転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#268 犬守村の日常

 

 V/L=Fによって盛り上がりを見せる塔の街は数多くの観光客がごった返し、あらゆる設置ブースに人が並ぶ盛況具合を見せていた。推しのファングッズを身に着ける視聴者(リスナー)が行き交い、時折コスプレした参加者が通り過ぎる事も珍しくない。

 

 それ以外にもグッズがきっかけでV/L=F会場で仲良くなる視聴者たちや、何やら薄い本が詰められた紙袋をぶら下げている者などなど。

 

 この賑わいと活気を生み出したFSの運営であり、V/L=Fの総責任者である草薙室長はベンチに腰掛け、隣に座る男性と共に楽しそうな若者たちに視線を向けていた。

 

「今年のV/L=Fもすごい賑わいだね。ここまでの規模で行われるイベントの運営が君を含めたごく僅かというのも驚きだよ」

 

「わんこーろのおかげです。彼女の技術力はもちろんですが、わんこーろが協力するとなれば自分も、と声を上げる企業や団体はかなりのものでしたから。それに国の協力も過去類を見ない程でした」

 

「ふむ……そんなわんこーろ君に信頼されてるという意味では、君のおかげでもあるだろう?」

 

「私は何も……彼女の、いえ彼女たちの努力の賜物ですよ」

 

 ふと室長の視線が上がり、設置された大型ディスプレイに向けられる。そこには現在進められている仮想世界でのV/L=Fメインイベント、修学旅行の様子が映し出されていた。

 

 参加配信者が夏祭りの会場である犬守神社へと移動し、諸々の諸注意をわんこーろに受けながら各々が店の準備を始めようとしており、修学旅行イベントが大詰めを迎えようとしているようだった。

 

「すごいね、あの子たちは」

 

 室長の隣に座る、環境技術研究所の所長である男性がふとつぶやいた。もしも自身があの子たちと同じように出店をやってみないかと言われたら、あそこまで楽しめるだろうか? そんな思いが込められたつぶやきだった。

 

 もちろん所長という肩書を持つだけあり、様々な責任ある仕事をこなしてきた男性とて店を一つ経営するくらいならば何とかなるかもしれない。だが、それらを楽しめるかと問われれば安易に頷くことはできない。

 

 

 修学旅行に参加している配信者たちは殆どが若い配信者であり、大人組と呼ばれる者たちでさえ彼の半分程度の歳だ。なので出店と呼ばれる存在はおろか、夏祭りという催し物さえ実際に見た事が無いという者もいるだろう。

 

 そんな中、配信者たちはわんこーろたちの手を借りながらも独自の夏祭りを作ろうとしている。手探りの状態であるはずなのに、プレッシャーよりも楽しさを感じているように見えるのだ。

 

「……若いから、なんて年寄りが考える言い訳では説明できない……あの子たちは、つまりは表現者なのだろうね」

 

 最初期の、娯楽を主目的とした配信者はサルベージされたゲームをプレイするというシンプルな配信スタイルが主だった。心無い者はそれをただゲームしているのを垂れ流しているだけと嘲笑した。

 

 だが、そこから配信者という存在は進化を続け、各々が独自のスタイルへと向かっていった。ゲームに散りばめられた小ネタから話を膨らませる話術、元ネタに関する深い知識。根幹であるゲームプレイを突き詰めプロゲーマーなみの腕を魅せるなど。

 

 それらの努力と視聴者を楽しませようという精神は"ただゲームを垂れ流しにしているだけ"の者には出来ない芸当だ。

 

 配信者とは、新たな娯楽を生み出す創作者であり、新たな娯楽を広める表現者であり、自身の在り方を配信形態という独自性によって知らしめる体現者なのだ。

 

「さて、若い者の足を引っ張らないよう、私も頑張るとしようかね」

 

「もう行かれるのですか?」

 

「ああ、応急処置とはいえ主塔の工事が完了したらしい。デブリの量も許容範囲まで回収出来たと報告が来てね、来月には環研の暫定的な観測拠点を主塔内部に建造する予定をしている」

 

「では、所長も」

 

「メインの拠点はそちらへと移す事になりそうだよ。……ふふ、まさか移住者としてでなく、仕事仲間としてわんこーろ君と並べるとはね」

 

 主塔の復興と共に地球や宇宙の姿を記録する観測基地は主塔へと集約される事になった。さすがに全ての基地が集められる訳では無いが、塔よりも高い場所など地球上に存在しない為、観測地点としてはうってつけである事は間違いない。

 

 塔そのものがわんこーろの管理であるため、必然的に所長はわんこーろと顔を合わせる事になるだろう。今度は環研ニキとしてでなく、環境技術研究所の所長として。

 わんこーろもこれまでのような配信者としてでなく、電子生命体として人前に出てくる事が増えるだろう。

 

「……所長」

 

「何かな?」

 

「わんこーろは、例外だと思いますか?」

 

 室長の言葉に所長はしばらく黙ったまま、その言葉に小さく唸る。顎に指先を当て、何か考えるように上を向いて口を開く。

 

「……彼女(初代わんこーろ)の最も古い記憶によると、宇宙線に乗って旅をしていたらしいね? そして孤独から地球へと降り立ち、人との交流を望んだと」

 

「はい。それ以前の記憶は消失していた、とわんこーろは言っていました。……もしかしたら、初代わんこーろと同じような存在が宇宙には無数に在るのではないでしょうか? 宇宙という、暗黒の海を独りで旅する電子生命体たちが」

 

「わんこーろと同じような上位者が今後も地球へと来訪するかもしれないという懸念だね。前例が現れた以上可能性としてはあり得る」

 

「わんこーろ自体は同胞が居るか分からないとのことでしたが……」

 

「……わんこーろ君にとって初代わんこーろの記憶は記憶という情報に過ぎない。わんこーろ君が知らないと言うならば、古すぎる情報の劣化によって解読できなかったのか……そもそも人と電子生命体とでは記憶についての認識が異なっていたのかもしれないね」

 

「私たちが古いものを捨てていくように、電子生命体は記憶を選別して捨てていくと、いう事でしょうか」

 

「さてね……電子生命体も千差万別だろうという話さ。記憶をそぎ落とし身軽に旅を続けるストイックでミニマリストもいれば、大切なものを全部守りたいと思う子もいる……わんこーろ君のようにね」

 

 人が忘れないようにと紙にメモを残し、要らなくなれば捨ててしまうように電子生命体は記憶そのものを取捨選択して生きているのかもしれない。中にはすべての記憶を捨てたほうが気楽だと考える電子生命体もいるのかもしれない。

 

 そんな電子生命体が居るのか、そもそもわんこーろと同じような存在がまだ宇宙に居るのか、そしてそれらが地球へ来訪する時は来るのだろうか。

 

 人類側の様々な問題が終息した今、わんこーろの存在が今後人類が遭遇するであろう問題と課題を浮き彫りにさせる。

 

「塔の開放は人類に新たな道を指し示した。その新たな道というのは、私たちの予想以上の未来なのかも、しれないね」

 

 しかし所長はそこまで深刻には考えていないようだった。皺が目立ち始めた顔で微笑み、穏やかな声で次代を支える若者(室長)へと言葉を紡ぐ。

 

「我々は前に進める。人ならざる存在とでも手を取り合えると信じられる"前例"がいるのだからね」

 

「ええ。それはもう十分に、理解しています」

 

 二人の視線は自然と人の波へと向かう。V/L=Fの賑わいはまだまだ続き、そうして次の世代へと受け継がれていく。それらは歴史という流れとなって脈々と受け継がれ、おそらくはその途中で今回のような分岐点がいくつも現れる事だろう。

 

 そんな時、人類の歩みを隣でそっと支えてくれる存在がいたとしたら、それはなんとも頼もしい事だ。だがそれはもっともっと先の話。今はただ、この時間を楽しんでほしい。

 

 室長と所長はそっと息を吐き、たくましき現代の若者たちの未来に想いを馳せるのだった。

 

 

 

「そういえば草薙君、あっちで焼き鳥の店が出ていたよ。合成の品だけど、一杯どうだい?」

 

「出ていたも何も環境技術研究所(あなたのところ)(ブース)ではないですか……ご一緒します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行二日目は朝早くから騒々しさと共に始まった。前日のうちに申請されていたあれこれが届き、それらの受け渡し作業などがあったためだ。

 

「んふふ~皆さん忙しそうですけど~同じくらい楽しそうですね~」

 

「お祭りの準備なんてなかなかできる事じゃありませんからね。店舗まで自分で作って商品を販売するなんて葦原でもなかなか体験出来ませんし」

 

 既に生徒会兼お祭り実行部のテントが犬守神社の境内に設置され、そこで生徒会メンバーやわんこーろたちが最終確認を含めた話し合いをしながら朝食を口にしていた。他の配信者たちは既に火遊治で旅館の朝食を食べてお店の設置やら準備やらで方々へと散っていった後である。

 

 彼ら彼女らの要望を受け、必要なものを揃えるために働いていた生徒会とわんこーろたちは機材の受け渡しの仕事があり遅めの朝食となってしまった。だが、食事の内容は旅館で用意されたものと同じで、さらにはわんこーろ特製の漬物なども揃えられている。

 

「んー! このお魚おいしぃ~。やっぱ朝は焼き鮭にお味噌汁だよねー」

 

「一年前まで効率食で済ませてたやつがなんか言ってんな」

 

「もうあのパサパサとはおさらばだよぅ~!」

 

「んんー! いつもと違うお魚おいしー!」

 

「コイナリ……、ごはんつぶ付いてる……」

 

 朝食の味はFSにも好評のようだ。元々犬守村での食事は時々口にしていた彼女たちだが、ここまで本格的な旅館の味というのは経験したことが無い。いつものわんこーろが作る懐かしい食卓の味というのも好きだが、こういった豪華な朝食も良いものだと喜んでいる。

 

「このふっくらとたお米の感じ、葦原とは違いますね……。やはり品種の問題なのでしょうか。生物部のほうで話題になっていました」

 

「あれ? 葦原のお米もわんころちゃんに苗分けてもらったんじゃなかったの? ねえわんころちゃん」

 

「そうなのですが環境で育成状況も変わりますからね~。犬守村の田んぼは開拓初期に私が栄養満点な土壌として創っちゃいましたから~。葦原の田んぼに必要なのは土壌改良かもです~」

 

「なるほど……」

 

 FSとわんこーろたちが食事をしている最中もお祭り会場は大人組や現実世界より応援に来た専門家たちによってスムーズに設置作業が進んでいく。店の設営は配信者たちが行うが、それ以外の祭り櫓などはやはり専門家に頼むのが一番だろう。

 わんこーろならばデータから直接再現することもできるがこの修学旅行はあくまで伝統、文化、風習を再現して学ぶ事を本質としているので基本的に手出しはしない。

 

 徐々に組みあがっていく櫓を眺めながらわんこーろは朝食を食べ終わりひと段落しているFSの面々へ話を振る。

 

「皆さんは午前中どうされるので~?」

 

「ワタシたちも出店の準備になりそーだ」

 

「ナートちゃんのクジ引きのね。なんとか美術部とマンシ部の平和条約を取り付けて景品は準備できたっぽいし」

 

「主に私が交渉に駆り出されたわけですが……」

 

「その節は本当に感謝しているよぅ寝子ちゃん!!」

 

「相変わらずナートお姉ちゃんは仕方がない人ですね……」

 

「う……寝子ちゃんの冷たい眼差しが……!」

 

 ジト目で見つめてくる寝子の視線を躱すように身を小さくする〇一。深いため息をついた寝子は遠くから聞こえてくる配信者たちの声を聞きながら暖かいお茶で喉を潤す。

 

 夏の風が犬守村へと辿り着く様は木々の葉擦れによって肌で感じられる。ざあざあと流れる温い空気が髪を揺らし、撫でていく。それでも朝日の眩しい時間帯は肌寒く、体を温めるお茶の香りは寝子の眠気も覚まさせてくれる。

 

「午後からはもっと忙しくなるでしょうか?」

 

「んな事ねーんじゃねえか? 準備がクソ忙しいだけで」

 

「どれくらいお店の申請きたっけ? 寝子ちゃん」

 

「実際に出店するのは全体の六割程度ですね……本来はもっと多かったようですが場所やお店の内容が被ってやむなく、という感じです」

 

「出店まわりしてお祭りを楽しみたいという人たちも当然多いでしょうからちょうどいいかもですね」

 

 店を出す班はそちらにかかりきりとなるがそれ以外の配信者も忙しそうに、あるいは楽しそうに歩き回っている。班分けされてバラバラになった配信者の友達が出店の設営準備を手伝っていたり、早々に浴衣をレンタルして村を歩き回って観光していたり、あるいは狐稲利たちと仲の良い動物たちと触れ合っていたりと、なかなかに充実しているらしい。果たしてお祭り本番まで体力が残っているのかと疑問に思えるほどには遊びまわっている様子が見られる。

 

「何ならわんころちゃんはわちるちゃんと一緒にお祭り行ってきなよ。せっかくの犬守村の夏祭りなんだからさ」

 

「ん~? ……良いので~?」

 

「それは、嬉しいのですが……でも私もお店の……」

 

「クジ引きなんて一人店番が居ればいいって、私たちが順番に座ってれば大丈夫。だから二人はお祭り楽しんできなよ」

 

 もちろんお店をするからといってお祭りの間ずっと店に居ないといけないというわけではない。FSのように班の中で店番を順番に回して全員がお祭りを回れるようにと工夫している班がほとんどだ。

 参加している者たち全員がお祭りを楽しむべき。それが配信者たちの共通認識であり、数多のコラボを経験してきた彼ら彼女らの標準的な考えであった。その考えは配信者たちの代表的存在であるFSとて違いは無い。

 

 わんこーろが塔の事件より地球へと帰還してからというもの、わちるはわんこーろにべったりな状態だった。それこそ、葦原での仕事や公式の配信が無い時間はほぼ犬守村に居ると言ってもいいほどに。

 

 そんなわちるが修学旅行のイベント最中はあまりわんこーろと触れ合っていないのがFSのメンバーは気がかりだった。昨日の夜は一緒に温泉巡りに行ってきたらしいが、それだってイベントの進行や準備を考えて一つ二つ温泉を巡って終わりというもの。

 

 それ以外はわちるもわんこーろも別々にイベントの準備などをこなし、二人で居るときも仕事優先で私語さえほとんどなかったという。いままでのべったり具合と、わんこーろがいなくなっていた時期の萎れたわちるの姿を見ているFSのメンバーとしては少し不安に思ってしまうのだ。

 

「……ありがとうございます。みなさん……、でも午前中の準備はしっかり手伝いますから!」

 

「ああ……! なんだかやっと先輩らしい事が出来たような気がするよぅ!!」

 

「なんでお前が感激してんだ……」

 

「んふふ~」

 

 朝の時間はそうして過ぎていき、徐々に太陽の光は空の上へと向かっていく。ここから本格的に配信者たちの夏祭りが始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行イベントは折り返しを過ぎ、早い班はそろそろ出店を始めようかという時間に差し掛かっていた。徐々にお祭りの為に配信を始める配信者が現れはじめ、その盛り上がりはネット内外へと広がる。

 

 飴や砂糖菓子の甘い匂いとイカ焼きやたこ焼きのソースの匂いがほのかに漂い、温い空気に乗って犬守神社の参道を抜けていく。北守山地の向こうへと消えようとしている黄昏時の光は犬守村の木々が遮り、代わりに出店の並ぶ参道に吊り下げられた提灯の光が主張をし始める。そんな光景と匂いはどこか懐かしい雰囲気を伴い、祭りの前のワクワクとした空気を運んでくる。

 

 とはいえまだまだお祭りの開始時間には余裕があり、準備中な出店もちらほらと見かける。

 

「そっちもっと引っ張って──」

 

「飲み物取って来たよー!」

 

「鉄板ってこっちでいい?」

 

「番号札取ってきた人いる~?」

 

『設営は無事完了しそうかな?』『みんな浴衣似合ってる!』『この、お祭りの前の準備してる雰囲気好きだなあ』『なんか祭囃子も聞こえね?』『ミャンがお囃子歌うって言ってた』『ミャン忙しそうなのにがんばるねえ』『むしろこの日の為にレコーディング日程調整してたぞ』『有名どころが全員店出してるのは草』『一度は行きたい理想の光景』

 

 既に完成した出店の配信者たちが助っ人として他の出店の準備を手伝いながら作業が続いていく。この分ならばどの店もお祭り開始時間までには余裕で間に合うだろう。配信者たちもそう考えているらしく、そこまで焦った様子は見られない。それはFSが設置している出店でも同様だった。

 

「すみませんほうりさん。そちらも忙しいのにお手伝いしていただいて」

 

「問題ありませんよ。寝子様にはお姉様がいつもご迷惑をおかけしておりますから」

 

 ナートが希望したクジ引き屋の設営はまだ終わっていなかった。元々FSが多忙であるのでこのくらいは許容範囲だと焦る様子は無く、むしろ知り合いが手伝いに来てくれるので早々に設営が終わりそうであった。

 

 そんな手伝いに来てくれた配信者の一人、ナートの妹であるほうりは寝子と共にもうすぐ終わるだろう出店の設営を見届けていた。

 

「そ!? そんな事無いよね寝子ちゃん!? ねえ!?」

 

「それでも、ありがとうございます」

 

「寝子ちゃん否定して!?」

 

「ナートちゃんうるさい」

 

「姉妹喧嘩か? いやナートが一方的にボコされてるだけか」

 

『ナートさぁ……』『相変わらずのようだなナート』『安心と信頼の低評価ナート』『こいついつもうるさい言われてんな』『まるでほうりさんの方がお姉ちゃんのようだぁ……w』

 

「うるさいぞナー党ども!」

 

 

 ほどなくしてFSのクジ引き屋が完成する。内容はシンプルなもので、すべての商品から紐が伸びており紐は一まとめにされて店舗の天井付近へ。どの紐がどの商品に繋がっているのか分からなくされた状態でお客が紐を引っ張るというもの。

 

 商品は寝子が仲裁をした美術部や漫画復興支援部の渾身の作品たち。どれもがプロレベルか、そもそもプロが描いた作品たちばかりで見た目だけならばどこかの画廊のようにさえ見える。だがそれらが飾られているのはいかにも怪しそうなお祭りの店。

 

 その上ハズレ枠として大量に置かれているナート画伯の珠玉の一品たちが怪しさを加速させている始末。まあそれもお祭り的でいいや、というなこその諦観によって怪しさは軽減される事無く文字通り怪しい店として完成した。

 

「よし。私たちの店はこれで大丈夫そうだね」

 

「他んトコは間に合いそうか? 寝子」

 

「配信を見る限りは……まあ大丈夫そうでしょう」

 

 寝子の近くに浮遊している透明なディスプレイ。そこには犬守村で出店の準備に奔走する配信者たちの姿が写されていた。

 

 

【せんぱ~い……これ本当に釣れるんスか~?】

 

【大丈夫だ部員一号。昔の映像記録で見たから……これで絶対に釣れる】

 

【ホントっス~? 釣り竿の先に壺ぶら下げてたらタコ釣れるとか聞いたこと無いっスけど~?】

 

 

「こいつらなにやってんだ……?」

 

「たこ焼きの為のタコ釣りをしているみたいですね。普通に釣る方法と罠を使った方法がごちゃ混ぜになってて釣れるかは不明な状況ですが」

 

「えぇ……」

 

 

【先輩っ! イカっ! イカ釣れましたー!】

 

【おおっ! よくやった部員二号! タコが釣れない場合はイカ焼きにするぞ!】

 

【たこ焼きとイカ焼きは全然別の食べ物っスからね!?】

 

 

「間に合うのかコレは……?」

 

「他の方の配信も見てみますか?」

 

 空中のディスプレイを寝子がスワイプすると次の配信へと移る。場所はどうやら犬守山の奥のほう。お祭り会場である参道から外れた場所のようだ。

 

 

【ひ、ひぃいいいいい~~!?】

 

【お、おちつくのだよ! だ、だだ大丈夫この子は大人しい子だとわんころ先輩の配信で紹介してたのだよぅ!!】

 

【それでもこの巨体はむりいぃいいいい!!!】

 

【うわああああこっちみてるうううううう!?!?】

 

 

「……こいつらは?」

 

「ええと……リンゴ飴の班と綿菓子の班ですね。自前の砂糖もいいけど犬守産の砂糖も使ってみたいとわんこーろさんに交渉して岩戸へ砂糖を取りに来た子たちです」

 

「……さっきから"やた"のやつにすっげー観察されてんのは?」

 

「やた様は岩戸のある滝に住んでいますからね。珍しい客人に興味がわいたのでは?」

 

「災難だな……」

 

 人によって趣味嗜好というのは千差万別であり、そこに優劣も是非もないのだが……そうだとしてもやはり多くの者が肯定する姿であったり苦手とする存在というのはある。

 蛇、という存在はそんな多くの者にとって苦手意識のある生物だろう。鱗に覆われ細くにょろりとした姿と、爬虫類的な瞳や舌。何より毒を持つ種類がいるという情報が人間の遺伝子に刻まれている事で無意識に忌避感を覚えてしまう。

 

 本気を出せば犬上山を何巻きもできるほどの巨体である犬上山中枢のやた様は犬守村でも上位の攻撃性能を持つ存在だ。この世界で一般的な電子戦に用いる各種防壁を、その性能を無視して破壊することができる。

 

 さらにはその破壊方法は咀嚼であり、つまりは体内に取り込むことができる。取り込まれた防壁はやた様によって解析、改良され以降やた様は取り込んだ防壁をスルー出来る上に自身に取り込んだ防壁をいくつも展開させる事が可能という、防壁関係の突破力だけならばわんこーろと同じレベルの存在だ。

 

 そんなやた様は現在、目の前にいる配信者たちへ舌をぺろぺろと出して挨拶をしている。冬眠から目覚め徐々に暖かくなってきた気候のおかげで活発に動き始めたやた様の興味は自身の姿にビビり散らかしている配信者に向けられている。

 

 少しばかりびっくりさせようかという、母親(わんこーろ)譲りのいたずら心から配信者の目の前に出てきたやた様だが、想像以上に驚かれ……むしろ怖がられた事にショックを受けた様子で早々に退却しようかとしていたのだが、そんなやた様へと近づく配信者たちがいた。

 

【ほわあああああああ!! ほ、ほんもののやた様だあああああ!!】

 

【すごいっ! ホントに蛇の姿!! こんな大きいの地球上に存在しませんよ!!】

 

【やったあ! もしかしたらやたちゃんに会えるかもと付いてきてよかった!!】

 

【やた様触っていい!? 触っていいよね!? うわああつるつるしてるううう! 最高っ!!】

 

 人の趣味嗜好は千差万別であり、蛇を含めた爬虫類愛好家というのももちろん存在する。配信者の中にはそういったトカゲや蛇をこよなく愛する爬虫類系配信者という者たちもおり、ヴァーチャル配信者の中にはむしろ自身の姿をそっち側へ寄せる者たちさえいるくらいだ。

 

 そんな配信者たちにとって犬守村のやた様は一度は実際にお目にかかりたい、あわよくば触れあいたい存在なのだ。電子生命体の超技術によって再現された高クオリティの巨大な蛇の姿は彼ら彼女らの目を輝かせるにはあまりにも魅力的過ぎたわけだ。

 

 そうしてやた様が困惑している間にもやた様目当てで岩戸まできた爬虫類系配信者たちがやた様へと殺到し、そのつるつるした体を優しく撫でまくっていく。一応触っていいかと許可は求めるものの、やた様は言葉を話さないので結局問答無用で触られている状況だ。とはいえそもそもが愛好家たちなのでやた様の背中に無理やり乗ったりはしない。その辺りはしっかりとわきまえているようだ。

 

「はは、思ったより楽しんでんな」

 

「あまり楽しみすぎて熱中されないと良いのですが……」

 

「そん時は怖い先生(室長)が呼びに行ってくれるだろーよ」

 

 その後も〇一たちは修学旅行組の配信を見ながら進捗を確認し、それぞれが楽しみながらもお祭りの準備を進める姿を見ていった。

 

 日はもうすぐ山間に隠れ、提灯の灯が主役となる。お祭りまであと、すこし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が完全に暮れ、提灯の灯がぼんやりと犬守神社の参道を照らしている。いつもは風が木々を撫でる音と虫の音、少しばかりの野生動物の声が聞こえるだけの犬上山では、現在数多くの配信者たちによって賑わいを見せていた。

 

 夏祭りらしく浴衣に身を包んだ配信者たち。去年の帰省イベントから和服に憧れを持っていながら、今回初めて和服というものに袖を通した配信者も多く、ただ着ているだけで何処か嬉しそうな様子さえ見て取れる。

 

 犬守神社の境内から漏れ聞こえる祭囃子と共に、様々な出店より漂うおいしそうな匂いと、熱気。それらは古き良きこの国のお祭りとしての姿を現代に伝えていた。

 

 もうすぐお祭りが始まる。そんな期待に満ちた雰囲気を、しかし緊張した面持ちで迎えようとしていた面々が居る。このお祭り、ひいては修学旅行というイベントを開催し、進行していたFSおよび運営である室長たちだった。

 

 室長は初めて行われる大規模な犬守村でのお祭りイベントが無事終わるようにと現地でサポートするべくFSと合流した。犬守神社の片隅に設置された、実行部と書かれたテントでは室長や灯、FSの面々が集まりお祭りの進行に関しての最終確認を行っていく。

 

「まあ、確認も何もないのだがな。ここからはお前たちが好き勝手やるだけのイベントだ」

 

「しつちょー投げっぱなしで草ぁ」

 

「実際その通りなのですけどね。配信者の皆さんが独自で作った出店が並ぶ、独自のお祭りなのですから」

 

「予定していた進行状況もなにも、予定なんて立てられねーってな」

 

 とはいえ話し合うようなことはほとんどないと言っていい。現在お祭りを形作っている配信者たちはイベントを存分に楽しむプロだ。何をしてはいけないのか、何をしても良いのか、そういったラインをわきまえ、そのうえで存分に楽しみ盛り上げる能力に長けている。FSたちが確認すべきなのは、そのラインを誤って超えてしまった際のフォローの仕方くらいなものだ。

 

 なので確認作業もほどほどにFSは室長たちと雑談しながらお祭りが始まるのを待っていた。ナートのクジ引き屋はお祭り後半に始める予定なのでそう焦る必要もない。そんな考えからゆったりと話をしていた所へ、元気な声が飛び込んできた。

 

「なこそー!」

 

「こんばん、は」

 

「あら狐稲利ちゃんにニコちゃん。二人ともかわいいねえ」

 

「あっ……! ニコちゃんの浴衣ぁ……!」

 

「うわ……」

 

「わちるお姉ちゃんしっかりしてください。狐稲利さん配信してますから」

 

『こんばんはー!』『フロサルだー!』『イベント運営様!』『お疲れさまです』『しししし室長さんもおる!?』『美しい……可愛い……』『照れて顔背けてるしつちょーかわいいー!』『というかニコちゃんの浴衣だと!!』『洋服じゃない和服なニコちゃん……いいな!』『神秘性が上がったな』『まるで人形のような小さ可愛さw』

 

 現れたのは狐稲利と、何故か狐稲利に抱っこされているニコだった。されるがままのニコはなこそや視聴者から可愛いと言われて少し恥ずかしそうにしながらも、懐から何やら長方形の紙を数枚取り出してFSへと差し出した。その動作に連動するように狐稲利が声を発する。

 

「みんなーはいこれどーぞー」

 

「何これ? "犬守庵(いぬかみあん)利用券"?」

 

「んーとねーこれはねー」

 

 狐稲利の説明によると、利用券なるものに書かれた犬守庵というのは犬守神社の居住区にお祭りのあいだ設けられる休憩スペースの事らしい。

 

 今回行われるお祭りはそれなりに長時間が想定されており、その間参加している配信者たちは立ちっぱなし歩きっぱなし、あるいは仕事しっぱなしという事になる。お祭りの喧騒も楽しいものだが、それでも疲れた時に休憩できるスペースが必要だろうとわんこーろが考えたのが、犬守庵という休憩所の設置だった。

 

 犬守神社のわんこーろがいつも雑談配信をしている部屋や去年の帰省イベントでFSが就寝した広間などが開放され、いつでも休憩ができる場所として提供される。

 

 広間ではお祭り中わんこーろがサルベージしたアニメや、お祭り配信をしている配信者の配信などが垂れ流しにされ、お茶とお茶菓子も提供されるのでゆっくりと体を休める事ができる。

 

 なお、犬守庵の利用には狐稲利とニコが配っている犬守庵利用券が必要とされているが、参加者全員に配られているので利用券とはされているものの雰囲気を楽しむアイテムとなっている。

 

「ええぇ~ずるいぃ~絶対みんなそっち行くじゃん~」

 

「出店で食べ物を買ってそっちで休憩というのがベターになりそうですね」

 

「んふー、でもそれじゃあもったいないよー?」

 

「お祭り……、雰囲気……、初めてでワクワク……」

 

「なるほど、皆さん本格的な昔のお祭りを経験したことの無い方ばかりですからね」

 

 FSは犬守村で過ごす事も珍しくなく、わんこーろから食事を振舞われたり、小規模なイベントに巻き込まれる事もよくある。去年の帰省イベントの経験もあり、犬守村の雰囲気に慣れているところもあるだろう。

 

 だが、今回修学旅行として犬守村にやって来た配信者はそうではない。そもそも犬守村は限られた人間しか立ち入る事ができず、それはつまりFSとその関係者に限定されているという事だ。

 

 犬守村とそこで行われるイベントに憧れているにも関わらず、一度として犬守村へ足を踏み入れたことの無い配信者も多い。そんな者たちにとって今回の修学旅行は犬守村を堪能する願っても無いチャンスなのだ。休憩室に籠って時間を潰す暇などない。

 

 初体験であるにも関わらずどこか懐かしい。そんな経験は確実に次代へと繋がっていく。

 

「ここでの経験がいつかは現実での復興の手助けとなるだろうな。配信者が意図せずとも楽しそうにしている姿は見ているものを感化させるだけの力がある」 

 

 現在この国にはいくつもの失われた祭りが存在する。それは数百年続いていた大祭から奇祭とされているものまで様々。それらはその土地の文化、伝統、風習と深く結びついており、だからこそ完全な形でサルベージするのは難しい。

 

 だが、わんこーろの協力によって祭りは本来の姿を取り戻し、現実にさえ蘇ろうとしている。葦原町で形作られている都市と同じく今後お祭りといった形の無いものも現実へと復興されていくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お祭りは誰かの開催宣言があるわけでもなく、祭囃子と共に緩やかに始まった。誰しもが聞いたことのある特徴的な声音のお囃子は妙に声質とマッチしており違和感なくお祭り会場全体に届けられる。

 

 配信者たちは思い思いにお祭り会場を散策し、両手には常に食べ物やクジ引きの商品らしきものが抱えられていた。狭い参道を行き交う配信者たちは目当ての出店を見つけては目を輝かせ、初めての味や体験を楽しんでいた。

 

 配信者の目に映るのはそれらの出店の様子がほとんどで、会場そのものが薄暗いというのもあってすれ違った配信者が誰だったのかと考える者は居ない。それ故にお祭りの雑踏に紛れる狐稲利とニコは周囲から注目されることなくお祭りを楽しんでいた。

 

「ニコおねーちゃん! わたがし食べたいー!」

 

「うん、向こうにあったよ……いこ?」

 

「うんー!」

 

 犬守山の参道から犬守神社まで続く参道は両脇を隙間なく出店がひしめき合っている。お祭りの実行部である生徒会へと提出された出店(でみせ)申請は調整と話し合いの末、ほとんどが受理され、各々が自信のある店を出しているが……そんな店の間に何やら怪しい露店も姿を見せている。

 辺りが暗くなり始めているにも関わらずサングラスをかけて顔を隠している露店の店主……幼い少女らしい人影は、地面に布を敷いてその上に何やら装飾品のようなものを綺麗に並べている。

 

 普段使いできそうなシンプルでかわいいものから、どう考えても華美すぎる装飾が施されたものまで様々なアクセサリが存在し、少なくない配信者が物珍しさから集まっている。

 

「んー?」

 

「コイナリ……?」

 

「ねーねー」

 

 そんな人だかりの中に狐稲利が疑うような声を漏らしながら近づいていく。そんな狐稲利を疑問に思いながら後ろをニコがついていく。狐稲利の視線が捉えるのは並べられたアクセサリの数々ではなく……それらを扱う店主本人。

 

「な……なにかな?」

 

 いきなり近づいてきた狐稲利の姿を視界に収めた店主は一瞬ビクリと肩を震わせるものの、努めて冷静に対処しようと声を出す。

 

「ととー、なにしてるのー?」

 

 狐稲利は店主の動揺など意に介さず、無垢な子どもが尋ねるように店主……津々百合百々へと何をしているのかと尋ねた。狐稲利がわんこーろと共有している情報が正しいのならば、津々百合十々の班は出店の申請を行っておらず、本来店を出すことはできないはずだからだ。

 

「わ、わわ私は津々百合十々などという配信者では決してないのです……!」

 

「ばればれ……」

 

 正体がバレた瞬間に声を低くして否定するも、それが逆に本人だと言っているようなものだ。そもそもネット空間で電子生命体な二人を欺くことなどほぼ不可能だというのに。

 

 あまりにも丸わかりな変装にニコもあきれ顔だ。

 

「ど……どうかおねえには内密に……」

 

 十々は狐稲利の足に擦り寄ってしがみつき懇願し始める。狐稲利はおおー、と珍しい姿に声を漏らすだけだが隣のニコはドン引きしている。

 

「んー……じゃあ、これー!」

 

 狐稲利にとって十々がどのような姿でここに居ようと深く追求するつもりは無かった。内密にしてほしいと請われれば、そうしようと素直に受け取った狐稲利は早々に切り替えて本来の目的である商品へと興味が移る。商品には値札がついているのだが、どれも0としか書かれていない。

 

 それを不思議に思いつつも狐稲利は商品を見回した後、並べられたアクセサリから気に入ったものを指さした。

 

「ど、どうぞです……!」

 

「あ、お金払うー」

 

「こ、これも。後これもどうかお納めくださいーなにとぞ、なにとぞー……」

 

「ええー?」

 

「くさ」

 

 十々の店はFSの申請もなく設置されている店、つまりは無許可なわけだ。

 

 店に並ぶアクセサリは全てが十々の手作りとなっており、かなり精巧なつくりをしている。元々は部活動の一環として作った星座を模したアクセサリたちだが、十々はそれらをどこかで発表したいと考えていた。だがほぼ趣味で作ったもので姉である百々さえも知らない秘密の趣味である十々のアクセサリ作りは発表する機会を逃し続けていた。

 

 そんなときに巡って来たチャンスが今回のお祭りだった。数多くの店に紛れて作ったアクセサリを販売する。そんな十々のひそかな計画はあっけなく狐稲利に変装を見破られた事で破綻しようとしていた。

 

 なお、前述した通りネット空間で電子生命体を欺くなど不可能であり、十々の店はわんこーろを経由してFSと室長が既に把握している。だが、十々のように無断で店を出している者は意外と多く、そのすべてが正規の店の邪魔をしないようにと陰に隠れてひっそりと行っている事や、未申請の店同士で話をしたのだろうか、店の商品が無料での販売、配布という形であった。

 

 元々出店の申請手続きは設営場所のブッキングなどが発生しないようにと求めたものなので他者の邪魔にならない、お客側に資金的な負担が皆無ならばまあいいか、と実行部も容認していた。とはいえ無許可なのは変わりないので誰かにツッコまれればやむなく撤去されてしまう。なので狐稲利の足に縋りつき、目玉の商品を贈呈した十々の行動はある意味正しいと言えなくもない。絵面がとんでもなくエグいくらいしかマイナスなところは無いだろう。

 

「ととーありがとー! おねーちゃーん、次あのお店行きたいー!」

 

「うん……、わかった……」

 

 既に別の出店へと興味が移った狐稲利を追いかけるニコはチラリと振り返って十々を見る。

 

 

 ……なんか土下座してる。

 

 

 人間とはなんとも不思議で奇怪な存在なのだなあ……そんな珍しく電子生命体っぽい感想を抱きながらニコは狐稲利に手を引かれて次の店へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かかおー!」

 

「おっ! 狐稲利ちゃんにニコちゃんじゃん! お祭りたのしんでる?」

 

「うんー!」

 

「人、すごいね……」

 

「教育映像でしか見た事ない光景だからみんなはしゃいでんだよ。私もそーだけど」

 

 これぞお祭りの出店、といった姿の出店の店主として立っているのはお菓子作りを得意とする無名火かかおだ。頭にねじり鉢巻を結んだ姿は思ったよりも似合っているとからかい半分視聴者から評判だ。

 

 しかしそれよりも配信者に評判なのは、今回かかおが出店で販売している商品だろう。

 

「はい、これどーぞ。ウチ特性のチョコレート使ってんだ」

 

 かかおの販売している商品はチョコバナナ。バナナにチョコレートをかけるシンプルなお祭りの食べ物だが、素材についてはなかなかにこだわっている。チョコはかかおが自作したオリジナルのチョコレートを用いており、バナナはV+R=Wで友達になった海外勢に頼んで向こうの拠点から譲ってもらったものが使われている。チョコスプレーなどのトッピングも豊富で見た目にも美しいそれは出店の中でもかなりの人気商品である。

 

「お金払うよー」

 

「いいのいいの。その代わり宣伝しといてくれる?」

 

「……うんー! ありがとかかおー!」

 

 またしてもお金を払えなかった事に狐稲利は少し不満げ……というより不安げであったが、既に差し出されたチョコバナナを受け取らない訳にもいかず、少し悩んで結局狐稲利はかかおから受け取った。

 

 チョコとバナナの相性はいわずもがな。葦原でチョコを作り続けているかかお特製となればその味も保障されているようなものだ。受け取った途端、狐稲利は嬉しそうにかかおへ感謝を述べチョコバナナを口にした。 

 

「はいニコちゃんも」

 

「……、いい、の?」

 

 対してニコは目の前にチョコバナナを差し出されても手を伸ばせなかった。ニコはかつて塔を閉鎖していた記憶(データ)から、どこか自己を主張しないよう、影を薄くして葦原で暮らしているきらいがある。他者からの善意に対して手を伸ばしてもいいのかという葛藤が無意識にあるようだった。

 

「もっちろん。その代わり宣伝よろしくねー」

 

「……うん。がんばる」

 

 それでも、ニコは勇気を出して手を伸ばしてみた。思ったよりもチョコバナナは重く、手渡したかかおの顔は眩しかった。

 

「ありがと……」

 

 

 

 お祭りはまだまだ続いていく。この世界で行われるありとあらゆるものがニコを成長させていく。それは姉である狐稲利の成長過程と同じものであった。

 

 たくさんの人に認められ、受け入れられ、きっとニコも狐稲利やわんこーろのような人に寄り添う電子生命体に成長するのだろう。

 

 

 

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