転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#52 子供の思い、大人の務め

 

自室のベッドの中で九炉輪菜わちるは携帯端末を握りしめながら眉間にしわを寄せていた。

NDSを用いた配信を終えてからすぐ、わちるはわんこーろに連絡を取ろうとしており、何度もメイクにて通話を試みていたのだが、わんこーろからの返信は無かった。通話が駄目ならDMならと何度もわんこーろへメイクからDMを送ってみたがそれも反応はなかった。

 

「んん……スルーされてる訳じゃない、のかな?」

 

わんこーろへのコール(よびだし)は無視されているというよりそもそも届いていないようなのだ。書き込みを完了してすぐエラーメッセージが出てくるのがその証拠だ。

 

「通信障害かな?でも、"この街"は塔に一番近いからそんなことあるはずないのに……」

 

現代において綿密に張り巡らされたネットワークはソフト面での進化だけでは成り立たない。ハード面も飛躍的に進化したことにより、もはや"ネットにつながらない"という現象は発生することは無かった。

だが、ネットワーク形成のハード面を大いに担っている"塔"、そこから離れた土地であればあるほど、ネットへの接続は不安定になる可能性がある。

なのでこの土地では塔が施設されると共に、塔の保全を目的とした"塔の街"が出来てから一度として通信障害が起こったことなどなかった。

通信がときたま不安定になるような場所で今まで生活していたわちるにはそんなこと知る由もないのだが。

 

「わんこーろさん、怒ってるのかな……」

 

通信障害、わちるはそれがわんこーろによるものなのではないかと考えた。

塔の街のネットを断線するなど他者が聞けばそんなことは不可能だと声を荒げるだろう。だが、わちるはわんこーろならば不可能ではないと考えていた。"電子生命体"であるわんこーろならば可能だろうと。

 

(わんこーろさん、私に怒って……もう声も聴きたくないって思われて……)

 

わちるはどうしても悪い方へと考えが傾いていく。それまではわんこーろと話すことさえためらっていたわちるだったが、一度話したいという欲求がこみ上げてくると今までなぜ話しかけなかったんだ!と自分に苛立ちさえ覚えてしまうほどだった。

なぜ数日もの間なんの話もしなかったのだ、なんともったいない時間だったんだ、と。

同時にその無駄な時間分、わんこーろは自身に怒りや失望を抱いていたのではないか、とも考えた。

 

もちろんわんこーろにそんな考えは全くない。だが通信が繋がらないのは塔の街の通信障害ではないが、わんこーろ側に原因があるのは事実だった。

この時わんこーろは狐稲利と例のタヌキに関するひと騒動の真っただ中であり、犬守村外部の情報に目を通すような余裕がなかったのだ。

 

わちるはおろか、当のわんこーろでさえまだ把握していないのだが、狐稲利の感情の発露に起因した衝撃でわんこーろ周辺のリンクが切断されているその中に、メイクのアカウントも含まれていた。

だがログアウトしていてもDMや通話のお知らせが届くはずなのだが、犬守村の存在する空間自体が先の衝撃で不安定であるため、わんこーろは一時的に空間のネット接続をワールドクロックなどの僅かなものに限定し、そのほとんどに制限をかけていたのだ。空間自体に通信制限をかけ、その中にわんこーろがいる、これがわちるからの通信がうまくわんこーろに届いていない理由だった。

 

この時、犬守村での騒動がまだ収まっていない状態だったのでそのことにわんこーろはまだ気づいていない。

 

 

 

「んっ、あ……私、寝て……」

 

わんこーろの返信を待っていたわちるは、いつの間にか携帯端末を握りしめたまま寝落ちしていたようだ、寝ぼけ眼で端末を確認するが、やはりわんこーろからの返信はない。

わちるは一度端末を置いて家の一階へと飲み物を取りに下りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはりダイブするのが一番手っ取り早い」

 

一階に下りてきたわちるがリビングへの扉に手をかけた時、そんな室長の声が聞こえてくる。ほのかに明かりがついているのが確認できたため、誰かいるのかとわちるは考えていたが、どうやらわちるが部屋に戻ってから今まで、既に家の外は真っ暗になっている時間帯であるにも関わらず室長はリビングでずっと灯と話をしていたようだった。

 

「ですが室長、やはりもう少し調査が必要では……?」

 

「通常の方法で侵入出来なかったんだ。こいつ(NDS)で侵入出来るか試してみるべきだろう?それに、案外すんなりと入れてくれるかもしれんしな」

 

ダイブする、という室長の言葉に対し灯は心配そうな声音で制止しようそするが、そんな灯とは裏腹に室長の声は何とも呑気なものだった。まるで友人の家に行くような気軽さに灯は声を荒げる。

 

「そんな軽く言わないでください!危険すぎますよ!わんこーろさんの管理空間に侵入するなんて!」

 

灯のそんな声を聞いた瞬間、わちるはドアを勢いよく開けた。突然のことに灯と室長は目を丸くしながら入り口に立つわちるへと視線を向ける。

 

「わちる!?」

 

「わちるちゃん!?」

 

「室長!!わんこーろさんのところに行くんですか!?」

 

切羽詰まったような面持ちで室長へと詰め寄るわちる。そんな今までにない焦る様子のわちるに室長と灯はただ驚くばかりだった。

わちるをFSでは比較的おとなしい少女だという印象を持っていた二人にとってはそんな感情を露わにするわちるの姿を見たこともなく、配信でも比較的おとなしい彼女がここまで取り乱している様子は見たことがなかった。

 

「わちる、部屋に戻りなさい」

 

「室長!お願いがあります!」

 

室長は極めて冷静にわちるに話しかけるが、わちるはそんな室長の言葉に聞く耳を持たない。

だがそれも仕方のない事だった。あれだけ話しかけられるのを避けていたわんこーろとの会話。いざこちらから話しかけようとすると、とたんに連絡が取れなくなった。

それはわちるにはわんこーろからの拒絶に見えたのだ。

もしかするとこのままわんこーろがいなくなってしまうのでは。そんな最悪の結末さえわちるは想像してしまう。

 

わんこーろはわちるを嫌うことも、配信者を辞めることも全く考えていないのだが、それを今のわちるは知る由もない。

 

だから今のわちるの胸中には、もしかしたらこれがわんこーろと話をすることができる最後のチャンスなのかもしれないという考えがあった。それ故にわちるは多少強引にでもわんこーろに会うために室長に自身の願いを言う。

 

「だめだ」

 

「まだ何も言ってないですよっ!?」

 

だが、本題に入る前にすぐさま室長に拒否される。

 

「わんこーろの管理空間へ侵入(ダイブ)させてくれというのだろう?責任者としてそれは許可できない。何が起こるか分からん、危険すぎる」

 

「それは室長だって同じじゃないですか!」

 

「……私は推進室の責任者として当然のことをしているだけだ。なんの責任もないお前に危険なことはさせられない、と言っているんだ」

 

「またそうやって!室長はいっつも自分だけの問題だって言って!」

 

「事実だ。お前たちはこちらのことを気にせず、配信してくれればいい」

 

室長のかたくなな言葉に、わちるは怯まない。いつもなら室長の言葉に素直に従うわちるがこれほど粘るのも珍しいことだった。それほどわちるは切羽詰まっていた。だが、それと同時にどうすれば室長を説得できるのか頭を働かせる。そして室長が口にした責任という言葉が、わちるにあの時の記憶を思い出させた。

 

あの時、つまり復興省より蛇谷という男が訪ねてきた時だ。

 

「……私は、わんこーろさんと面識があります!復興省の人も言っていたじゃないですか!今わんこーろさんと一番交流があるのは私だって!」

 

「わちる、お前……」

 

「私なら、わんこーろさんとお話してもらえるかもしれません!私なら――」

 

「やめなさいわちる!!」

 

わちるの言葉に重ねるように室長は声を荒らげ、突然のことにわちるは言葉を続けることができなくなる。室長ははっとして、わちるに一言すまないと謝った。

 

「し、室長……」

 

「……やめるんだわちる。そんなことを言うな……そんなこと、言わないでくれ……」

 

 

復興推進室運営のヴァーチャル配信者集団フロント・サルベージのメンバーはそれぞれが事情を抱えて所属している。わちるが天涯孤独となり、室長に引き取られたように、同じような境遇のメンバーも少なくない。

 

彼女たちを引き取った室長は彼女たちに配信者として活動することを頼み、それ以上を望まなかった。その配信も出来る限りの自由を約束し、メイクのアカウントも管理せず、決して拘束することは無かった。

室長は彼女たちに負い目を感じていた。彼女たちは本来もっと違う未来を生きることが出来たのではないか?自身が彼女たちの将来を決定付けてしまったのではないか?そう考えてしまう。

だから室長は彼女たちの配信に干渉しない。彼女たちから奪った自由をこれ以上奪わないように。

 

だが、室長が推進室の責任者であることも事実。復興省からの要求をすべて突っぱねれば、FSという、彼女たちの居場所まで失ってしまうことになる。

危険が伴うと分かっていながらもわんこーろを調べ、わんこーろの管理空間に自ら侵入しようとしたのも要はFSのメンバーを巻き込まずに自分自身だけで事態を収束させたいという室長の思いがあったからだ。

もちろん接触すればどうなるか分からないと危機感はあった。だがやらなければならない。復興省がわんこーろを、政府が接触すれば尻尾を巻いて逃げる程度の脅威度と判断してしまっている以上、下の人間はその認識の下で下された命令に従わざるを得ない。

いくら苦言を呈したところで蛇谷のような考えを持つ人間が大半な復興省では、聞く耳を持たないだろう。

室長である自身が出来るのは、推進室の仕事から出来る限りFSのメンバーを切り離すことで、もしわんこーろの逆鱗に触れるようなことがあった時、その怒りの矛先が彼女達に向く確率を少しでも減らすことぐらいだった。

室長もわちるのように、推進室室長としての責任と、親としての責任の間に板挟みになっていた。

 

だが負い目を感じる室長に対してFSの少女たちは室長を慕っている。最初はわちるのように拾い上げてもらった恩から始まり、それは共に生活するにつれ、本当の家族のような深い絆となっていった。だから彼女たちは室長の為に自身の能力や技術を惜しげもなく提供しようとする。

今回ならば、わんこーろと唯一親交がある、という優位性を。

 

だが、それは室長が最も嫌う行動であった。室長は彼女たちを利用している汚い大人の一人だという意識から彼女たちを利用することに嫌悪感を抱いていた。だからこそ、蛇谷に彼女たちを道具扱いしないと断言したのだ。

 

そんな大切にしなければならない存在であるわちる自ら、自分を道具として利用してほしいと言っているような発言を聞いて、室長はただうなだれるしかなかった。

 

「……お願いです室長、私を行かせてください。私、わんこーろさんに直接会いたいんです。会って、今までのことを謝って、それでもう一度お友達にしてほしいって、お願いしたいんです」

 

だが、わちるも引くわけにはいかない。もしかしたらこれが最後になってしまうかもしれないのだ。

こんな別れ方など絶対に許容できない。もしも本当に別れることになったとしてもお別れの言葉さえ言えないなんてそんなのは悲しすぎる。

 

わちるはこれまでの自身の行い、わんこーろを探ろうとしていたこと、わんこーろの存在を拒絶したこと、わんこーろを避けていたこと、それらをすべて話して、謝って、許してもらえるならばもう一度友達になってほしい。そう願っていた。だから、ここで引くわけにはいかなかった。

 

「……駄目だ。私はお前の上司であるが、同時に保護者のつもりだ。親として、子に危険なことはさせるわけにはいかない」

 

それでも室長はやはり譲れなかった。たとえわちるの言葉通りわちるが自身の為に前に進むことを決意しており、それが自身を道具として利用してくれという無意味な自己犠牲からくるものでないと理解できたとしても。

 

「それでも、私は……私はわんこーろさんに……」

 

「…………灯、NDSの起動を、私が潜る」

 

「……はい」

 

声の小さくなるわちるの姿から視線を外し、室長はNDSへと向き直る。自ら機器を身に着け、ダイブしようと準備し始めたところで、予想外のところから声がかかった。

 

 

「私からもお願いします室長、わちるちゃんを行かせてあげてください」

 

リビングに入ってきたのは、虹乃なこそだった。

 

「なこそ、起きていたのか」

 

「あんな大きな声出していたら誰だって起きますよ……なんて、ホントは少し作業してたんです。ごめんなさい」

 

室長の責めるような声音に、なこそはおどけたように謝罪する。

 

「わちるちゃん、ずっと悩んでいたんだと思います。自分のせいで室長に無理をさせている。自分が何とかしないとって、でも、それは友達を裏切る行為だって」

 

わちるはあの日、蛇谷より語られた話を他のメンバーに詳しく話すことは無かった。だが、運営と配信者の橋渡しの役割を担い、両方のある程度の事情を知っているなこそは灯と室長から話を聞いたことと、その日からのわちるのなにやら悩んでいる様子からある程度の事情を察していた。

 

なこそはわちるが室長とわんこーろ、両方の思いに板挟みになり、追いつめられていることを知った。

 

「室長、わちるちゃんのお願いを聞いてあげてくれませんか?」

 

「……なこそがそこまで言うとはね。何があるかわからないのよ?」

 

これまでFSの為に身を削る思いをして、そして今の安定した配信環境を確立したなこそ。他者の為に自身を犠牲にすることを無意識に許容しているなこそは挑戦的な物事には一番に手を上げ、他のメンバーにリスクを負わせることを良しとしなかった。

そのなこそが、わちるの背を押している。

 

「意外と何とかなるものですよ、今までみたいに。それに、わんこーろさんもそんなに悪い人とは思えませんでしたよ?」

 

「話をしたのか?」

 

「はい……まあ、深夜の作業中に少しだけ、ですけど」

 

 

「室長、お願いします。お願い、します……!」

 

なおも必死に懇願するわちる。その下げられた頭を見て、室長は目を閉じ深い深いため息をついた。

それはわちるに対してか、それともわちるが板挟みになり苦しんでいたことすら知らなかった自分自身に対してか。

 

「……はぁ、親代わりなどと偉そうなことを言ったのに、お前のことを何も分かっていなかったな。……分かった。好きなようにしなさい」

 

「本当ですかっ!?」

 

「準備しなさい。手順は同じだ」

 

室長の言葉に従い、準備を始めるわちるを見ながら状況を見守っていた灯は室長にだけ聞こえる声量で話しかける。

 

「良かったんですか室長?」

 

「ああ、子供のわがままを聞くのは大人の役目だ。……その責任を取るのもな」

 

室長のその眼差しは、まさしく子どもの成長を感じる親のそれだった。

 

 


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