転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#29 準備中ふたたび

皆さんこんばんは、電子生命体のわんこーろです。今日は配信をお休みして、狐稲利さんにいろいろと教えている最中です。

と言っても狐稲利さんももうネットから情報を得る手段を確立させており、データサルベージも私と同等の速度でやってのけます。

もちろんそのデータに込められた意図を理解するのはまだまだ難しいようですが今の学習速度ならそれほど時間もかからず私と同じクオリティの技術力を身に付けてくれるでしょう。

なので現在私が主に教えているのは私の創った道具の使い方などです。

 

「ここをこうやって~、出来るだけ細かく~はい、かんせい~。こんな感じにすればおーけーです~」

私の目の前のちゃぶ台には手のひらに収まる程度の大きさのポリゴンが置かれております。それを磨り出し鑿(すりだしのみ)でコリコリ削り出し、爪の先ほどの小さな3Dモデルを制作していたのですが、その様子を興味深々といった具合に覗き込んでいる狐稲利さん。

 

「鑿はしっかりと持って~反対の手は鑿で傷つけないように置く場所を考えるんですよ~?」

 

ちょいちょいと手招きして私の隣に座らせ鑿とまだ塊として残っているポリゴンを渡し、手取り足取り制作方法を教えてあげます。

狐稲利さんは恐る恐るポリゴンに鑿を差し込みます。狐稲利さんも私と同じように各種データを参照しながら鑿を動かしているのですが、その手元はなかなかたどたどしいものでした。

今までやったことのない動きなので慣れるのに時間がかかるかもしれません。作っているものもかなり小さな3Dモデルなので仕方がないですね。

 

狐稲利さんは磨り出し鑿を手に持ちながらうんうんと唸っています。

 

「どうしたんですか~?上手に出来ていると思いますよ~?」

 

「……」

 

狐稲利さんは難しい顔で私の作った3Dモデルの粒と自身の3Dモデルの粒を見比べています。粒ごとに個体差がある3Dモデルなので多少形が違っていてもそういうものだと説明していたのですが、どうやら狐稲利さん的には満足な出来ではなかったようです。

 

先ほどから私と狐稲利さんが作っている粒状の3Dモデル、これは水田で育てる予定の種籾です。

稲作なんてやったことのない私と狐稲利さんが情報だけ、つまり見よう見まねでお米を育てようとするなんてかなり無謀な気もしますが、できるだけリアルに稲作の風景を移住者さんにお届けしたいと思い、今回苗を育てるところから始めることにしたのです。

 

情報によるとこの種籾を、まずは苗代と呼ばれるちっさな田んぼで苗になるまで育てるらしいです。

育てた苗を田んぼに植え替えてそこから稲になるまで育てるのですが、ここまで調べたところで問題が出てきました。

 

現在、夏が始まるかという時期なのです。本来この種籾から苗をつくる作業は4月あたりに行うのが普通で、本来であればもう田植えを終えて稲へと育てなければいけない時期のようなのです。

 

つまり、完全に間に合っていません。

 

「これは仕方ないですね~田んぼや畑にする領域だけ時間をちょちょいと弄っちゃいましょうか」

 

なんだかずるしているような気がしますが、仮想空間と電子生命体の特権とでも思っていただきたい。それに現実の世界では気温上昇の影響でお米を含めた作物はかつてのように育たなくなっているらしいので、季節がおかしいとか突っ込まれる心配もあんまりない……かも?

 

といっても畑と田んぼの時間をいじるのは今回だけにするつもりです。実験的に時間を早めて、この種籾が上手く成長してくれるかを確認出来たら、次の季節からは暦通りの稲作、畑作を行っていくつもりです。

 

それとは別に早く移住者さんにほっかほかのごはんを見せてあげたいという気持ちもあります。そして私も狐稲利さんが幸せそうに食べ物を食べている姿を見たいのです。

この世界の食べ物はエネルギー供給が第一に考えられており、目で楽しむことができるような食べ物というのは珍しいようです。

食べ物に関するデータが完全にサルベージされ切っていないのが原因で、見た目がよくとも味はいまいちなんてものが大半であり、若者には不評のようです。

対して世界的に普及している携帯食料のような食事は見た目以外は完璧。美味なうえに栄養素はもちろん体への吸収されるタイミングを操作、満腹中枢を刺激し食欲を抑制することでたった一度の食事……いえ、栄養補給だけで丸一日活動できるというすぐれもの。

 

この世界での食事はかなり効率化されているようです。

 

……食事というものを効率化させることに意味があるのかさっぱりわかりませんが。

 

とにかく、そんな味気ない食事が当たり前な今の若者に栄養補給ではなく食事というものをお見せしたいのです。

 

「……!」

 

「おおっと、ごめんね狐稲利さん~ちょっと考え事をしてたの~、……うん、いい感じだよ~これで最後だね~」

 

深く考え込んでいた私の目の前に狐稲利さんが作成し終わった種籾を見せてきます。両掌にのせた種籾はどれも見出し刷毛(みいだしはけ)で色付けまで終わっており、乳白色のものや薄茶色のものまで千差万別。もみ殻の質感もよく表れています。数粒手に取るともみ殻独特のざらざらとした質感が指先から伝わります。

 

「これで一応は終わりかな~?また移住者さんと一緒に種まきしましょーね~」

 

「…!、!」

 

狐稲利さんは嬉しそうに何度もうなずきます。ちゃぶ台の上にはいくつもの紙包みが広げられて置かれ、その中には様々な種類の小さな粒が盛られています。

丸かったり、楕円であったり、白かったり黒かったりといくつもの種類が確認できます。

 

これらはすべて植物の種です。次の休日配信、日の高い時間に移住者の皆さんと一緒に畑を作ってそこに蒔く予定のものになります。

 

「次のお休みがたのしみですね~。ね、狐稲利さん」

 

「……!」

 

まるで私よりも小さな子のようにはしゃぐ狐稲利さんを見つめながら私は次の配信を楽しみにするのでした。

 

 

 


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