笹が見えないから完全な真紅で草』『そりゃあれだけチャンネル登録されてたらこのくらいの光景はおかしくないような……』
色とりどりの短冊、その色はわんこーろの配信に投げ銭された絵馬と同様の基準で分けられており、基本的に投げられた金額が大きければ赤色に近づく。……つまり、真っ赤な短冊だらけ、というのは金銭的な意味でなかなかに異様な光景と判断されるわけだ。
とはいえわんこーろのチャンネル登録者数は既に前人未到の領域に達している為、投げ銭を行う層が全体のコンマ数パーセントであったとしても赤い短冊がいくつもあるのはそこまで不思議では無いかもしれない。
そんな移住者の言葉を否定するようにわんこーろは苦笑いしながら指さした区画の異常性を説明する。
「いえ~あのあたりの笹は~わちるさん専用エリアなのです~……」
『ふぁ!?』『草』『え、……え?』『じゃ、じゃああの真紅の森は全部一人が生み出したと……?』『真紅の森くさ』『これいつか投げ銭の限度額設定されるんじゃね?』
「そういう移住者さんも~あれはどういう事で~?」
『わあ!綺麗な虹色の笹!』『これは草』『無駄に芸術点たかいんよw』『おいあっちの笹は緑と赤の短冊しかねーぞww』『完全にクリスマスツリーで草』『季節感ないなった』『移住者ここぞとばかりにやりたい放題じゃねーかw』
その後もわんこーろは山の入り口から参道を歩きながら短冊を紹介しながら進んでいく。移住者が書き込んでいる通り、どうにも大人数で計画してデザインされたらしい短冊たちがお目見えしていく。
笹のてっぺんから徐々に色が変化していくグラデーション短冊は何本も存在し、種類も豊富という無駄に徹底されていた。ナナメのグラデーション、真ん中から広がっていくかんじのグラデーション、外側から内側に向かってのグラデーション。もはやわんこーろも呆れてほぼスルーする始末。
それ以外にも赤で統一された短冊ばかりの笹は何本も存在し、さながら紅葉しているようにさえ見えてしまう。それにわんこーろが呆れながらもツッコミをすると、移住者は『ちゃんと青々とした笹もあるよ!』と書き込んで緑やら青やらで統一された短冊たちを示す。そういう事じゃないんですよと力なく呆れ果てるわんこーろ。当然これもスルー。幾らかの短冊は紹介するが、とにかくスルー。
「んふふ~どうですか移住者さん~。犬守神社までの参道はぜーんぶ、こんな感じで笹が飾ってあるんですよ~。……何故か配信開始直後なのに短冊でいっぱいになってますけども~」
『当然では?』『配信開始から画面が映るまでの間に埋まったようですなw』
わんこーろの配信における投げ銭機能の開放は基本的に短時間で終了することが多い。お金を貰っても使い道が無いと何度もわんこーろが説明しているのだが、それでも何故か投げられる金銭に焦りまくり、たじろぐわんこーろ。
アワアワとした表情と身振り手振りで投げ銭を自重するように説得するわんこーろとそれでも投げたい移住者の攻防。その戦いはわんこーろがたまらず投げ銭機能をオフにする事でいつも終了となるのだが、今回のような大型のイベントでは投げ銭機能を配信終了まで解放しており、その結果が大量の短冊として現れている。
その後もわんこーろと移住者たちは参道を歩きながら短冊を見て、時々夜空を眺めながらゆっくりと犬守神社を目指して歩いていく。
「ん~……。風の匂いに、ちょっとだけ夏の匂いが混じってるような気がしますね~とはいえ夜はまだ肌寒いかも~」
『夏かぁ』『またあの季節が犬守村にやってくるのね』『今年もお盆するの?』『夏野菜の収穫計画も立てんとな』『今年ははちみつも採れるし』『犬守村は今年も暑くなりそうだなぁ』
「んふふ~。とーぜん夏のイベントはぜーんぶやっちゃいますよ~。前よりもバージョンアップした犬守村をお届けするよていです~」
しばらく歩いていると犬守神社の姿が見えてくる。神社は暗く、奥にある居住部分に関しても誰もいない為真っ暗なはずなのだが、なぜか明かりが付いている。確かに配信が始まる前に消してきたはずなのにとわんこーろが首をかしげていると、こちらへと歩いてくる人影が見えてくる。
「おかーさ」
「あれ? 狐稲利さん? どうしたんです~? 今日は葦原町のほうでお祭りに参加するのでは~?」
「んふー! こっち、こっちにきて!」
「わわ!? 狐稲利さん~!?」
どこか緊張した面持ちの狐稲利は勢いでわんこーろの手を取り神社へと駆けていく。慌てて歩調を合わせるわんこーろは何が起こっているのか分からず、思わず配信のコメント欄をちらりと確認する。
『よしよし、わんころちゃん確保!』『察される前に早く連れてくぞー』『イイ感じに混乱してて草~』『この感じだと本当に知らないっぽいね』
「狐稲利さん~? 移住者さん~?」
「おかーさっ! みんなまってるよ!」
「え?」
入口を素通りして縁側へと上がる狐稲利は障子を勢いよく開け放し、そして幾つもの声がわんこーろを祝福した。
「せーのっ!!」
「わんこーろさん! お誕生日おめでとー!!」
『おめでとう!』『おたおめー!!』『わんころちゃんお誕生日おめでとう!』『おめおめ』
「わあ~~!?」
明るい室内の空気が、まるでわんこーろを包み込むように広がり満たされていく。狐稲利に背を押され、わちるに手を引かれるわんこーろはまだよく分かっていない様子のままちゃぶ台の前へと連れてこられた。
ちゃぶ台に並ぶのはいくつもの料理たち。わんこーろが狐稲利とニコに教えた料理もあれば葦原でしか見た事の無い料理もあり、ちゃぶ台の真ん中には大きなケーキが置かれている。ろうそくが立てられ、砂糖菓子のイヌミミ少女がにこやかにクリームの上に座っている。チョコレートのプレートにはわんこーろの名前が書かれており、それらの周りを瑞々しい果物がこれでもかと盛られている。
たくさんの料理とたくさんの飾り付け、そしてたくさんの友達とたくさんの移住者たち。
「おかーさー! これぷれぜんとー!」
「受け取って、ほしい……」
イナクが用意した額縁に入れられている二枚の絵。それを狐稲利とニコが一緒に持ってわんこーろへと差し出す。狐稲利は元気に、ニコは緊張した様子でわんこーろを見上げている。
「おお~! これはわんこーろですね~! んふふ~、しっぽがとんでもなく太いです~」
「うんっ! いつも捕まえてお昼寝してるからー」
「ちゃんとリアル準拠……」
『捕まえてお昼寝!?』『わんころちゃんのしっぽが抱き枕に……w』『そりゃあ気持ちいだろうなぁw』『手触りまで再現しております』
狐稲利とニコが描いたわんこーろの似顔絵を見た本人は驚きながらも嬉しそうに受け取る。そこには縁側でお茶を楽しむわんこーろが描かれていた。絵の中のわんこーろは二人に向けるいつもの笑顔を湛え、自慢のしっぽをくるりと巻いて幸せそうに犬守村の中にいた。
「これを狐稲利さんとニコさんが~?」
「うんっ! いなくーに教えてもらった!」
「がんばり、ました。イナクさん、教え方じょうず……」
「おお~すごいですよ二人とも~!」
うれしすぎて思わず二人を抱きしめるわんこーろとそれを受け入れる狐稲利とニコ。狐稲利は慣れたものだがニコはまだまだ人と触れ合う事に慣れていないので少しびっくりしているようだったが、それでも抵抗せずにされるがままとなっている。
「んんぅ!」
「……!」
『おお!へにゃへにゃになってる狐稲利ちゃんかわええ』『なんという親子のかわいらしい一場面』『これはスクショ必至!!』『ああ……ニコちゃんの珍しい笑顔……!』『笑ってるとこ初めて見た……これが恋か……』『草』『二人ともよかったねえ』
二人の娘へ顔を寄せ、ありがとうを伝えるわんこーろに狐稲利とニコはサプライズが成功したと微笑み合った。これまでわんこーろの仕事や配信の手伝いをすることはあっても純粋にプレゼントを用意したことがほとんど無かった狐稲利とニコはわんこーろが喜んでくれるのだろうかと、少し不安に思っていたのだろう。しかし愛娘たちの愛情がこもったプレゼントを受け取って嬉しくないなどという事はなく、無事二人はわんこーろにプレゼントと共に日頃の感謝を伝える事ができた。
「イナクさんもありがとうございますね~。お忙しいのにお二人に教えてくださって~」
「このくらい何てこと無いのじゃ! 後でわしの絵も送っておくのじゃ──……ん? なぜ忙しいと知って……」
「皆さんもお手伝いありがとうございました~」
目の前に並べられた料理は犬守村で見た事のある料理もいくつか並んでいるが、それ以外の料理は葦原で復元されたレシピのものも多く見て取れる。集まった友達の中にはかかおの姿もあり……つまりはそういう事なのだとわんこーろもかかおたちに感謝を述べていく。
「当然ですよ! わんこーろさんの誕生日なんですから!!」
「数日前まで知らなかったけどねー」
「もー、わんころちゃんも誕生日くらい教えてくれたらいいのにさー、そしたら葦原町全体でお誕生日イベントにしたのにー」
「そ、そんな大げさな~」
「大げさではありませんよ? 既にわんこーろさんは葦原町に春をもたらした神様となっていますから、その生誕祭となれば」
「つーワケでまあ、こんくらいはな」
「あ~……そういえばそうでした~……」
『来年はかなり盛大になるだろうなw』『今まで投げ銭してきた連中が誕プレの為に本気出しそうで怖いぃ……w』『実質葦原町の創造主みたいなもんだしねえ』『わんころちゃんの影響力的に世界規模のイベントになりそーw』『どっかの国が祝日にする勢いだからなあ』
「さ、さすがに大げさでは~~?」
『世界救った自覚ある?』『文字通りの救世主なんだよなあ』『この程度あり得そう』『まあその時はわんころちゃんがワタワタしてるのが見れるから移住者的には楽しみだw』
「ええ~……」
「おかーさ! ろうそく! ふーってしてー!」
「お母さまは、今日の主役……」
「はいはいわかりました~だからひっぱらないで~」
ケーキの上には数本のろうそくが立てられている。わんこーろが配信を始めてからは初めての誕生日、それに加えてこの世界にわんこーろとして誕生した時と、初代わんこーろの時を合わせて多めにろうそくが立てられているのだろう。
わんこーろがろうそくへ顔を近づけると皆が固唾を飲んで見守り始め、そんな様子にわんこーろは思わず笑みが零れる。そこまで集中して見なくても、という若干呆れた様子のわんこーろだったが、実際の所そこまで集中するほどの重要イベントであったりする。
なにせ人類が初めて接触した地球外生命体で電子生命体。人に対して友好的でなにより可愛いというのだから、それを祝福しない手はない。遠い他者からは今後も人類の味方でいてくれるように願いを込めて。近しい友人たちからは今後も友達でいられるように祈りを込めて。
ふ~、とわんこーろらしいのほほんとした吐息によってろうそくはゆらゆら揺られ、吹き消される。
『おめでとー!』『よかった消えた!』『わんころちゃんの肺活量で消せるか心配だったぜw』『とにかくおめでとう!』
「お誕生日おめでとう!」
「これでわんころちゃんも一つ歳をとったわけだねぇ」
「いやはや、もう一年経ったのかって感じだな」
「今や世界的な配信者として有名ですからねぇ。次回はテレビとか……もしかしたら国のお偉いさんにお祝いされてるかもだよぅ」
『なにか言及はされるだろうな~』『実際に世界救ったわけだしな~』『世界的にお祝いされるだろう事は確定してるな!』
「んふふ~さすがにそんなことありませんよ~私は只のヴァーチャル配信者ですから~」
「うーんこれは自覚なし?」
「むしろ現実逃避しているだけなのではないでしょうか? 先日の配信でもうチャンネル登録者数を直視出来ないと言っていましたから」
「んふふ~~~んふ」
にじり寄るわんこーろの圧のある笑顔。何度も配信で見たイイ笑顔だ。それが何を意味しているのかこの場にいる者も移住者もよく分かっている。
「あっ……」
「この話やめよっか?」
『やめやめ!』『わんころちゃん鋏取り出そうとするのやめて?』『わんころちゃんの笑顔こわいぃ……』『料理食べよ!そうしよ!』
「んふふ~いいですよ~それじゃあどれからいただきましょうか~」
並べられた料理は基本的に和食が多く、中には犬守村では手に入れる手段が無い牛肉などを用いた料理などもある。葦原町では北の方で畜産なども始めた地区があるらしく、その関係で牛肉や乳製品なども流通し始めている。
それらの食材を用いて料理の腕に覚えのある者や関連する部活に所属する者たちによって作られた料理たちにわんこーろは一皿ずつ手を伸ばしていく。
「ん~! このカレーとってもおいしいですね~!」
「んふー! 葦原で育ててたこうしんりょーを分けてもらったのー!」
「お母さまが、むかし配信で言っていたと聞きました……」
「あ~そういえば……犬守村で香辛料を栽培してカレーとか作れないかな~って話したのを思い出しました~」
わんこーろが配信を始めた初期のころ、カレーを作れないかと香辛料の栽培などを考えていた事があった。今では葦原へ交換留学に来た海外の配信者を経由して手に入れる事も出来そうであるのでそこまで積極的に香辛料栽培を考えているわけではないわんこーろだったが、口にしたカレーの味わい深さを感じると村でも作れないかな、と考えてしまう。
その後もわんこーろは作られた料理を手に取り感想を言っては皆に感謝しながら思いを馳せていく。一つ一つの料理には幾つもの食材と幾つもの工程が、幾つもの道具と知識が必要となる。
かつては料理という存在さえ知らない者も居た現代において、一般人でさえおいしい料理を作れるほどにそれらの文化が復興してきたというのはわんこーろのおかげであるのは間違い無いだろう。ある意味、この光景さえもわんこーろ自身によって復興されたものと言える。
「にしても一年か……これでわんこーろも新人からベテラン配信者だな」
「わんこーろさんのデビュー後にデビューした後輩さんもかなり増えましたし。……というよりわんこーろさんの影響で配信者になったという方も多いかと」
「さすがだねぇ」
「とはいえ配信期間という意味では私たちの方が先輩ですよ!」
「わちるんはギリ後輩じゃん。誤差って事なら同期って感じだし」
「みなさ~ん! ケーキどのくらい食べますか~? さすがにわんこーろたちだけでは食べきれないですよ~!」
「なーとーいっぱいたべてねー!」
「ちょ、盛りすぎだよぉ! これ三切れ分くらいあるんじゃ!?」
「おいおい、狐稲利の思いを無下にするのかー?」
「棒読みで何言ってんだよぅまーるちゃん!!」
「だからまーるちゃん言うなって!」
「うわーん! 文字通りまるまる太っちゃえばいいんだー!」
「おま、私の皿に追加すんじゃねー!!」
大きなケーキを切り分ける狐稲利はちゃっかりチョコのプレートをわんこーろのお皿へ。砂糖菓子のわんこーろは、多少迷ったもののわちるのお皿へと乗せてやる。ナートへは他の倍程度の大きさに切り分けたり、それに〇一が反応してナートが反撃し返す。そんな光景にわんこーろはいつものように微笑んで見守っている。
「んふふ~改めてイナクさんもかかおさんも来てくれてありがとうございます~。このようなプレゼントまで頂けて~本当に感謝です~」
「そこまで言われる事じゃないって。作り方は教えたけどあれは全部狐稲利ちゃんとニコちゃんが作ったからね」
「似顔絵も、わしはちょっと手伝っただけじゃって。むしろ狐稲利どのとニコどのの成長スピードに驚かされたわい。……冬のコミケはアシとして雇いたいぐらいじゃ
「ん~?」
「ああいや、何でもないのじゃ!」
飲んで食べてのほぼ宴会状態になった誕生日会が進み、ひと段落したところでしっかり者の寝子が予定していた告知についての話を促していく。
「そういえばわんこーろさん。告知があったのでは?」
「あ、そうでした~。本当は短冊を見終わってから最後に告知するつもりだったのですが~サプライズのせいで忘れていました~。いや~うっかり」
『告知?』『まだ何かあるのか』『何々?まだサプライズあるの?』『ほうほう』
「え~とですね~。実は、近々犬守村への道を整備しようかな~っと思ってるんですよ~」
『ん?開拓って事?』『それならいつもやってるんじゃ?』『道……? どこかに繋がる道って事か?』
「んふふ~その通りです~! 整備する道というのは葦原町へと繋がる道の事です~。公式に、葦原町と犬守村とが繋がる道が生まれるという事です~!」
『おおおおおお!?』『マジ!?村と町との公式的な繋がり!!』『ついにか!』『マジで!?繋がっちゃうの!?』『てことは葦原参加者は犬守村へ行き放題……?』『うらやましいいいいい!!!』
今後行われる修学旅行イベントもつまりはこの繋がりによる大規模なNDS利用者の村と町との行き来が問題なく行えるかというテストの面もある。前年の秋に行ったV/L=Fのイベントなどで瞬間的なNDS利用者の同時ログインに問題はなかったので、今回の修学旅行イベントで今度は長時間の滞在に問題が無いかというテストを行うというわけだ。
テストとは言っているがNDS利用者にはそれらの説明をしっかりとしたうえで修学旅行への参加をしてもらうつもりだ。何か問題が発生すれば迅速に対処し、何かしらの被害が出ないように万全の態勢でイベントを進行する予定となっている。
楽しみな今後の仮想世界の展開を話し、わんこーろたちは画面の向こうの視聴者へと向き直る。
「それじゃあみなさん~犬守村の七夕イベントに来てくださってありがとうございました~。葦原町のほうではまだまだお祭りが続くみたいですので~そちらもたのしんでいってくださ~い」
「私たちFSも合流するつもりです! わんこーろさんも引っ張っていくので期待しててください!」
「わちるさん~!?」
「行きますよね? ね?」
「は、はい~」
『圧がすごいのよ』『笑顔の圧迫感が……』『草』『それじゃあ一端解散ということで~』『乙でした~』『ああ、わんころちゃんがわちるんに引っ張られてw』『連行されて終わったww』『さすがの電子生命体もわちるんにはかなわんか……w』『草、おつかれ~』
わんこーろの配信が終了すると参加していた配信者たちは食べ終わった料理の片付けをしたり他の配信者から預かっていたプレゼントなどをわんこーろへ渡して葦原へと戻っていった。まだまだ葦原の七夕イベントは続いている。天体観測が終わればあちらでも料理が出来る配信者たちによって宴会のような状態へ移行するらしく、わんこーろの誕生日で振舞った料理をあちらでも作らないといけないのだとか。
原稿が……とつぶやいていたイナクや葦原で出す料理を作らないといけないかかお達は早々に葦原へと戻り、FSのメンバーもわちるを除いて皆あちらへと行ってしまった。どうやら津々百合姉妹と共にイベントの司会をしなくてはならないらしい。
「んふふ~いや~まさかこんなサプライズを頂けるとは~。本当にありがとうございます~」
「喜んでもらえてよかったです。でも、今回はこれくらいで済みましたけど次回からはしっかり葦原町も巻き込みますからね!!」
犬守山の参道を下りて葦原へと向かっているわんこーろは、わんこーろとして初めての誕生日会を思い出し、静かに微笑み隣を歩くわちるへと再度感謝を述べる。いつもならば「大したことはしていない」と謙遜しながら慌てるわちるだが、今回は怪しげな笑みを浮かべてわんこーろの横顔を覗き込んで囁く。
「え、ええと、どうしましたわちるさん~?」
「わちるー脅迫っぽいー」
「わちるさん。誕生日しらなかったの、ショック……」
「ふふふふ……次こそは……、次こそは絶対に葦原ですっごく大きな誕生日イベントを企画しますからね……! 覚悟しておいてください!」
「あ~……あはは~……」
わちるは相変わらずだなあ、と呑気な事を考えるわんこーろ。そこまで深く考えていなかったわんこーろは笑って聞き流したがわちる本人はなかなかに本気のようだ。実際のところわちるほどの知名度がある配信者が呼びかければとんでもない規模のイベントに発展する可能性は高い。それこそ国外のV+R=W拠点にさえ波及するような、仮想世界全体の大きすぎる規模の誕生日イベントに発展するだろう。
しかし、それをわんこーろは知る由も無い。わんこーろは何でもできる電子生命体ではあるが、未来を見る事なんて出来ないのだから。
「それじゃあ葦原に行きましょうか」
「あ~、先に行っててもらえますか~? 少しだけ用事がありまして~……狐稲利さんとニコさんに」
「んぅ?」
「私も、です?」
「? 分かりました。それじゃあ先に行ってますね。……早く来てくださいね?」
「は~い」
葦原と犬守とを繋ぐ見慣れたトンネルの前でわんこーろは狐稲利とニコを呼び止めた。何の心当たりも無い二人は突然の事に首をかしげるだけ。わちるも不思議に思いつつも、家族で大切な話があるのだろうと気にせずにトンネルの向こうへと手を振り向かっていった。
「さて~……それじゃあ、狐稲利さんにはこちらを~。ニコさんにはこちらをどうぞ~」
そうしてわんこーろと狐稲利、ニコの三人になったところでわんこーろは拡張領域から二つの品を取り出した。
「んー? わあ!? こ、これ……!」
「ん……、髪飾り……。綺麗……」
それはわんこーろの手のひらに収まる程度の小さな髪飾りだった。小さいとはいえその意匠はかなり細かなもので、狐稲利が受け取ったものは白銀色を基調としたもので四季折々の花の姿をした金属細工が美しく輝いている。物としては小さいのでそこまで悪目立ちするものではなく、よくよく見ればその精巧さが見て取れるというもの。白銀の清らかな白は狐稲利の艶のある黒髪によく映えるだろう。
ニコが受け取ったものは墨染色の糸と金属糸とを
「んふふ~まさか先にサプライズされるとは思っていなかったのでお渡しするタイミングを見失っていたのですが~。お誕生日プレゼントです~」
「私の誕生日ー!?」
「覚えてて……くれたの?」
「もちろんですよ~。んふふ、大切なお二人の誕生日を忘れるわけないじゃないですか~。とはいっても誕生月が同じで日はなかなかに離れていますけどね~」
わんこーろが室長に相談していたのは二人の誕生日プレゼントを何にするかという相談だったのだ。何を渡しても嬉しそうに受け取るイメージしか抱けなかったわんこーろは、多くの娘たちの面倒を見ている室長の言葉を参考にしようと考えていたのだ。
なお、室長は狐稲利とニコの動向も把握していたので、お互いに同じことを考えるものだなと微笑ましく思っていた。
初代わんこーろの記憶を得たわんこーろはニコの生まれた時を知っているし、その手で生み出した狐稲利の誕生も当然覚えている。偶然にも自身を含めて全員の誕生日が七月に集まっていた事に驚きはしたものの、どこか運命的なものを感じて悪い気はしなかった。
「おかーさ、自分の誕生日は忘れてたのー」
「う……ま、まあ~お二人の誕生日の方が大事ですので~……」
「全然そんな事ないのー」
「うん。お母さまのお誕生日はとっても、大事です」
「んふふ~。そういってもらえるのは嬉しいですけど~……やっぱり私はお二人の母親ですからね~」
「なら、私たちはお母さまの娘……」
「娘だってーおかーさの誕生日が大切なのー」
受け取った髪飾りを二人はわんこーろへと差し出す。意図を理解したわんこーろはそれらを受け取り、それぞれの髪に優しく飾ってやる。
「ありがとうございます~。ささ、もう葦原町へ行きましょう~わちるさんたちが待っていますよ~」
「うんっ」
「はい」
満天の星空に描かれた天の川に照らされて、母親と娘たちは虫の音を頼りに手を繋ぎ歩いていく。
天に坐す星々の流れは遥か遠く、葦原よりももっと向こうの空まで続いている事だろう。