転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
みなさんこんばんは~~ここ最近目まぐるしく生活環境が変わっていったことで精神的にぽわぽわしてるわんこーろですよ~~~。
いやはやなんといいましょうか、疲れているわけではないのですが慣れない事柄を処理していくのはなかなかに面倒で時間がかかるものなのだと最近痛感している次第なのです。
私に会いたいと連絡を下さる人たちが、塔に登る前の数倍にまで膨れ上がっているのが主な原因ではあるのですが、それだって室長さんが代わりに捌いてくださっているのでかなり助かっていたりします。
とはいえ室長さんを通さずに私へ無理やり接触しようとするマナー違反な方々もちらほら見かけたりするので、そんな方々は使用端末やらアカウント情報やらをしかるべき場所に送りつけたりといった作業が発生し、結局仕事量が増大しているという始末。
これが一人や二人なら問題にもならないのですが、不正アクセスの量は数千から数万。それが連日殺到するのですから辟易とするのも無理からぬ事、と言ったかんじなのですね~。
それ以外にも犬守村の外との繋がりを作るための準備やらで忙しく……私は地球に帰還してからほとんど働きっぱなし。少し前までならわちるさんと一緒に縁側でゆっくりまったり。時々もたれかかってくる狐稲利さんをなんとか受け止めて三人一緒にお昼寝などしていたというのに~。
あ、今年はニコさんもおられるので四人でしょうか? ……そういえばニコさんの食器まだ揃えていませんでしたね。今度葦原の皿市で揃えましょうか……それとも犬守村で作るのもいいかもですね~。そうなると陶器作りに最適な粘土を見つけるところからになりそうですけど~。
「んふふ~」
「わんこーろさん? どうかしました?」
「いえいえ~、今後が楽しみだな~と思いまして~」
「あはは、今年もいろんなお祭りやイベントが盛りだくさんですもんね」
今年……そういえば私の隣を歩いているわちるさんもまだ配信者として一年しか活動されていないのですよね~。あまりにも濃い一年だったのですっかり忘れていました。
んふふ~。昔は私と手を繋ぐのだって緊張していたわちるさんが、今では慣れた様子で手を繋いでくるのですから人とは成長する生き物なのですね~、などと電子生命体的思考をしてみますが、よくよく考えれば早い段階で一緒のお風呂に入ったりしていたような気がするので成長というよりは慣れたと言った方が良いのかもですね。
「わんこーろさん、気になる店はありますか?」
「ん~……そうですね~」
犬守村で初めて行われた修学旅行、そのクライマックス的なイベントである夏祭りではどの出店もかなりの人だかりができています。基本的にどの出店もこの時代にとっては珍しいと思えるものを売っているのでそれも仕方が無いでしょう、リンゴ飴とかわたがしとか……葦原で行われた各種イベントでも見たことが無いですから。
ちらりとわちるさんへと視線を向けて、わちるさんが目を向けている出店が無いかを確認してみますがわちるさんは先ほどからずっと私を見つめておられます……えぇ。
「あの~わちるさん~?」
「どうしましたわんこーろさん?」
「あ、いえ~……それじゃああちらの店から見ていきましょうか~」
「はい!」
どうしましょうかね~。今回のお祭りは初めてのイベントという事で実験的な仕組みを取り入れたりしています。その一つが、このお祭りだけで使えるお金を用いた商品の売買でして、出店の食べ物を買ったりするには専用のお金が必要となっています。今後この仕組みは現実でのイベントやお祭りなどにも組み込んでみたいという協力企業の考えもあり試験的に実装したものになります。
ただ実装しただけでは面白くないので、お店を出した側には売上金の上位には何か賞品でも差し上げるつもりではありますが、対してお客側は一律配布された金額でいかにお祭りを楽しむかという話にもなってきます。
資金と相談しながらも並ぶ出店はどれも魅力的。どこの店も行ってみたいですし、食べてみたいものもありますけど~……あれ?
「……ん~?」
遠くで一際賑わっている出店がある事に私が気付くと、それにつられるようにわちるさんも視線を向けます。
「金魚すくい……ですね」
「ですね~」
そのお店は出店の中でも珍しい、金魚すくいの出店のようでした。よくある長方形の桶に張られた水の中を気持ちよく泳いでいる赤や黒の金魚たち。基本的に生物を扱う出店は
元気がいいのか金魚すくい用のポイをぶち破る様子がそこかしこで見られ、小さな悲鳴があがっています。ん~……みたところ普通の金魚のようですし、単純に元気すぎなだけですね。水中から飛び上がってポイを破りに行く猛者もいますが……元気すぎなだけですね、きっと。
そうやって私は金魚そのものに注目していたのですが、わちるさんはどうやら店主の方が気になる様子。おずおずと話しかけていきます。
「あの……」
「な、なんじゃお主ら……! ひ、人の顔をジロジロと……!」
あからさまに動揺している様子ですが……なぜそこまでびくびくしておられるのでしょうか……?
「なぜ変装しているのです~? イナクさん~」
「ひぃい……! なぜバレるのじゃあ……!?」
『ばれたぁ!?』『そんな!?かんぺきな変装だったのに!?』『この変装を見破るとは……さすがわんころちゃん!』『みんなノリいいね』『冷静なツッコミは禁止だろぉ!?』『くさ』『わちるんとわんころちゃんだー!』『お二人ともこんばんは~』
イナクさんの配信から見守っていた視聴者さんのコメントが怒涛のごとく流れていきます。……なるほど、確かにノリの良い視聴者さんですね。イナクさんを上手くおだててサングラスと付け髭を装備させるとは……。
……イナクさんは本当に驚いていらっしゃるので、視聴者さんの思惑には気付かなかったようですが……。というかなぜ変装する事に疑問を抱かなかったので? 別にしなくてもよかったのでは?
「あー……なんというかじゃな……なんだか顔を合わせにくいというかじゃなあ……」
『ヒント:前のオンリーイベ』『ヒント:薄い本』『ヒント:既刊』『ヒント:わちこーろ』『ヒント:既に300冊完売』
「お主らだまるのじゃ! ……コホン、それでどうじゃ? 一回やっていかんか?」
「ん~……どうしますわちるさん~」
「そうですね……生徒会室に金魚鉢を置くのもありかもしれません。それじゃあ一回だけ……」
金魚すくいの難しい所は金魚の管理が難しい所ですが、それは店側だけでなくお客側でも発生する問題であります。お祭りの雰囲気にあてられて、すくった後の金魚をどうするのか考えていない、なんてことになると金魚が可哀そうですからね。
「あ、金魚鉢ならこちらで販売しているのじゃ~一番小さいやつなら無料で付けるのじゃよ~。もちろん金魚すくいしてくれた方だけじゃけど」
「なるほど万全ですね~おいくらです~?」
「いいのじゃいいのじゃ、タダでやっていくといいのじゃ。これで少しでも罪悪感を和らげないと三日目で心がつぶれるのじゃ」
「心? 三日目……?」
「いやこっちのはなしじゃ。ほれほれ、ポイをもつのじゃ」
ポイと呼ばれる、薄い紙の貼られたそれを私とわちるさんに渡してイナクさんは満足気に胸を張っておられます。……なるほどなるほど、これで贖罪は済んだというかんじなのでしょう。
ではでは……すこ~しだけいたずらみましょうかね~。別になんとも思ってないですけど~勝手に私とわちるさんの本を描いたのは事実ですからね~。
「ん~……イナクさん~」
「なんじゃ?」
「原稿は出来上がったのですか~?」
「……、」
『こっちみんじゃねえ!』『筒抜けで草』『案の定だよ!』『てか犬守村で原稿書いててバレない訳ねーだろ!』『犬守村で描いてる、ってのはつまりわんころちゃんに見せ付けていた……って訳か』『ひえええ』『イナク固まっちまったよぅ!?』『顔真っ青で草』『吐きそうな顔してんね』『なおわんころちゃんはイイ笑顔』『草ですわ』
さて、次はどの出店にいきましょうかね~。
「すみませんわんこーろさん、金魚鉢まで持ってもらって」
「んふふ~このくらいなんてことないですよ~……というか、持っているというより拡張領域にしまい込んでいるだけですけども~」
イナクさんの金魚すくいは思った以上にしっかりしたお店でした。金魚たちはどの子もとっても元気できっと長生きしてくれるでしょう。さらには金魚鉢と共にエサをワンパック、【金魚の飼い方】なる冊子も付いているという徹底ぶり。
まあ、このくらいしないと実行部に認められなかったのかもと想像できてしまうわけですが。とにかく金魚たちは現在私の拡張領域の中にしまい込まれており、お祭りの終わりには生徒会室へと迎え入れられる予定となっています。
「わんこーろさん! 次はあっちにいきましょう!」
「はいは~い。まったく~わちるさん狐稲利さんみたいですね~」
金魚すくいを楽しんだ後はいろんな出店をまわって美味しそうなものを順番に購入していきます。たこ焼きは時々イカが入っていて……バラエティー豊かで面白いですし、リンゴ飴の他にもいちご飴とかキウイ飴とか梅干し飴……? などもあってバラエティー豊かで面白いですし、かかおさんのチョコバナナは何故かチョコか虹色に輝いているのが売っていたり……。
……バラエティー豊かで面白いですねっ!!
「あの、わんこーろさん。先ほどから聞こえているこの祭囃子って……録音です、よね?」
「ん~……じゃないと思いますよ~」
両手にもった食べ物を食べさせ合いながらわちるさんがついに気付いてしまわれたようです。
お祭りが始まってからずっと、それこそ延々と流れ続けている祭囃子ですが実はとある一人のヴァーチャル配信者によって続けられている耐久配信であったりします。
題して【人は祭囃子を何時間歌い続ける事ができるのか?】というもの。かつてこの国に存在していたヴァーチャル配信者が行っていた耐久歌配信という狂気的な内容からインスピレーションを受けた歌うま配信者のミャン・ミャックさんが実行に移したこれまた狂気的な配信であり、歌うのは祭囃子一曲のみ、それをお祭り中延々とリピートして歌い続けるという。
「私、あまりミャンさんとはお話ししたことが無いのですが……やはりミャンさんも配信者なんですねえ」
わちるさんが遠い目をしていますよ。同じ配信者として尊敬と共に畏怖やら困惑やら呆れやらいろんなものがごちゃ混ぜになってお目々がぐるぐるしていますね~。既に一時間以上は余裕で歌い続けているミャンさんは音程も声量も安定していて本当に録音されたデータのように錯覚してしまいますが、時々アドリブが入ったりしているので確実に一時間以上休みなく歌い続けています。エグいですね。
「んふふ~……お祭りはまだ始まったばかりなのですけどね~」
「あはは……あれ? なんだか変な音が……?」
ミャンさんのお囃子から何やら別の音が混じっているような……あ、これ何か食べながら歌ってますね……。
「ん、んふふ~ミャンさんもしっかりお祭りを味わっていらっしゃるようで良かったです~」
あ、今度は何か飲み始めましたよ!? 本当に自由ですね!?
「わんこーろさん……あのお店なんですが……」
「ん~? なにやら揉め事でしょうか~?」
わちるさんと一緒に次はどの出店を覗こうかと歩いていると、なにやら同じ背丈のお二人が言い争っているのが目に入りました。とはいえ言葉激しく争っているというわけではなく、淡々とした言葉の応酬といった風で、遠くから見ればただ話をしているだけのようにも見えます。
ですが……なんといいましょうか、わずかに吊り上がった目元やとんがった唇が、「私は怒っています!」と表現しているようで、雰囲気は静かながらも争っているように見えてしまうのです。
「
「おねえ……型抜きをしてる」
近づくとその二人はどうやら津々百合のお二人のようでした。店側にいる百々さんと、お客側に居る十々さんが店を挟んで睨み合っている……? ようです。
姉の百々さんは型抜きという、今並んでいる出店の中ではなかなか珍しい出店を申請された方です。こう言ってはなんですがたこ焼きやリンゴ飴など、この時代でも有名な出店と比べれば型抜きはなかなかにマニアックな部類でしょう。華やかで目立つという訳でもないというのも百々さんの班以外に申請が無かった理由かもしれません。
しかし、百々さんの型抜きは様々な種類の絵柄と大きさが揃えてあり、簡単なものから最高難易度のものまで様々。簡単なものならお菓子の袋詰めが貰え、最高難易度ならクジ引きの当たりクジレベルの商品が貰えるようになっているようです。
クジ引きのような運任せよりもまだワンチャンある! と考えた人たちが型抜きに挑戦して結局敗北し、店の周りで屍を晒しておられます。あわれ。
お二人の状況を見るに、百々さんの型抜き屋に妹の十々さんがやって来たという所でしょうか?
「それはわたしのお店の型抜き」
「もちろん、しってる」
「なら買うのはやめるべき。ここは姉の顔を立てるのが一番穏便、十々も炎上はしたくないはず……平和を享受すべき……」
十々さんの両腕には紐に結ばれたお菓子の袋詰めがいくつもぶら下がっています。一番簡単な型抜きを何十回も繰り返してお菓子を荒稼ぎしている様ですね。菓子が貰える型抜きは値段が低く設定されているらしく、こればかり購入されると赤字ということでしょうね。さすがに百々さんも怒っているような気がしないでもありません。表情がほとんど動かず声も静かなので周りはそうは思っていないかもですけど。
「果たして本当にそうかな……」
「なっ……」
驚く百々さんをよそに十々さんがご自分の配信枠のコメントを表示させ、百々さんに見せ付けます。私もちょっと覗いてみたのですが、そこには炎上はおろか炎上を杞憂するコメントさえも見られず、いいぞもっとやれという書き込みに溢れていました。
……あ~、これ視聴者と密約を交わしておりますね。
「私がゲットしたお菓子は現実で同量、プレゼントするという約束。ふふ、もはやリスナーは、私の味方……!」
なんでいつもは味方じゃないみたいな言い方を……?
「……わが妹ながら、恐ろしいやつ」
こっちはこっちでなぜか戦慄してますね。
「ふふふ……得をするのは、私……!! お菓子は私のもの……!」
「ならば、言いつける」
「な、なにを……?」
「十々の……不法出店……!!」
「んあ……!!?」
まるで事務的な話し合いをしているかのような静かで淡々とした姉妹喧嘩は姉である百々さんの一言で一気に形勢が百々さんへ。どうやら百々さんは妹が未申請の出店をしていた事を知っているご様子。
「お、お金は取ってない……! あれは趣味……!」
「果たしてその言い訳が、通じるかな……! "あの"室長せんせーに!」
「ぐう……!?」
もうコントみたいになってきましたよコレ。
う~む。確かに何も知らなければ未申請の出店での売り上げで十々さんがお菓子を荒稼ぎ中というように見えますけど、十々さんの出店の商品は全て無料。あやしい露店の雰囲気はありつつも実態は制作したアクセサリをプレゼントするという趣味に偏った出店でした。
しかし、その言葉をイベント運営のFSさんと室長さんたちが聞いてくれるかは別問題。そう百々さんは言っているようですね。
お二人はそのままぐぬぬと睨み合っておられます。鼻先がくっついてしまうのではと思うほどに近づいて視線だけの攻防戦が繰り広げられている様です。
まあ既にFSさんや室長さんは未申請の出店は全て把握されておられるうえに黙認されておられますけども。何ならFSの公式SNSで【裏出店めぐり】なんて名前で大々的に出店の種類や店主のプロフィール、全て無料という紹介がされているわけですけども……。
……あ~、これは百々さん分かっててやってますね~。対する十々さんも何処かわざとらしい姉の物言いにうっすら状況を察し始めているご様子。
「津々百合のお二人は……あれは仲が良い、のでしょうか……?」
結局十々さんが稼いだお菓子の数割が百々さんへと譲渡される事で平和的解決となったようです。ですがお菓子を差し出す十々さんも受け取る百々さんも小さく微笑んでいてなんだか満足そうにしています。
ああやって言い争うのも仲が良い証拠……なのかもしれませんね。少なくとも津々百合のお二人にとってはあの距離感が最も落ち着くのでしょう。
「んふふ~姉妹もいろんな形があるのですね~」
姉妹というのは本当に様々な形があります。津々百合さんのように喧嘩したり仲直りしたり、それらを繰り返す絶妙な距離感を保ち、それが心地いいと思える姉妹もあれば、現在私の視線の向こうで何やら盛り上がっている一団、その中心におられるナートさんのようにべったりくっついて離れないという形もあるでしょう。
それじゃあ次はそちらへと向かってみましょう。
「わあ……やっぱり大きいですね、
ナートさんが主導して設営されたクジ引きは他の出店よりも一回り大きく、比例して並べられている商品も豪華なものとなっています。ナートさんが寝子さんの協力の下、美術部と漫画部の両方から提供してもらった作品たちはもちろん、私も提供した特性の開発ツールやアプリなどなど。さらには塔の街への入場券や来年のV/L=F招待券なども並べられてて……ただの出店とは思えないほどの豪華さです。
「わちるさんたちのクジ引き屋さん、なんだかすごい人です~」
「確かに……何故あんなに人が……」
「ん~?」
わちるさんの言う通り賞品が豪華でもさすがに人が集まりすぎな気もしますね。なにか言い合っているような声も聞こえますし。
「やっぱ当たりくじ入ってないんじゃないの……?」
「は、はいってるってばぁ!」
「100本中60本引いて四等しか出ないとかぜったいおかしいって……」
「そんなの私のせいじゃないよぅ! 運だってばぁ!?」
そこにいたのは泣きそうな……というか既に泣いているナートさんと若干困惑気味な配信者数名。近くに居る方に話を聞いたところ、どうやら数名の配信者の方々は協力者全員から資金を集めてクジに全ブッパしたらしいです。
これで結果が下ブレても配信的には話題性という意味で成功でしょうし、当たれば万々歳。どちらにしろプラスだろうと考えていたのでしょう。ですがその結果、アタリが全く出てこず、恐る恐るナートさんにアタリが入っているのかを確認している状況らしいです。
まさかアタリを入れてない何てことはないよね? でもナート先輩だしなぁ……。という小さなつぶやきは周囲の者たち全員の共通認識のようです。ナートさんならやりかねないという、絶望的なまでの信頼感。
「……あの、わんこーろさん」
「ん~……"見た"かんじ、確かに当たりは入ってますね~。……んふふ、相当運が悪かったのでしょう~ナートさんも災難ですね~」
これがナートか、と思わず声を漏らしてしまいそうになるほどの不憫な状況。アタリを引けなかった配信者よりも店主のナートさんが追い詰められてナー虐されているところを見ると、幸運の女神様もきっとナートさんの泣いている姿がお好きなのだと思ってしまいますねぇ。
「あらぬ疑いで炎上しそうですね……」
「まあ、私たちは関係ないので行きましょうか~」
あらぬ疑いで炎上する可能性があるのは近づく私たちも一緒ですし~死して屍拾う者なしですよ~。
「わ、わんこーろさんはクジ引きされないのですか?」
「中身見ちゃったので~。それはフェアじゃないでしょ~? それに、もうそろそろ……」
そんなことを話しているとナートさんへと近づく人が。
「ナートお姉ちゃん」
「寝子ちゃんごめん今炎上しないようにするので忙し──」
「出ました。当たり」
「ね、寝子ちゃあああああああん!! ありがとうぅううううう!!!」
寝子さんの手に握られていた紐は軽く引っ張ると並べられた美術部の作品の一つを軽く動かし、繋がっている事が分かります。ここでついにアタリが出たようです。一等ではないものの、これでアタリ無しの詐欺出店の汚名は回避出来た事でしょう。
「うわっ、抱き着かないでくださいよ」
「本気で嫌な顔しないでよぅ!」
なお嬉しさのあまり寝子さんを抱きしめようとしたナートさんは冷たくあしらわれています。涙目で倒れ込むナートさん。想像以上に大きな作品を吊り上げ嬉しそうな寝子さん。そして先ほどハズレばかりで困惑していた方々がラストチャンスとして引いたクジが無事一等を当てるというハッピーエンド。
なんとかナートさんの炎上は回避できたでしょう。
「ふふ」
「んふふ~」
お祭りの喧騒は徐々に最初の熱狂から静かな賑わいへと移っていき、早々に賞品が無くなったクジ引きの店などがお客側に回り、休憩所である犬守庵も人が集まり始めました。皆さんほとんどので店を見まわって楽しんだ後という風で、お祭りももうすぐ終わりを迎えようとしています。
ですがこのまま終わりというわけではありません。やはり夏のお祭りと言ったら外せないものがありますからね。
『それでは皆様、これより協力企業様、協力配信者の皆様による、作品発表……【犬守村・大花火大会】を開催いたします』
真夜さんの慣れた司会進行の言葉を聞きながら拍手をする配信者の方々が一斉に空を見上げます。真っ暗な夜空へとひとつ、空気が震えるような音と共に光の線がゆるゆると空へと昇っていき、一瞬消えたかとおもうと大輪の華を咲かせました。
虹色に変化する火の鮮やかさが職人レベルの技術を用いた企業や個人によって計算されて生み出された打ち上げ花火。それは休まず次々に打ち出されては空を眩しく、美しく彩っていきます。
空気を伝って体に届くほどの振動と仄かに感じる火薬の香り。そして花火の眩しさ。それらは教育映像では感じられない極めてリアルな体験。
『こちらの作品は花火系ヴァーチャル配信者として有名な華雛かやくさんの作品となっております。かやくさんは花火好き配信者グループ【たまや】の実質リーダーとして活動しており──』
真矢さんの作品説明の最中も次々に花火が打ちあがり、それらは色とりどりに輝き配信者を、視聴者を魅了していきます。説明された華雛さんを含め、意外と花火を愛している配信者さんというのは多いらしいです。昨年の帰省コラボの最後に手持ち花火で小さな花火大会をしたのに触発された人たちが1年かけてサルベージされた花火の勉強をして今に至る、という例も珍しくないらしく、私たちのコラボ配信がきっかけとなったというのはちょっと気恥ずかしいながらも嬉しいものですね。
「すごい……! 教育映像とおんなじです! いえ、それよりももっと……!」
「去年の帰省イベントで花火を見て同じように花火も作れないかな~っと考えた意欲的な方々がいっぱいおられたようです~。とはいえまさか打ち上げ花火を作られるとは~」
花火には様々な意味が込められています。古くは鎮魂や慰霊の為とされており、なのでお盆などがある夏の時期に行われる事が多いのですが、その後は娯楽的な側面で行われる花火大会も増えていきました。
そう、娯楽。花火というのも効率化社会によって捨てられた娯楽の一つであります。それを復興させたのは花火に魅入られた視聴者や配信者の方々。私が復興させるまでも無く、花火は葦原でも美しさが研究されるまでになり、その勢いは現実世界で花火の工房が生まれるほどに留まる事を知りません。
この花火は人類がかつての伝統、文化、風習のすべてを取り戻せると確信できるだけの熱量が籠っているようにさえ思えます。あるいは、必ず取り戻すという決意の現れでしょうか。
人々は、思い出せたのです。この世に存在するすべては決して無駄などではないと。効率化社会によって諦観していた人類は再び好奇心の赴くままに前へと歩き始めたのです。
花火だけではありません。ありとあらゆる物事には、それに強く惹かれた者たちによって研究や研鑽が続けられ、そして今まさにその成果が現れ始めています。
あらゆる伝統、文化、風習の復興。皆さんは私が現れた事がそれらの始まりと仰られますが私はそれは違うと思っています。
人は現状に立ち止まる事を良しとする生き物ではありません。ただ、進み方が分からなくなるだけで。
私は皆さんが通れる道を教えただけです。その道を歩むと決めたのは彼ら彼女らなのです。
私が示した道を配信者の皆さんが照らし、多くの人々が進んでいきます。それはきっと、かつて存在していた世界の流れそのもの。
「きれいですね……わんこーろさん」
「……んふふ~、わちるさんのほうが綺麗ですよ~」
「ええっ!?!?」
「という冗談です~」
「もうっ!!」
夜空に浮かぶ花火にはしゃいでいる狐稲利さんとニコさん。隣で出店の食べ物を食べながら雑談交じりに空へと視線を向けるFSの皆さんやかかおさん。歌を歌い終わったミャンさんを含めたイナクプロジェクトの皆さん。
犬守庵として開放している部屋の縁側でわたしとわちるさんは二人で寄り添いながら花火に目を向けています。まだ真矢さんの声は続き、花火大会は終わりへと向かっていきます。
けれど花火大会はこれで最後には絶対になりません。仮想世界と現実世界、両方に花火に魅了された人たちがいる限り、花火は風習となり伝統となり文化として繋がれていきます。
犬守庵で休憩しながら花火を見ていた配信者の方々が、ラストスパートに差し掛かった花火大会の華やかさに誘われて外へと出ていきます。そうして縁側に居るのは私とわちるさんの二人だけ。
「もうすぐ修学旅行も終わりですね……」
「ですね~……わちるさんは楽しかったですか~?」
「もちろんです。教育映像では見た事があっても、体験するのは初めてな珍しい事ばかりで……」
ふとわちるさんの視線が花火からこちらへと向けられます。
彼女の柔らかに揺れる瞳には鮮やかな花火の色が煌めき、思わずドキリとするほどの魅力的な笑顔。
「なにより、わんこーろさんと一緒に居られましたから!」
殊更楽しそうにそう言うわちるさん。それは……わたしだって同じなのです。こうやって、わちるさんとくっついて、頬を寄せ合うほどに近くでいられる事が、私にとってこれ以上ない幸せなのですから。
「わんこーろさん……明日も……その次も、そのまた次の夏も……一緒にこうやって花火を見せてくれますか?」
「んふふ~まるで愛の告白のようですね~」
「も、もう! わんこーろさん!」
「んふふ~もちろんですよ~わんこーろは、いつでもここにいますから~」
なんせ私はわちるさんと同じヴァーチャル配信者。いつでもどこでも、あなたのお傍にいますから。
「もうすぐ夏本番ですね~。今年のお盆も手伝いに来てくださいね~?」
「はいっ! もちろんです!」
んふふ~、今年は何が待ってるのかな~。とっても楽しみです~。